アフリカレポート
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資料紹介
ボニー・ヒューレット 著 『アフリカの森の女たち――文化・進化・発達の人類学――』 服部志帆・大石高典・戸田美佳子 訳 横浜 春風社 2020年 420 p.
網中 昭世
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2020 年 58 巻 p. 89

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本書は、中央アフリカのコンゴ盆地の熱帯雨林に生活する農耕民ンガンドゥと狩猟採集民アカに関する民族誌である。本書の原著は、2013年に出版されたListen, Here Is a Story: Ethnographic Life Narratives from Aka and Ngandu Women of the Congo Basin(Oxford University Press)である。著者は、先進医療技術に囲まれていたアメリカの小児集中治療の現場の看護師から、文化人類学者に転身したという経歴を持つ。

本書によれば、アカは数ある民族誌的記録の中で、最も平等主義的な文化を持ち、近年まで採集された食料や捕獲された獲物も貯めず、作物を栽培することはなかった。長期にわたる生存計画を持たないアカの社会関係は、長らく、自然環境との関係も含めた信頼、寛大さ、協力に基づいて機能してきた。本書では、このアカの女性の生活世界の変化が隣人である農耕民ンガンドゥとの関係性の中で、ときに対比させて描かれる。彼女たちのアイデンティティがグローバル化の影響を受けながら再編される様子が、様々なライフ・ステージの経験をどのように捉えたのかという語りを中心に展開される。

ライフ・ステージで区切られた各章は、インフォーマントの語り、著者の考察、フィールドノートからの抜粋、「考察のための問い」によって構成されている。とりわけフィールドノートの抜粋箇所では、調査者としての冷静さと同時に一個人としての葛藤がさらけ出され、調査地で信頼関係を築く際の著者の姿勢が示されている。また「考察のための問い」は一問一答が成立するような形式のものではなく、文字通り、考察を深めるための問いである。熱帯雨林で暮らす女性たちの生々しい語りに戸惑った場合には、巻末の解説が道しるべとなる。日本語版のための解説や新たに挿入されたコラムの執筆には、訳者を含めた第一線の人類学者が多くかかわり、原著が日本の人類学者の間で共感を呼び、訳書の出版に結び付いていることをうかがわせる。

本書は、異なる生活世界に対して著者が理解を深めた過程を追体験できる機会を提供している。人類学を専門としない読者であっても、本書を開くと、静観する読者ではいられないだろう。読者は本書に登場する女性の語りに感情を大きく揺さぶられる。それでいて、気が付けば清々しい読後感に浸れる、魅力的な一冊である。

網中 昭世(あみなか・あきよ/アジア経済研究所)

 
© 2020 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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