抄録
1.はじめに
北海道,礼文島の風衝地には,常緑矮生低木のツツジ科近縁種であるガンコウラン(Empetrum nigrum)が生育する.低緯度かつ低山である礼文島の風衝地で,同様の形態変化をガンコウランにおいて確認した.しかし,植物の矮小化については,体系的な認識のみならず,明確な定義さえなされていない.また,低地に生育するガンコウランについて,日本での研究は,分布の記載に限られ,生態を明らかにするための基礎的なデータさえほとんどない.本研究では,礼文島の低山の風衝地において,ガンコウランの分布特性と形態変化を明らかにし,微気象を斜面方位で比較することで,ガンコウランの環境適応を考察する.
2.調査地域および研究方法
調査地は, 礼文島,礼文林道付近の標高221.5 m の丘陵である. 2003年5月から2004年11月に, 東西南北の各斜面で,野外観測および現地調査を行った. まず, 測量により作成した等高線間隔1m の地形図を基に, 方形区ごとに植生および裸地, 礫の分布を記載し, 斜面ごとにガンコウランのフェノロジーと形態を調査した.つぎに,積雪,風速, 土壌水分,降水量,日射量,また通年の気温,群落内温度(地上5 cm)と地温 (地下5 cm) を, 頂上と東西南北斜面の5地点で測定した.
3. 結果と考察
植生の分布と構造土の形成により,斜面方位で微地形が異なることが示された (図1). 風衝地は,植被階状土を形成するガンコウラン群落,草本群落内のガンコウラン群落, 草本群落, ハイマツ群落(Pinus pumila), ササ群落(Sasa kurilensis),裸地に分類される. 北斜面には, 裸地化したTreadとガンコウランに覆われたRiserから成る, 植被階状土が広がる. 急な西斜面は, 上部で露出した基盤岩を伴う砂礫地で, ガンコウランが部分的に存在する. 南斜面は条線土が大部分を占め, ガンコウランやスゲなどが点在する. 緩やかな東斜面では, ガンコウランやウスユキソウ(Leontopodium discolor),ススキ(Miscanthus sinensis) などの草本類が分布する.
斜面方位で,ガンコウランの3つの形態が明らかとなった(n = 165)(図2).北斜面で矮小形と匍匐形,西・南斜面で匍匐形,東斜面で直立形を成す.矮小形では,他形と比較して,植生高(= 26 mm)と年間伸長量(= 10 mm)において有意差を示し(P < 0.01), 北斜面の稜線付近で局所的に分布する.直立形と匍匐形では,斜面方位で年間伸長量の差は認められず(= 20 mm),一方,東斜面の植生高(= 78 mm)は,北・西・南斜面(= 34,45,36 mm)と比べて有意な差を示した(P < 0.01).
ガンコウランの形態と微気象を斜面方位で比較した結果,風衝地で,ガンコウランの形態変化をもたらす主因は,冬の低温ではなく,通年の風であることが示唆された(図2). 北斜面は,強風と土壌水分が不足する最も厳しい環境下にある.北斜面の矮小形は,強風により生育が最も規制された結果,生じた適応形態である. 北・西・南斜面では,強風と積雪の有無が,土壌の凍結融解と構造土の形成に寄与する. その結果,礫の移動により,ガンコウランの分布と生長が制限され,地表面を這うように匍匐形を成す. 東斜面では,弱風と良好な水分条件の下,他の植物の生育促進に伴い,光環境が制限される. その為,ガンコウランの垂直方向への生長が助長され, 直立形となる.
