_I_ 問題の所在 本稿では,棚田の持つ多面的機能に着目し,その適正な機能管理の方法論を議論する.具体的には,多面的機能の経済的評価手法を地理的視点から再評価することを意図している.
_II_ 棚田の持つ多面的機能と経済的価値 棚田の持つ多面的機能は,米の生産や国土保全機能,アメニティの創出など,多岐にわたる.そして,これらの機能は,利用価値と非利用価値とに分類することができる.さらに,前者は直接利用価値,間接利用価値,オプション価値,遺贈価値,後者は存在価値として細分することが可能である.この価値体系に基づくと,棚田の持つ直接利用価値以外の多面的機能は,当該農地の農業従事者以外の地域住民や全人類,将来世代にとっての価値で,公益性の高い価値であるといえる.
棚田の持つ多面的機能の直接利用価値以外の価値は,公共財,地域固有財,不可逆性,時間的・空間的階層性,という4つの性格持つ.これらの性格は,棚田の持つ多面的機能を経済的に評価し,将来世代への遺贈を意図した適正な管理を行う根拠となる.同時に地理的な視点からの議論の必要性を示している.評価される棚田や評価する人間は地理的に存在し,両者の関係性も極めて地理的側面を持つためである.
_III_ 多面的機能の経済的評価手法 【仮想市場評価法】:棚田の持つ存在価値まで計測できる,汎用的な手法である.環境を変化,もしくは維持することによって消費者が得る効用の変化分を,財に対する支払い意思額(WTP)から推計する.このWTPを環境の価値とみなす.WTPは財と被験者の居住地との距離について距離減衰性を示すことを踏まえ,村中(2003)は距離変数を評価プロセスに組み込んだ.
【トラベルコスト法】:棚田の持つレクリエーション利用価値を計測する手法である.評価対象の棚田への訪問回数のデータから,レクリエーション価値を享受する母集団全体の訪問回数を推定する.訪問回数の推定には,訪問回数が個人の居住地や属性が影響を及ぼすことを前提に,独立変数を操作することにより得ることができる.
【便益移転】:CVMやTCMなどで評価された既存評価結果から,目下政策的論争となっている評価対象財の価値を予測する手法である.近年,経済的かつ迅速的な環境評価に関する行政側からのニーズの高まりから,日本においても研究が盛んに行われ始めている.手法には,原単位による移転,便益関数移転,などがある.現在では,後者の技術的開発が主流となっている.便益移転は「便益の地理的移転」であり,地理的属性を変数に組み込んだモデルの構築が求められる.
_IV_ 経済的評価と地理的分析の視点 【地理的特性の把握】:棚田の経済的価値を評価する際に,棚田および周辺環境の時間的,空間的情報を整備する必要がある.地理的な基礎情報の整備は,調査の被験者に対する視覚的データの提供を可能にする.被験者に対するわかりやすい情報の提供により,円滑な調査が可能である.
【受益圏の特定】:財の持つ各種機能ごとに受益者の特定を行い,母集団を特定する.機能別にWTPの距離の摩擦効果が異なる場合,地理的特性を再評価する必要性がある.
【空間的変数の計測】:評価モデルの構築において,直接的な利用を伴わない財の評価ではユークリッド距離,直接現地へ移動して消費する財をTCMで評価する場合,ネットワーク距離を検討すべきである.
_V_ 問題点と今後の課題 【パネルデータの整備】:迅速かつ精緻な分析を意図し,棚田および周辺環境に関するパネルデータの整備が必要である.棚田の経済評価に関する既存の研究成果が一定の蓄積をみているが,この成果を活用して,便益の時間的,空間的移転を伴う便益移転を行う場合,環境情報のパネルデータ整備は必須である.
【距離計測の及ぼす評価額への影響の検討】:距離計測のプロセスが与える評価額の変動を検討すべきである.つまり,評価の空間モデルの構築での,_丸1_縮尺スケール別の棚田の座標値特定,_丸2_被験者の居住地の特定と集計単位問題,_丸3_空間的変数の計測モデルへの適切な導入,の検討である.
【GISの活用】:GISでは,環境アセスメントや景観計画を意図した環境評価における精緻な空間分析が可能である.また,評価プロセス中にGISを位置づけることにより,視覚的でわかりやすいサーベイデザインを構築することが可能である.
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