日本地理学会発表要旨集
2003年度日本地理学会秋季学術大会
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ヨーロッパ統合時代のフランス・ドイツ・スイス国境地域(1)
バーゼル国境地域における人口流動と地域的機能分担
*呉羽 正昭小田 宏信
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p. 71

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抄録
 本報告および次の4報告は,手塚章(筑波大)を代表者とする科学研究費補助金「フランス・ドイツ国境地帯における地域統合の空間動態(2001・02年度)の研究成果である。2002年度は,バーゼル大学,フライブルク大学およびストラスブール大学を拠点にして調査を行った。調査対象地域は,第1にフランス・ドイツ・スイスの3国に跨る国境地域であり,第2にアルザス地方である。これらの地域は,ライン川の上流部に位置し,ヨーロッパにおいて統合に向けてのさまざまな政策がなされると同時に大きく変化してきた地域でもある。 本研究は,上述の地域のうちフランス・ドイツ・スイス3国の国境地域(以下バーゼル地域)を研究対象としている。本研究の目的は,バーゼル地域における国境を越えた人口流動の特徴について明らかにすることである。本研究で分析する人口流動の指標は,国境越え通勤および国境越え買物行動による往来の2つである。また前者については,企業立地や地域的機能分担という視点から考察を加える。さらに,これらの結果,本地域における国境が有する意味を示したい。 まず通勤流動についてであるが,本地域の通勤者流動は,フランスからスイスとドイツへ,ドイツからスイスへといった形態で特徴づけられる。2001年のスイスでの統計によると,フランスおよびドイツからバーゼル市カントンおよびバーゼル・ラントシャフトBasel Landschaftカントンへの越境労働者は約4.5万に達する。その3分の2はフランスから,残りの3分の1はドイツから通勤している。次に,送り出し地域としてのフランスに注目する。1999年,アルザスのHaut-Rhin県からの越境労働者数は約4万に達する。このうち8割はスイスへ,残りはドイツへ通勤している。Haut-Rhin県からの越境労働者の分布には,労働地への近接性が大きく作用している。すなわち,県の南東部ではスイスへの,北東部ではドイツへの通勤者が卓越する。とくにバーゼルに近接するHuningueカントンでは,全体で2万に達する労働者人口のうち約半数がスイスに通勤している。こうした国境を越えた通勤流動の背景には,バーゼルにおける産業構造の特徴,さらには3国間における著しい賃金格差が存在する。後者についてアルザスを基準とすると,ドイツのBaden-Wuerttemberg州の賃金水準は約1.5倍,さらにスイス北西部との較差はそれ以上である。 3国間の賃金格差は,逆にスイス企業およびドイツ企業のアルザスへの進出を促進している。本地域における国境を越えた資本流動・産業連関によって,バーゼル地域における3国間の地域的分業,すなわち,本社・研究開発部門(スイス),熟練労働力部門(ドイツ)および未熟練・低賃金労働力部門(フランス)が明瞭になりつつある。 また,本地域では買物のための往来も非常に盛んである。バーゼルでは,本地域において高価な買回品の品揃えが最も進んでいる。一方,フランスでは安価な食品など,ドイツでは衣料品・家電品などにみられる品揃えの多さが国境を越えた往来に大きく影響している。 バーゼル地域では,EU統合の進展とともに越境行動は簡易化され,量的にも増加がみられる。同時に,国境を越える地域連携の深化がさまざまな局面でみられるが,これが企業行動の国境を越えた活動をもたらし,個人の移動の際にも多くの便宜がはかられている。本地域において国境を越えた人口流動がこのように顕著であるのは,一つにはスイスの存在が大きく影響していると考えられる。スイスはEU非加盟でありながら,本地域の地域連携を推進してきたリーダーでもある。フランスとドイツという2国間では比較的単純にとらえられる地域格差が,スイスの存在によって,より大きく,また複雑なものとなっている。
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© 2003 公益社団法人 日本地理学会
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