抄録
1. はじめに
西日本は,世界的に見ても降水量が多い地域であるが,南北をそれぞれ中国山地や四国の山脈で仕切られた瀬戸内型の気候区にだけは,降水量が相対的に少ない。瀬戸内地域が夏・冬とも地上付近の平均風の風下側に位置するためと学校で使われている教科書や地図帳には説明されている。しかし,暖候期における瀬戸内側と太平洋側のとの降水量の差は,月平均的状況が毎日のように起きた結果ではなく,ある特定の気象状況に対応する降水量分布が度々出現することによって,期間を通した差も顕著に見られうることが予想される。
ところで,東アジアの気候システムは,地球規模のアジアモンスーンシステムの季節進行の影響を受けて,急激で段階的な季節進行を行う。例えば暖候期のみでも,梅雨へ向かう細かいが大変明瞭な季節遷移,更に梅雨から盛夏,さらには秋霖への変化がある。本研究では,そのような日々の現象の集積としての瀬戸内型気候の特性の実現に着目して,東アジアの季節進行と年々変動の位置づけの中で解析に着手した。
今回はその序報として,高知市と岡山市との降水量の差に注目した予備解析の結果を報告する。日降水量に関しては,1971_から_2001年の地上気象官署のデータを気象庁編集のSDPデータ(CD-ROMに収録)から抽出し,半旬平均や月平均値も求めて解析に利用した。本研究では,この31年間での平均を,単に気候値と呼ぶことにする。
2. 高知と岡山の降水量の季節進行(気候値)
季節進行の背景として,まず長崎(九州),東京(関東),岡山における半旬積算降水量の気候値の季節進行を吟味した(図は略)。よく知られているように西日本側と東日本側では梅雨期と秋雨期の降水量の相対的な寄与が異なるが,長崎においては,盛夏の後の降水の極大が,秋雨の時期よりもむしろ8月の下旬から9月はじめ頃に見られる点も興味深い。これは,台風あるいは北から南下する前線の暖域での降水の寄与があると考えられるが,今後の興味深い特徴である。
岡山と米子や高知の降水量と比較すれば,冬には,日本海側の米子に比べて岡山や高知の降水量は少ないが,暖候期の高知と岡山の降水量の差は,冬の米子と岡山との差に比べてもかなり大きい。高知と岡山の降水量の差は,日本付近に周期的に温帯低気圧が通過しやすくなる3,4月頃から秋雨が終わる9月一杯ぐらいまで大きな値となっている(図2)。
興味深いことに,日本列島が梅雨最盛期となる6月後半_から_7月前半には,一旦,高知と岡山との降水量の差が極小となる。盛夏の頃から,高知と岡山との降水量の差が大きくなるが,その差が最も大きいのは,盛夏というよりはむしろ,8月のお盆の頃から,秋雨期の9月末までの時期である点が注目される。
3. 高知と岡山の月降水量の年々の変動の季節性
高知と岡山の月降水量差の気候値は,4月以降に大きな値を示すが,4,5月における年々お変動は小さい(図3)。しかし,梅雨期の6月以降には年々のばらつきも大きくなり,8月から9月にかけて特に大きくなる。月降水量の年々の時系列によれば(図は略),6月以降,四国の太平洋側の高知で月降水量がとりわけ大きくなる年が時々出現している。特に9月には,高知の月降水量が1000ミリを越えるような極端な年が数は少ないが幾つかある。一般的に,台風,台風と南東斜面での南東_から_南風の持続,秋雨前線,秋雨前線と台風との相互の関わり,などによって数日のうちに何百ミリもの降水が起きることもこの時期はしばしばあるので,今後は,各時期における日々の気圧配置型と降水量の差との対応に関する統計的調査と総観気象学的考察について,東アジア全体の季節進行の位置づけの中で行う予定である。