日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の118件中1~50を表示しています
  • 篠原 重則
    p. 1
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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  • 古谷 真城, 中山 大地, 松山 洋, 中野 智子
    p. 2
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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  • 佐藤 尚毅, 高橋 正明
    p. 3
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    \Section{I\hspace{1em}は じ め に}短周期じょう乱の気候的な位相固定はこれまで「特異日」として認識されてきた。従来はこうした特異性をより大規模な場の力学と関連づけて調べる研究は十分に行なわれてこなかった。本研究では、より大きな空間スケールで短周期じょう乱の位相固定を解析し、位相が固定されるメカニズムを統計的に調べる。\Section{II\hspace{1em}地上気象データの解析}気象庁による1961$\sim$2000年の地上気象観測データを用いて、海面気圧の気候値の季節進行の中から短周期成分を抽出する。ここでは日別値と11日移動平均との差を短周期成分とする。東京における9月の海面気圧の短周期成分を図1に示す。9月上旬から大きな周期的な変動が見られる。同様の傾向は東日本、北日本の他の地点でも見られる(図は省略)。統計的な検定の結果、月全体でみた短周期成分の振幅の大きさは9月のみ有意に大きいことが明らかになった。\Section{III\hspace{1em}客観解析データの解析}次にNCEP/NCARによる客観解析データを用いて、海面気圧と300\,hPa面高度について同様に季節進行の短周期成分を解析した。9月中下旬においては、図1に対応して西風ジェット上に総観規模の波列が見られ、また西から東へ伝播していることや上層で位相が西にずれていることが確認された(図は省略)。このことから、図1に見られるような短周期の振動は傾圧不安定波によるものであり、傾圧不安定波の位相に統計的に有意な偏りがあることが示される。西風ジェット上の波列状のパターンは9月10日頃から明瞭になる。そこで統計的に位相が固定した波列の起源を調べるため、9月8日と10日の300\,hPa面高度の分布を調べた(図2)。東へ伝播する総観規模の波列は、ヨーロッパから西風ジェット上を伝わってくるというよりは、シベリアで有意な偏差が始まっていることが分かる。またチベット高原でも有意な偏差が見られる。図2で有意な正偏差が見られるシベリアにおいて、対流圏下層の気温の季節進行を調べた(図は省略)。季節進行の長周期成分としては8月以降気温は直線的に低下しているが、9月の上旬を境に低下の速さが不連続に速くなっている。この不連続な変化が生じる際に、図2に対応する気温の短周期の変動が生じている。当該領域は緯度が高いうえに標高も高く、積雪や土壌の凍結の開始が季節進行の速さの不連続な変化に対応している可能性がある。また冷却の進行に伴う、夏季のジェットの分流構造の解消が、上部対流圏の力学過程として、急激あるいは不連続な季節進行に関係している可能性も考えられる。
  • 千歳 壽一
    p. 4
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    最近各地で、まちづくりライブラリーが設立されているが、東京都新都市建設公社のまちづくりライブラリーは、ユニークな存在であり、東京の都市形成を研究する者にとって、有用な情報源と思われる。東京都新都市建設公社は、首都圏整備計画の市街地開発区域の開発・整備のために設立された財団法人で、東京都の八王子、町田、日野、青梅、福生、羽村各市の土地区画整理や下水道建設などを行い、更に多摩全域から東京都全域を対象区域として、都市整備を行ってきた。都市基盤の整備が進むとともに、住民主体のまちづくりの重要性がたかまり、それに対応して、「まちづくり支援センター」を新都市建設公社のなかに設置し、住民への情報提供の一端として、まちづくりライブラリーを開設した。元東京都首都整備局長山田正男氏や東京都の有志が収集した都市計画関係の図書、資料、計画図などを基礎に発足し、戦災復興から、オリンピック準備、その後の計画を網羅している。それらから、裏話を含めて、東京の都市整備の経緯を知ることができる。
  • 一 広志
    p. 5
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1.はじめに 2004年、愛媛県地方は台風の相次ぐ接近・上陸によって各地で風水害や土砂災害が多発した。これらのうち、9月29日の午後に四国南岸を東北東に進んだ台風21号(T0421)による東予地方の大雨の事例を採り挙げ、降水の成因を擾乱の構造の視点から解明することを試みる。2.考察東予地方の降水は、以下に示す3回の極大が認められる。 (1) 7時から9時頃にかけての新居浜、富郷、三島におけるピーク (2) 正午頃の成就社、丹原(石鎚山麓)におけるピーク (3) 15時頃から19時前にかけての東予地方のほぼ全域におけるピーク (1)は台風が九州に上陸する前後で、気圧場の風によって四国南岸から流入する暖湿気塊が、中国地方から瀬戸内海中部にかけての相対的に低温である気塊と衝突することによって相当温位傾度が大きくなっている領域に発生している。 (2)における台風の位置は宮崎県北部で、降水の成因は地上風の地形による強制上昇を主因とする収束の持続と考えられる。 (3)は台風が四国西南部に上陸し、南岸部を東北東に進んで紀伊水道に達するまでの時間帯であり、三者の中で最も多い降水量を記録している。この時間帯の降水の特徴として、降雨強度の極大時付近に南風成分の減少と西風成分の増加で表される地上風の急変が認められ、気温が急激に低下している(2_から_3℃/30min程度)ことが挙げられる。四国とその周辺における地上相当温位分布とその変化に着目すると、極大域は台風中心の東側にあり、中心を経てほぼ北東から南西の方向に延びる急傾度の領域が形成され、台風とともに東進している。地上風の急変はこの領域の通過後、等相当温位線にほぼ直交する方向に生じており、相当温位の低い気塊が流入したことを示している。 以上より、解析された相当温位の急変帯は寒冷前線の性質を持っており、降水の極大は低相当温位気塊の流入によって発生したことがわかる。AMeDAS観測地点毎の降水ピーク時における10分間降水量の値を比較すると、山間部や東部における値は北西部・島嶼部の2から3倍に及んでおり、四国脊梁山地の地形による増幅が認められる。3.類似事例との比較 経路および降水分布が類似している事例として、T9916とT0423が挙げられる。T9916は降水のピーク時に南風成分の減少と西風成分の増加で表される地上風の急変と気温の低下を伴なっている。この時の中心位置は四国のほぼ中央部であり、松山付近が地上相当温位の極小域となっている。地上相当温位傾度はT0421と比較すると緩やかであるが、降水の極大は低相当温位気塊の流入によって発生しており、前述の(3)と同じメカニズムによってもたらされたものと言える。T0423による降水は、ピーク時における強度(10分間降水量)はT0421の約1/2であるが、強雨の持続によって総量が多くなっている。新居浜や丹原では降水が継続している間は北東寄りの風が卓越しており、気温の急激な変化は認められない。降水のピーク時においては紀伊水道から四国を経て日向灘に至る領域で南北方向の相当温位傾度が大きくなっており、これの解消とともに強雨は終息している。
  • 内田 和子
    p. 6
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    2004年8月末の台風16号に伴う高潮によって瀬戸内海沿岸地域は多くの被害を受けた。このうち最大級の被害を受けた高松市と最多地域が被災した岡山県をとりあげ、浸水被害の分析を行った。その結果、高松市ではデルタ、干拓地等に浸水し、扇状地上は浸水しなかった。死者の出た地域は扇状地と埋め立て地に挟まれた狭小なデルタで旧海岸線と近接した場所と干拓地であり、ともに浸水しやすい地形条件にあった。一方、岡山県では瀬戸内海に面する県南の海岸部が総なめ状態の被害を受けた。しかし、日本有数の大規模干拓地である児島湾干拓地は、入り口にある児島湾締め切り堤防が防潮堤の役割を果たし、浸水しなかった。小規模な干拓地や塩田跡地、埋め立て地では浸水した。大規模埋め立て地である水島コンビナートでは、水路に沿って小規模な浸水があった。岡山県では山が迫った南向きの海岸平野や谷底平野が多いため、背後を台風が通過して浸水した事例が多い。また、防潮堤の切欠部や物揚部からの浸水、排水路や河川からの逆流も目立った。伊勢湾台風時の高潮に浸水限界は地形および旧海岸線との関連が明確であったが、今回の災害では一定の法則性が見いだされず、多様な形態が示された。
  • 丸山 浩明
    p. 7
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    ポルトガル人の入植以降、天然草地を利用した牧畜がパンタナールの伝統的な生業であった。しかし、1990年代以降に進展する急速な近代的開発により、パンタナールの環境破壊は深刻化を増している。その原因には、金鉱山の開発と水銀汚染、セラード農業開発と土壌堆積、ボッカの開放による巨大な浸水域の出現、改良牧野の造成に伴う植生破壊と土壌流出、都市発展に伴う産業・生活排水やゴミによる水質汚染、エコツーリズムの発展に伴う環境破壊、外来種の移入による生態系の攪乱などが挙げられる。これらの顕在化する諸課題に対処しうる実効性のある環境保全策を立案するためには、流域主義に立脚した総合的な湿地生態系の環境動態研究や、地域の伝統文化・職能の継承を意図した教育の推進が不可欠である。
  • 深見 聡
    p. 8
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    I.はじめに 本研究では、コミュニティ再生に果たす地理教育の役割のうち、ワークショップに対する参与観察のあり方に焦点をあて、より有効な視点の析出を目的とする。_II_.近代化遺産をあつかうワークショップから 詳細は拙稿(2005)に譲る[本文割愛]。_III_.考察-発展的参与観察と地理教育 このように、参与観察から地理教育の有効性を論じたものは、多くの事例研究が蓄積されている。ところが、参与観察という、一見漠然とした社会調査法であるものの利点や課題との関係についての議論は少ない。とりわけ、学校教育地理の参与観察的な実践者(教師)からみた教科教育法と学習成果についての研究は多いが、生涯学習の要素の強い学校教育外の地理教育については、定性的に確立した手法にもとづき議論されたものは少なく、さらに踏み込んでコミュニティ再生への有用な視点が醸成されていると示唆しつつも現状はそれを充分に発信しきれていない。 参与監察とは地域住民やコミュニティ(地域社会)に対して、_丸1_ある課題の抽出、_丸2_ある課題をいくつか重ねることによる全体像の把握、_丸3_対象となるものの経験や背景をとおして課題を位置づけ、より現実にアプローチする点において有効である。一方で、_丸4_サンプル数が比較的少なくなることによる、標本としての代表性への疑問、_丸5_定型的な方法ではないため、分析の成否が調査者個人の能力や性格に依拠する側面、_丸6_主観をまったく排除することは困難で、不的確な観察や恣意的な推論の介入する余地、_丸7_反復しての検証が困難といった問題点も指摘されている。参与観察の先駆者であるW.E.ホワイトは、この克服のために、参与観察者の役割を現象の観察と報告に限定すれば、データの歪みをいくらかでも防止でき、現地調査のなかで自己のもつ偏見をその都度処理するように努めるべきであると述べている(Whyte,1963[1993])。 よって、生涯学習の要素の強い地理教育、すなわち参加者である地域住民がコミュニティ再生に役立つ「気づき」の視点を獲得する地理教育ワークショップを事例対象とする場合には、参与観察において注目する地域集団は1つに限定し経年的な変化を追跡するのも有効であろう。本研究では、筆者が中心となり設立したNPO法人「かごしま探検の会」が実施したものを取り上げている。筆者は、客観的なデータ収集にもとづく観点から、ファシリテータとして、活動のなかで中心的な案内役にたつことは避け、あくまでも参与者としての立場で参与観察に従事した。一方で、筆者自身は、活動前日までのさまざまな準備には携わっており、活動が意図する点はそれぞれの企画ごとに他のスタッフとの共有を果たしている。ここには、ファシリテータとなるスタッフと、事務的なスタッフとしての筆者との間で、完全な分掌体制が確立しているのが理解できる。また、参加者との関係は、筆者が彼らと接する機会は活動の当日のみに限定されるので、参与者としての一定の距離を保っていることになる。 以上のことから、同一の地域集団のなかで、参与者でありながら実践にも携わることは一見不可能なように考えられがちだが、明確な分掌の約束の下でそれはむしろ有効な社会調査として機能するといえる。集団外部の参与者からは非常に得るのが困難な情報であっても、集団のなかの参与者は、活動の実際と背景を共有しているというリアル感から、その特徴をさらに浮かびあがらせることが可能になるという試みである。この試みは、ホワイトのいうPARよりもさらに事例に肉薄できる調査法といえる。筆者はこれを「発展的参与観察」とよび、地域集団におけるコミュニティ再生の萌芽事例、すなわち地理教育における「気づき」の過程を検証する際のアプローチ手法としてとらえたい。以上の考察から、このような研究での発展的参与観察の妥当性が導きだせる。IV.おわりに 地理教育に含まれるコミュニティ再生へのまなざしは、まずは地域を知ろうという、地域住民が「学び手」と「伝え手」としての出発点に立ち、そこから「気づき」の視点を獲得することで初めて輝きだす。同時にその過程にリアルに迫ることで初めて定性的な事象の推移による効果や課題が把握可能となる。学習指導要領のような一定の「指標」のない「広義」の地理教育の研究においては。発展的参与観察の確立こそがもっとも有効であり、さらに多くの比較研究を重ねていく必要に迫られている。文 献拙稿(2005):近代化遺産とエコミュージアムによるまちづくり.社会教育,708,pp.54-58.W. F. Whyte ([1943]1993):Street Corner Society, 4th ed., Chicago: University of Chicago Press.(=2000, 奥田道大・有里典三訳 『ストリート・コーナー・ソサエティ』.有斐閣.)
  • 河本 大地
    p. 9
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1.研究の目的と背景
     現在、フードシステムの産業化・グローバル化が顕著となる中、それに対抗するオルタナティヴな農や食のあり方を追求する運動が盛んに行われている。有機農業はその典型のひとつであり、環境・社会・経済の各側面からみて持続可能な農業として、多くの問題解決に資するとする理念的期待がなされている。特に途上国においては、有機農業に対して、貧困緩和など農村開発の側面で大きな期待が寄せられている(例えばUNESCAP, 2002;FAO, 2003;Ramesh, 2005)。
     筆者は以前、スリランカを対象に、途上国における有機農業の展開状況を把握し、先進工業国との密接なつながりの中でそれが展開していることを報告した(河本、2005)。そこでは同国における有機農業の展開を、アグリビジネス主導の展開、NGO活動による展開、政府の支援という3つの側面に分け、それぞれにおける先駆的事例の紹介を中心に説明を試みた。
     本研究ではこれらのうち、NGO活動による有機農業に注目し、それがスリランカのどこでどのように展開しているかを整理して、成立条件と仕組みの全体像を解明したい。
    2.研究方法
     現地調査(2004年10-12月、2005年7-8月)の際に行った関係アクターへの聴き取りや文献収集の成果と、2004年4月に送付したアンケートの結果を活用する。アンケートは、スリランカの有機農業関係者団体であるLOAM(ランカ有機農業運動)に参加している12のNGOに、スリランカ環境ジャーナリスト・フォーラム発行『スリランカ環境NGO要覧2004年版』から抽出した、有機農業およびそれに類する形態の農業を推進しているNGOを加え、合計42のNGOに送付した(回収は6月29日現在14)。
    3.NGO活動による有機農業の展開とその特徴
     有機農業関連の活動を行うNGOは、大半が最大の都市コロンボではなく地方に本部を置いている。そして、その周辺の小農を主たる対象にした推進活動を行っている。活動地域は山岳・丘陵地域、特にキャンディ周辺が多く、政情不安の続くLTTE(タミル・イーラム解放の虎)支配地域にはあまり見られない。
     こうしたNGOは、活動内容により総合型NGO、環境志向NGO、農村開発NGO、農業特化型NGOの4つに分類できる。1994年に発足したLOAMに参加しているのは大半が農村開発NGOと農業特化型NGOであるが、比較的新しく設立された小規模な環境志向NGOによる取り組みも目立つ。いずれのNGOも、有機農業の推進活動だけでなく、水供給、森林管理、栄養教育、医療、女性のエンパワーメントなど、他の活動もあわせて行っている。
     有機農業については、環境保全や伝統的栽培体系の保全、資金と設備を要する「緑の革命」型農業に代わる収入源、自給向け食材の安全など、多くの意義を内包する農業形態として推進が図られている。いわゆる近代農法に経済・環境の側面から限界を認識し、伝統的農法を改良して活路を見出そうとしているNGOが多い。自家消費・国内販売向けの米・野菜栽培が多くみられ、この点は有機認証取得による有機農産物輸出を志向するアグリビジネスとは対照的である。しかし多くのNGOは、現地の有志のみからなる小規模な組織であるため、経済的な困難とともに、有機農業に関する知識・技術の摂取や普及にも問題を抱えている。
     したがって、活発に有機農業の普及活動を行っているNGOは、一部の農村開発NGO・総合NGOに限られている。これらは、国際NGOもしくはそこから金銭的支援を受けているNGOである。その一部はIFOAM(国際有機農業運動連盟)など世界の有機農業関係機関の動きに積極的に関わり、同時にスリランカの有機農業の展開において主導的役割を果たしている。その一例として、一部の有機農業関連アグリビジネスをもメンバーとするLOAMを立ち上げ、政府へのロビー活動を行った結果、2005年中にスリランカ独自の有機認証制度が発足する見込みとなった。また、国内外のNGOスタッフや国内の学校関係者などを対象にした有機農業のトレーニングにも、積極的に取り組んでいる。

    《引用文献》
    河本大地 2005.スリランカにおける有機農業の展開.日本地理学会発表要旨集 67(2005年度春季学術大会):98.
    FAO (Food and Agriculture Organization of the United Nations) 2003. Organic Agriculture, Environment and Food Security. Rome: FAO.
    Ramesh, P., Singh, M. and Rao, S.A. 2005. Organic Farming: Its Relevance to the Indian Context. Current Science 88-4: 561-568.
    UNESCAP (The United Nations Economic and Social Commission for Asia and the Pacific) 2002. Organic Agriculture and Rural Poverty Alleviation: Potential and Best Practices in Asia. Bangkok: UNESCAP.
  • 伊賀 聖屋
    p. 10
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    本報告では,フードネットワーク論と呼ばれるアプローチについて紹介する.1.理論的背景と特徴 フードネットワークアプローチの理論的特徴は,食料供給体系に介在するアクターが自らを取り巻く環境に対していかなる主体的対応(解釈,判断,行動など)をとるかという点に着目し,その対応がもたらす食料供給システムの変動プロセスやその帰結を解釈しようとする点にある.もともとフードネットワーク論は,政治経済学的アプローチに対する批判的観点から提唱されたものであり,食料供給システムのグローバル化が必ずしも各国の食料生産に対して均等な発展パターンをもたらすものではないという点に注意を喚起するものであった(Marsden and Arce 1995).すなわち,政治経済学的アプローチでは,食料供給システムのグローバル化に対する各アクターの主体的対応にみられる多様性(地域や自然に根ざした食料の生産,食の安全性への高まりなど)が看過されているというのがフードネットワーク論者の主張である(Murdoch et al. 2000).彼らは,各アクターの環境解釈やそれに基づく行為に着目することで政治経済学的アプローチの限界を補いながら,アクターの織りなす新たな現象を理解しようとしたのである.2.主要な研究者 1990年代後半以降,BSEやGMOなどの一連の食料騒動を契機とした食の安全に対する社会的関心の高揚を背景として,欧米の地理学においてとりわけ地域や自然に根ざした質を重視した食料の生産への注目が高まった.そこでは,地域や自然に固有の食料の質が生産_から_消費を通じてどのようにして構築されていくのかが重要な関心事となり,Banks and Bristow (1999)やIlbery and Kneafsey (2000)にみられるような質の構築の観点からローカル・リージョナルレベルのフードネットワークを分析する研究が進められるようになった. 近年では,ローカルなフードネットワークに関する実証研究の成果を体系化しようとする試みや(Watts et al. 2005),質を重視した食料生産の議論を地域経済の活性化戦略や新たな農村開発のパラダイムとして位置づけようとする研究がなされてきている(Marsden et al. 2000).3.日本の地理学における展望 日本では,有機農業の振興や消費者運動の発展といった動きは食品公害が勃発した高度経済成長期からみられてきた.また地域や自然の特性を生かした食料の生産を農村開発戦略に組み込もうとする動きも別段新しいものでない.しかしながら,近年食料の質に対する社会的関心が漸次的に高揚してきていることや,その一方で有機認証の不正,産地の偽証,海外産有機農産物の移入,ニッチ市場の飽和,食料の質に対する盲目的崇拝といった問題が生起していることを鑑みると,食料の質をとりまく状況は新たな段階へと入ってきているように思われる.よって今日的状況下で,アクターが食料の質をどのように定義して,その定義を具体的にどのような社会的実践に結びつけているのかを実証的に捉えなおしていく作業が必要である.その際,アクターに分析起点を有するフードネットワーク論が有効な分析枠組みを提供してくれよう.また,食料の質は,社会経済的文脈に左右されるものである.すなわち,どのような基準を以って質の良し悪しを判断するかは国家もしくは地域間で異なりうる.よって,日本における食料の質のあり方を把握するために,質の構築に関する実証的研究の蓄積が要される.なお,地域や自然に固有の質を重視した食料供給体系を従来の効率的な供給体系と別個のものとして位置づけるのではなく,両者を相補的なものとして取り扱うことが重要であろう.そうすることにより,日本の食料供給体系を様々な観点から重層的に描出することが可能となるからである.
  • 原 祐二, 小笠原 澤, パリホン アルマンド, 武内 和彦
    p. 11
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    はじめに
    東南アジア巨大都市では、農村部から都市部への人口流入により、市街地が急速に拡大した。このような市街化は、多様な環境保全機能を有する緑地を侵食する形で進行し、生活環境の悪化が懸念される。本研究では、フィリピン・メトロマニラの郊外部に位置するマリキナ市を対象に、都市的土地利用の拡大プロセスの把握と、緑地の量・質の現状解明を研究目的とした。
    マリキナ市の土地利用・緑地の経年変化
    空中写真判読から、数時期のマリキナ市の土地利用図および緑被分布図をデジタルデータで作成した。その後、既存の地形分類図も用い、GISソフトウェアにより都市化に伴う土地利用変化と地形との関連性、および緑地の変化を解析した。主な土地利用変化は、農地や空地から住宅地等都市的土地利用への変化であったが、農地から空地を経て住宅地へ変化するパターンの存在や、多くの空地の残存が特徴的である。地形との関係については、自然堤防上は初期段階から開発が進んでおり、その後は後背湿地や丘陵地に先んじて河岸段丘上で都市的土地利用が拡大していた。そして、開発に伴い、全土地利用で緑被率が減少していた。つまり、土地利用は当初地形条件に支配されていたが、都市化の過程で開発の容易な地形上でまず市街化が進み、その後全地形上で市街化が進展、現在では基本的に地形別の緑被率に有意な相関は見られなかった。
    現地樹木調査
    マリキナ市街地の緑の現況解明のため、樹木調査を行った。調査項目は、各筆の土地利用、樹木名、樹高、胸高直径、調査区の開発時期(ヒアリングによる)である。敷地面積は、マリキナ市計画局で入手した地籍図をデジタル化してGISにより計測した。本樹木調査は、18調査区481区画で実施された。まず土地利用ごとに樹木の量的・質的特性の概要を分析した。樹木の量としてはバイオマス量を扱った。質としては、樹木の持つ機能に着目して、種を果樹・装飾樹・緑陰樹に分類し、本数の構成比を分析した。その後、住宅地に焦点を当て、敷地面積と樹木の量・質の関係について詳細な分析を行った。敷地面積の分布を考慮して、敷地を0-100m2、100-200m2、200-300m2、300-400m2、400m2以上の5つに分類し、各グループ間でバイオマスの差を比較した。また、樹木の質的側面を理解するため、果樹・装飾樹・緑陰樹それぞれのバイオマス量を上記のグループおよび樹高の階層別に評価した。土地利用別の分析の結果、バイオマス量を敷地面積で除し、密度に変換して比較すると、高いものから順に、公共空地、空地、道路、住宅地であった。樹種構成は、住宅地は果樹と装飾樹が大半を占め、空地は果樹がほぼ独占し、公共空地では果樹、装飾樹、緑陰樹がほぼ均等に出現し、道路では装飾樹と緑陰樹が優先するなどの傾向が見られた。次に、本研究で最も注目した住宅地について、敷地面積別にバイオマス密度の差を分析した結果、グループ間の差が有意であり(p<0.01)、敷地面積が近接する2グループ間では、300-400m2と400m2以上のグループ間に有意差があり、400m2以上でバイオマスの密度が大きく増加することがわかった。しかし、400m2以下の敷地でもバイオマス密度がばらつくことや、空中写真判読より近年増加した住宅地の緑の少なさが示唆されたため、開発時期のバイオマスへの影響が考えられた。そこで、1955年の地形図およびヒアリングの結果から旧い住宅地を抽出し、各グループ内で住宅地を新・旧に分類して比較した結果、200-300m2のグループで旧い住宅地のバイオマス密度が新しい住宅地より有意に大きくなっていた(Mann-WhitneyのU検定:p<0.05)。また、グループごとに、樹木の存在する1敷地あたりのバイオマス量を樹高の階層および樹木の機能別に評価した結果、本数の構成比と違いバイオマス量の大半は果樹に由来すること、装飾樹のバイオマス量は300m2以上の敷地では急増し、低層のみでなく高木層にも分布すること、また、9m以上の高木のバイオマス量が300m2以上の敷地で大きく増加することが分かった。さらに、緑の量に違いのあった200-300m2の新・旧の住宅地について同様の解析を行った結果、質的な面で、両者とも果樹のバイオマス量が圧倒的に多いものの、旧い住宅地では果樹・緑陰樹が出現し、新しい住宅地では果樹・装飾樹が出現するという違いがあることが分かった。
  • 白坂 蕃
    p. 12
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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  • 永野 良紀
    p. 13
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1. はじめに東アジアにおいて,6月から7月のモンスーンによる前線活動は多量の降水をもたらし,時には災害にもつながるため,以前より数多くの研究がなされている.Ninomiya and Akiyama(1992)などによれば200hPa高度場のジェット気流が梅雨前線の形成に重要であることが解明されている.しかし,夏季の200hPa高度場から100hPa高度場にかけて卓越するチベット高気圧が梅雨前線にどのように影響してくるのかについてはQ.Zhang et al.(2002) チベット高原東部に存在する場合の方が東アジアに降水をもたらすとしているが,具体的には未解明である.そこで,本研究では,大気の流れより予測が難しいとさせる降水量(特に梅雨季)に役立てるために対流圏中・上層の循環と梅雨前線(以下,前線と示す)の関係を解析した.2. 使用データ 前線解析に関しては,気象庁の印刷天気図を用いた.日本国内の高層観測データについては気象庁の高層観測年報,海外についてはワイオミン大学のホームページを利用した.降水量は気象官署の全データを用いた.なお,解析対象とした期間は1982年_から_2003年である.3. 結果 (1)前線出現日数と日本の降水7月における130_から_140°Eの領域において,25_から_50°Nを5°ごとに出現する前線数を,閉塞前線を除いて調べた.さらに,本研究ではもっとも前線数が多い緯度帯を前線帯と定義した.前線帯は30_から_35°Nに存在する(11年),35_から_40°N(9年),40_から_45°N(2年)であった.前線帯が30_から_35°Nに存在する時は,地域差が生じるものの太平洋側の各地点で降水量が多くなり,35_から_40°Nに前線帯が存在する時は日本海側の各地点で降水量が多くなる傾向があった.(2)WS指数 中国における武漢(30°N,114°E)の200hPa高度場から札幌(43°N,141°E)における200hPa高度場を引いた値をWS指数と本研究では定義した.WS指数と130_から_140°Eの領域内における前線出現日数には関係があり,WS指数が315以下であると30_から_35°Nの領域における前線出現日数は11日未満であった. 武漢は,200hPa高度場におけるチベット高気圧本体の東縁部に当たっている.WS指数が低いということはチベット高気圧の東への張り出しが弱いが,日本付近ではジェットが北上しているということを意味している.また,WS指数が315以下の時,あるいは札幌の200hPa高度場が平年より高い時は,200hPaにおけるチベット高気圧の東西方向のリッジが北偏(30°N付近)していた.反対にWS指数が高いとリッジは27.5N付近に南下する.(3)ジェット気流と500hPaの気温 200hPa高度場におけるジェット気流(西風がもっとも強い強風帯)の南側5_から_10°に前線帯がある.さらに,200hPaジェット気流に沿った形で500hPa高度場における水平方向勾配の気温が最大になっている.4. まとめ 7月の日本における前線出現には,チベット高気圧の東方への張り出し(強弱)と日本付近の200hPaジェット気流の北上が重要であると考えられる.このことを武漢と札幌の高度場の差であるWS指数を用いることにより定量的に示すことが出来た.また, 200hPaジェットと500hPaの気温差が対流圏中・上層の前線(秋山,2000など)を生じ,地上ではその南側に前線帯を生むことが考えられる.また,WS指数が高い方がチベット高気圧が南偏し,ジェットが南下することから30_から_35°Nに前線帯が出現し,前線出現数が多くなると考えられる.
  • 淺野 敏久
    p. 14
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    自然や生き物の見方は多様かつ相対的であり、時間とともに変化する。本報告では、報告者が関わった公園整備に関する調査を見直し、ある場所の生物多様性を回復するという具体的な試みの意義や検討すべき課題について考えてみたい。事例として広島市安芸区にある絵下山で検討中の里山公園整備を取り上げる。ここでは現在デジタルテレビ放送用の電波等建設が進められている。一方、この場所はギフチョウの生息地としても知られており、電波等新設にあたり生息環境の保護と、古い電波等跡地をギフチョウの生息する里山公園として整備することが検討されている。その一環として、絵下山の山麓住民と、広島市で里山ボランティア活動に関心の高い人をそれぞれ対象としたアンケート調査を実施した。報告では、その結果から読み取れる住民・市民にとっての絵下山のイメージ、里山公園整備に関わることへの考え方や意向等について紹介する。その上で、この公園整備をめぐって、絵下山山頂という特定の空間・場所をめぐって、どのような見方・とらえ方があるのかを把握するとともに、それらが錯綜する中での望ましい公園整備の方向をどのように見出せばよいのかを考える。さらに、その中で確認された、ギフチョウの視点から場所をとらえることがないことについて、「新しい生物地理学」の考え方などと照らし合わせながら是非を検討したい。
  • 福岡 義隆, 松本 太, 白敷 幸子
    p. 15
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1.はじめに都市の温暖化を緩和することは昨今の温暖化対策上でも火急の課題となっている。温暖化対策の一つである緑化として公園や街路樹などがあるが、それらを合計してもわが国の都市の緑地率は、欧米にくらべて極めて低い。緑地がどのくらい必要なのか、都市の発展を維持しながらの最適規模の緑化率を求め、それを目標に対策を講じねばならない。 通常の緑化空間の急速な拡充・改善が望めない現状においては、「屋上緑化」や「壁面緑化」という特殊空間緑化政策が国や自治体で推進されつつあるが、その実態と効果についての基礎的な研究は国内外ともに極めて少ない。都市内緑地の多い欧米でも殆どない。そこで、本研究では「さいたま新都心」駅前に建設された屋上緑地「けやきひろば」(欅広場)を屋上緑化施設とみなして、その温暖化への緩和効果を微気象学的に把握することを一つの目的としている。けやきの森が有するであろう気象緩和効果と、それに伴う階下の温熱環境への影響などについて、気温・湿度の分布状態や、樹冠部での熱収支・水収支のメカニズムなどから定量的に把握する。2.研究方法「けやきひろば」は埼玉県さいたま市の「さいたま新都心」JR駅わきサッカー場さいたまアリーナ前に、2000年に造られた大規な屋上緑化施設(植栽は2001年2月完成)の一種である。面積約10,200_m2_(おおよそ100mx100m)で、樹高約10mのケヤキが220本植栽されている。直下の1階は商店飲食店街および室内的ガーデンなどが混在し、地下1階は駐車場となっている。「けやきひろば」における屋上緑化効果の研究については、2001年から2004年にかけて、3年間、夏秋冬春の各季節に1昼夜(24時間)、気温・湿度・風などの微気象の予備観測を行ってきた。2005年から2007年にかけて本調査を実施し、併せてサーモトレーサによる熱画像撮影(NEC三栄)も始めている。予備調査では「けやきひろば」における30箇所での気温・湿度の分布状態に加え、周辺の気温分布、夏季においては1階(この「けやきひろば」直下)における7箇所での気温・湿度などとの関係を比較考察し、おおよその緑化効果が予測できた.3.研究結果(1)これまでの傾向では、特に夏季は屋上の芝生の広場にくらべ樹下が低温で、階下は更に低くなり、早朝は丁度逆になることも分かった。(2)けやき広場と周辺の気温差については2005年夏秋冬の観測結果の一部から、図1及び図2のように明らかに屋上緑化である「けやき広場」は周辺より0.1_から_1.7℃低温であることが示された。(3)サーモトレーサによる熱画像でみると、真夏(8月)の例では、けやき林の樹下で約35℃、樹間で37_から_38℃、樹幹部で約40℃、ビル屋上のコンクリート表面は40_から_44℃であった。
  • 畠山 輝雄
    p. 16
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1. 本報告の目的 平成の大合併は、高齢者福祉にも大きな影響をもたらした。本報告では、市町村合併が高齢者福祉に与える影響を明らかにするために、市町村合併以前の状況と合併後の現状を比較し、市町村合併後における高齢者福祉の課題について考察する。2. 市町村合併による高齢者福祉への影響 市町村合併が高齢者福祉にもたらす影響としては、_丸1_市町村社会福祉協議(以下、社協)合併による組織改編、_丸2_行政および社協合併に伴う福祉サービスの量および質の変化、_丸3_介護認定審査会の合併、_丸4_介護保険料の統一、_丸5_サービス提供施設のサービス空間の再編成、_丸6_合併特例債によるサービス施設の新設、などが考えられる。以下では、2005年2月に群馬県利根郡白沢村と利根村が編入合併された沼田市を事例に、それぞれ考察する。3. 沼田市における市町村合併後の高齢者福祉の現状と課題_丸1_市町村社協合併による組織改編 沼田市では、行政機関の沼田市への編入合併に伴い、沼田市社協に白沢村社協と利根村社協が編入された。しかし、社協の規模では沼田市が最も小さいにもかかわらず、本所を沼田市に設置したため、事務作業に支障をきたしている。社協職員の増員は、行政の財政上の制約による抵抗があるため困難である。_丸2_行政および社協合併に伴う福祉サービスの量および質の変化 行政および社協が沼田市に編入合併したことから、サービスの種類や基準、値段などが沼田市の例に統一された。特に、介護保険外のサービスにおいて影響がみられる。まず、旧利根村では貸しオムツ、在宅訪問理美容サービス、はり・灸・マッサージが新たに利用できるなどメリットがみられた。しかし、配食サービスの値段が上昇するなどのデメリットもみられる。また、旧利根村と旧白沢村では介護保険対象外の高齢者が利用できるデイサービスが従来あったが、沼田市の生きがい対応型デイサービスに統一するかたちで廃止された。しかし、実際には施設が旧沼田市の中心部に1施設のみであるため、遠方の旧利根村からの利用はほぼ不可能に近く、利用者も旧沼田市の住民のみとなっている。旧白沢村では、サービスの実施を検討しているが、旧利根村ではまったく白紙であり、合併によるサービスの低下がみられる。_丸3_介護認定審査会の合併 介護認定審査の基準は自治体によって異なるため、合併によりその基準を統一する必要がある。沼田市では、介護保険開始当初から一部事務組合において介護認定審査会を設置していたため、混乱はきたさなかった。_丸4_介護保険料の統一 沼田市では、平成17年度から介護保険料の算定をしなおし統一したため、旧沼田市、白沢村では減額、旧利根村では増額となった。しかし、住民、特に高齢者は介護保険料の変更について認知しておらず、行政への苦情や問合せ等もほとんどみられないとのことである。_丸5_サービス提供施設のサービス空間の再編成 社協が運営する在宅サービスは、補助金や住民からの会費などの運営方針の関係で、各市町村内のサービス供給となっている。つまり、市町村合併に伴うサービス空間の再編成が考えられる。旧白沢村、利根村の社協では、合併に伴いサービス実施範囲の拡大を群馬県に申し出た。その結果、居宅介護支援ではサービス空間は拡大したものの、通所介護や訪問介護では変化がみられていない。_丸6_合併特例債によるサービス施設の新設 合併により新たに必要となった公共サービス基盤の新設などに合併特例債が使用されることがよくみられる。沼田市では、現在のところ合併特例債の使用は17年度予算には盛り込まれているものの、具体的には示されていない。沼田市の方針としては、特例債はできるだけ使用しない方向で検討しているとのことである。4. まとめ 市町村合併により、新市の中心部と周辺部とでサービスの格差が生じた。沼田市では、地域自治区、地域協議会を設置し格差の是正を図っているが、現在ではそれほど効果がみられていない。
  • 藤部 文昭, 山崎 信雄, 小林 健二
    p. 17
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1.はじめに
     近年,世界的に強い降水の増加傾向が指摘されている (IPCC, 2001; Groisman et al., 2005)。日本でも日降水量や時間降水量について同様の傾向が見出されているが,データの品質などに問題が残っていた (Fujibe et al., 2005; SOLA)。今回は,気象庁観測部で品質チェックを受けた国内51地点の104年間 (1901_から_2004年) の日降水量データを使い,日降水量や,より長期間 (5日間,11日間,31日間) の降水量を対象にして階級別の経年変化を調べた。

    2.解析方法
     Fujibe et al. (2005) と同様,日降水量を10階級に, 各階級の総降水量が等しくなるように分けた。これとは別に,各階級の降水頻度が等しくなるような階級分けも行った。例えば東京の8月の場合,量で定義した日降水量の最高階級 (階級10) は「144.8mm以上」,頻度で定義した最高階級は「14.7mm以上」である。これはそれぞれ,「144.8mm以上の日の降水量が全体の10%を占める」ことと,「14.7mm以上の日数が全体の10%である」ことを意味する。5_から_31日間降水量についても同様の階級設定をした。

    3.結果
     図1aは量で定義した1_から_31日間降水量の階級別の経年変化率を示す。強い階級の降水は増え,弱い階級の降水は減少している。一方,降水の定義期間が長くなるにつれ,弱い階級の降水の寄与は増加傾向に転ずる。これは少雨状態の現れることが増えてきたことを示している。
     頻度で定義した階級別の経年変化においては,弱い階級の増加がより顕著である (図1b)。5_から_31日間降水の場合,最低階級の増加率は4_から_5%/(10年) に達する。なお31日間降水量の最低階級は数十mm以下の降水に対応する。
     地域的に見ると,強い階級の降水量の増加傾向は西日本で著しく,季節的には秋に著しい(図2a, 3a)。一方,5_から_31日間降水量における最低階級の増加傾向は寒候期を中心にして全国的に見られる (図2b, 3b)。
     上記のほか,いくつかの大雨指標 (降水量100mm以上の日数,年間最大日降水量,日降水量の累年上位100事例) と,少雨の指標 (日降水量1mm未満の日数,31日間降水量の下位1%事例) について経年変化を見ると,すべて有意に増加している。
     このように,日本の降水は「降らないか,まとまって降るか」という二極化傾向を示している。
  • 岩間 信之
    p. 18
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1.背景
    本報告では,近年欧米諸国で問題となっているフードデザート問題(food deserts issues)の実情と,それを取り巻く一連の研究動向を取り上げる. フードデザートとは,生鮮食料品を購入することが困難なダウンタウンの一部エリアを意味する(Whitehead, 1998).スーパーストアの郊外進出が顕在化したイギリスでは,1970-90年代半ばに,ダウンタウンに立地する中小食料品店やショッピングセンターの倒産が相次いだ(Guy, 1996).その結果,郊外のスーパーストアに通えないダウンタウンの貧困層は,都心に残存する,値段が高く,かつ野菜やフルーツなどの生鮮品の品揃えが極端に悪い雑貨店での買い物を強いられている.彼らの貧しい食糧事情が,ガンなどの疾患の発生率増加の主要因であると指摘する研究報告も多い(Davey Smith, D and Brunner, E, 1997).フードデザートは,社会的排除(Social exclusion)議論も含めて,大きな社会問題となっている.
    2. フードデザートに関する主要研究
    フードデザートは多くの問題を内包する. フードデザートの解決に向け,社会学や栄養学,政治,都市計画など多くの学問分野による学際的な研究が進められている.なかでも食品小売店への近接性(food retail access)の改善の重要性が指摘されており(Thomas and bremley,1993; Guy, 1996; Wrigley, 1998),地理学からのアプローチが注目されている.
    地理学のなかでも,Wrigley (2002), Clarke and Guy (2002), Petticrew et al (2002), Wrigley, Warm and Margetts (2003)による一連の研究が特筆に値する.彼らはLeeds, Bradford, Cardiff, Newcastle, Glasgowなどのイギリスの主要都市を事例に,food retail accessの視座から,フードデザート研究を進めている.Wrigley, Warm and Margetts (2003)は,Leedsのフードデザートへの大手スーパーTescoの新規出店が,近隣住民に与えたインパクトを調査し,食品小売店への近接性の向上が貧困層の食糧事情の改善に大きく寄与したことを指摘している.
     3.日本における展望
    イギリスでは,1990年代後半以降,スーパーストアの郊外進出が規制されるようになったため,大手小売企業の出店戦略が,郊外でのスーパーストアの出店から,中規模店の都心出店へとシフトした. 一方,日本の地方都市ではロードサイド店の郊外進出が加速度的に進んでおり,中心商店街の衰退が顕在化している.日本は欧米諸国と比べて社会階層の格差は総じて少ないものの,中心商店街の空洞化や都心住民の高齢化は,欧米と同様,ないしはそれ以上に深刻なものとなっている.日本でも,地方都市のダウンタウンにすむ高齢者を中心に,フードデザート問題が深刻化していることは間違いない.
    日本では,いまだフードデザートに関する研究はみられない.フードデザート研究を進めていく上で,今後慎重に議論を積み重ねるべき事項が多いが,まずは日本におけるフードデザートの存在の有無の確認や,実情の把握を行う必要がある.

    主要文献
    Clarke, G.. and Guy, C. (2002) : “Deriving indicators of access to food retail provision in British cities: Studies of Cardiff, Leeds and Bradford ” . Urban Studies, 39: 2041-2060.
    Davey Smith, D. and Brunner, E (1997) : “Socioeconomic differential in health: the role of nutrition ”. Proceeding of the Nutrition Society, 56: 75-90.
    Guy, C. (1996) : “Corporate strategies in food retailing and their local impacts: a case study of Cardiff ”. Environment and Planning A,28: 1517-1602
    Pitticrew, M., Cummins, S. and Sparks, L. (2002) Reducing inequalities in health and diet: the impact of a food retail development-a polite study. MRC Social and Public Health Science Unit, University of Glasgow
    Whitehead, M. (1998) : “Food deserts: what’s in a name?” .Hearth Education Journal, 57: 189-190.
    Wrigley, N. (2002) : “‘Food deserts’ in British cities: Policy context and research priorities” . Urban Studies, 39: 2029-2040.
    Wrigley, N., Warm, D. and Margetts, B. (2003) : “Deprivation, diet and food-retail access: finding from the Leeds ‘food deserts’ study” .Environment and Planning A,35: 151-188.
  • バルテアヌ ダン, セルバン ミハエラ, ポポビッチ アナ
    p. 19
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    ルーマニアにおける1989年からスタートした共産主義からの移行期における土地利用の変化について述べ,2000年のランドサットのデータに基づくルーマニアの土地利用について発表する.その間に発生した地すべりや土壌侵食,洪水,かんばつなどの現象について述べる.
  • 今野 絵奈, 石原 大地, 磯野 貴志, 高柳 長直, 増井 好男
    p. 20
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1.はじめに 環境保全をしながら、経済成長を図ることは21世紀における課題である。エネルギーの大量消費という時代は終わり、CO2排出量が少なく、かつ枯渇燃料である石油・石炭の代替エネルギーが必要とされている。近年、着目されつつあるのが新エネルギーである。 本研究では、相対的特性、地域資源の循環利用、地域振興の3つの側面から新エネルギーを考察することを目的とする。研究対象地域として、独自のエネルギー構想を作り、行政と住民のタイアップのもとに新エネルギーの開発に取り組んでいる岩手県葛巻町を事例として考察する。2.新エネルギーの相対的な特性 新エネルギーはバイオマスと自然エネルギーに大別される。バイオマスとは、動植物を原料とするエネルギーであり、また自然エネルギーは太陽光、風力などである。 石油・石炭と比較すると、新エネルギーは再生可能な更新的資源であり、大気中のCO2濃度を変化させないカーボンニュートラル(炭素中立)という良い特性がある。その反面、新エネルギーの設備の導入は高コストであり、エネルギー供給量が少なく、採算が合わないので、実用化が困難である。3.地域資源の地域循環利用という視点からの新エネルギー バイオマスや自然エネルギーは新しく開発されたエネルギー源のように聞こえるが、これらはかつての社会で主要なエネルギー源であった。現在、昔とは異なり都市化が進み、狭い地域内でのエネルギー自給は困難である。その結果、エネルギーを大量消費する都市部では、CO2排出量が高い石油・石炭・原子力に頼らざるをえない状況である。また、エネルギーを広域流動させるとコストもかかり、環境負荷も与える。 新エネルギーの供給源は農山漁村に多く存在している。エネルギー資源を地域内で収集し、地域内の設備で発電し、消費することで、輸送コストが抑えられ、環境負荷を防げる。葛巻町におけるバイオマスペレット工場は、50km圏内から原料を集め、加工品を配送し、小規模な範囲でのエネルギーの地域循環が行われている。4.むらおこし・地域振興という視点からの新エネルギー 従来の地域振興は、地域の特性を活かした特産物販売が主流であった。しかし、農林産物の輸入による競争が進展したことにより、国際競争に打ち勝つことが難しく、条件不利地域である中山間地域では、地域経済が苦境に追い詰められている。そのため、従来の地域振興方策だけではなく、新たな発想が求められている。さらに、地域振興には地域住民の関心・協力が必要不可欠である。 葛巻町では、町民の9割が環境問題・新エネルギーへ関心を示しており、個人的に新エネルギーを活用している人が多い。中山間地域は財政的に設備設置の資金を調達することは難しい。しかし現在、国や県も環境問題への取り組みを推進し、支援している。その結果、国・県や民間会社などからの支援投資が行われている。さらに、葛巻町は特色のある地域として、国内各地から注目され、多数の観光客や視察者が訪れている。新エネルギーによって、葛巻町の地域経済を活性化させる効果も生んでいる。
  • 加賀美 雅弘
    p. 21
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに 1989年に始まった一連の政治的・経済的な改革を経て、中央ヨーロッパの旧社会主義諸国は、ここ15年の間に急激な変化を遂げた。その際、市場経済の浸透と資本の流入は地域間で著しく異なり、結果として経済の発展が著しい地域と停滞した地域が顕在化し、地域間の経済格差が拡大することになった。 とくに経済的な停滞地域に目を向けると、社会主義時代に国家政策として工業化が進められたところが多く、市場競争力が弱い企業が多い上、環境汚染物質の排出源となる未整備の工場が生産の縮小や閉鎖に追い込まれており、環境問題を抱えているという点で共通した性格がみられる。 この報告では、このような経済停滞地域としての特徴をもつ地域において環境問題はどのような意味をもつのかを、そこに居住する人々、とくにロマとのかかわりから考察し、環境問題が中央ヨーロッパにみられる地域格差を読み解く鍵になる点について、話題を提供したい。2.中央ヨーロッパの停滞地域と環境問題 中央ヨーロッパの旧社会主義国では、かつて計画経済体制の下、生産を重視した工業化政策が進められた一方で、環境問題は著しく軽視されてきた。その結果、中央ヨーロッパの広い地域で深刻な環境汚染や環境破壊が進行した。 とりわけ旧東ドイツ南部とポーランド南西部、チェコ北部にわたる地域は工業中心地であり、大気汚染や河川の汚染、酸性雨による森林の破壊など深刻な環境汚染と破壊が起こり、「黒い三角地帯」とも呼ばれた。それが政治改革後、汚染源を排出する工場の規模縮小や閉鎖、汚染物質の排出規制、褐炭の消費量の抑制などがなされたことによって、「三角地帯」の状況は大きく改善の方向に向かった。 これに対して、ポーランドやスロヴァキア、ハンガリーの東部地域では、政治改革当初、「黒い三角地帯」のような深刻な環境問題は指摘されなかったが、中央ヨーロッパ全体での環境の改善が進む中、依然として環境問題を抱える地域として注目されるようになった。 改革後15年が経過した今なお、このような環境問題を抱える地域は、一般に経済が停滞し、社会的にも問題を抱えているケースが少なくない。たとえばハンガリーの東部地域では社会主義時代に工業化が推進され、製鉄業や化学工業、金属工業などの工場が設置されたが、1990年代前半にそれらの工場の操業が経営困難なことから操業規模の縮小、閉鎖が進んだ。しかし、経済的な投資が少なく、環境汚染対策は十分に進んでいない(Kovacs, 2004)。インフラの整備が遅れ、企業の進出が比較的少ないこれらの地域では、汚染源排出を抑えるための設備投資が遅れ、水質や大気の汚染の問題は依然として残されたままになっている。3.ロマ問題と環境問題 ハンガリーの東部地方では、経済が停滞し、環境の汚染が進行している上に、比較的多くのロマが居住している。 ロマは彼ら固有の価値観や社会を維持する傾向をもつが、一般に教育水準が低く、就労の機会も限られており、社会経済的に厳しい状況に置かれている。そうした彼らに対する差別や偏見は根強く、しばしば彼らの人権や安全を脅かす事態に発展している場合もある(加賀美、2005)。 ロマの多くは所得水準が低く、安価な住宅や居住者が転居したままの空き家に居住する傾向がみられる。とくに工場の生産縮小・合理化、あるいは閉鎖によって多くの転出者が出た地域では空き家がめだち、ここにロマが居住するケースがみられる。たとえばハンガリー北東部の工業都市オーズドでは、旧国営の製鉄所が閉鎖したことにより多くの住宅が空室になり、ここにロマが居住するようになった。 一方、ロマの多くが固有の社会をもち、必ずしもハンガリー社会との接触を求めない動きがあることも、彼らの多くが経済停滞地域に居住する一因になっている。資本や情報の移動が少なく、イノヴェーションの流入が緩慢な地域では、彼らに固有の価値観が維持しやすいからである。 その結果、ロマが多く居住する地域では、投資家の関心は概して弱く、また地域イメージもネガティヴなものになりやすい。下水道やごみ処理などインフラの整備が進まず、河川の水質改善が遅れる傾向があるのも、ロマが多く居住する事実と無関係ではない。経済停滞地域が深刻な環境問題を抱えていることに加えて、その背景に多くのロマが居住しているという事実があることも指摘しておきたい。■ 参考文献・資料加賀美雅弘編2005.『「ジプシー」と呼ばれた人々!)東ヨーロッパ・ロマ民族の過去と現在』学文社.Kovacs, Z. 2004. Socio-economic transition and regional differentiation in Hungary. Geographical Bulletin LIII: 33-49.オーストリア東・東南ヨーロッパ研究所作成の地図掲載サイト www.aos.ac.at
  • 飯田 貞夫, 江口 晃, 志村 聡, 大島 徹
    p. 22
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    阿武隈川は,福島県西白河郡西郷村に位置する旭岳(標高1,835m)に源を発し,中通りを北に貫流して宮城県岩沼市と亘理町の境で仙台湾に注ぐ一級河川である。幹川流路延長は239kmで,流域の白川,郡山,福島の各市に比較的大きな盆地がある。盆地間は渓谷で結ばれているため,流れの中に盆地と狭窄部とが交互に連続して現れるという特徴をもつ河川となっている。
    筆者らは,2003年8月に阿武隈川の本・支流42地点で水質調査を行い,高水位(豪雨)の水質特性を第1報として報告した。今回は,昨年と同地点で調査を行い,高水位と平水位の水質特性の比較を試みた。
  • 池口 明子
    p. 23
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1.背景 自然と社会の関係を扱う地理学において、近年課題とされてきたのは、「自然」をいかにして分析枠組みに取り戻すか、ということであった。「自然」の社会構築論や、資本主義的農業による自然の搾取を描く政治生態学は、いずれも自然を受身で均一な存在として描いている。これに働きかける主体としての社会も、アプリオリに設定された社会集団の名の下に均一なものとして表象される。このような人間-自然の二元論が繰り返される限り、現実に存在する関係性をとらえることは難しい。では、自然あるいは社会に働きかける力:エージェンシーをどのように概念化すればよいのか。このような模索のなかに歓迎されたのがActor-network theory(アクター・ネットワーク理論:ANT)である。 ANTは、Michel Serresの思想に影響をうけつつ、Bruno Latour、Michel Callon、John Lawら人類学者・社会学者が科学技術研究(STS)を通して提示した一連の概念の集合である。それらの概念は、自然と社会のみならず、主体と客体、ローカルとグローバルなどの二元論をも超える可能性をもつとの期待から、地理学者を含む多くの論者により吟味されているが、食の地理学において具体的事例を扱ったものは未だ少ない。2.概念とその意義 ANTでは自然-社会関係とその変化をとらえるにあたって、人間だけではなく、人間以外の機械や動物、数式といった人間以外のものnonhumanも同様にアクターととらえる。これらのアクターが何であるのかは、アクター間の関係性によってのみ定義され、それは常に変化する可能性がある。アクター間の相互定義の過程を分析するときは、社会が自然を定義する、というように一方を主体とした非対称性を避け、互いが互いに定義するという対称性symmetryを原則とする。この人間と自然が入り混じった異種混合体Hybrid collectifが、社会関係を変えていくエージェントであり、その関係性は脱中心化され、偶発的なものである。人間以外のアクターは、時間・空間を超えて移動するものimmutable mobileでもあり、この循環・流通に着目することで、固定され均一化された空間と社会の相互の表象を揺るがせる。3.「食」の地理におけるアクター・ネットワーク 「食」とは動物あるいは植物であり、商品であり、人の身体の一部であり、これを取り巻く様々なアクターとの関係性の異種混合体である。このような観点からは、すべての食をめぐる関係性がANTによる分析の対象となりうるが、これまで比較的多くみられる分析対象は、科学者や科学の組織がアクターとなるような食の地理である。例えば、Fitzsimmons and Goodman(1998)は小麦の大量栽培種の開発、狂牛病、拒食症をアクター・ネットワークの部分として素描し、Whatmore(2002)も遺伝子組み換え食品が作られる過程を科学者や企業・NPOらを含むアクター・ネットワークとして描いている。   これらの分析はモノと人との関係としての食の地理が変化するプロセスを繊細に追うことを可能にしているが、モノとモノの関係や生態を組み込んだ詳細な分析は少ない。この点は、地理学の課題として考える必要があるだろう。主要文献Callon, M. 1986. Some elements of sociology of translation: Domestication of the scallops and the fishermen. In Power, Action, and Belief, ed. J. Law, 196-229. London: Routledge.Fitzsimmons, M. and Goodman, D. 1998. Incorporating nature: environmental narratives and the reproduction of food. In Remaking reality: Nature at the Millenium, eds. B. Brawn and N. Castree, 194-220. London: Routledge.Law, J. and Hassard, J. eds. 1999. Actor Network theory and after. Oxford: Blackwell. Latour, B. 1993. We have never been modern. Cambridge: Harvard University Press. Murdoch, J. 1997. Inhuman/nonhuman/human: actor-network theory and the prospects for a nondualistic and symmetrical perspective on nature and society. Environment and Planning D 15: 731-756.Whatmore, S. 2002. Hybrid Geographies. London: Sage Publications.
  • 立見 淳哉
    p. 24
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1.背景 本報告では、「食」の地理における、コンヴァンシオン経済学(l’Économie des Conventions: 以下、EC)の展開について扱う。ECは、1980年代のフランスで誕生したが、その起源は一つではない。統計的カテゴリーの構築と格付け作用、ドーリンジャーとピオリの「内部労働市場」論、金融市場の予測構造に関するケインズの分析など、異なるテーマをめぐる研究が相互に歩み寄り、1980年代後半に「コンヴァンシオン経済学」が成立することとなったのである。 2.特徴と主要な研究者 ECは多様な議論を包含しているが、それらに共通の特徴を二つ挙げるとすれば、それはアクターの認知的活動における事物(les objets)の役割を考慮することと、人間の価値判断能力を重視しながら現実世界の社会的構成(social construction)のあり方を問題にすることであろう。 前者の背景には、近年の認知科学における分散認知(distributed cognition)理論の進展がある。知識は「頭の中」だけではなく外界にも分散しており、したがって認知も「頭の中」における情報処理過程としてのみ捉えられるものではなく、むしろ自己、他者、人工物、制度といったもののインタラクションの中で集合的に、あるいは関係論的に実現されるものであるとの見方である。後者には社会構成主義の展開がある。なかでも、ラトゥールとウールガーの『実験室生活』(1979)以来、「科学の人類学」として蓄積されてきた、詳細なエスノグラフィーに基づいて科学的知識の構築過程を解明する研究が重要である。 このようなECの特徴の大部分は、ラトゥールの同僚であるミシェル・カロンが主張するアクターネットワーク理論(ANT)にも当てはまる。しかし、ANTがラディカルな仕方で人間_-_非人間あるいは社会_-_自然の区別を取り払うのに対し、ECは非人間的な諸要素を十分に考慮しつつも、正義や社会的公正に関する人間の評価能力を強調している。このような、集合的認知における人間の中心性を依然として擁護するECの研究手続きは、「一新された方法論的個人主義」と呼びうるものである。 ANTがフードネットワーク論に理論的な根拠を与えたとすれば、ECは主として食料の「質(quality)」をめぐる議論において受容されてきた(Atkins and Bowler 2001)。先進諸国においては、消費者は食料の質(とくにその安全性)にいっそう敏感になり、しばしば上質な食料とはローカルかつ自然な製品を意味するようになってきている。郷土や自然を刻印した食料の質を構築することが競争優位の源泉となりうる。   Murdoch, Marsden and Banks(2001)によると、ANTとECはともに社会と自然の異種混交性を主張するが、食料の質の分析についてはECがより有用である(とりわけ、Eymard-Duvernay, Boltanski and Thévenot, Storper and Salaisの研究)。ECは、特定の質がアクター間の交渉の結果生み出される、質の構築のダイナミズムに接近する分析道具を与えてくれるからである。コンヴァンショニストとレギュラシオニストの共同研究の成果である『農業の大転換』(1995: 邦訳1997)では、コンヴァンシオン理論から刺激を受けたフランス国立農業研究所(INRA)の研究者によって食料の質の構築にかかわる豊富な事例研究が提供されている。3.日本の地理学における展望 わが国ではECの研究プログラム自体が十分に理解されておらず!)須田文明による先駆的な研究があるにせよ!)、地理学における展望を得るには時期尚早という感を否定できない。まずは、食料研究におけるECの分析枠組みがフランスと日本という地理的差異を越えて活用可能かどうかを意識しながら、事例研究とあわせてその理論内容を検討していく作業が必要となろう。
  • 大井 信三, 横山 芳春
    p. 25
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    はじめに
     茨城県中央部に広く発達する常陸台地は,地形を形成するMIS5eに形成された見和層に対比されている海成相と,それを覆う河成相の常総層からなるとされてきた.また那珂川下流部には河岸段丘が発達し本地域の模式となっている.しかしながら,本地域の段丘編年は必ずしもテフロクロノロジーに基づくものではなかった.また台地を構成する下総層群についても房総半島の模式層序との対比が不明確であった.そこで演者らは本地域では従来記載されていなかった,北関東系のテフラや広域テフラを追跡することによって,地形面の対比と茨城県内全域における見和層の対比を行った.
    見和層の基底
     東茨城台地では,MIS6の谷の谷埋め相である見和層中部層最上部の泥炭層中にArPを含む.その挟在する層位は霞ヶ浦周辺では谷埋め相の下部に挟在し,行方台地から鹿島台地を横断する谷の谷埋め相の中部にあるが,その北側に認められる潮汐堆積物が特徴的な谷埋め相にはMIS7後期に降灰したMoPが挟在し,見和層より古い谷埋め相として識別することができる.
    2段のMIS5eの地形面
     常陸台地の台地主部をなす標高20-35mの地形面では,見和層の下部外浜相・ラグーン相に,KtPが挟在する.一方で西側の丘陵や山地近くの標高45mを上限とする高い面ではKtPは風成相や後浜相中に挟在する.このことからこれらの地形面は従来下末吉面として一括されてきたが,山地・丘陵近くの標高の高い面と台地主部の標高の低い面とは異なる地形面で,それぞれMIS5e初期とMIS5e後期に形成されたと判断される.
     那珂台地・東茨城台地那珂川沿いではKtPは海岸部の海浜・潮汐チャネル相に,Miwaテフラ群(鈴木,1989)が内湾・ラグーン相中に挟在する.このことからここではデルタの前進速度が速く,MIS5e後期には現在の海岸線付近まで海退が進んでいた.
    MIS5cの海成面
     海岸部の鹿島台地では,Aso-4, K-Tzが地形面を覆い,あるいは浜堤間低地相に挟在し,Ibaraki-L,SzA, Aaが最上位の内湾,海浜相中に挟在する.これらの挟在するテフラはMIS5c-5dの年代を示すことから,鹿島台地では海成の常総層が,見和層を覆って存在する.したがって鹿島台地は標高40-45mと高いが地形面は逆に新しい.この地形面は台地を削っているのではなく,MIS5e後期の段丘面の上にほとんど整合で載っている.このことから鹿島台地は常総層堆積期までは沈降傾向にあり,隆起に転じたのは台地形成期以降と新しいことを示す.
     那珂台地海岸部ではMiwaテフラを挟在する見和層の上位に,K-Tzを挟在する厚さ2mの海成層が不整合で載る.
    MIS5c-5aの河成面
     北浦周辺,巴川,涸沼川流域には,ローム層最下部あるいは内陸に向く流向の見られる潮入河川相中にOn-Pm1, Ibaraki-L, Aaが挟在し,台地主部との比高差はほとんど無いが異なる段丘面として識別される.
     那珂川沿いでは上市段丘が,海岸に近づくと礫層上位に砂層が入るようになり,那珂台地海岸部のMIS5cの海成面につながる.上市段丘はfilltop段丘であるが,より下位の塩ヶ崎段丘・谷田段丘はfillstrath段丘で上市段丘の礫層の上に重なっていることが多い.2つの礫層の間にはローム層を挟むことがあり,上市段丘と塩ヶ崎段丘・谷田段丘の形成時期に時間間隙があったことを示す.以上のことからこれらの段丘面はMIS5c-5aの河成面である.
    MIS5地形面の形成過程
     MIS5e初期には友部丘陵や瓜連丘陵そして筑波山地わきの現在の標高45mの高さまで急激に海進がおよび,柿岡盆地の入り口には湾口砂州が形成された.
     この後,海がいったん退いた後,MIS5e後期には現在の標高30mの高さまで戻った.那珂台地では,この時期までに古那珂川が網状河川をなして現在の海岸付近までデルタが前進していった.行方台地には「古東京湾のバリアー島」が形成され.霞ヶ浦周辺はラグーンであった.霞ヶ浦より北の東茨城台地ではバリアーの位置が西に寄り,台地縁辺部の内原付近がラグーンであった.その後海退期に至ると,霞ヶ浦周辺のバリアー内湾側においてはラグーンの埋積が進行し,外洋側の東茨城台地,鹿島台地では,浜堤列を形成しながら海岸が前進した.
     MIS5cには,霞ヶ浦周辺の新治台地,稲敷台地西部では離水が遅れ,ラグーンの状態が続いて鳥趾状デルタが進出したが,離水の早い那珂川周辺では上市段丘が形成された.那珂台地海岸部および鹿島台地では海進によってバリアーシステムが形成され,その内陸の東茨城台地東部の涸沼川・巴川および北浦周辺ではそれに続く潮入川が台地との比高の少ない段丘を形成した.
  • 荒木 一視, 高橋 誠
    p. 26
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1.趣旨 グローバルフードシステムの進展,食の安全性など今日の「食」をめぐる状況は,大きなうねりの中にある。1990年代後半以降の欧米の地理学では,こうした状況に対峙するための様々な議論が展開されてきた。 本シンポジウムでは,これらの新しい潮流において注目されるいくつかの理論や概念を取り上げ,各々の動向を紹介するとともに,斯学への援用の可能性を検討したい。「食」をめぐる問題は多くの国において共通の課題となりつつあり,わが国の経験を国際的議論の俎上に上げることが求められている。本シンポジウムのねらいは,少なくとも欧米諸国の地理学研究や,それとすでに対話を始めたわが国の農業経済学や農村社会学などと問題意識や理論・概念を共有することによって,内外の「食」の研究との議論の基盤を作ることである。2.各報告において留意したこと ここで取り上げるのは,フードレジーム(食料体制),コモディティチェーン(商品連鎖),ニューリテイルジオグラフィー,フードネットワーク,コンヴァンシオン,アクターネットワークなどのキーワードで語られる,いくつかの潮流である。これらの諸概念自体が従来のわが国の地理学界で,広く認知されているものではない。そこで,各報告の前半部分においては,これらのキーワードを理解するために,各動向の簡単な系譜,すなわちこれらの考え方の背景と特徴,主要な論者に言及し,主要文献リストを作成してもらうことにした。要旨集にそれらを記載することで,これらの「食」をめぐる地理学の新潮流の概要を一瞥できるハンドブック代わりになることを意図している。 各報告の後半部分では,担当者にこれら新潮流についての展望を語ってもらうことにした。すなわち,前半部分で紹介された系譜を踏まえて,それらの考え方を日本の地理学研究に援用することの可能性と有効性について展望してもらう。その際,欧米の新しい理論を相対化するためにも,日本(あるいはアジア)の文脈を意識し,想定される方法や対象に即して,それらの課題や問題点を明らかにしたいと考えている。3.本シンポジウムの目指すこと 本シンポジウムは「食」をめぐる地理学の新しい理論・概念を披瀝することをひとつの試みとして掲げているが,このようなスタイルのシンポジウムはこれまであまり試みられてこなかったと思われる。しかし,議論の焦点はあくまで理論・概念の有効性にあるが,フィールドを重視する地理学においては(実際,「食」をめぐる問題はいろいろな意味で「現実」である),事例研究や実証研究などとの接合を全く抜きにして有効な検討ができるとは考えていない。要は,事例についての細かい議論を意図するものではない。また,もちろん,それらの理解のされ方は一通りではないが,理論・概念のあまり細かな袋小路を探索することや,言葉遣いや論理構造の妥当性を云々すること,重箱の隅をつつくことも慎みたい。むしろ,これらの諸理論・概念を用いて欧米の地理学は何をしようとしたのか,何ができるのか,あるいは何ができたのか,そして日本の地理学はそれをどのように咀嚼できるのか,といった広範な問題を念頭に置いて議論ができれば幸いである。 本シンポジウムを企画するに至った背景のひとつとして,斯学において,「食」の問題それ自体に対する関心はともかく,理論や概念を共有しつつ国際的議論の舞台に登ろうとする態度があまりに希薄ではないのかという問題意識があった。その意味で,欧米の新しい考え方だから無批判的に受け入れるべきだというのは本意ではない。また,「食」という対象を共有することで,農業地理学とか工業地理学とか流通地理学とか文化地理学とか農村地理学とかといった従来型の研究分野が横断的に連携できる,いわば地理学内融合の道筋が描けるのではないかとも期待している。 付言しておけば,ここで取り上げた6つの潮流は,相互に重なる部分も大きく,決して相互に排他的なものではない。また,90年代以降の新しい動向をすべて網羅しているわけでもない。実際,例えばNigel Thrift などが取り組んでいるモダン消費論,George Ritzerの指摘するマクドナルド化,David Goodmanなどが展開する食の自然文化論といったテーマは,構想の段階では検討されたが,他分野を含めないと適当な報告者が見つからなかった。これらも含め,総合的な「食」の社会科学研究が構築できるかどうかというのは難しい問題だが,その意味で,本シンポジウムでの議論は閉じたものでも収束すべきものでもない。少なくとも「食」をめぐる地理学の新しい潮流のいくつかを披瀝することで,今後の斯学の議論の活性のひとつの起点となれば幸いである。
  • 荒木 一視, 池田 真志
    p. 27
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1.背景 本報告で取り上げるのはCommodity chain analysis(商品連鎖の分析),Commodity chain approach(商品連鎖のアプローチ),あるいはGlobal commodity chain approach(グローバルな商品連鎖のアプローチ)などと呼ばれる考え方である。 そもそもCommodity chain(商品連鎖)とは「世界システム論」で用いられた概念で,世界経済システムにおける「中核」と「周辺」の地域格差を生む媒体として位置づけられている(Hopkins and Wallerstein 1986)。1990年代以降,世界システム論はグローバル化の進展という社会経済的な潮流とも相まって,それまでの理論的あるいは史的な検討に留まらず,実証研究にも進展を見せる。このような中で注目を浴びるようになったのが,本報告にいう商品連鎖のアプローチである。2.特徴と主要な研究者 1990年代後半以降,Gereffi and Korzeniewicz (1994)やHaugerud, Pricilla Stone and Little (2000) など,経済学者や人類学者,あるいは社会学者による著作が纏められて来た。その特徴は,先進諸国の消費と途上国の原材料,一次生産物の供給を,両者をつなぐ商品に注目して論じることにあり,それを通じて北米やヨーロッパの先進国の食料消費が,いかに南米やアフリカなどの途上国の農業生産を左右してきたかを描き出してきた。 近年では欧米の地理学者による研究も発表されるようになってきており(Mather,1999;Smith et al. 2002),2004年には「商品連鎖の地理学」がHughes and Reimerによって編まれた。なお,Leslie and Reimer(1999)は,同アプローチの地理学的意義として,商品連鎖にかかわる場所と場所の関係を明らかにし,高度で複雑な今日の先進国の消費の背景を探ることを挙げている。3.日本の地理学における展望 日本はすでに世界有数の食料輸入国となって久しい。また,近年は中国をはじめとする東アジア諸国からの生鮮野菜の輸入をはじめ水産物や加工食品供給の海外依存も高い。今日,われわれはどこで誰によって作られた食料であるかを知らないままにそれを購入し,消費する。また,その食材に関する情報以上に,その食料供給システムが誰によって作られ,どのような意図の元で運用されているのかという情報につてもほとんど知ることはない。このような状況をどのように読み解いていくかが同アプローチの導入の意義でもある。 具体的なタスクとしては,第1にわが国の食料輸入の地理的パターンを描き出すこと,第2にはその海外からの食料供給体系を主導する主体の運動を明らかにすること,第3にはそれらの一連の動きを体系づける価値について検討することがあげられる。その際,地理的パターンの検討においてはグローバル,ナショナル,ローカルという商品連鎖のスケールが,食料供給体系を主導する主体の検討においては,生産者主体の連鎖(producer driven commodity chain)か買い手主導の連鎖(buyer driven commodity chain)かという観点が,また,価値の検討においては情報と知識が重要な事項となる。主要文献Gereffi, G. and Korzeniewick, M. eds.(1994): Commodity chains and global capitalism. Westport: Greenwood Press.Haugerud, A. Priscilla Stone, M. and Little, P. eds. (2000): Commodities and Globalization, Lanham (Maryland), Rowman & Littlefield Publishers.Huges,A. and Reimer,S. eds (2004): Geographies of commodity chains. Routeledge.Hopkins,T.K. and Wallerstein,I. (1986): “Commodity chains in the World-Economy prior to 1800”. Review 10-1:157-170.Leslie,D. and Reimer,S.(1999): Spatializing commodity chains. Progress in Human Geography 23,401-420.Mather, C.(1999): “Agro-commodity chains, market power and territory: re-regulating South African citrus exports in the 1990s”.Geoforum, 30:61-70.Smith, A., Rainnie, A., Dunford, M., Hardy, J., Hudson, R. and Dadler, D. (2002): “Networks of value, commodities and regions: reworking divisions of labour in macro-regional economies”. Progress in Human Geography, 26:41-63.
  • 山本 佳世子
    p. 28
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    近年、河川や運河、堀、水路、湖沼や海洋などの水環境を活かしたまちづくりやこれらの水辺空間の整備、再生が注目されるようになり、全国各地においてそれぞれの地域の水に関する地域特性にもとづく様々な取り組みが積極的に推進されるようになった。このような取り組みの代表例として、大河川の流域、湖沼や海洋の周辺地域などの水の豊富な地域における水郷まちづくりや、都市地域における都市河川や運河、堀を利用した水都のまちづくりが挙げられる。そこで本稿では、以上で述べた視点から、特に水郷としての地域特性と水に関連した歴史・伝統を活かしたまちづくりを合わせて行っている事例を取り上げ、その特徴について把握することを目的とする。
  • 伊藤 慎悟
    p. 29
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに 大都市郊外における人口高齢化については、居住人口の加齢による急速な高齢化が指摘されており、社会的関心は高い。また、郊外住宅地域内の高齢化の進展にも差異が生じており(伊藤2003)、地理学分野でも数多くの研究成果が挙げられている。 郊外地域における高齢化進展の差異に関して、主として開発時期や住宅形態の違いが挙げられる。開発時期の違いは、ライフサイクルにおける世帯主の住宅取得年齢という点から解明が可能であり(川口1997)、住宅形態においては黄ほか(1991)、由井(1999)、香川(2001)などで、戸建てか共同住宅か、あるいは持ち家か借家かといった違いで高齢化進展に差異が生じているという見解が示されている。このような研究に際してはミクロスケールでの分析が不可欠となる。 本研究では、これら既存の研究成果を十分踏まえながら、上記で示した開発時期、住宅形態や所有関係以外の要因から住宅地の人口構成の差異を議論しようと試みた。今回は、地理学の研究ではあまり議論されてこなかった民間の戸建住宅のみを対象とし、そのなかで年齢構成や高齢化進展に差異が生じるのかどうか見てみることにした。2.研究対象地域本研究は、1950年代から1960年代に人口急増を経験し、大量の住宅供給を行った神奈川県を対象にした。前回(2003年秋季大会)の発表では横浜市を対象としていたが、今回は民間の戸建住宅のみを対象とするため、より多くのサンプルを集めるために全県に対象を拡大した。 分析対象地区の選定にあたっては、前回同様神奈川県(2003)『住宅団地立地調査結果報告書 平成14年』をもとに、この中で30,000m2(100区画)を超える民間開発主体による戸建住宅団地を選定した。 開発年次は、30年以上が経過しているもので上記資料における「造成又は建設着工年度」(表中右側に記載されている年度)が昭和41年(1966)から43年(1968)までのものを対象とした。 3.資料と調査の方法 本研究では、対象地区の人口動態を時系列で見るうえで、国勢調査の最小分析単位である国勢調査区(基本単位区)別集計を用いた。本研究では、この調査区を団地の範囲と対応させ、かつ以降の調査区範囲の設定変更に際しても、比較検討可能な団地のみを対象として取り上げており、ミクロスケールでの時系列分析が可能である。 また、人口以外の要素に関しても、昭和50年国勢調査の調査区別集計第2_から_5表から世帯構成や就業構造、住宅の建て方などのデータが入手できる(昭和55年になると調査区別集計でもさらに多様なデータ収集が可能である)。4.対象とした戸建住宅の人口動態 1960年代に開発された神奈川県内の戸建て住宅団地において、その多くは借家ではなく持ち家の住宅である。したがって、持ち家住宅購入者(世帯主)の年齢は借家(賃貸)住宅購入社に比べ高く、また年齢のばらつきも見られるというのが一般的な傾向である。しかしながら本研究で取り上げた住宅団地には、持ち家率の低い公営の共同住宅と類似した年齢構成を示す地区も見られ、地区(団地)によって年齢構成の差異が発生し、これらを一概に議論できないことが判明した。つまり入居間もない1975年時点ですでに対象として取り上げた地区の中には年齢構成の差異が発生しており、この具体的内容についてはポスターにて掲出したいと考えている。文献伊藤慎悟2003.郊外住宅地域における人口高齢化の地域差!)横浜市泉区の事例.新地理50:27-40.香川貴志2001.ニュータウンの高齢化!)シルバータウン化する千里ニュータウン!).吉越昭久偏『人間活動と環境変化』古今書院:139-154.川口太郎1997.郊外地帯の居住移動に関する分析!)埼玉県川越市における事例!).地理学評論70: 108-118.黄 大田・竹島祥夫・紙野桂人1991. ニュータウンにおける人口高齢化の特性に関する研究!)千里ニュータウンの場合!).第26回日本都市計画学会学術研究論文集. 679-684.由井義通1999.『地理学におけるハウジング研究』大明堂.
  • 黒木 貴一, 磯 望, 後藤 健介, 中村 眞人, 鴨川 武文, 藤田 隆, 井手口 敬, 下山 正一
    p. 30
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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     2005年3月20日の福岡県西方沖地震では、福岡市を中心に港湾施設や家屋を中心に大きな被害を生じた。この地震による被害分布は、既に空中写真判読による液状化や家屋の被害、踏査による構造物や建築物の被害などに関する速報がある。しかし著しい被害の生じた玄界島、埋立地、警固断層周辺に調査が限られ、それ以外の地域も含めた広範な範囲、また福岡市市街地全体に関する報告がない。そこで本研究では、アンケートと踏査で得た被害情報から、広範な範囲および福岡市市街地に関する被害分布図を作成した。各分布図はポイントデータをArcViewで補間して作成した。 建物の揺れの強さの分布図では、山地の震源側(背振、三郡)の裾野、活断層(西山、福知山)の近傍、沖積低地と埋立地で大きく、扇状地や段丘では弱いことなどが示された。地震の揺れの長さの分布図でも、ほぼ同様の結果を得た。 福岡市市街地に関しては、被害分布図に基盤深度と断層位置を重ねた。これより警固断層は顕著に、那の津断層は不明瞭ながら、被害分布の境界線に一致し、その断層線のすぐ東側で被害程度が大きいことが示された。石堂_-_海の中道断層では不明瞭である。また被害分布図では基盤の深い場所では被害程度が大きく、逆に基盤の浅い場所では被害程度が小さい傾向のあることを明瞭に示せた。
  • 和田 崇
    p. 31
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1. 研究目的
     パソコン通信とそれに続くインターネット技術の発達に伴い,地理学においてもインターネットを含めた情報に関わる研究が欧米を中心に進んできた。これに関して, Dodge and Kitchin(2001)は,情報化の進展に伴う実在空間における社会経済の変化を扱う「情報化社会の地理学」と,電子メディア上にヴァーチャルに出現する電脳空間そのものを地理学的に扱う「電脳空間の地理学」の2つに整理している。
     しかし,荒井(2005)も指摘するように,わが国では「電脳空間の地理学」に関する研究蓄積が十分でなく,特に社会・文化的アプローチや実証研究が乏しい。その中で,和田(2003,2005)はメーリングリストとウェブサイトをとりあげ,実証的な研究を行っているが,インターネットを介したコミュニケーション手段は,これ以外にも電子掲示板やチャット,メールマガジンなどがあり,それらをとりあげた研究は皆無である。
     本研究は,地域的事例の具体的把握をもとに,インターネットの電子掲示板を介したコミュニケーションの特色について,地理学的視点から考察したものである。具体的に,情報の内容や実在空間との関わりに着目しつつ,電子掲示板を介したコミュニケーションの展開過程や属人的特徴,地域意識,実在空間におけるアクターの行動を解明した。

    2. 分析手順
     本研究では,電子掲示板に書き込まれた地域に関する表現(電脳空間のなかの地域)と,電子掲示板を介したコミュニケーションと実在空間における地域的行動の相互関係(実在空間における地域)について実証するため,前者に関して電脳空間のなかでの情報交換を主眼とするスレッド,後者に関して実在空間における地域的行動の展開を目的としてコミュニケーションを展開するスレッドを事例としてとりあげた。具体的な研究対象は,広島市牛田地区に関する情報を交換しあうスレッド(以下,牛田スレッド)と,山陰地域を舞台にオフラインミーティング(以下,オフ会)の企画・実施を目的としたスレッド(以下,山陰オフスレ)である。
     本研究における実査は,電子掲示板に投稿された情報内容分析と資料調査,聞き取り調査を併用した。まず,牛田スレッドと山陰オフスレに投稿された情報内容を分析し,発信件数と発信情報の性質を整理した。内容分析の対象は,牛田スレッドが2002年6月から2003年5月までに投稿された638件,山陰オフスレが2003年4月から2004年3月までに投稿された4,405件とした。次に,投稿情報にみられる景観描写や知覚空間に関する描写,投稿者の行動に関わる地理的記述を読みとり,投稿者が抱く地域意識を考察した。さらに,各スレッドの投稿情報,とりわけ地理的記述の妥当性を検証するため,牛田スレッドでは郷土資料の収集整理,山陰オフスレでは一部の投稿者を対象とした聞き取り調査を行った。

    3. 結論
    (1)コミュニケーションの展開過程をみると,牛田スレッドは現在の地域情報が継続的に投稿されるとともに,一時的に過去の地域情報や記憶が投稿される。山陰オフスレはオフ会開催に併せて,その企画調整,参加確認,実況中継,報告感想に関する情報が投稿されるほか,荒らし投稿が一時的に集中する。
    (2)牛田スレッドは8割,山陰オフスレは6割が匿名投稿。山陰オフスレには固定的な投稿者がおり,コミュニケーションをリードしている。
    (3)牛田スレッドの投稿情報にみられる地理的記述は,現在および過去における投稿者の私的な生活体験や記憶,知識にもとづくもので,それらが積み重ねられて私的な記憶(意識)が社会的記憶(意識)として共有され,「ソフトウエアとしての都市」を形づくっている。
    (4)山陰オフスレの投稿情報にみられる地理的記述は,山陰地域の範囲,アイデンティティの確認,オフ会の開催地,地理的親近感,他地域との交流に区分できる。
    (5)牛田スレッドが個人的行動を誘発するのに対し,山陰オフスレは社会的行動を誘発し,新たな対対人関係を構築する。
  • 海津 正倫
    p. 32
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    はじめに 自然災害の問題は環境地理教育を考えるに上できわめて重要な今日的課題であると考えられる.2004年12月26日に発生したスマトラ沖地震に伴う津波災害は,自然・人文両面に関わるきわめて大きな問題であり,さまざまな角度から検討されなければならない.多くの場合,我々は断片的に得られた情報をそのまま受け止め,記憶にとどめることになるが,それらの断片的な事項を整理し,体系化するとともに,付加的な情報を加えることができればより高度に理解することが可能になる.その点において環境地理教育の重要性が問われる. 本報告は,5400人近くの犠牲者を出したタイ国のアンダマン海沿岸地域における現地調査結果をふまえて,津波災害を環境地理教育という側面からどの様にとらえることができるのかについて検討する.津波被害の地域差と環境地理教育 このたびの津波襲来のニュースを聞いた我々は,その生々しい映像によって津波の激しさを知り,その被害が我々の想像を絶するような著しいものであることを知る.しかしながら,我々にもたらされる情報はその実態の断片であり,系統的に伝えられたものではない. タイ国のアンダマン海沿岸における津波災害に関しては,当初はプーケット島やピピ島などの被害が大きく取り上げられたが,これは両地域がタイ国有数のリゾート地であり,多くの外国人が滞在していたことで,諸外国のメディアを通じての発信がいち早く行われたことによる.しかしながら,メディアで大きく取り上げられた場所が必ずしも最も被害の著しい場所であるとは限らない. タイ国内務省が1月20日に発表した数字によると,津波によるタイ国の死者・行方不明者死者(カッコ内は行方不明者数)の数はそれぞれ5354人(3113人)におよぶ.これらの数字を地域的に見ると,津波襲来直後からマスコミを通じて情報が世界に伝えられたプーケット島のあるプーケット県やピピ島のあるクラビー県では,それぞれ260名(646名),721名(663名)であるのに対し,プーケット県の北に位置するパンガー県では死者(行方不明者)の数が4202名(1792名)と際だって大きな値となっている. このような報道による情報と実態との不一致はタイばかりでなく,インドネシアやインド,スリランカに関しても見られるが,我々にとっては多くの情報を把握するだけでなく,それらによって示されている事柄の背景をより正しく理解することが必要である.被災地域の土地条件と被災地に関する情報 プーケット島の海岸域の地形は海に張り出した丘陵の突出部とそれらに挟まれたポケットビーチおよび背後の小規模な低地からなる.プーケット島海岸域における人々の生活の場はこれらのビーチと背後の低地であり,津波被害のほとんどはこのようなビーチに面した低地で発生した.また,ビーチに面する部分には多数のホテルなどが密集していて内陸側ではそれらによって津波が弱められ,著しい被害の範囲が限定されるといった状態も見られた.一方,パンガー県の北半部に位置するカオラックでは幅2〜3 kmにおよぶ平坦な海岸平野がひろがり,津波は平野東縁の丘陵との境まで到達した.この平野の海岸域には旧集落は分布しないが,最近建設されたリゾート施設が点在していて,それらが激しく破壊された.さらに北のナムケム平野では,プーケットからの距離が遠いこともあり,観光開発はまだ進んでいない.ただ,その北縁部には漁業とともにスズの採掘が行われてきたナムケムという集落があり,津波はこの集落の3分の2を壊滅させ,多くの犠牲者がでた. このように,一口に津波によって多くの犠牲者を出したタイ国のアンダマン海沿岸地域といってもそれぞれの地域で顕著な特徴があり,被災状況が異なる.津波から半年後の報道では,プーケットのみならず被害の大きかったナムケムなどにも目が向けられ,地元の人たちの様々な問題点や課題が報道されるようになっている.我々地理学に関わる者もそのような場所による違いを理解し,問題をとらえるための様々な情報を整理するとともに,付加価値を加えて提供する努力が必要である. 津波被災地域に関しては,津波の発生直後から,ウェブサイトで被災地域に関する衛星画像や応急的に作成された津波浸水地域図などが提供されており,我々はこれらの情報をふまえ,津波の実態をそれぞれの地域における環境条件と結びつけて把握することができる.また,衛星画像や地盤高データに関するサイトなどからデータを入手し,わずかな加工によって地域の特徴をよりわかりやすく提供する工夫も可能である.
  • 仁科 淳司, 三上 岳彦
    p. 33
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    大都市内部における気圧の分布は、東京に限ってもほとんど明らかになっていなかった。今回、メトロスデータを用いて、夏季静穏日における東京都区部の気圧の分布を論じた。その結果、午前中は郊外で気圧の低下が大きく、昼過ぎに都心での気圧の低下が大きくなること、また、日没後にはまず都心部で気圧が上昇し、その後は逆に都心部のほうが気圧上昇が抑えられる傾向があること、などがわかった。
  • 後藤 拓也
    p. 34
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    近年,「食」をめぐるグローバル化の進展は著しいものがあり,それに対する地理学の分析枠組みも再検討を迫られている。そのような状況下で,農業・食料部門のグローバル化を捉える分析枠組みとして欧米の地理学者に注目されているのが,「フードレジーム論(Food Regime Theory)」である。実際,1990年代以降における欧米の地理学では,このフードレジーム論に依拠した実証分析が相次いで蓄積されている。しかしながら,日本の地理学においては,これまで農業・食料部門のグローバル化を捉える理論的な枠組みとして,このフードレジーム論が十分に導入・活用されているとは言い難く,その有効性と限界について議論する必要があろう。そこで本報告では,欧米やわが国におけるフードレジーム論の展開を整理し,それが「食」の地理学へどのように適用が可能なのかについて検討を行うことを目的とする。 フードレジーム論とは,アメリカの農村社会学者であるFriedmannやMcMichael(1989)が提唱した概念である。この概念は,国際的な農業・食料システムの変化を歴史的観点から説明しようとする枠組みであり,現在までに3つのレジームが確認されている。具体的には,イギリスが基軸となる農産物貿易を特徴とする第1次レジーム,アメリカに基軸が移行する第2次レジーム,日本や欧米など先進諸国の多国籍企業が農産物貿易に主導的役割を果たす第3次レジームから成り,現在は第3次レジームへの移行期であるとされる。このフードレジーム論を実証する上での重要なキー概念となるのが,「NACs」と呼ばれる新興農業国の出現である。「NACs」とは,成長著しいアジアや南アメリカの農産物輸出国を総称した概念であり,中国・タイ・ブラジル・アルゼンチン等が該当するとされる。この「NACs」の出現において重要な役割を果たしているとされるのが,日本や欧米など先進諸国のアグリビジネスであり,その企業活動の空間的展開,農産物の調達戦略、現地での農産物調達拠点の形成行動が,フードレジーム論を「食」の地理学へ導入する重要な論点になり得るものと考えられる。 これまで日本の地理学において,フードレジーム論の枠組みに基づいて国際的な農産物貿易に言及した論考は,管見の限りでは高柳(2005)が先駆的な論考といえる。しかしながら,第3次のフードレジームで重要な役割を果たしているとされる日本のアグリビジネスが,どのように中国や東南アジアの「NACs」化を進めてきたのかは未解明であり,日本のアグリビジネスによる海外進出状況を包括的に整理した論考さえも未だに得られていないのが現状である。本報告では,日本の食品企業による1980年代以降の海外進出状況を整理し,日本の農業・食料部門においてフードレジーム論や「NACs」概念がどの程度当てはまるのかを検証したい。
  • 森 和紀
    p. 35
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    ルーマニア中央部,カルパチア山地南西部に位置するドナウ川水系チビン川を対象に,牧羊に伴う河川水質の特徴を把握することを目的に2003年と2004年の夏季を中心に調査を実施した。その結果,著しい水質汚染の実態が明らかとなり,現地における水利用との関連を含め考察した。1.流下に伴う河川水質の変化について電気伝導度を指標に検討すると,最上流部の観測地点において最高値が観測されるのに対し,値は下流に進むに従ってしだいに低下することが認められた。この要因は,集落が尾根部に立地する事実と密接な関連があり,未処理の生活廃水・屎尿の影響を受けた最上流部の河川水が流下とともに順次希釈されることを意味する。2.初夏に刈り取られた羊毛を製品化する前段階の処理として,河道内の岩場や渓流水を利用し,羊毛に付着している土壌や羊の屎尿を河川水で直接洗浄することが行われている。結果的に,羊毛の洗浄地点直下における河川水の水質については極端に著しい汚染の実態が観測された。1989年以前における社会主義体制のもとでは,刈り取られた羊毛は洗浄を業とする企業に集荷され,ある程度まとめられて洗浄されていた。これに対し,市場経済が導入された1990年以降は,個人もしくは世帯単位で小規模に羊毛を洗浄することが行われ,汚濁負荷が散在的に発生する現象が生み出されるようになった。生態系への影響を含め,解決すべき課題の一つであると指摘される。3.調査流域における河川水と地下水の水質特性は濃度と組成に基づき明確に分類され,流域の土地利用・水利用との間に高い整合性が認められる。本調査の結果は,人間活動が水文環境に顕著な影響を及ぼす典型的な事例として位置づけられる。
  • 澤田 康徳
    p. 36
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    _I_ はじめに 児童・生徒の空間認識は,都道府県の位置(田中・杉山 1989; 宮原 1995)や身近な地域(寺本 1984)について多くの調査がなされている.社会を地域という枠組みで捉える過程で,児童・生徒は地形や気候などの自然環境を基本条件とする(小林 1985)一方で,気候現象の空間認識についてはこれまで十分な議論が行われてこなかった.気候現象は,出現場所や空間スケールにある程度の規則性があるものの,都道府県境界や身近な人工物,地形などのように固定・明確化された事象ではない.空間的抽象度の高い気候現象に対する児童・生徒の空間認識を知ることは,自然環境の教材性を考慮した授業づくり,カリキュラム構築の手がかりとなる.他方,小・中学校段階では,地域の人々の暮らしとともに,地形や気候などの自然環境について興味・関心をもつことが多いが(石井 1993),自然現象の成因理解の欠如が,児童・生徒の地理学習に対する苦手意識に関与している(長坂 1995).しかしながら,現象の成因理解の程度などは明確にされていない.本研究では,気候現象のうち成因および空間的広がりが比較的具体的な多雪を対象とし,アンケート調査に基づいて多雪域の空間(位置・空間スケール)認識と形成成因および社会事象の理解程度との関係を明らかにする._II_ 調査および方法 高等学校における地理の履修状況(辰巳 2005)を踏まえ,学校教育の地理学習において,空間認識を体系化する基盤づくりの最終段階となる場合が多い中学校2年生(東京都豊島区・私立)の男子188名を対象に2005年6月3日にアンケート調査(質問紙による)を実施した.多雪域の空間認識は,日本を中心とした領域について地図上で網域(以下認識域とする)として示させ,対象領域の緯度経度1度間隔の領域内における網域の出現の有(1)無(0)によって認識域を捉え,それを認識域成分とした.そして,認識域の空間分布パタンを知るために,全ての認識域成分に対してクラスター分析を施し,認識域の空間分布を5個に類型化した.なお,調査時までの降雪に関する既習地域は,対象領域の一部であると想定される._III_ 多雪域の認識域空間分布とその因子 認識域の中心や範囲はパタンによって異なり,実際の年間降雪量分布(顕著な多雪域は大陸東部においてはわずかで,日本列島_-_北海道の日本海沿岸において明瞭)と中学校2年生の多雪域の空間認識にはずれが認められる(図 参照).北緯35度以北の広域に認識域が見いだされるパタンには,海洋を含めたものとして,大陸東部_-_東北地方_-_北海道を中心に認識域が認められるパタン(_I_),北海道_-_オホーツク海を中心に対象領域北東部に認識域が認められるパタン(_II_)がある.パタン_III_は,大陸北部および日本列島の日本海沿岸_-_北海道の陸域を中心に認識域が認められる.これらのパタンは,多雪域の形成成因を「寒いから」と回答した割合が高い(平均47%).日本を認識域の中心としたパタンには,日本列島の日本海沿岸_-_北海道とその沿岸遠方まで認識域が認められるパタン(_IV_),日本列島の日本海沿岸_-_北海道に認識域が認められるパタン(_V_)がある.これらのパタンにおいても多雪域の形成成因を「寒いから」とした回答(平均27%)がみられるが,一般的解釈に近い回答として「冬季に大陸からの北西季節風が日本海を吹送し,そこで水蒸気を含んだ気流が山脈に衝突することによっている」との回答があげられ,この割合が現実の多雪域と近似した認識域パタン(_V_)で最も高い(33%).多雪域を判断するに至った情報獲得の場は,いずれのパタンも「天気予報」(平均65%)などのメディアを媒体とする割合が高い.「訪問・滞在経験」,「授業」を情報獲得の場とした回答割合は平均25%程度である.なお,情報獲得の場にはパタンによる系統的差異は認められない.社会事象については,全パタンに共通して「雪かき」とした回答割合が高い(平均32%)が,パタン_IV_,_V_で建築物構造,消雪設備などの具体物を回答する割合が高い.ここで,多雪域の形成成因を「分からない」と回答した割合はパタン_V_で39%であるが,それらの生徒は,社会事象について具体物を回答する割合が同パタンの平均より高い.以上のことから,現実の多雪域と近似した認識域パタンでは多雪域の形成成因理解の程度が高い傾向が認められ,形成成因理解が空間認識の因子の一つであるといえる.また,多雪域における社会事象の具体的認識も空間認識に関わっていることが考えられる.多雪の成因理解は転移力を有し,未習地域の現象を捉えることにも有効である.したがって,事例学習が多い小・中学校段階において社会事象と関連した自然現象の成因は必要な学習内容の一つであると考えられる.
  • 吉田 和義
    p. 37
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    1.はじめに 子どもは大人と異なる方法で周囲の環境を知覚することが知られる.子どもの知覚環境に関して従来から実証的な研究によりその実態が明らかにされてきた(斎藤1978,岩本1981,寺本1984,泉1993,大西1999).近年これらの研究は「子どもの地理学」として体系化され,研究の視点も多様化しつつある.一方で,子どもを取り巻く社会の大きな変化に伴って,知覚環境の貧困化が指摘されている.現代の子どもは空間的および時間的な制約が多くかつてのように知覚環境を発達させることができない現状が予想される.しかし,現在の子どもの知覚環境に関して,保育園・幼稚園児から中学生に至る発達を検証した研究はなされていない.本研究は,手描き地図の分析を主要な方法として,子どもの遊び行動と知覚環境の関連,場所の意味と知覚環境の関連について考察し,子どもの知覚環境の発達プロセスを明らかにすることを目的とする.2.調査方法 子どもの遊び行動に関して小学校第3学年_から_第6学年までの児童を対象に質問紙法によるアンケート調査を行い、小学校第1学年_から_第6学年の児童,小学校の学区域内にある保育園の年長児,小学校から進学する公立中学校の第1学年の生徒を対象に手描き地図調査を実施した.3.子どもの遊び行動 子どもの遊び行動の特性としては,遊び場は,「公園」の割合が全体で70%以上と高く,これに次いで「家の中」の割合が高い.遊びの内容としては,放課後の過ごし方は,「ボール遊び」「テレビゲームをする」などの割合がいずれの学年でも高い.また,休日の過ごし方では,「買い物に行く」「テレビゲームをする」「本やマンガを読む」などの割合が高い.平日の放課後と比較すると,野外での遊びの割合が低く,このことは,休日は平日より家の中で過ごす傾向が強く,かえって野外での遊びが成り立ちにくい現状を示している.また,習い事に通う子どもの割合は,どの学年でも全体的に高く,80%を超える.1週間当たりの習い事の回数は,学年が上がるに連れて増加し,第6学年になると1週間に4回以上という回答の割合が,40%以上になる.習い事の増加は子どもが自由に遊びに使える時間の減少を意味する.4.手描き地図の分類形態 手描き地図の形態分類については,子どもが描いた地図をルートが形成されていない非ルートマップ,道路を中心に線的に描くルートマップ,さらに,広い空間を面的に描くサーベイマップに区分した.そして,ルートマップとサーベイマップについては,発達段階に応じて1型と2型の下位分類を設けた.全体的な傾向として,保育園年長児,小学校第1学年では,非ルートマップおよびルートマップ1型の割合が高く,年長児ですでにルートマップが形成されていることが分かる.第2学年では,ルートマップの割合が高く,わずかにサーベイマップが見られるようになる.第3・4学年でもルート1型と2型をあわせたルートマップの割合が高く,サーベイマップが約10%現れる.第6学年と中学校第1学年ではサーベイマップの割合が増加する.しかし,サーベイマップの割合は約50%に止まる. 子どもが描いた建物の表現形式は,水平方向から見たとおりに描く「立面的」な描き方と上空から垂直的な視点から描く「位置的な」描き方の2種類に区分される.学年が低いと「立面的」な描き方が支配的で,次第に「位置的」な描き方に移行し,第4学年では40%が,そして中学校第1学年では90%が「位置的」な表現になる.表現形式には男女差があり,特に小学校第6学年と中学校第1学年で女子に「立面的」な描き方が多く見られる.5.結 論 ニュータウン地区における子どもの遊び行動の特色として,遊び空間は近隣の街区公園への依存度が高く,計画されたオープンスペースや遊具スペースが主な遊び場となることが挙げられる.遊び時間は,習い事の増加により学年が高くなるほど制約される傾向にある.知覚環境の発達をみると,第6学年,中学校第1学年でサーベイマップを描く子どもの割合は従来指摘されたものより低く,サーベイマップへの移行は遅くなっている事実が指摘できる.また,第4学年から立面から位置への視点の転換が見られ,これと平行して,第4学年以降相貌的な知覚の傾向が衰退する.野外における遊びの制約,ニュータウンにおける地域の均質性が子どもの知覚環境の発達に影響を与えていると考えられる.
  • 海津 正倫, タナヴッド チャルチャイ, ブーンラク パタナカノグ
    p. 38
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
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    はじめに 本報告では,タイ国アンダマン海沿岸において多大な津波被害をこうむったNam Khem平野およびKhao Lak平野について,上陸した津波の挙動を明らかにし,津波の流動と地形および地形変化との関係について検討する.両平野における地形変化を把握するにあたっては,津波発生以前の空中写真とQuick BirdおよびIKONOSによる高解像度の人工衛星画像を利用した.津波の流動方向に関しては,道路沿いに設置された杭や樹木などの倒れた方向や草地や畑地にみられる倒された草本の示す方向などの痕跡を指標として押し波と引き波を区別し,調査地点において最も代表性のあるものを選んでその方向を測定した.Nam Khem平野およびKhao Lak平野における地形と津波の流動 Nam Khem平野およびKhao Lak平野はいずれも東西最大約2〜3 km,南北約12 〜13 kmの沖積低地で,低地の背後には標高10 m前後の台地が分布している.両平野とも低地の地形は浜堤列および堤間低地を主とするが,それぞれの平野にはスズ採鉱にともなう人工改変地が分布する.Nam Khem平野北縁部のPak Ko川河口(Laem Pom海)の入り江に面した地域は,海岸部に集落が建ち並びその背後にスズ採鉱によって掘り込まれた多数の池沼が存在している.  平野部における津波の挙動は基本的には流れの方向の異なる押し波と引き波の組み合わせで説明されるが,個々の地点では低地の微地形の存在がかなり大きく影響している.Nam Khem平野では単純な押し波と引き波からなる津波の挙動とは異なる,地形を強く反映した津波の流動が見られた.とくに,一部の低所では上陸した押し波と廃土の盛土斜面に乗り上げた後の引き波が同方向に流れており,逆の方向性を持つ押し波と引き波の見られる多くの地域とは異なった特徴が見られ,平野北部における津波堆積物の分布に影響を与えていると考えられる.海岸線の変化に関わる地域的特徴 Nam Khem,Khao Lak両平野とも外洋に面した海岸部では,突出部であるHua Krang Nui岬およびPakarang岬の部分で顕著な海岸線の後退が発生しており,これらの部分において津波による侵食作用が卓越する. また,小河川河口部の地形変化に関しては,Nam Khem平野とKhao Lak平野とで若干の違いを見ることができる.前者では主として河口部を閉塞するような傾向を持つものの,河道が大規模に拡大するような顕著な侵食作用は見られない.これに対して,Khao Lak平野では小河川の河口部が著しく広がり,拡大した河道は内陸側に向けてはっきりした楔形の平面型をなしていてNam Khem平野の特徴とは大きく異なっている.また,前者では開口部の海に面した部分で比較的顕著な侵食・堆積が見られるのに対し,後者では外洋からの影響が直接及ぶと思われる河道の部分においてとくに著しい地形変化がみられるということはなく,むしろ,海岸線に平行する外洋からの直接的な営力を受けにくい河道でも著しい侵食が発生している. すなわち,Nam Khem平野の外洋に面した部分の地形変化は主として津波の直撃による破壊作用によって引き起こされ,突出部のほか,外洋に面した小河川河口部などでも顕著な侵食作用が発生したと考えられる. これに対して,Khao Lak平野では,突出部など外洋に面して直接破壊されたと考えられる部分のほか,楔形をなす顕著な河道の拡大がみられる.これに関しては,津波の押し波と引き波の違いを考えることが必要で,押し波の際には外洋からの直接的な波の作用が卓越するのに対し,引き波の際には流れが低所に集まることから,それらが集中する部分で顕著な侵食が発生して楔形の河道の拡大が引き起こされたと考えられる
  • 梶田 真
    p. 39
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
     わが国では大きな社会的混乱を引き起こした昭和の大合併以後、領域再編成による行財政システムの合理化という政策的選択肢を採用することなく福祉国家化を押し進めてきた。このような福祉国家化を可能にしたのはわが国の財政調整制度である、地方交付税制度が財源保障の立場を取り、精巧な需要算定と差額補填方式による資源配分によって、小規模な自治体にも標準的な行政事務を行うために必要な財源を保障してきたためである。しかし、地方交付税の原資である国税の税目は景気動向によって大きく税収額が変動し、不況期には必要な原資を確保することができない事態に直面する。また、財政調整制度の主たる負担者である大都市圏の自治体の地方税収は法人2税に強く依存しているため、不況期には国税同様に大幅な税収減に見舞われ、地方圏の自治体に有利な地方交付税の配分方式に対して批判の矛先を向けることになる。 しかし、これまで前者については交付税特別会計からの借入によって原資を確保することで対応し、後者については地方交付税の配分方式をめぐるポリティクスにおいて政権党の支持基盤である、地方圏の自治体の方が優位な立場にあったため、基本的に制度の骨格に手が加えられることはなかった。オイルショックに端を発した1970年代の不況期における交付税特別会計の借入金もバブル景気に伴う税収増によって繰上償還が行われる。 しかし、バブル景気崩壊後、地方交付税制度は再び交付税特別会計からの借入による財源確保に迫られ、税収減に苦しむ大都市圏の自治体による配分方式の見直し圧力も強まる。不況の長期化、高齢化の進展に伴う財政需要の拡大に加えて、1998年参議院選挙における自民党の大都市圏での記録的惨敗以後、地方圏の自治体が地方交付税の配分方式をめぐるポリティクスにおいて、かつてのような政治的優位性を失った結果、自主的な合併の支援という穏健的な形で進められてきた市町村合併政策は小規模町村を狙い打ちにした地方交付税の削減策をはじめとした、強権的な政策へと転じ、当初は様子見を行っていた市町村も財政危機の深刻化と合併特例法の期限切れを前に一気に合併へと突き動かされていった。 平成の大合併の政策手法とプロセスに関する諸問題は今後、改めて検討していく必要があるが合併特例法が本年3月末に失効したことで、今後はこれまで手のつけられることがなかった地方交付税制度をめぐる垂直的・水平的な政府間調整のあり方、すなわち地方交付税の総額決定と地方自治体間の配分方式のあり方が重要な検討課題に上ることになるだろう。その際、地方交付税の総額については現在の財源保障という再分配に関する規範をどう見直すのか、そして好況時と不況時の間の交付税財源の年度間調整をどのように位置づけ、制度化していくのかが論点となる。また、地方自治体間の配分方式については標準的な行政事務をどのような形で再定義するのか、そして、納税先とサービスの提供元が乖離しているため受益ム負担関係が不明瞭になる、という財政調整制度の構造的な問題に対して、地方自治体、とりわけ主たる受益者である地方圏の自治体において、いかなる形で受益ム負担関係を明確化させ、自律的に地方交付税の規模をコントロールするメカニズムを持ち込むかが焦点となる。
  • 福島 あずさ, 高橋 日出男
    p. 40
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    _I_.はじめに
    ヒマラヤ山脈の南側には,標高100m程度のタライ平原から約200kmの間に8000mにも及ぶ標高差が存在し,標高2000_から_3000mのマハバラート山脈などにより起伏に富んだ地形が展開している。ベンガル湾からの湿潤な気流がこれらの山脈斜面を上昇することにより多量の降水がもたらされることから,ここに位置するネパールは夏季モンスーンを考える上で重要な地域である。しかし,データの制約からネパールにおける降水現象の詳細は十分に把握されておらず,最近になって前野ほか(2004)などにより日降水量データを用いた気候学的な解析が行われるようになった。ネパールにおける夏季モンスーンの降水は,地形の影響とともに,モンスーントラフや亜熱帯ジェット気流の挙動に支配されていると考えられる。本研究では,前野ほか(2004)およびその後の日降水量データを用いて,ネパールにおける夏季モンスーン開始期前後の降水量推移に関する気候学的特徴を明らかにすることを目的とする。

    _II_.データ
    日降水量データについては,ネパール科学技術省水文気象局による1976_から_2002年の94地点のデータを用いた。また循環場の解析にあたっては,気象庁客観解析資料の1990年_から_1995年のデータを用いた。
    _III_.結果と考察
    まず半旬降水量の推移からモンスーン開始日を求め,他の地域との比較を行った(図1)。最も開始日が早いのは東部アルン川流域の4/21で,松本(2002)と比較するとインドシナ半島内陸部やインド北東部とほぼ同時期であり,インド半島の大部分より早く始まることになる。中山間地域では5月中に,タライは6/5ごろに開始し,東部中山間部から西側へ,さらに南側と北側へ向かって開始日が遅くなる傾向がある。
    次に降水量季節推移の地域性を把握するために,基準化した半旬降水量にWard法によるクラスター分析を行い図2の7地域(1.西部タライ_から_中山間・東部ヒマラヤ,2.西部中山間,3.西部ヒマラヤ_I_,4.西部ヒマラヤ_II_,5.東部中山間,6.東部タライ,7.東部中山間アルン川流域)に区分した。
    区分した地域毎に27年間の暦日平均降水量を求め,モンスーン開始期前後の降水量推移を比較した(図3)。山岳地域を除き,地域によって多少時期は異なものの6月上旬(150_から_160日以降)(B)に降水量が大きく増加し,それ以前においては数十日間にわたって降水量がゆるやかに増加する時期(A)が認められる。両時期(5月以降)における上層の東西風速分布を比較すると,Bにおいては亜熱帯ジェット気流がチベット高原北側に位置してるが,Aではヒマラヤ山脈南側にも分流した西風帯が存在しおり,Aはプレモンスー季に,Bはモンスーン季に相当すると判断される。先に求めたモンスーン開始日が,特に東部地域ほど早いのは,AとBの降水が区別されなかったためと考えられる。年々の日降水量推移によると,AはBに比べて日降水量は少ないが,いずれの時期にも準周期的な降水量の増減が認められる。今後は,それぞれの時期における降水発生要因の差異について,循環場の解析から明らかにしたい。

    参考文献  松本淳 2002.東南アジアのモンスーン気候概説.気象研究ノート202:57-84.
  • 丸山 浩明, 仁平 尊明
    p. 41
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    天然草地に依存するパンタナールの牧畜では、牧養力、すなわち草地の生産力を維持しつつ飼養できる最適な放牧家畜数を、各牧場毎に算定して経営に反映させることが必要である。そのためには,(1)雨季と乾季の天然草地の変化(浸水域の変動)を考慮に入れた詳細な植生区分図(あるいはビオトープマップ)を作製し,植生ごとにそれぞれの占有面積を計測する,(2)家畜の嗜好性に留意した,植生ごとの草生産量(乾物重量)を算出する,(3)放牧家畜がいつ,どこで,どの位の量の草を食べているかを正確に見積る,などの基礎研究が必要である。本研究は,とくに(3)の研究課題に係わり,放牧牛にハンディGPSとバイトカウンター首輪を同時に装着して(写真1),ウシの移動や休息,食餌行動(顎運動回数)を詳細に解明することを目的とした。これにより,従前の目視に頼る家畜追跡調査では解明しえなかった詳細な家畜の行動データが,広大な放牧地を対象に,連続的かつ安定的に収集できるようになる。また,牧養力のより厳密な算定基準を提示する本研究は,パンタナールの脆弱な天然草地を維持・管理しつつ,持続的な牧畜経営を実現する適切な牛群管理システムの提案に役立つ。
  • 佐藤 浩, 宮坂 聡, 加藤 悟
    p. 42
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    多摩丘陵西部の八王子市・長沼公園(面積約0.9 km2)は雑木林(主にコナラ)からなり、公園管理者によって萌芽更新年とその区域が把握されている。本研究では、夏と冬の航空レーザ測量データから植生高を把握し、萌芽更新年と植生高の関係を調べた。その結果、相関係数-0.85という高い相関があることが判った。
  • 大竹 伸郎
    p. 43
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    _I_ 研究目的2000年現在の日本の全就業人口に占める農業従事者の割合は4.5%であるが、GDPに占める農業の割合は1.4%に過ぎない。このことは農業の経済性が、第2次、第3次産業に比べて著しく低位であることを示しており、所得格差の一因にもなっている。このような農外他産業との経済的格差が、農業従事者の後継者不足や高齢化ひいては離農といった農業問題を深刻化させ、農家戸数は、1970年から2000年までの間に540万戸から230万戸へと半数以下に減少した。しかしその一方で、農業の生産性を高め、農業経営の持続性をめざす農業生産法人の設立件数は、2,740件(1970年)から5,889件(2000年)へと2倍以上に増加している。またこの増加傾向は、1995年から2000年までの5年間に増加件数の約半数である1,333件の農業生産法人が新設されており、近年の増加傾向が顕著である。さらに2003年には、条件付ながら株式会社の参入も認可されるようになり、農業生産法人数は、今後一層増加するものと予想される。本研究の目的は、富山県を事例として農業生産法人が水田稲作を主体とした農業地域の維持的経営に果たしている役割を明らかにすることである。_II_ 日本における農業生産法人の現状2004年現在、全国には8,230件の農業法人数があり、そのうち89.7%が農地を取得できる農業生産法人である。農業生産法人数に占める、水田稲作を基幹としている経営体の割合は17.7%(1,312件)で、その約半数にあたる672件が東北・北陸地方に存在している(2000年,世界農林業センサス)。 東北・北陸地方における経営規模別農業生産法人数をみると、東北地方に比して、北陸地方に農業生産法人件数が多いことがわかる(第1図)。また、農業生産法人の経営規模についても北陸地方には、東北地方に比して経営規模の大きな経営体が多い(第1図)。次に北陸諸県の状況をみると、北陸地方の中では、富山県の農業生産法人数が最大であり、経営規模の大きな経営体が多い(第1図)。大規模経営は、土地利用型産業である水田稲作を基幹とする法人経営の生産性を向上させるとともに、農業経営を持続させるために欠くことができない要因の一つである。したがって、本研究では、経営規模の大きい農業生産法人数が、東北・北陸地方で最大である富山県を研究対象地域とした。_III_ 考察富山県内で行った聞き取り調査の結果、富山県内の農業生産法人の分布には、東西で偏りがあることが明らかとなった。すなわち、砺波平野が位置する県西部地域の砺波市や小矢部市等には、黒部川扇状地が位置する県東部地域に比して農業生産法人数が多く、しかも経営規模のも大きな経営体が多く分布している。さらに、西部地域で大規模水田経営を行っているS農産(富山県旧福野町〔現南砺市〕)への聞き取り調査の結果、農業生産法人の経営展開が、_丸1_農業従事者の高齢化や農外他産業への専従化によって発生した耕作放棄田の管理・保全など農業地域の維持に一定の効果をあげていること。_丸2_大規模経営による雇用形態が水田稲作農業への専従労働を可能にし、農業後継者の育成に貢献していることが明らかとなった。
  • 関口 辰夫, 藤原 智
    p. 44
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    干渉SAR解析によって地すべり活動の変位が検出された。地形調査を行った結果、新鮮で明瞭な地すべり地形が確認された。
  • 関口 辰夫, 佐藤 浩
    p. 45
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    新潟県中越地震発生後、斜面崩壊の詳細な区分を行った。斜面崩壊の区分は、斜面崩壊(表層)、斜面崩壊(地震動による表層樹木崩落)、斜面崩壊(規模やや大)、流動性崩壊、基盤崩壊(岩盤崩落)、地すべり、亀裂、未崩壊斜面、河道閉塞・天然ダムとした。その結果、流動性崩壊69箇所、基盤崩壊131箇所、地すべり72箇所を含む崩壊数の総数は4198箇所が確認された。
  • 小泉 俊雄
    p. 46
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    1 はじめに2002年、米国国立公文書館において米軍が撮影した原爆投下直前・直後の広島の空中写真が国土地理院により発見された。広島への原爆投下は1945年8月6日であり、投下前は1945年7月25日撮影の縮尺1/14000である。広島の原爆に関する調査・研究は今でも行われており膨大な資料があるが、投下直前のいわゆる大縮尺地形図、すなわち一棟ごとの家屋などが記入されたものがないために、詳細な被害分布図が作成できないといった支障がある。本研究は、米軍偵察用空中写真をもとに、原爆投下直前の広島市街地全域について数値地図作成と空中写真標定要素の不明確な写真を使用した図化プロセスの試行を目的とした。2 使用した空中写真本研究で使用した空中写真は日本地図センタから市販されたものである。市販は印画紙焼きのもので、1枚の写真を半分ずつに切断した状態のものであり、それぞれ約22.5cm×23.0cmである。写真は割合鮮明ではあるが、現在の写真に比べれば鮮明さは劣る。3 広島市街地数値地図作成図化にあたっては、使用した空中写真が1枚のものを半分に切断したものであるため、これらを接合させ一枚のものに復元させた。接合後の写真は約45.0cm×23.0cmの長方形であり、現在一般的に用いられている空中写真とは異なる。写真の標定にあたっては、経年変化のために標定点の取得が困難である。そこで本研究では広島市から提供された現在の広島市の地形図作成に使用した空中三角測量のデータ(1/2500国土基本図DMデータ)をもとに、基準点が設置されており、かつ現在の地形と変化が少ないと考えられる場所を見定め、その点を基準点として入力した。基準点の配置にあたってはステレオ部分に均等に分布するよう心がけた。図化には、紙焼きの空中写真を600DPIのスキャナーで読み込み、デジタル図化機である「図化名人」を用いて図化を行った。本研究で作成した数値地図には一棟ごとの木造家屋、堅牢建造物、道路、橋梁、河川等が色分けされて示され、それぞれ平面位置と標高の3次元データを持っている。4 まとめ本研究により原爆投下直前における広島市街地のほぼ全域における数値地図が作成された。おそらく日本で最初のものと考える。今後はこれを基図として、投下直後の空中写真判読による詳細な被害分布図を作成するとともに、原爆の被害の資料を属性データとしたGISを構築する予定である。謝辞:本研究を行うにあたり下記の方々始め多くの皆様のご協力を頂きました。ここに心より感謝申し上げます。広島大学原爆放射線医科学研究所 竹崎嘉彦先生、広島市都市計画局計画調整課 天野貴之氏、広島平和記念資料館 西野満氏、 アジア航測(株) 内田修氏、織田和夫氏、寺田常夫氏、サン・ジオテック(株)村田雄一郎氏 復建調査設計(株) 小西哲夫氏参考文献1)志水清編:原爆爆心地、付:広島市原爆爆心地復興元市街地(広島大学原爆放射能医学研究所、NHK広島中央放送局)、日本放送出版協会、1969年2)竹崎嘉彦、祖田亮次:広島原爆デジタルアトラス、広島大学総合地誌研究資料センター、2001.83)広島市役所:原子爆弾被災状況、広島市街説明図、1971.8
  • 王 岱
    p. 47
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    _I_ はじめに1978年から、生産責任制が中国の農村地域に導入されたことによって、農民の生産意欲が引き出され、農業生産性の向上につながった。しかし、現在においても、農民の収入は依然として低水準にとどまり、都市と農村の所得格差は顕著である。また、2001年、中国のWTOへの加盟以降、輸入農産物の増加による打撃を防ぐため、中国政府は競争力をもつ農業の育成に努め、全国的規模で地域農業再編を推進し、農民所得の増加を目指す農業構造調整を実施してきた。農業経営の領域において、主に穀物を中心とした食糧作物から適地適作の原則に基づく工芸作物(繊維作物、油料、果実、薬材など)への転換調整が急速に展開されてきた。 本研究は、華北地方に位置する河北省鄭章村を取り上げ、1978年の改革開放政策の実施以来、特に、1999年以降の農業構造調整下における生薬の生産と加工の実態解明を目的とする。_II_ 鄭章村の概要 鄭章村は中国を代表する漢方生薬の生産および集散地として古くから知られている河北省安国市の中部に位置し、首都北京市と重要商業都市天津市との距離はともに約250kmである。2005年4月時点で、鄭章村の人口は3,990で、農家戸数は997戸である。一人当たり約8.7aの耕地を均分に割り当てられ、農家の家族員数の違いによって、各戸の自作地面積は、相当のバラつきがある。現在、鄭章村における農業生産は小麦やトウモロコシなどの食糧作物と薬用作物が中心となっている。主に生産されている生薬は約50種類であり、生薬の出荷と関連加工品の販売は農家の重要な収入源となっている。_III_ 生薬生産の発展過程と土地利用の現状鄭章村における生薬生産は建国(1949年)以前から行われていた。しかし計画経済時代(1956_から_1982年)には、食糧作物以外の農作物の生産・加工・流通は厳格に制限されていた。改革開放以降、特に1999年から、特産品として生薬の栽培が積極的に行われるようになり、また、付加価値の向上を目的に、ほぼ全ての農家は生薬の加工業を経営してきた。農家は自作地だけではなく、他農家から耕地を賃貸し、生薬の栽培を行ったり、他地域から加工原料として生薬を買い付けたりするなど、様々な手段を利用し、収益の向上を図ってきた。土地利用においては、生薬関連産業の発展にともない、生薬の栽培面積が拡大する傾向にあった。また、生薬は頻繁な管理作業が必要であるため、主に住宅地の近辺や道路の両脇など通耕が容易な場所で栽培されている。しかし、近年、生薬市場変動の激化や農業従事者の高齢化によって、鄭章村における生薬の生産量は減少傾向に転じた。特に、2002年から、中国政府による食糧作物の生産者価格調整によって、食糧作物による安定収入を求め、食糧作物の作付け比率を引き上げる農家が目立つようになった。 _IV_ まとめ鄭章村における農業の変容、とりわけ生薬生産の発展は、中国政府の農政転換による影響が大きい。農業構造調整が提唱されることを受け、国内における最大規模の“安国市漢方生薬専業市場”に近接する地理的優位性を発揮し、長年の栽培経験を有する生薬生産は村民の農業収益の増加をもたらした。しかし、それとともに、労働力の都市的産業への流出、2001年以降の生薬加工制限による収入格差の拡大などの問題点も現れている。
  • 池口 明子, 斉藤 暖生, 足達 慶尚, 野中 健一
    p. 48
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    1. 目的と方法近年ラオスでは、首都ビエンチャンにおける就業機会の増加を背景として、都市部とその近郊に非自給世帯が増加している。これにともない、市場における生鮮物の販売が活発化している。生鮮物の販売には、農業の副業で販売する人から専業的な商人まで様々な人々が参加している。これらの人々の商業活動は、利用可能な生物資源に応じて異なっている。これら流通空間を明らかにすることによって、地域の資源利用の一端を理解することができよう。しかし従来ラオスに関しては、林産物の国外への流通が主に研究対象とされ、平野部の生鮮物の国内流通については研究が少ない。そこで本研究では、ビエンチャン近郊の市場における生鮮物の流通経路を明らかにし、資源特性および商人の活動との関連を考察することを目的とした。その方法は次の通りである。 まず、ビエンチャン特別市に位置するサイタニー郡内の市場の立地と規模を明らかにした。さらに、そのうち最大規模の市場であるダンサン市場において夕方の販売時間帯に販売種を確認し、生鮮品を販売するすべての商人に、仕入地・仕入方法・居住地などを聞き取った。調査は、2004年の8_から_9月、11月、3月におこなった。2. 商業環境と市場の立地 サイタニー郡ではビエンチャン市街地から北へ向かう国道と東へ向かう国道の2本が主要な舗装道路であり、国営・私営の交通手段が発達している。とくに北に向かう国道沿いの集落で人口密度が高く、市場もこの国道沿いに偏在している。郡内の市場は合計16ヶ所であり、すべて毎日市である。このうち2つの市場を除いては、すべて1990年代後半に形成され、その多くは2000年代に入って規模が拡大している。3.流通経路と商人の活動 調査対象とした市場の生鮮品の種類は、調査期間中最大で170種類が確認された。これらの生鮮品を取扱う商人は最大で86人であった。主な流通経路を空間的に見ると、a.サイタニー郡内の農村(生産地) b. ビエンチャンの卸売市場 c. サイタニー郡内の市場 からの経路がある。a.は商人の活動別にみると、a1.生産者から購入 a2. 自ら栽培・採集して販売の2つに分かれる。最も多くの商人が参加するのが経路aであり、a1が、74人(延べ人数合計の37.9%)、a2が40人(20.5%)を占める.経路a1で最も取扱い人数が多かったのはナマズ、タイワンドジョウ,ツムギアリなどの野生生物資源である。経路a2で取扱い人数の多かった商品は,インゲンマメ,トウガラシ,ツボクサなどの栽培種および野生の草本類である。経路aに続いて多かったのは経路cであり、代表的な商品は,セイヨウハッカ,エンドロ,イノンドなどの栽培野菜である.これらは国内の大規模産地で生産され、ビエンチャンに大量に集荷される生鮮品である。商人は市場が立地する村とその近隣の村に居住している。30代の女性が多くを占め、所有農地が少ないか、または所有しない世帯が多い。経路aに参加する商人は市場内部では露天スペースで販売し、夕方のみ出店するのに対して、経路b.cでは屋根つきのスペースに商品を並べ、昼も販売している場合が多い。4. 考察と結論 市場が立地する周辺の村では、市場における生鮮品の販売が、専業的な商人から農民的な商人までの多くの農民にとって重要な現金収入機会になっていることが確認された。とくに、野生生物や菜園における栽培種は、多数の農民的な商人が参加できる経路形成にとって重要な資源であると考えられる。一方、市場の分布は偏在しており、かつそれぞれの規模は小さいために、サイタニー郡内であっても多くの村からは直接の販売機会は少ない。今後これらの村における資源流通についても明らかにする必要がある。
  • 漆原 和子, 森 和紀, 白坂 蕃, バルテアヌ ダン, 羽田 麻美
    p. 49
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    1.研究目的ルーマニアにおける,1989年12月の革命後の社会の変化によって,チンドレル山地の羊の垂直移牧による土地荒廃について調査をおこない,この地域の持続的発展のために何をなすべきかをさぐることを研究の目的とした. 2.地域の概要と方法 東西にのびるカルパチア山地の大部分は中生代の堆積岩からなるが,チンドレル山地は先カンブリア時代の結晶片岩からなる.その北斜面に発達する3段の準平原面を利用し,羊の移牧が古くからおこなわれていた.その地域を調査対象とした.ゴルノビタ準平原のJina(約950m_から_1000m)には転倒ます型雨量計No.34-T型を設置し,2003年9月19日から2004年9月5日まで雨量を観測し,640.0mm/年の値を得た.この面において,1年間に土壌侵食をし,荷重が移動した箇所で断面図の実測をおこなった.またラウルセス準平原面への羊の移動路での土壌侵食の観察をおこなった.3.結論1)チンドレル山地の準平原面である.ゴルノビタ(1000m±),ラウル セス(1800m),ボラスク(2000_から_2200m)は,それぞれ結晶片岩の風化物質が30cm±の厚さであるところであり,羊の移牧基地となっている.しかし,準平原面間の急傾斜地の土壌深は10_から_20cmで,現在森林として残されている.2)羊の移牧の基地であるJinaでは,革命期前にくらべて羊の頭数は約10倍になっている.3)準平原面では洗浄した羊毛を乾燥をする場では草が枯れ,羊の移動する路は,急傾斜で薄い土壌が移動しやすく,深刻な土壌侵食が発生している.4)土地荒廃のいちじるしい場は、Poiana Sibiului集落の縁辺部に住むロマの居住地で,面的に最も荒廃地が拡大している.1年間の拡大面積も著しい.洗浄済みの羊毛を草地で乾かすことと,豚の野外での放牧が起因していると考えた.5)2003年9月から2004年9月までの土壌の移動を計測によって明らかにした結果から,以下のことが判明した. _i_)ガリー侵食では,横幅を広げ,ガリー内部での傾斜の変換点を中心に,頭部を谷頭方向へ向けて拡大していくことがわかった._ii_)水飲み場では,家畜の体重に応じた荷重の移動が起こり,基盤が露出する段階まで達した家畜の移動路が増加していた._iii_)土壌侵食地がとりわけ面的に拡大しているのは,ロマ居住区とその周辺である.6)過放牧を決める要因は1年間の測定結果をもとに, _i_)土壌深の薄い,最も硬い母材である結晶片岩が風化物質を生成するのに時間を要し,革命前の10倍に相当する4頭/haの羊によって,土地荒廃を加速している. _ii_)革命後自由に販売できるので,チーズ価格が高くなり,羊の頭数が増加している. _iii_)雨が間欠的に強く降ることが,一旦裸地になった地域での土砂の移動を促進させる. _iv_)土地荒廃が進行しているにも関わらず,自然保護に対する人々の意識が低い. 以上の結果から,土地荒廃を回復させる対策を早急に講ずる時期にきていると考える.
  • 日原 高志
    p. 50
    発行日: 2005年
    公開日: 2005/11/30
    会議録・要旨集 フリー
    本報告では、これまでの日本地理学会世界地誌教育研究グループの議論の中から、以下の項目について考えを述べる。_丸1_ カリキュラム構成の根幹:中心概念、発達段階、取り上げるべき地域、取り上げるべきテーマについて論じる〔表1〕。 _丸2_ 新しい地誌的扱いをめぐって:榧根(1993)の指摘する帰納・演繹/abductionからの類推について考えを述べる〔表1〕。_丸3_ カリキュラム試案の具体例:高校地理教育科目設定案〔表2:日原2004;2005〕における必修科目「現代世界」と選択科目「地理B」における、「水資源問題」というグローバルイシューを中心概念に据えた一般カリキュラム試案を紹介する。【参考文献】榧根 勇 1993.自然地理学の存在理由をめぐって.地理学評論66:735-750日原高志 2004.高等専門学校からみた地理教育一貫カリキュラムのあり方.日本地理学会地理教育専門委員会活動報告書『地理教育のグランドビジョンを考える』:20-22日原高志 2005.新しい地誌教育.地理教育34:12-17
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