抄録
1.はじめに黄土高原(東経100_から_115°,北緯34_から_40°)は,乾燥地域と半乾燥地域の境界領域に位置し,その大半は7_から_9月にもたらされる夏雨地域である.黄土高原は中国でも有数の小麦生産地域であるが,小麦は最高気温の出現する7月末に収穫され,作物の生育期にあたる3_から_6月の降雨量が少ないため,前年の夏(8_から_9月)に降った雨を土壌中に浸透・保持させて翌年の発芽・生育をはかっている(Ohmori et al.,1995).したがって,夏季の降水の要因を把握することは,農業的見地からも重要な課題である.ところで,初夏の東アジアの循環場は,太平洋寒帯前線に属する梅雨前線帯に特徴づけられる.梅雨前線帯は,7月中旬から8月中旬にかけて華北地方へと北上するが(Matsumoto,1985),この梅雨前線帯の北上と黄土高原における降水量の増加の時期は,ほぼ一致する.また,半乾燥地域に降水をもたらす為には水蒸気の外部からの供給が不可欠であるが,黄土高原の水蒸気収支は,7月にはタクラマカン砂漠に似ているが,流入・流出が共にタクラマカン砂漠よりも強く,且つ水蒸気の多くは南から流入して,収束が1年の中で最も大きくなる(Yatagai,2003).黄土高原に水蒸気をもたらす気流系は,降雨季の前半と後半で大きく異なり,6・7月にはベンガル湾からの南西風の一部,8月には北太平洋高気圧の西縁部の南東風によってもたらされる(大和田ほか,2004).また,黄土高原付近は5_から_9月を通じて傾圧帯に位置しているが,そこに供給される水蒸気量の増大によって,7月から8月を中心とする降雨季が現れる(大和田ほか,2004).したがって,黄土高原は,降水量の年々変動が激しい特徴を持つが,その要因も大規模場の気流系の変化に伴う黄土高原への水蒸気の流入の増大と関係することが示唆される.しかしながら,黄土高原の降水は半乾燥地域特有の短時間の集中豪雨でもたらされることから,年々変動の要因を明らかにする為には月平均のみらなず日単位での議論が必要である.そこで,本研究は,黄土高原の多雨時における降水の地域的特徴やその要因を,水蒸気を輸送する気流系のとの関係から明らかにすることを目的とする.2.解析手法黄土高原における降水の年々変動を,中国気象局による降水量観測地点180地点のうち黄土高原付近に属する22地点の平均値を用いた降雨季(5-9月)の総降水量を用いて,1979から1992年の14年間について明らかにする.さらに,降水の日別変化,および地域的特徴に着目する.また,降水の地域的特徴と降水の要因を考察する為に,NCEP/NCARの日別再解析データを用いて,水蒸気輸送場,および高度別ベクトル平均風向を示した.3.黄土高原の多雨年の降水の特徴 黄土高原における降水の経年変化の特徴は,対象期間14年間で多雨年7年,少雨年7年と同数であるが,多雨年においては比較的降水量が多い年が複数年存在した.最も降水量が多い1984年は,8月を除いてすべての月で平均を上回り,降水のピーク(7・8月)前の6月とピーク後の9月に特に多くの降水がもたらされていた.また,1983・1985年では,降雨季の開始の5月と終了の9月に平均を30mm以上上回る降水がもたらされていた.一方,1988年は,5・7・8月に平均を上回っており,特に降水のピーク時の7・8月で平均を30mm以上上回る降水がみられた.したがって,黄土高原の多雨年には,降水のピーク時以外に降水量が平年を大きく上回る場合と,降水のピーク時の降水量が平年を大きく上回る場合の2パターンが現れた.また,多雨年の降水の地域的特徴は,5・9月に降水量が多い年は黄土高原の中央部から東部,6・9月に降水量が多い年は南部,7・8月に降水量が多い年は中央部から北東部で降水量が多い特徴がみられた.4.降水日における気流系の特徴降水日における水蒸気輸送は,降水日前後よりも黄土高原への水蒸気の供給量が大きく,且つ水蒸気の輸送方向と黄土高原の降水の地域的特徴に関係が現れた.また,黄土高原の上層の気流系は,偏西風が卓越して黄土高原が傾圧帯に位置すると同時に,黄土高原の西側にトラフの形成がみられた.以上のことから,黄土高原の雨は,傾圧帯に位置し,且つ水蒸気の流入の増大によってもたらされ,水蒸気輸送の方向が降水域を決定することが明らかとなった.