抄録
1. はじめに
報告者が勤務する学校は中高一貫の男子校である。入試を経て入学しているため,基礎学力は高く,地名等の知識は相当持っている。しかし,入試学力は単なる暗記を中心としたもので有機的なつながりは少なく,実際の空間認識や社会認識と乖離しているため,短期間で忘れていく。本校では,中高時代に地域を科学的に認識する力を養うことや,生徒が各自で具体的な世界像を組み立てることができるような地理教育を目ざしている。
2.知の後退と生活感の欠如
近年の状況に知の後退があげられる。現在の学校現場において「学びからの逃走」は深刻である。幅広い知識を貪欲に吸収しようとする生徒はめっきり減少した。IT機器を駆使して要領よくレポートをまとめる能力には長けているものの,多面的に考察する力は年々衰えている。小学校における「新学力観」にもとづく支援型の学習形態により,発表したりすることは得意となったが,論理的な思考力が涵養されていない。また興味関心の及ぶ範囲が非常に狭く,周囲に対する配慮に欠ける生徒が多い。小さいころからの生活感の乏しさやコミュニケーション能力の衰えに起因しているものと思われる。地理学習は生徒の生活空間を基礎として展開するものである。したがって,自分の生活する空間への興味や関心がないと学習が非常に進めにくくなる。生徒の生活に引きつけるとともに,生徒に役立つ授業がますます必要とされている。
3.新しいカリキュラムの構築をめざして
このような中で,単位数も減少した現在,新しいカリキュラムを構築するいくつかの視点をあげてみる。
_丸1_ 現代世界を理解するための視点・・現代世界の構造を理解するために必要な教育内容と教材の選択
_丸2_ 空間を認識し,判断するための視点と方法・・現代的な課題を学習するために最も適切な空間スケールを教材として選択し,ほかの空間スケールとの関わりを関連づけながら,構造的に学習課題を把握できるようにする。また,空間を認識し,判断するための視点と方法,地理的技能の系統的な習得をめざす。
_丸3_ 子どもたちを取り巻く問題を理解するための視点・・子どもたちの発達特性と発達段階をふまえ,学ぶ意味を見いだせる教育内容と教材の選定を行う。また子どもたちが生きていくために必要な空間認識を育てる。
4.地理学習を地域学習ととらえる
地理教育は,いろいろな空間スケールの地域的広がりを対象とするものだとすれば,生徒が世界像を構築する際に,各自の課題に応じて空間のスケールを選択して考えることができるような能力をつけてやればよいと考えられる。たとえばイスラムの問題を考える時は文化圏としてのイスラム地域を選定し,身近で生活するイスラムの人々の文化を考える際は,自分の生活する空間を選定できればよい。つまり,われわれが普段,さまざまな事実を認識する際に行っている空間選択を,地理の学習を通して,生徒も扱うテーマに応じてできるようにすることを一つの目標と定めるのである。下図はその概念を示したものである。空間の規模を4つに分けて,小_から_高の3つの段階でどの地域を中心にして学ぶかを示したものである。これに学習テーマを組み合わせたものを地域学習の根幹にすえてカリキュラムを構成する。小_から_高までを貫く空間規模を設定することによって,地理学習が効果的に展開できると考えている。