アフリカレポート
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資料紹介
Yannick I. Pengl, Philip Roessler, and Valeria Rueda, “Cash Crops, Print Technologies, and the Politicization of Ethnicity in Africa.” American Political Science Review, Vol.116, No.1, 2022, pp.181–199
菊田 恭輔
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2023 年 61 巻 p. 24

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アフリカにおいて民族(ethnicity)はいつ、どのような理由から生まれ、そして政治化するようになったのだろうか? 政治学、殊に計量政治学では、民族を所与のものとして扱うことが多く、その起源については体系的な研究がなされてこなかった。こうした問題に対処するため、Penglらは「換金作物」と「活版印刷」というふたつのキーワードから分析を行っている。

まず、Penglらは換金作物への大転換に注目する。19世紀から20世紀にアフリカ経済は奴隷貿易から換金作物の輸出に構造転換したが、それは換金作物の栽培に適した土地に住む人々とそうでない人々の間で格差をもたらした。さらに、「持てる者」は自らの土地に「持たざる者」が移ることを防ぐために、民族意識を強調し、土地所有権を確立していった。結果として、民族はより排他的なものとして意識され、同時に政治化していった。

これらと同時に、植民地期のアフリカではキリスト教が布教され、活版印刷の登場とともに聖書が広く流布された。また、在地の宣教師が聖書を現地の言葉に翻訳することで、言語の標準化が進んだ。こうした結果、同じ言語を用いる集団のなかで共同体としての意識が芽生え、民族意識が生まれていった。ただし、換金作物の場合と異なり、民族は排他的なものでなく、言語的に近い集団から遠い集団まで同心円状に広がる緩やかな共同体として意識された。

これらの仮説を検証するため、Penglらはふたつのデータ分析を行っている。まず、Ethnologueに掲載されている民族集団を対象に、換金作物の栽培に適した土地に分布している民族ほど、そして民族が使用している言語でキリスト教の刊行物が出版されているほど、民族としての意識が高いことを示している。つぎに、個票データ(Afrobarometer、Demographic and Health Survey)を用いて、換金作物の栽培に適した土地に住む民族は他のどの民族とも結婚することが少なく、活版印刷の影響を受けた民族は言語学的に遠い民族と結婚することが少ないことを示している(一方、言語学的に近い民族との結婚を避ける傾向はない)。

本研究はアフリカの民族の起源という壮大なテーマを丹念にデータで実証した点で高く評価できる。換金作物や活版印刷の役割については地域研究や定性的研究で度々議論されてきたものの、それらをアフリカ全体に拡大し、データで分析した点に本研究の最大の強みがある。地域研究の知見を計量政治学に取り込むことは重要であり、今後のトレンドのひとつになるだろう。

菊田 恭輔(きくた・きょうすけ/アジア経済研究所)

 
© 2023 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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