抄録
はじめに 自然災害の問題は環境地理教育を考えるに上できわめて重要な今日的課題であると考えられる.2004年12月26日に発生したスマトラ沖地震に伴う津波災害は,自然・人文両面に関わるきわめて大きな問題であり,さまざまな角度から検討されなければならない.多くの場合,我々は断片的に得られた情報をそのまま受け止め,記憶にとどめることになるが,それらの断片的な事項を整理し,体系化するとともに,付加的な情報を加えることができればより高度に理解することが可能になる.その点において環境地理教育の重要性が問われる. 本報告は,5400人近くの犠牲者を出したタイ国のアンダマン海沿岸地域における現地調査結果をふまえて,津波災害を環境地理教育という側面からどの様にとらえることができるのかについて検討する.津波被害の地域差と環境地理教育 このたびの津波襲来のニュースを聞いた我々は,その生々しい映像によって津波の激しさを知り,その被害が我々の想像を絶するような著しいものであることを知る.しかしながら,我々にもたらされる情報はその実態の断片であり,系統的に伝えられたものではない. タイ国のアンダマン海沿岸における津波災害に関しては,当初はプーケット島やピピ島などの被害が大きく取り上げられたが,これは両地域がタイ国有数のリゾート地であり,多くの外国人が滞在していたことで,諸外国のメディアを通じての発信がいち早く行われたことによる.しかしながら,メディアで大きく取り上げられた場所が必ずしも最も被害の著しい場所であるとは限らない. タイ国内務省が1月20日に発表した数字によると,津波によるタイ国の死者・行方不明者死者(カッコ内は行方不明者数)の数はそれぞれ5354人(3113人)におよぶ.これらの数字を地域的に見ると,津波襲来直後からマスコミを通じて情報が世界に伝えられたプーケット島のあるプーケット県やピピ島のあるクラビー県では,それぞれ260名(646名),721名(663名)であるのに対し,プーケット県の北に位置するパンガー県では死者(行方不明者)の数が4202名(1792名)と際だって大きな値となっている. このような報道による情報と実態との不一致はタイばかりでなく,インドネシアやインド,スリランカに関しても見られるが,我々にとっては多くの情報を把握するだけでなく,それらによって示されている事柄の背景をより正しく理解することが必要である.被災地域の土地条件と被災地に関する情報 プーケット島の海岸域の地形は海に張り出した丘陵の突出部とそれらに挟まれたポケットビーチおよび背後の小規模な低地からなる.プーケット島海岸域における人々の生活の場はこれらのビーチと背後の低地であり,津波被害のほとんどはこのようなビーチに面した低地で発生した.また,ビーチに面する部分には多数のホテルなどが密集していて内陸側ではそれらによって津波が弱められ,著しい被害の範囲が限定されるといった状態も見られた.一方,パンガー県の北半部に位置するカオラックでは幅2〜3 kmにおよぶ平坦な海岸平野がひろがり,津波は平野東縁の丘陵との境まで到達した.この平野の海岸域には旧集落は分布しないが,最近建設されたリゾート施設が点在していて,それらが激しく破壊された.さらに北のナムケム平野では,プーケットからの距離が遠いこともあり,観光開発はまだ進んでいない.ただ,その北縁部には漁業とともにスズの採掘が行われてきたナムケムという集落があり,津波はこの集落の3分の2を壊滅させ,多くの犠牲者がでた. このように,一口に津波によって多くの犠牲者を出したタイ国のアンダマン海沿岸地域といってもそれぞれの地域で顕著な特徴があり,被災状況が異なる.津波から半年後の報道では,プーケットのみならず被害の大きかったナムケムなどにも目が向けられ,地元の人たちの様々な問題点や課題が報道されるようになっている.我々地理学に関わる者もそのような場所による違いを理解し,問題をとらえるための様々な情報を整理するとともに,付加価値を加えて提供する努力が必要である. 津波被災地域に関しては,津波の発生直後から,ウェブサイトで被災地域に関する衛星画像や応急的に作成された津波浸水地域図などが提供されており,我々はこれらの情報をふまえ,津波の実態をそれぞれの地域における環境条件と結びつけて把握することができる.また,衛星画像や地盤高データに関するサイトなどからデータを入手し,わずかな加工によって地域の特徴をよりわかりやすく提供する工夫も可能である.