2024 年 62 巻 p. 47
著者が東京外国語大学で所属していた「フィールドの人類学」をテーマとするゼミでは、学生はそれぞれの関心に応じて何らかのフィールドワークに取り組み、その成果を卒業研究にまとめることとなっている。著者がそのためのフィールドに選んだのがガーナであった。留学生としてガーナ大学に籍をおいた著者は、現地の友人の家族の元に招かれてガーナ各地を訪問するなかで、血縁や姻戚関係にとらわれずに自在に拡張していくガーナ人の家族観やケアのあり方に心を惹かれるようになり、家族観やライフヒストリーの聞き取り、小・中学校でのアンケート調査などのフィールドワークを重ねていった。本書は、これらのフィールドワークの成果として書かれた著者の卒業研究をもとにしたノンフィクション作品である。
本書は5つの章から構成され、各章にはそれぞれ10篇前後の短いエッセイが収録されている。第1章では、著者のガーナ留学の経緯が、ガーナの社会や文化の紹介とともに説明される。第2章では、フィールドで「世話される」経験から著者が得た気づきが、日本での祖父の介護経験と照らし合わせながら描かれる。第3章および第4章では、生物学的な親以外のさまざまな人びとの子育てにおける役割が、具体的なエピソードを通じて示される。最後の第5章では、フィールドで出会った人びとと著者とのあいだの、血縁を超えた「家族」としての関係性が考察される。
ゼミの担当教員である大石高典氏が執筆した本書所収の解説によれば、ガーナ留学からの帰国後に著者は、フィールドで自らが感じた情動を十分に表現するには論文という形式は合わないという理由で、卒業研究の形式を卒業論文から卒業制作に切り替えたという。本書で瑞々しい筆致で描かれている、フィールドでのこぼれ話や、個人的な人間関係にまつわるエピソード、著者の内省などは、論文という形式の文章からは、主題の提示と論証のために不必要な情報としてそぎ落とされてしまったであろう。本書には、「ガーナ流」の流動的で柔らかな家族関係や家族観が、そこに内包されるジェンダー規範の問題も含めて細やかに描写されている。同時に本書は、日本で生まれ育つなかで無意識に内面化されていた固定的な家族観が、ガーナの人びととの関わりのなかで解きほぐされるという、著者自身の経験を綴った成長物語ともなっている。
フィールドワークの経験がもたらす自己変革を一人称で描ききった本書は、学術研究のためだけにとどまらないフィールドワークの力と可能性を感じさせる一冊である。著者はもとより、著者の研究をサポートし、本書を世に出すために尽力された教員の方々にも拍手を送りたい。
牧野 久美子(まきの・くみこ/アジア経済研究所)