アフリカレポート
Online ISSN : 2188-3238
Print ISSN : 0911-5552
ISSN-L : 0911-5552
特集 コロナ禍におけるアフリカの人々
コロナ禍におけるアジスアベバの若者の雇用――職業訓練校卒業生の追跡調査より――
福西 隆弘
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 59 巻 p. 85-99

詳細
要約

筆者らは2019年よりアジスアベバで職業訓練校を修了した若者の追跡調査を実施しているが、2020年11月に追加調査を行い、新型コロナウイルスの感染拡大の前後における雇用と収入の変化を分析した。調査時点で、雇用率にはパンデミック前と比べて大きな変化はみられなかった。また、被雇用労働者の実質賃金は低下したが、変化は物価上昇率よりも小さく、平均的には名目賃金が維持されていた。非常事態宣言は企業が労働者を解雇することを禁止していたが、上記の結果は宣言が終了して2カ月後に観察されているので、雇用の維持は企業の自主的な判断と考えられる。個人自営業者(self-employment)において廃業は増えていないが、自営業から得た所得(実質額)の減少率は20%を超えており、とくに運輸業や製造業で減少が大きかった。また、女性の実質賃金は約17%減少し、もともと顕著であった収入格差が拡大している。平均的な労働者よりも学歴の高い訓練校卒業生の間では、雇用への影響が小さいことがうかがわれるが、彼らの中でも脆弱な労働者への影響が大きいことが示されている。

はじめに

エチオピアでは、2020年3月13日に最初の新型コロナウイルスの感染者が確認された。その後、新規感染者数は8月下旬に最初のピークを迎え、2021年3月下旬に2回目のピークを迎えた。6月15日現在で、累計感染者数は27万4346人、死者は4250人と報告されている1。エチオピア政府は、2020年4月8日に国家非常事態2を宣言し、国境を超える人々の移動や4人を超える集会を原則禁止し、公共交通の利用制限、すべての学校の休校、スポーツイベントの中止を義務付けた。今日に至るまで、首都アジスアベバでは厳格な外出制限を伴うロックダウンは実施されていないが、非常事態宣言の一環として飲食店の営業制限や車両の通行制限(ナンバーによる制限)も実施された。

これらの活動制限は、他国の事例と同じようにエチオピアでも経済活動に大きな影響を及ぼしていると思われるが、あとで紹介するように、新型コロナウイルスの影響を把握するために世界銀行が行った企業調査および家計調査の結果には、不明な部分が多く残されている。とくに、外出制限やサービス業の営業制限は個人自営業(self-employment)に影響を与える一方で、非常事態宣言において企業が労働者を解雇することが禁止されたので、労働者に与えた影響は複雑である。

本稿では、筆者らが2019年から実施している職業訓練校の卒業生の追跡調査を利用して、新型コロナウイルスの感染拡大がアジスアベバの若者の雇用と収入に及ぼした影響について、準備的な分析を行った。開発途上国における若者の雇用は、中高年と比較して家業手伝いや個人自営業などの脆弱な雇用(vulnerable employment)である割合が高く、また労働者における貧困率も高いことが知られている[ILO 2017]。本稿では、コロナ禍により雇用の減少が懸念される状況において、都市部の若者が経験した変化を明らかにしている。本稿で利用する調査は2019年5月、2020年2月、11月の3時点の情報を収集したもので、最後の時点がパンデミック発生後にあたる。4月に発出した非常事態宣言は9月8日に終了しているので、2020年11月の調査時には活動制限は緩和されていた。具体的には、休校や大規模なイベントの中止は続いているが、ソーシャルディスタンスの確保やマスクの着用などの感染予防措置をとれば50人以下の集会が無条件で認められ、飲食店も人数制限のもとで営業が認められていた3。また、感染者数の推移において最初のピークと二番目のピークのあいだにあたり、感染の拡大は比較的落ち着いていた時期である。

なお、本稿で用いる調査の対象者は、同じ世代の平均的な若者よりも教育年数が長く、学習内容も職業スキルの重点が高い。本調査の結果は、必ずしも若者全体に敷衍できない点に留意されたい。

1. パンデミック発生後の経済活動:世界銀行の調査より

世界銀行は、エチオピアで新型コロナウイルスの感染拡大が始まった2020年4月から9月にかけて、電話による家計調査と企業調査を定期的に実施した。本節では、その調査結果から雇用と収入への影響を紹介する。家計調査は都市部2271家計、農村部978家計を、企業調査は個人自営業を含む800社を対象としている4。なお、筆者らの調査結果との比較を容易にするため、とくに示さないかぎり家計調査については都市部の回答を示す。

家計調査は、非常事態宣言が発出された直後には、感染予防のための行動が人々のあいだに浸透していたことを示している。4月の調査結果では、回答者の99%以上は手洗いの回数を増やし、96%の人々は握手などの接触を避けると回答している。また、集まりを避けると答えた人は81%にのぼる。予防行動の実施は時間とともに減っているが、最後の調査が行われた9月時点においても88%の回答者は手洗いを励行し、40%の人々は集まりを避けている[World Bank 2020a]。企業調査は、こうした行動変容や経済活動の制限が企業活動に与えた影響を示している。4月には、調査対象の企業のうち40%が完全に休業しており、とくに個人自営業は45%が過去2週間にわたり営業していなかった。その後、徐々に営業が再開されているが、9月でも19%の企業が、個人自営業については24%が休業している[World Bank 2020b]。しかしながら、解雇を行った企業は最も多かった5月においても9%にとどまっている[World Bank 2020b]。

家計調査によると、個人自営業も含めて4月に職を失った人は16%を占め、そのうち9%の人はパンデミックが原因だと回答している。都市では52%の家計が収入が減少したと回答しているが、所得格差が広がっている様子はみられない[World Bank 2020a]。5月以降は雇用率が改善しているが[Ambel et al. 2020]、パンデミック前の雇用や収入との比較は示されていないため回復状況は不明である。収入源別では、自営業収入において減少を報告する回答者の割合が最も多いが、4月時点で自営業収入が全くないと回答した家計は18.4%にとどまり、9月には0.7%に減少している[World Bank 2020a]。上記の企業調査の回答とは大きな違いがあるため、自営業の受けた影響は詳細が不明である5。また、食料消費を減らしたという回答は非常事態宣言の直後から7月まで上昇が続き、29%に達していることから[World Bank 2020a]、収入の変動は時間差を伴って消費に影響したことが示されている。男女別の雇用への影響は報告されていないが、5月以降の雇用回復のスピードには性差があらわれていない[Ebrahim et al. 2020]。

調査の結果に不整合がみられるが、都市部の個人自営業については、企業や被雇用労働者と比較してパンデミック発生後の変化が相対的に大きいことが読み取れる。また、16%が職を失ったという結果からは、政府による解雇の禁止が効果的であったのかどうか疑問に思われる。他方で、収入については増減の情報しかなく、具体的な減少率は不明である。また、パンデミック発生直後の雇用のショックがその後どのように経過したのかは明示されていない。本稿では、非常事態宣言が発出されてから7カ月後の雇用と収入の変化を、雇用形態や性差による違いを考慮して示す。

2. データと分析手法

筆者らは、職業スキルの国家試験である職業能力評価試験(Occupational Competency Assessment)のうち情報通信技術と自動車修理の受験者に対して、2019年5~6月にアジスアベバで調査を行い1033名の回答を得た。さらに、2020年11~12月に同じ対象者に電話調査を実施し、930名の回答を得ている。職業能力評価試験は一般労働者も受験可能であるが、受験者のほとんどは職業訓練校の修了者であり、本調査の対象者もすべて訓練校の卒業生である6。2016年2月から2017年11月にかけての受験者を対象としているため、1回目の調査時点で回答者の95%は19歳から34歳までの若者であり、平均は25.5歳である。また、女性が41.8%であった。本調査では、2019年5月、2020年2月、11月の3時点で、雇用と雇用から得た収入について情報を収集している。なお、2020年2月の情報は同年11月の調査でたずねたものである。

職業訓練校は前期中等教育を修了した後に進学する課程であり、1~4年のコースに分かれている。アジスアベバの前期中等教育の入学率は近年では60%を超えるようになったが、2010年ではまだ36%であったので、後期中等教育に相当する職業訓練校の卒業生は平均よりも長い教育を受けているといえる7。全国的にみて、職業訓練校の卒業生は雇用を有している割合が前期中等教育の卒業生よりも高く、とくに企業や公共機関などで被雇用労働者として働く割合が高い[Fukunishi and Machikita 2017]。また、女性が家庭外で働く割合が高いという特徴もある。本調査では、2019年5月時点で雇用がある人の割合は85.1%であり、そのうち88.8%(全体の75.6%)は被雇用労働者である。なお、本稿では、雇用を被雇用労働者と自営業者に限定し、無給の家業手伝いを含まない。パンデミック前の2019年5月から2020年2月までのあいだに、雇用のある者の4.8%が職を失う一方、無職者の43.4%が職を得ており、雇用を有する者の割合はやや増加している。また、女性で雇用のある人は81.6%であり、男性より低い。次節でみるように、就労からの収入(実質額)はパンデミック前の期間に平均で7.9%増加しており、2020年2月の時点で平均2872ブル(2018年価格)であった。訓練校での履修科目を情報通信技術と自動車修理に絞っているため、平均的な訓練校卒業生とは異なる可能性もある。

本稿では、訓練校卒業生の雇用と労働収入の変化を分析する。まず、①パンデミック直前の2020年2月とパンデミック発生後の11月の雇用状態を比較し、卒業生が、被雇用労働者と自営業者からなる「有職者」と、無給の家業手伝い、求職者(失業者)、労働に参加していない者からなる「無職者」のあいだでどのように変化しているのかを明らかにする。次に、②2時点の両方で有職者であるものを対象に、被雇用労働者については賃金を、自営業者については事業所得の変化を分析している8。①は、収入が得られる雇用の有無についてその変化を示し、②は収入がある場合にその変化を示しているので、ふたつを総合することで、雇用の変化が労働収入に与えた影響を理解することができる。無職の場合の労働収入をゼロと表現すれば両者を統合することができるが、コロナ禍のもとで雇用を失うことと賃金が下がることでは、現在および将来の厚生に与える影響が異なると考えるため、分けて扱う。また、卒業生にはパンデミック前の時点で無職であるものが存在するため、それらの賃金変化を変化率で示すことができないことも、①と②を分けて扱う理由である9

また以下においては、2020年2月から11月の変化をパンデミック発生後の変化として扱っているが、雇用や賃金はキャリアによって変化しているため、パンデミック後の変化にはコロナ禍の影響とともに平常時の変化も反映されている可能性がある。とくに、調査対象の若者は初期のキャリアを積んでいる時期であり、流動性が高い。本稿では、2019年5月から2020年2月までのパンデミック前の変化をコロナ禍の影響を受けない平常時の変化とみなし、それを考慮してパンデミック後の変化を解釈している。

3. コロナ禍における卒業生の雇用と収入の変化

表1は、新型コロナウイルスのパンデミック発生後の雇用の変化を示している。パンデミック直前の2020年2月に被雇用労働者または自営業者であった812人のうち、45人が11月には無職(求職、自営業の準備、家業手伝い、労働参加なし 赤で表示)になっていることを示している。これは有職者の5.5%にあたるが、パンデミック前に失業した人の割合(4.8%)と比較して違いは小さい。他方で、2020年2月には無職であった116人のうち31人(青で表示)が職を得ており、無職者の26.7%にあたる。パンデミック前には43.4%の無職者が職をみつけているので、無職から有職に転じる確率は減少している10。これらの変化の結果、928人のサンプルのうち有職者の数は812人から798人に若干減少している。また、有職者のうち90.3%はパンデミック発生後に失業を経験していないと回答しているので、多くの有職者は2月から11月のあいだ、継続的に雇用されていたことが分かる11。したがって、パンデミックの影響は、失業の増加よりも新規雇用の減少として現れていることが分かる。

注:各欄の上の数値は人数を、下の数値は行の合計に対する割合(%)を示している。

出所:職業能力評価試験受験者の追跡調査より筆者作成。

次に、表2はパンデミック発生の前および後の賃金または事業所得(実質値)の変化を示している(無職者は含まれない)。パンデミックの後、賃金は平均13.6%減少しており、パンデミック前には7.9%上昇していた傾向が変調したことが分かる。期間中のインフレ率12は12.1%であったので、平均名目賃金がパンデミック後に若干低下したことが分かる。また、表1でみたように職を失った労働者の数は相対的に少ないので、表2の示す賃金変化は、無職者を含む全体の収入変化の平均に近似していることに留意されたい。

これらの変化は、非常事態宣言にあった解雇の禁止がある程度遵守され、また名目賃金が大きく下落していないことを示唆している。解雇の禁止は被雇用労働者に効果があるので、パンデミック発生後の期間(2020年2月から11月)に被雇用労働者であったか自営業であったかにより、賃金および事業所得の変化に違いがあるか確認した(表2下段)。被雇用労働者のあいだでは平均して賃金が12.7%減少する一方で、自営業であったものは20.4%減少している。なお、労働時間の変化は両者ともに非常に小さいので、時間あたりの実質賃金または事業所得が低下している13。被雇用労働者の賃金の下落率はインフレ率に近似しているので、企業では名目賃金が平均的に維持されていることが分かる。両者の変化率の違いは統計的に有意ではなかったが14、パンデミック前には自営業の所得の成長率が高かった(35.0%)ことを考慮すると、コロナ禍による所得の変化がより大きいと推測される。

注:2時点のデータをもとに、賃金または事業所得(自然対数)を被説明変数とし、期末ダミー(パンデミック後[前]では2020年11月[2月]のサンプルで1をとる)、雇用形態のダミー(自営業者、被雇用→自営業、自営業→被雇用の3つの変数)、雇用形態と期末ダミーの交叉項(3変数)を説明変数とする回帰分析をもとに、変化率とその標準誤差を求めた。雇用形態は、2時点ともに被雇用労働者であったサンプルは「被雇用者」、同様に自営業者であったものは「自営業者」、被雇用労働者から自営業に変化したものは「被雇用→自営業」、自営業から被雇用労働者に変化したものは「自営業→被雇用」 と定義している。***、 **、 * はそれぞれ、1%、 5%、 10% 水準で統計的に有意であることを示す。詳細な結果は付表12を参照。

出所:職業能力評価試験受験者の追跡調査より筆者作成。

非常事態宣言が終了した後でも企業の雇用が維持されているという事実は、企業の経営判断として労働者を雇用し続けている可能性を示している。名目賃金が維持されていることも考慮すると、企業はパンデミック発生後もそれ以前と同様の生産を継続していたか、近い将来に生産活動が回復することを期待していたと考えられる。自営業については、廃業したケースは少なく雇用は維持されているが、所得への影響は被雇用労働者よりも大きい可能性がある。ただし、自営業の平均所得は被雇用労働者の賃金よりも高く、その傾向はパンデミック後も変わっていない15。これらの結果は、前述の世界銀行の調査結果と一致している部分がある。まず、自営業への影響が被雇用労働者よりも大きいことが、両方の調査から読み取れる。また、世界銀行の家計調査(2020年4月)では、被雇用労働者の約34.5%が収入の減少を報告する一方で、83.5%はパンデミック前と同様に働いていると回答しており[World Bank 2020a]、多くの企業ではパンデミック直後でも以前と同様の生産規模を継続していた可能性がうかがえる。これらの調査結果から、雇用と生産を継続した企業が多かったと推測される。他方で、世界銀行の家計調査は労働者の16%が4月に失業したことを報告しているが、本調査ではパンデミック後に失業していないという回答が90%を超えており、失業した労働者の割合は最大でも9.7%であった。雇用が脆弱といわれる若者であっても、教育年数が平均よりも長い訓練校卒業生のあいだでは、コロナ禍の影響が小さいことがうかがわれる。

図1は、業種別の収入変化を示している。業種別では失業した労働者の割合に差があるので、無職者も含めた収入変化を比較したほうが変化の違いを適切に捉えられる。そこで、無職者を含めて収入の変化額を求め、業種別の回答者数は少ないことから、変化額の中央値を示した。被雇用労働者に関しては、多くの産業で300ブル前後の減少がみられる一方で、金融や医療・健康、建設では収入の変化が小さい。自営業者の場合は、交通・運輸、製造、その他サービス業において平均900~1700ブルの減少を経験している。なお、営業制限が課された飲食店は、その他サービス業に分類されている。他方で、ホテル、流通、情報通信では収入変化が相対的に小さく、パンデミック後も需要の変化が少なかったことがうかがわれる16

注:サンプル数が5以上の業種の中央値を示している。「行政機関」は公共部門の労働者をすべて包含しておらず、労働者の業務に応じた職種に分類されているケースがある。

出所:職業能力評価試験受験者の追跡調査より筆者作成。

パンデミックが雇用に及ぼす影響には性差があることがしばしば指摘されている。訓練校の卒業生のあいだではパンデミックが発生する前から性差があり、有職者の割合は女性で84.2%、男性で89.6%であった。2月から11月までのあいだに有職者が雇用を失う確率は女性で5.3%であったが、これは男性の5.6%との差が小さい(表317。しかし、無職者が雇用を得る確率には差があり、女性の確率(18.6%)は男性(35.1%)の約半分であった。とくに、パンデミック前から労働参加をしていない女性は、その後も不参加を維持する傾向がみられる18。ただし、無職者の割合が少ないので、有職者の男女格差はほとんど変化していない。先進国では女性は男性よりも失業する割合が高いことが報告されているが[Alon et al. 2020]、調査対象者のあいだでは性差がみられなかった。他方で、賃金格差は拡大している。パンデミック発生後に、女性の賃金または事業所得は17.2%減少したのに対して、男性のあいだでは11.6%の低下であった(表4第1列)。両性間の変化率の違いは統計的に有意ではない。しかし、パンデミック前には女性の賃金上昇率は男性よりも高かったので(第2列)、コロナ禍がなければ同様の傾向が続くと仮定すれば、コロナ禍の影響は女性がより強く受けている可能性がある。

注:各欄の上の数値は人数を、下の数値は行の合計に対する割合(%)を示している。

出所:職業能力評価試験受験者の追跡調査より筆者作成。

注:2時点のデータをもとに、賃金または事業所得(自然対数)を被説明変数とし、性別ダミー性別と期末ダミーの交叉項を説明変数とする回帰分析をもとに、変化率と標準誤差を求めた。***、 **、 * はそれぞれ、1%、 5%、 10% 水準で統計的に有意であることを示す。詳細な結果は、付表3を参照。

出所:職業能力評価試験受験者の追跡調査より筆者作成。

これらの変化の結果、男女間の労働収入の格差は広がっている。無職者も含めた労働収入において、2020年2月の女性の平均値は男性の平均値よりも25.1%低かったが、11月には31.6%へと広がっている。2019年5月には収入格差は34.3%であったので、パンデミック前には格差が縮小していたが、その傾向がパンデミック後に反転している。また、前述のとおり有職者の割合について男女差は広がっていないので、賃金格差の拡大が原因である。なお、労働時間の変化に顕著な性差はみられなかった。

最後に、雇用の有無が現在および将来の生活に対する主観的な評価にどのように影響しているかを整理した(表5)。2020年11月の時点で、現在の生活について、1(全く不満足)から5(非常に満足)のリッカートスケールで評価した結果、有職者の平均値は3(どちらでもない)を超え、無職者の平均は3を下回っている。また両者の差は1%水準で統計的に有意であった。さらに、将来の生活について、1(全く希望がない)から5(希望に満ちている)で評価した結果は、両者とも3(どちらでもない)を下回っている。現在と将来の生活の評価と比較すると、有職者の将来の評価が現在よりも大幅に低くなっており、現在雇用があっても将来に不安を持つ人が少なくないことが分かる。ただし、将来への不安が若者にみられる傾向であるのか、コロナ禍の影響であるのかは明らかでない。

注:「現在の生活の満足度」については、1(全く不満)、2(やや不満)、3(どちらでもない)、4(やや満足)、5(非常に満足)の選択肢からの回答。「将来の生活への希望」については、1(全く希望がない)、2(あまり希望が持てない)、3(どちらでもない)、4(やや希望が持てる)、5(希望に満ちている)の選択肢から回答。「わからない」の回答は除外している。カッコ内は標準偏差。

出所:職業能力評価試験受験者の追跡調査より筆者作成。

おわりに

職業訓練校を修了した若者を対象とした追跡調査をもとに、本稿では、新型コロナウイルスの感染拡大の前後で雇用と収入がどのように変化したのかを整理した。先行して実施された世界銀行の調査では、過半数の家計で収入が減少していることや、自営業の収入減少が被雇用労働者よりも大きい傾向があることが示されているが、企業調査と家計調査の結果に不整合があり、詳細が不明であった。本稿では、対象が学歴と年齢において限定されているが、以下の点が明らかになった。

雇用については、2020年11月の時点で有職者が失業する確率には大きな変化がなかったが、無職者が雇用を得る確率が下がったことが明らかになった。ただし、無職者の割合が少ないことから、雇用率について大きな変化はなかった。しかし、賃金および事業所得は実質値で約13.6%減少していた。自営業を営む人の減少率がより大きく、20%を超えている。他方で、被雇用労働者の減収は物価上昇率と同等であり、平均的には名目賃金が維持されていた。非常事態宣言後も雇用や名目賃金が維持されていることから、多くの企業はパンデミック発生後も生産規模を維持していたものと推測される。また、収入の変化には労働者が働く産業や性別によって違いがあることも明らかになった。とくに性差については、もともと顕著であった賃金格差が拡大している。女性の賃金の低下が男性よりも大きいことが原因であるが、なぜ賃金変化に性差があるのかについて本稿では検討できなかった。こうした雇用と収入の変化の原因を知るためには、企業の労働需要について検討が必要である。

謝辞

本稿で利用した調査は、アジスアベバ市職業スキル評価センターの協力を得て、町北朋洋氏と共同で行いました。また本稿は、匿名の査読者のコメントをもとに改稿しました。記して感謝いたします。本研究は科研費(18H00857 および18H03621)によるサポートを受けています。

付録

注:表2上段の推定値のもととなる回帰分析の結果を報告している。

注:表2下段の推定値のもととなる回帰分析の結果を報告している。雇用形態については「被雇用者」が、期末ダミーと雇用形態の交叉項については「期末ダミー*被雇用者」がベースとして設定され、説明変数から除かれている。変数の説明については、表2の注を参照。

注:表4の推定について、より詳しい推定結果を報告している。性別については男性が、期末ダミーと性別の交叉項については「期末ダミー*女性」がベースとして設定され説明変数から除かれている。変数の説明については、表4の注を参照。

本文の注
1  John Hopkins Coronavirus Resource Center, “Ethiopia”(https://coronavirus.jhu.edu/region/ethiopia).

2  Proclamation 3/2020, A State of Emergency Proclamation Enacted to Counter and Control the Spread of COVID-19 and Mitigate Its Impact.

3  Directive No 30/2020, A Directive Issued for the Prevention and Control of COVID-19 Pandemic.

4  企業調査の対象となる個人自営業は小農を含まない。家計調査は6回、企業調査は8回実施されている。調査の詳細はウェブサイト[World Bank 2021]を参照されたい。

5  家計調査では複数の労働者を雇用する自営業も含まれていると思われる。企業調査では、ひとり以上の労働者を雇用する零細自営業の休業割合は4月において38%であり、これも家計調査の割合より高い[World Bank 2020b]。

6  本調査では、アジスアベバ市職業能力評価センターのふたつの支所における上記の2コースのレベル1およびレベル3の受験者のうち、筆記試験の得点が合格点前後5点以内のものすべてに対して調査を行った。なお、職業訓練校では、習得するスキルの水準でレベル1から5までのコースがある。

7  純入学率を示している[Ministry of Education 2011]。

8  自営業者については、事業の売上のうち自らの所得分について回答を求めている。

9  その結果、収入の変化ではなく賃金と事業所得(労働の対価)の変化を明らかにしている。

10  調査におけるパンデミック前と後の期間はどちらも9カ月である。

11  「パンデミック発生後に雇用形態に変更があったか」という質問に対して、「変化がない」という有職者の回答を失業がなかったケースと扱っている。労働者が失業を経ずに転職した場合も考えられるが、この質問からは失業の経験が明らかにできない。したがって、上記の数値は、失業しなかった割合の下限を示している。

12  インフレ率は、中央統計局(Central Statistical Agency)が発表する月次の消費者物価指数をEthiopia Data Portal のサイトより入手した[Ethiopia Data Portal 2021]。なお、直近の指数は2020年7月であったので、これを同年11月の収入に適用している。

13  週当たりの労働日数は、被雇用労働者は平均0.02日、自営業は0.1日増加している。一日の労働時間の変化の平均は10分以下であった。

14  事業所得を売上と混同して回答されている可能性も考えられるので、自営業から得た売り上げのうち消費と貯蓄に利用する金額を別途尋ねている。この変数を利用して表2と同様の推定を行うと、事業所得の減少率は賃金のそれより大きく、変化率の差は統計的に有意であった。

15  自営業から得た売り上げのうち消費と貯蓄に利用する金額についても、その平均値は平均賃金よりも高い。賃金労働は個人自営業よりも収入が高く安定した雇用だと考えられることが多いが、Blattman and Dercon[2019]は、エチオピアで実施したランダム化比較試験(RCT)を通じて、職歴の短い若者では個人自営業の収入の方が賃金労働よりも高いことを示している。

16  変化率で比較した場合、自営業の製造、交通・運輸、建設、その他サービス業の順に減少率が大きい。

17  2020年2月に被雇用労働者か自営業であった317人のうち、17人(表3に赤で表示)が職を失った。また、無職であった59人のうち11人(青で表示)が雇用を得ている。

18  2020年2月に労働参加していない21人のうち19人は11月も同様であった(表3)。パンデミック前には、不参加の女性の半数は労働参加に転じていた。

参考文献
 
© 2021 日本貿易振興機構アジア経済研究所
feedback
Top