日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会秋季学術大会
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食料の質とフードネットワーク論
*伊賀 聖屋
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p. 10

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抄録
本報告では,フードネットワーク論と呼ばれるアプローチについて紹介する.1.理論的背景と特徴 フードネットワークアプローチの理論的特徴は,食料供給体系に介在するアクターが自らを取り巻く環境に対していかなる主体的対応(解釈,判断,行動など)をとるかという点に着目し,その対応がもたらす食料供給システムの変動プロセスやその帰結を解釈しようとする点にある.もともとフードネットワーク論は,政治経済学的アプローチに対する批判的観点から提唱されたものであり,食料供給システムのグローバル化が必ずしも各国の食料生産に対して均等な発展パターンをもたらすものではないという点に注意を喚起するものであった(Marsden and Arce 1995).すなわち,政治経済学的アプローチでは,食料供給システムのグローバル化に対する各アクターの主体的対応にみられる多様性(地域や自然に根ざした食料の生産,食の安全性への高まりなど)が看過されているというのがフードネットワーク論者の主張である(Murdoch et al. 2000).彼らは,各アクターの環境解釈やそれに基づく行為に着目することで政治経済学的アプローチの限界を補いながら,アクターの織りなす新たな現象を理解しようとしたのである.2.主要な研究者 1990年代後半以降,BSEやGMOなどの一連の食料騒動を契機とした食の安全に対する社会的関心の高揚を背景として,欧米の地理学においてとりわけ地域や自然に根ざした質を重視した食料の生産への注目が高まった.そこでは,地域や自然に固有の食料の質が生産_から_消費を通じてどのようにして構築されていくのかが重要な関心事となり,Banks and Bristow (1999)やIlbery and Kneafsey (2000)にみられるような質の構築の観点からローカル・リージョナルレベルのフードネットワークを分析する研究が進められるようになった. 近年では,ローカルなフードネットワークに関する実証研究の成果を体系化しようとする試みや(Watts et al. 2005),質を重視した食料生産の議論を地域経済の活性化戦略や新たな農村開発のパラダイムとして位置づけようとする研究がなされてきている(Marsden et al. 2000).3.日本の地理学における展望 日本では,有機農業の振興や消費者運動の発展といった動きは食品公害が勃発した高度経済成長期からみられてきた.また地域や自然の特性を生かした食料の生産を農村開発戦略に組み込もうとする動きも別段新しいものでない.しかしながら,近年食料の質に対する社会的関心が漸次的に高揚してきていることや,その一方で有機認証の不正,産地の偽証,海外産有機農産物の移入,ニッチ市場の飽和,食料の質に対する盲目的崇拝といった問題が生起していることを鑑みると,食料の質をとりまく状況は新たな段階へと入ってきているように思われる.よって今日的状況下で,アクターが食料の質をどのように定義して,その定義を具体的にどのような社会的実践に結びつけているのかを実証的に捉えなおしていく作業が必要である.その際,アクターに分析起点を有するフードネットワーク論が有効な分析枠組みを提供してくれよう.また,食料の質は,社会経済的文脈に左右されるものである.すなわち,どのような基準を以って質の良し悪しを判断するかは国家もしくは地域間で異なりうる.よって,日本における食料の質のあり方を把握するために,質の構築に関する実証的研究の蓄積が要される.なお,地域や自然に固有の質を重視した食料供給体系を従来の効率的な供給体系と別個のものとして位置づけるのではなく,両者を相補的なものとして取り扱うことが重要であろう.そうすることにより,日本の食料供給体系を様々な観点から重層的に描出することが可能となるからである.
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© 2005 公益社団法人 日本地理学会
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