2019 年 57 巻 p. 87-92
西アフリカ諸国経済共同体(Economic Community of West African States:ECOWAS)は、2019年6月29日、ナイジェリアの首都アブジャで開かれた首脳会議で2020年までに共通通貨ECOの導入をめざすことを発表した。本宣言は、アフリカの通貨統合計画そのものを知らなかった人には新鮮な驚きであったようであるが、馴染みがある者にとっても驚かされるものであった。なぜなら、ECOWASは、2000年4月に通貨統合に向けた具体的な計画案を示し、西アフリカ通貨研究所(West African Monetary Institute:WAMI)を設立して計画を推進してきたものの、約20年を経過した現在も、通貨統合は実現可能といえる状況にはないからである。本稿の目的は、本宣言の実現可能性を論じるよりもむしろ宣言の背景を解説することである。注目すべきは、ECOWASよりもそのサブリージョンを形成している旧仏領西アフリカ諸国の動向の方である。
図1に見るように、現在15カ国がECOWASに加盟している。ただし、域内で発行されている通貨は8種類である。なぜなら旧仏領西アフリカ諸国を中心に8カ国から成る西アフリカ経済通貨同盟(Union Economique et Monétaire Ouest Africaine:UEMOA)というサブリージョンがCFAフランという共通通貨を既に共有しているからである(図1参照)1。このCFAフランの歴史は1945年12月に創設された「アフリカのフランス植民地フラン(Franc des colonies françaises d’Afrique)」に遡り、以来、CFAフランはフランスの通貨にペグされてきた。そして驚くことに、1948年10月に1CFAフラン=2フランス・フラン(以下FF)(ただしフランスのデノミで1960年に1CFA=0.02FF)に固定されて以来、そのレートは1994年1月12日にCFAフランを50%切り下げた時の一度のみしか見直されていない。この70年間で、政治的独立を果たし、ブレトンウッズ体制が崩壊し、FFが消滅してユーロが誕生し、世界の金融市場が大きく様変わりしたにもかかわらずである。なぜなら①CFAフランを発行している西アフリカ諸国中央銀行(Banque Centrale des Etats de l'Afrique de l'Ouest : BCEAO)が保有する外貨準備の一定割合(当初100%、1973年に65%、2005年以降50%)をフランス国庫に開かれた操作勘定に預けること、② BCEAOが保有する外貨準備をその短期負債(主に発行した銀行券)の2割以上にすること等を条件に、旧宗主国フランスが無制限にCFAフランの通貨価値を保証しているからである。
本制度により、CFAフラン圏諸国の経済は安定し、インフレ率は低く保たれてきたが、身の丈にあっていない強い通貨がUEMOA地域の競争力を弱め、経済成長を阻害しているという批判は根強い。対して、独立後、国民通貨を導入した西アフリカの国では柔軟な金融政策が可能であったが、その通貨は大きく価値を下げ、当該諸国は何度もインフレに苦しんだ。結果的に、旧ポルトガル領のギニアビサウは1997年にUEMOAに加盟し、カーボベルデは、1998年以降、通貨エスクードをユーロにペグさせている。
奴隷貿易や宗主国による植民地支配を経験したアフリカでは、独立前からパンアフリカニズム運動が盛んであり、アフリカ大陸レベルで共通通貨を発行し、アフリカ経済共同体を形成するという夢が語られてきた。たとえば国連アフリカ経済委員会(United Nation Economic Commission for Africa: ECA)は、アフリカ大陸を北、西、中部、東南部に分けてそれぞれに経済協力機構を創設し、それらを統合させて大陸レベルの経済統合を実現するという計画を1960年代半ばに発表している。ECOWASも本計画をきっかけに1975年に設立された。このECAの計画は時を経てアブジャ条約(1991年6月調印、1994年5月発効)に発展し、ECOWASを含む8つの地域共同体それぞれで通貨同盟を実現した後、それらを統合する形で2028年までに大陸レベルの共通通貨を発行することとなった。
これにあわせてECOWASは、まずはUEMOAとカーボベルデを除く6カ国で西アフリカ通貨圏(West Africa Monetary Zone:WAMZ)を形成して2003年までに共通通貨ECOを発行し、最終的にはWAMZをUEMOAとカーボベルデに統合させてECOWASレベルの通貨統合を実現するという2段階プロセスを2000年4月に発表した(アクラ宣言)2。しかし、WAMZ諸国はECO発行の必要条件となる収斂基準を満たせず、目標年は2005年、2009年、2015年そして2020年へと延期された。2015年に収斂基準は9から6に集約されたが、それでもすべての条件を満たせる国は少なく、満たせても一時的なことが多い3。
このような状況下で、この度の宣言が出された。大きな変更点は3つある。まず、2000年のアクラ宣言で出された2段階プロセスを廃止して、準備ができた国からECOを導入するという漸進的な方法への変更である。これにより、WAMZの6カ国がある程度収斂基準を満たすことが前提の当初案よりもECOの発行が容易になった。そもそも、図1にみるように、WAMZ諸国は地理的に分断されている。市場が分断された状態で通貨統合をするという計画そのものには最初から無理があった。二つめに、当初案ではECOはWAMZの共通通貨の名称にすぎなかったが、ECOWASの共通通貨の正式名称となった。そして最後に、ECOについては変動相場制が採用されることとなった。
本宣言で注目すべきは、準備ができた国からECOの発行が可能となり、これにより、「既に存在するUEMOAの共通通貨CFAフランをECOに代える」という道筋が開けたことである。2019年夏に「2020年に共通通貨を導入する」という、一見、荒唐無稽にみえる宣言も、この方法ならば不可能ではなかろう。もちろん変動相場制の採用を条件にすることで、「単にCFAフランをECOに置き換える」のみではよしとしない点は強調されてはいるが、経過措置として固定相場制が一時的に認められる可能性はある。
地域経済共同体としてECOWAS自身が認識している大きな課題は、域内貿易の少なさである。順序が逆という気もするが、域内貿易を推進するための手段として通貨統合に期待を寄せる向きもある。対して既に8カ国で経済通貨同盟を形成しているUEMOAの各国政府やBCEAOは、通貨圏をやみくもに広げることには慎重な姿勢を見せてきた。BCEAOはいずれの政府からも独立した中央銀行であり、政府の財政赤字を中央銀行が限度を超えてファイナンスすることは認められておらず、不安定な通貨価値や高いインフレ率に悩まされることもなかった。大国ではあるが不安定な財政・金融政策をとるナイジェリアとの通貨統合にはむしろ後ろ向きですらあった4。
実際、UEMOAのリーダー国コートジボワールのワタラ(Ouattara)大統領も、かねてよりCFAフランからECOへという論調に反対の姿勢を示してきた5。しかし、ワタラ大統領は、アブジャでの宣言直後の7月9日にパリでフランスのマクロン(Macron)大統領と面会し、続いて7月12日に自国のアビジャンで開催したUEMOA首脳会議で、2020年までにECO導入を目指すことを改めて発表した。ただし「ECO貨幣の流通が開始されても当面は、従来のユーロとCFAフランの為替平価によるペッグ制は維持される」こと、「変動相場制への移行には少なくとも10年を要する」という独自の見解を織り込むことを忘れてはいない[渡辺 2019]。同じく7月12日にマクロン大統領も、パリを公式訪問したガーナのアクフォ=アド(Akufo-Addo)大統領を迎えた集まりの場で、CFAフランについて議論をすることはもはやタブーではなく、アフリカ諸国が団結して独自の共通通貨を発行することを歓迎すると断言した。
CFAフランは、ド・ゴール(De Gaulle)大統領以降、第5共和政下でとられてきたフランスのアフリカ政策(Politique Africaine)の3本柱――フランス軍の駐留、フラン圏、援助――の一つであった。対してCFAフランの通貨価値はアフリカ側の経済状況を考慮もしくは反映して決まっているわけではなく、中央銀行が保有する資産の一定割合をフランス国庫に預けなければならないという現制度は、本来、アフリカの経済振興に使うべき資産をフランスに召し上げられているともとれ、パターナリスティックなフランスのアフリカ政策と併せて、しばしば批判の対象となってきた。
こうした批判の急先鋒がトーゴ人エコノミスト、カコ・ヌブポ(Kako Nubukpo)である。彼は16世紀に活躍したフランスの知識人エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ(Étienne de La Boétie)の言葉「la servitude volontaire(自発的隷従)」を用いてCFAフランを批判する6。そして2016年には、アフリカ人エコノミスト仲間らと一緒に、「la servitude monétaire(貨幣的隷従)からアフリカを救え」という書籍を出版している[Nubukpo et al. 2016]。彼らは象牙の塔に籠った学者というよりは行動する知識人であり、メディアを通じて大衆にわかりやすい言葉で問題をアピールする。
そうしたアピールに期待通りの反応をみせているのが、SNSを駆使する若者たちである。そもそも、近年、アフリカではセネガルのヤナマール(Y’en a Marre:もううんざりだ)運動やブルキナファソのル・バレ・シトワイヤン(Le balai citoyen:市民の箒)といった権力者の腐敗を糾弾する下からの社会運動が活発である7。彼らは中央銀行や官僚が推進する政策に懐疑的で、民衆の生活は変わらないどころか悪くなっていると考える。若者に人気のあるラッパーが運動に関わることも珍しくなく、国境を越えて広がった社会運動は21世紀のパンアフリカニズムとも呼ばれる新たなムーブメントを生み出している。パンアフリカニスト達にとっては、CFAフランはアフリカ諸国間での協力を妨げ、アフリカの主権を奪う植民地時代の遺産でしかない。7カ国から集まった10人のラッパーが「7 minutes contre le CFA(CFAフランに反対する7分間)」を歌ってYouTubeで配信するという現象も生まれた。2017年8月には、フランス・ストラスブルグ生まれのベナン人パンアフリカニスト、ケミ・セバ(Kemi Seba)が、ダカールのオベリスク広場でCFAフラン紙幣を燃やしてそれをFacebookに投稿し、セネガル領土から追放されるという事件も起きた。その時、セネガル政府を「恥」だと糾弾したのが、ヤナマール運動のリーダーの一人ティアット(Thiat)である。この度の宣言は、こうした民主運動の担い手達に諸手を挙げて支持されていることは言うまでもない。
植民地時代を知らない初のフランス大統領マクロンは、2017年11月27日、自身初のアフリカ訪問となったブルキナファソで、「もはやアフリカ政策(Politique Africaine)など存在しない」と明言する。実際、フランスからみた対UEMOA貿易シェアは、2014年1月から2018年12月までの5年間だけをとってみれば、総輸出額の0.7%、総輸入額で0.2%にすぎない8。つまり、フランスにとっては、もはやUEMOA地域は批判を受けてまで守るべき魅力的な市場でもなく、多大なコストを払って本制度を積極的に一から見直すほどの地域でもないのである。
では、UEMOA諸国がCFAフランをフランスの通貨から切り離す障害はなくなったのであろうか。実は、CFAフランをユーロから切り離しても、通貨統合をしている限り、いずれのUEMOA加盟国も自国に最適な金融政策を自由に打ち出すことはできない点には変わりはない。むしろ、加盟国間の経済水準に差があるだけに、どのような金融政策であっても、すべての加盟国が満足する政策が選択されることはなかろう。長い時間をかけて誕生したユーロ圏ですら加盟国間の利害調整に苦労している。フランスの軛から離れた途端、UEMOAそのものが崩壊してしまう危険性もないわけではない。UEMOA諸国の官僚やBCEAOのバンカーは以上の構図を理解している。他方で、現体制に反発した下からの民衆運動の担い手がその点を理解しているかは疑問である。UEMOAが崩壊してしまえば、パンアフリカリズムの理念そのものも後退してしまう。つまり、現在のCFAフラン問題を旧宗主国とアフリカの対立構造で捉えると実体を見誤る。むしろ、現体制からの便益を認識する政策決定者と「わかりやすい論理」に先導された大衆の間の認識の違いが対立を生じさせているのである。
もっとも、現体制からの便益を認識している政策決定者達にとっても、マクロン政権のフランス国内での不人気は不安要素の一つに違いない。2019年5月に行われたEU議会選挙では、フランス与党が極右の国民戦線に敗れている。その国民戦線党首のマリーヌ・ル・ペン(Marine Le Pen)氏は、2017年5月の大統領選挙前に訪問したチャドでCFAフラン制度の廃止を訴えている。皮肉なことに、旧植民地の面倒など見たくはないフランスの極右と主権奪回を訴えるアフリカの社会運動家の目的は一致してる。2022年にル・ペン・フランス大統領が誕生する可能性が完全に否定できない状況下で、UEMOAの官僚やBCEAOのバンカーの中に、今のうちに穏便に新しい方向を模索したいと考える人がでてきてもおかしくないと筆者は推測する。
以上にみるように、この度の宣言で注目すべき点は、CFAフランをユーロから切り離してECOに置き換える可能性に道が開かれたことである。これはCFAフランの制度を見直すことに躊躇してきたUEMOAの官僚やBCEAOのバンカーにとっては、内向きにはCFAフランを捨ててECOへの移行(=フランスへの隷従からの脱却)が強調できるという利点を持つ9。仮に実現すれば、ガンビアのように地理的にUEMOAに囲まれた小国、仏語圏のギニア、そしてユーロに通貨をペグさせているカーボベルデなどもUEMOAに加入しやすくなるだろう。UEMOA自身、既に旧ポルトガル領のギニアビサウをメンバーに加えた経験を持つ。特に、経済・人口規模の小さい国がUEMOA圏に入ることのメリットはコスト以上に大きいはずである。ただし、それが計画通りに進展するか、そして実現したとしてもナイジェリアを含む通貨圏拡大に結び付くかは不透明であり、特に後者については実現するとしてもかなり先のこととなるだろう。
本研究は科学研究費補助金16K03771「通貨から視る西アフリカ地域経済の分断と再統合の可能性の検証:20・21世紀」(研究代表者 正木響)の助成で実施されました。
(2019年8月18日投稿、9月25日脱稿)