日本地理学会発表要旨集
2004年度日本地理学会春季学術大会
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日光国立公園,戦場ヶ原における谷地坊主の形成環境
*尾方 隆幸
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p. 44

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抄録

寒冷地域の湿原や河川では,スゲの叢状突起である谷地坊主が観察されることがある.谷地坊主の形成には,スゲの枯死とその遺体の堆積,流水や動物の踏みつけによる侵食作用,凍上などが関与するとされているが,その分布を決定する要因や詳しい形成プロセスは十分に明らかにされてはいない.本発表では,奥日光の戦場ヶ原で得られた,スゲの生育条件に関わる地下水面の季節変動,および凍結融解作用に関わる気温・地温・積雪条件のデータを提示し,谷地坊主の形成環境について考察する.

野外調査を行ったのは,扇状地扇端と湿原とが接する地域である.この地域では,扇状地側にカラマツ林,湿原側にシラカンバ林が分布するが,このうちシラカンバ林と湿原で谷地坊主が観察される.本研究では,シラカンバ林から湿原にかけて幅5m,長さ50mのベルトトランセクトを設定し,以下の調査を行った.

まず地形断面を測量し,10mおきに1m深までの堆積物を調べた.そして,ベルトトランセクトを5m×5mの10の方形区に分割し,谷地坊主の高さと,非湿原植物の侵入の有無を調査した.植生については,オオアゼスゲのみからなる谷地坊主,主にススキが侵入している谷地坊主,主にミヤコザサが侵入している谷地坊主,および樹木(カラマツ・シラカンバ)が侵入している谷地坊主に区分した.

本発表では,これらの調査結果と,地下水位・積雪深のデータ,アメダス地点の気温データ,地温データを検討し,谷地坊主の形成環境,特に地下水面の季節変動と凍結融解日数について考察する.

戦場ヶ原では,年による変動はあるものの,気温・地温が0℃を上下するのはおおよそ9月下旬から6月上旬までの期間である.この期間のうち,地表面が積雪に覆われて地温がほぼ一定になるのは12月から3月までであるが,河岸など積雪のないところでは季節凍土の形成が顕著である.

湿原の谷地坊主の場合,相対的に基部からの比高が大きく,比高の分布幅が広かった.また,シラカンバ林ではほとんどの谷地坊主に何らかの非湿原植物が侵入していたが,湿原の場合はオオアゼスゲのみからなる谷地坊主が最も多く,非湿原植物の侵入はススキのみであった.これらのデータは,シラカンバ林の谷地坊主が「化石型」であること,湿原の谷地坊主が「現成型」であることを示している.そして「化石型」と「現成型」の分布域の境界は,高水期に地下水面が地表面上に現れる地域,すなわち季節的に堪水する地域の境界とほぼ一致する.

シラカンバ林の谷地坊主を化石化させた理由は次のように考えられる.シラカンバ林では砂層の形成があり,湿原よりも若干標高が高い.しかし,現在の地表面に谷地坊主が確認されることから,砂の堆積は谷地坊主を化石化させた直接の要因ではない.谷地坊主が現成であるためには地下水面が地表面を上下する環境条件が必要であり,このことから考えて,シラカンバ林では地下水面の低下が生じたと推察される.したがって,谷地坊主が化石化した要因は,遠因としての砂の堆積と,直接の要因としての地下水面の低下である.

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