アフリカレポート
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資料紹介
Evan Lieberman, Until We Have Won Our Liberty: South Africa after Apartheid. Princeton and Oxford: Princeton University Press, 2022, xiii+326 p.
牧野 久美子
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2023 年 61 巻 p. 23

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著者は南アフリカを主要な研究対象国のひとつとする、米国の比較政治学者である。アパルトヘイト後の南アフリカの民主主義がテーマの本書は、四半世紀にわたる著者の南アフリカ政治研究の集大成ともいえる。

本書は全9章構成で、最初の2章と最後の章では、モハレ・シティ(Mogale City)の2019年総選挙の前後の様子――第1章は選挙運動、第2章は選挙当日、第9章は選挙結果がそれぞれ扱われる――が描かれている。モハレ・シティはジョハネスバーグに隣接する中規模な自治体で、その中核都市は「クルーガーランド金貨」に肖像を刻まれたアフリカーナー政治指導者の名を冠するクルーガースドープ(Krugersdorp)である。著者は南アフリカ全体を対象とするサーベイ・データや国際比較のための大規模なデータセットを随所で援用しつつ、アパルトヘイトの歴史の痕跡を色濃く残すこの自治体を南アフリカの「マイクロコズム」ととらえ、そこで民主主義がどう機能しているのかをつぶさに観察した。

実質的な総論にあたる第3章で、アパルトヘイト後の南アフリカにおける「民主主義の価値」をデータに基づき客観的に検証するという本書の問題意識が説明される。続く第4章は人種主義と暴力に満ちた南アフリカの歴史を手際よく整理しており、民主化以前の南アフリカにおいて人々の尊厳がいかに奪われていたか、人種による分断がいかに深いものであったかを読者に思い起こさせる。第5章で民主化後の新たな政治制度を概観したあと、著者は第6~8章でアパルトヘイト後の南アフリカで生じた政治的・物質的・社会的変化を検討する。これらの章では、政治的競争を通じて民主的なアカウンタビリティが向上していること、住宅・水道・電気・社会保障・医療へのアクセスといった生活の物質的側面における着実な改善が観察されること、そして多様な背景をもつ人々が共存し、人としての尊厳が尊重される社会へと向かっていることが、民主化以前の南アフリカとの比較、同時代的な国際比較、そしてモハレ・シティのケーススタディを通じて示される。

本書の分析をとおして著者は、民主主義はアパルトヘイト後の南アフリカに「尊厳ある発展」(dignified development)をもたらしており、南アフリカの民主主義は大きな成功を収めている、と主張する。汚職の蔓延や経済の低迷、移民排斥(ゼノフォビア)など、近年の南アフリカは気の重くなる話題に事欠かないが、著者は、そうした否定的な側面についても率直に語りつつ、目の前にある問題への不満や批判が、民主主義自体への幻滅を呼び込んでいることに警鐘を鳴らす。フェアな比較を通じて南アフリカの民主主義の価値を再認識することのできる良書である。

牧野 久美子(まきの・くみこ/アジア経済研究所)

 
© 2023 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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