2019年末に中国の武漢で発生が報告された新型コロナウイルス感染症は、2020年3月、全世界に拡大してパンデミックとなった。感染の地理的拡大は人の移動を通じて急速に進んだと考えられることから、感染拡大の抑制と封じ込めを目的に、多くの国々が外出制限や国境閉鎖などのロックダウン1を導入した。この時点では感染者数や死者数がそれほど多くはなかったサハラ以南アフリカ(以下、アフリカ)諸国も、3月末から相次いでロックダウンを実施した。アフリカでは医療体制が脆弱で、新型コロナウイルス感染症に限らず、HIV/エイズやマラリア、結核、エボラ出血熱などのような疾病対策が必要な国も多い。そのため、同感染症が蔓延した場合、封じ込めにより多くの時間が必要となり、重症者が適切な治療を受けられずに亡くなる可能性が高いことが懸念されたのである[WHO Regional Office for Africa 2020]。
本特集は、新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延という私たちがこれまで経験したことのないような危機的な状況に対して、アフリカ諸国の政府がどのような対策を講じているのか、さらには各国政府の対応策が人々の生活にどのような影響を及ぼしているのか、現地の状況を知るために企画されたものである。本特集を組むうえで我々がとくに関心を寄せていたのが、アフリカ諸国に暮らす人々のなかでも、生計基盤が脆弱なゆえに日々の絶え間ない経済活動が不可欠な貧困層や女性、若者、移民、難民といった人々への影響である。アフリカ諸国においては、新型コロナウイルス感染症によって医療体制が崩壊してしまう可能性のみならず、ロックダウンによる経済活動の制限によって、人々の脆弱な生計基盤がさらに脆弱化する可能性があることも大きな懸念要因だと考えたからである。
コロナ禍においてアフリカ諸国に暮らす人々の生活がどうなっているのか、現地の事情を知りたい。そう思っても、2020年は世界的に人の移動が大幅に制限され、これまでのように我々自身が現地に赴いて調査対象者から聞き取りを行うことが不可能となった。渡航が可能になった後で聞き取りを行うことも可能であるが、パンデミックの恐怖のなかで、アフリカの人々が先行きの見えない苦難にどのように対処しているのかを同時的に知ることは、パンデミック後の調査対象者を理解するためにも不可欠だと考えた。現地に行けないなかで現地の情報を収集するためにできることは何かを考え、我々はこれまで実施したことがない新しい調査方法を試すことにした。本特集の執筆者それぞれが、これまでの研究活動を通じて築いてきた人的ネットワークを生かして現地の協力者に情報収集を依頼したり、電話やWhatsAppなどのSNSを使って調査対象者との関係性の維持に努めるなかで、情報収集のための新しい方法を積極的に試した。また、アフリカの現地で暮らす日本人研究者や、日本に暮らすアフリカ出身の研究者にも寄稿を依頼することで、できるだけ多様なアフリカの国々の事例を取り上げることも意図した。
本特集では、ルワンダ、ナイジェリア、コンゴ民主共和国、南アフリカ、モザンビーク、エチオピアの6カ国に関する時事解説と論考を順次、公開していく予定である。各国の感染状況の推移に関しては、各国政府がウェブサイトやSNSなどで発表しているのに加え、ジョンズ・ホプキンス大学のウェブサイト2などからも容易に入手可能であることから、ここでは立ち入らない。むしろ、本特集では、統計的な情報からは知ることのできないコロナ禍での人々の生活について、アフリカ諸国に暮らす人々のインタビュー、電話、オンライン会合、現地の報道、SNS等を通じて得られた情報をもとに各人が原稿をまとめている。非常に残念なことに、2021年1月末の本稿執筆時点においても世界的なコロナ禍は収束していない。その意味では、各稿の分析は2020年というコロナ禍が発生した最初の年の一部の期間に限られたものである。しかし、コロナ禍のアフリカに暮らす人々の生活経験を記録しておくことには大きな意味があると我々は考えている。2020年に感じた痛みを2021年に繰り返さないためにどうすればよいかを共に考える必要がある。また、パンデミック収束後にアフリカで再び調査対象者と直に向き合うことができるようになった時に、あとから振り返って経験を理解するのではなく、先の見通しが立たないなかで人々が考えたことを共有しておくことが重要だと思うからである。