2024 年 62 巻 p. 46
近年日本では、高校で必修の歴史教育において「日本史」「世界史」の区別が取り払われ、そのうえで、日本を含む世界の歴史を現代的な問題意識のもとで総合的に学ぶ課程になったという。本書はこの歴史教育改革への応答としてなされた試みのひとつであり、高校生から一般までを想定読者に含め、19世紀以降のヨーロッパ近代史を中心に、南北アメリカ、アフリカ、日本にも言及しつつ、「過去と現在の対話」をキーワードとして歴史を捉え直す多様な視点を示している。
「中世」と「近代」の間にさかのぼり、「ルネサンス」などとしてこれまで強調されがちだった「画期性」の相対化と「過去の読み替え」を試みるのが第1章である(p.22)。クラシック音楽やおとぎ話が手掛かりとされるこの章では、「ルネサンス」概念が実は19世紀になって創られたことが描かれたうえで、その時代に至るまでの17世紀以降のヨーロッパの変容が示される。つづく第2章は、19世紀イギリスで描かれた戦争絵画を入り口として、画中の人物一人一人を克明に読み解き、国民の創生から戦勝の影の犠牲者、そして19世紀版の民主主義の後退までをも照射する。本書の後半でより中心となってくるのは、アフリカへの言及である。動物愛護がヨーロッパにおいてやっと19世紀になって共通の認識になってきたことを示す第3章では、人間が感情の存在を想像する「他者」として、動物、子ども、奴隷、そして「黒人」が地続きに取り上げられる。人種主義という課題の深刻さが、叙述の構成からも読み手に伝わってくる。第4章は、非ヨーロッパ世界へのキリスト教伝道が試みられた19世紀における、ヨーロッパと、日本人を含む「現地の人々」との接触を、万博における「人間の展示」などをめぐって現在的関心から捉え直す。第5章「世界を食い散らかす」は、植民地主義のもとでの19世紀のアフリカ分割と南アフリカのボーア戦争を取り上げる。ベルギー国王の私領とされたコンゴでの凄惨な住民虐待がたどられ、その上で、アフリカから奪った文化財および遺骨の返還が、21世紀のいまになってヨーロッパ諸国で試みられていることが紹介される。
高校教育への貢献が視野に入っているだけあって、本書は図版も多く、その語り口はどこから読んでもとりつきやすく読みやすい。「歴史を叙述するとはなんと厳しく、難しい作業なのだろう」(あとがき)と述べる著者は、読者に「二一世紀の世界で、わたしたちは、さまざまな植民地主義と帝国主義の顛末とともに生きている」(p.221)ことを多角的に、そして分かりやすく示してくれる。歴史に興味を持つ人全般はもちろん、アフリカに興味のある読者にもとりわけおすすめしたい一冊である。
津田 みわ(つだ・みわ/アジア経済研究所)