アフリカレポート
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資料紹介
フレッド・グレイ 著 『ヤシの文化誌』 上原ゆうこ訳 東京 原書房 2022年 262 p.
佐藤 章
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2023 年 61 巻 p. 51

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原著は2018年にロンドンの出版社Reaktion Booksから刊行された。草花、樹木、果樹などの一種を取り上げ、文化や社会に与えた影響を掘り下げる、同社の「植物学(Botanical)」というシリーズの一冊で、原著のタイトルは簡潔にPalm(ヤシ)の一単語である。熱帯のイメージが強いヤシは、バラ、マツ、リンゴ、チューリップなど温帯世界になじみ深い種が多い同シリーズの中では異色である。アフリカの歴史と人々の生活にも深く関わるヤシをこの本はどのように取り上げているだろうか。序章は、そのような期待の意表をつくようにロンドンがヤシで満ちた街だという話題から始まる。植物園の展示、美術館やホテルの植栽、博物館に飾られた絵画や品物、パーム油産業の巨大企業、食品、王家の紋章など、ヤシの樹そのもの、表象、加工品がロンドン中に見られることが語られる。ヤシという植物はなぜ「現代の場所や人々にとってこれほど重要なものになったのか」――本書ではこの問いを切り口にしてヤシをめぐる歴史と地理が語られていくことになる。

中東での文明の勃興を支えたナツメヤシ栽培、インド洋を舞台としたココヤシの伝播、産業革命を背景とした、アブラヤシの原産地である西アフリカでのパーム油産業の成長、東南アジアへのアブラヤシの移植といった、ヤシをめぐる大きな歴史的局面が豊富な図版とともに紹介されていく。今日の食品産業にとってパーム油の存在感が圧倒的なものとなっていることも強調される。本書後半では、ヤシの表象としての側面が描かれる。ヤシは西欧では古代より勝利や成功のシンボルとして位置づけられていたものが、植民地帝国の拡大を通して熱帯へのエキゾチズムのシンボルとしての意味も担うようになったという。さらに著者は、映画『地獄の黙示録』を例にヤシには暴力のイメージもまた付け加わっていると分析する。このような表象に関する分析が示されることにより、コモディティとしての側面にとどまらず、多角的にヤシを見る視点を獲得できるところが本書の出色の点だと言える。

著者Fred Greyは建築史の専門家で、イギリスにおけるビーチリゾートの歴史についての研究を行ってきたそうである。人々のまなざしやイメージの側面を捉えることに長けている専門家ならではの本と感じさせられた。人文学的な視点を地域研究に取り入れていく手法の参考としても興味深い本である。

佐藤 章(さとう・あきら/アジア経済研究所)

 
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