アフリカレポート
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特集 アフリカにおける難民保護と「帰還」
特集にあたって――「帰還」をめぐる神話と実態を再考する――
杉木 明子
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2023 年 61 巻 p. 1-4

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2022年7月時点で最も高い関心を集めている難民問題のひとつがウクライナから避難する人々の問題であろう。国連難民高等弁務官事務所(United Nations High Commissioner for Refugees: UNHCR)によると、2022年2月24日にロシアがウクライナ侵攻を開始し、同年7月13日の時点でヨーロッパ近隣諸国に避難したウクライナ人は約580万人におよんだ。多くの国は比較的寛大にウクライナ人を受け入れている1。しかし、この裏に顧みられていない難民・避難民問題がある。その一例がウクライナに滞在していたアフリカ人・アフリカ系人の移動である。彼(女)らが隣国へ避難しようとした際、恣意的に越境を阻止されたり、入国を拒否され、国境付近で滞留を余儀なくされた[Pronczuk 2022]。グローバル・ノースであれ、グローバル・サウスであれ、多くの国は庇護希望者、庇護申請者、難民の受け入れに消極的であり2、アフリカ人がウクライナから隣国への越境を阻まれた問題は稀有な事例でない。

2010年代半ば以降、世界各地で難民数は再び増加し、庇護国に5年以上滞留する、「長期滞留難民」も増えている。このような状況を反映し、世界各地でノン・ルフ―ルマン原則を逸脱または違反した政策が実施されている。同原則は、生命や自由を脅かされかねない人々が入国を拒まれたり、またはそれらの場所へ追放したり、送還することを禁止している。だが、現実には同原則を回避または違反する政策が行われている。出入国管理の厳格化や海上警備の強化により庇護希望者の越境を阻止する「押し戻し(Push Back)」政策や、安全や治安が確保されていない出身国へ庇護申請者や難民の意思に反して帰還させる政策はその一例である。

UNHCRは難民問題の恒久的解決策として、①庇護国定住、②第三国定住、③帰還という3つの方策を掲げ、1980年代半ば以降、③を最も望ましい恒久的解決策とみなし、推奨してきた。1980年代以降、難民の帰還は1990年代前半および2000年代前半に突出して多く、2000年代半ば以降減少しているが(参照)、恒久的解決策のなかで最も多く難民へ適用されている方策は帰還である。1990年から2021年末の時点で、市民権を取得した難民は計5万6585人、第三国定住した難民は計329万5297人であり、帰還した難民は計2928万9797人であった3。難民の帰還の前提となってきたのは「自発的帰還(Voluntary Repatriation)」である。1951年難民の地位に関する条約、1967年同議定書に記されているノン・ルフ―ルマン原則、1950年UNHCR規程、1969年アフリカにおける難民問題の特殊な側面を規律するアフリカ統一機構条約などが法的根拠となっている。だが、帰還の「自発性」に関しては論議を呼んでおり、同時に難民受入国やドナーは、難民の意思に反する帰還政策を強行するケースが増えている。その結果、帰還した難民(以下、帰還難民)は再び紛争や人権侵害に直面し、第二次、第三次移動を行っている[Zetter 2021]。また大量の帰還難民の移動は帰還難民受入地域において土地や資源をめぐる対立を招いたり、政治的、社会的不安定化をもたらす要因となる場合もある[Camarena 2016; International Refugee Rights Initiative et al. 2019]。

(出所)UNHCR, Refugee Data Finder(2022年8月1日閲覧)より筆者作成。

サハラ以南アフリカ(以下、アフリカ)は世界有数の難民発生地域であるとともに、一時期を除き、帰還難民数が世界で最も多い地域である。2021年末の時点でアフリカ諸国に帰還した難民は全世界の約90%を占めている4。帰還には多様な分類が可能であるが、(A)難民受入国と難民出身国の政策と法的権利、(B)UNHCR、ドナー諸国、NGOなどによる支援、(C)難民・帰還難民の受入国・受入地域との関係という3つの側面から、以下のように5つのタイプに大別できるだろう5

① 紛争の終結、民主主義体制の確立など難民出身国の政治状況が根本的に変化し、帰還

② 難民出身国で紛争終結後の平和構築、民主化などの政治移行期における帰還

③ 難民出身国の政治または軍事的圧力による帰還

④ 難民受入国における政治・治安状況の悪化に伴う帰還

⑤ 人権侵害や紛争が継続している難民出身国または出身地域へ帰還

上記はあくまでも帰還のパターンを単純化したモデルである。帰還には複合的な要因や移動サイクルがみられ、ひとつのタイプに特定できない場合もある。言うまでもなく、難民の帰還のすべてが問題であるわけではない。上記の①~⑤のタイプのなかで、①が帰還の理想的なタイプであるが、実現されたケースは稀であり、出身国の治安や人権状況が改善していないにもかかわらず、非自発的帰還が行われるケースが増加している。

本特集では、アフリカにおける難民の帰還に焦点をあて、様々なアフリカ諸国における帰還難民の実態とそれに付随する諸問題を多角的な観点から検討する。個々の難民の意思や社会ネットワーク、難民出身国や難民受入国の状況、難民支援に関与するドナーとの関係などにより、難民の移動パターンは多様である。移動は生計戦略と結びついているため、出身国(またはルーツのある国)への移動が、定住を目的とする帰還なのか、一時的な訪問なのかといった線引きが難しいケースもある。しかし、帰還という視点から人の移動を考察することは現在の恒久的解決策の問題や難民政策の課題を明らかにするのみならず、地域の安全保障や平和構築支援を模索する上でも意義があると考えられる。

本文の注
2  ここでは、迫害や紛争等から逃れるために国境を越えて移動し、庇護(難民)申請を提出していない人を庇護希望者、庇護申請を行った人を庇護申請者とし、庇護申請が審査され、難民として認定された人を難民とよぶ。ただし、便宜上、庇護希望者、庇護申請者も難民と表記する場合がある。

3  UNHCR, Refugee Data Finder (2022年8月2日閲覧).

4  UNHCR, Refugee Data Finder (2022年8月25日閲覧).

5  帰還の分類にあたり、Stein[1994, 56]を参考にした。

参考文献
 
© 2023 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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