日本地理学会発表要旨集
2005年度日本地理学会春季学術大会
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北パタゴニア氷原・エクスプロラドーレス氷河の完新世後期の末端変動
*岩崎 正吾青木 賢人澤柿 教伸松元 高峰佐藤 軌文安仁屋 政武
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p. 206

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抄録

1. はじめに
 LGM には一つの氷体としてアンデス山脈南部を広く覆っていたパタゴニア氷原は,現在では北パタゴニア氷原と南パタゴニア氷原に分かれ,氷縁に分布する多数の溢流氷河を通じて急速に消耗しつつある (Aniya, 1992; Aniya et al., 1997).それに伴う 1944 年以降の排水の量は,海水準上昇の 3.6 % に相当すると見積もられている (Aniya, 1999).現在のパタゴニア氷原の総面積は 17,200 km2: (Aniya et al., 1996) であるが,これは南半球においては南極氷床に次ぐ値であることから,その変動の歴史や性質が注目される.本発表では,北パタゴニア氷原の北東縁に位置するエクスプロラドーレス氷河の前縁で 2004 年 12 月に行った現地調査の成果のうち,完新世後期の氷河の消長に関する新たな知見を報告する.
2. 調査地域
 エクスプロラドーレス氷河は,パタゴニア最高峰のモンテ・サン・ヴァレンティン (3,910 m) の北斜面に源を持つ雪崩涵養型の溢流氷河であり,北北東方向に流下して本谷 (エクスプロラドーレス谷) 直前の高度約 200 m 付近にまで氷舌を伸ばしている.全長は約 30 km におよび,消耗域である氷河末端付近の約 2 km の範囲は概してデブリに覆われるハンモッキーな表面形態をなす.
 いっぽう氷河末端と本谷との間には,氷舌を取り巻く方向に連続する数列の堤防状地形が観察される.そのうち最外縁のものは,氷舌側での基底からリッジまでの比高が最大約 100 m で,約 4 km に渡ってほぼ連続して分布するターミナルモレーンである.いっぽう,その最外縁ターミナルモレーンと氷舌の間に分布する堤防状地形は,高さが 10 m未満で,リッジの連続は最大でも 50 m 程度のアイスコアードモレーンである.
3. 完新世後期の末端変動に関連する年代試料
 最外縁ターミナルモレーンを構成している砂礫層は,氷河下流方向に傾斜する層構造を持ち,その構造に沿って多数の木片を挟在している.これらの事実は,かつてのエクスプロラドーレス氷河の末端が前縁の植生帯に突っ込み,植物を巻き込みながら最外縁ターミナルモレーンを形成したことを意味する.本研究では,それら木片のうち,モレーンの基部付近と最上部付近のものを含む計 7 つを採取し,さらにアイスコアードモレーン中からも 3 つの木片を得た.それら年代試料によって,最外縁ターミナルモレーンを形成した氷体が,その位置で活動的に存在していた時期と消耗に転じた時期などを議論できるであろう.木片の炭素放射年代は現在測定中であるが,パタゴニア氷原から溢流する他の氷河に関して知られている 3,600 yr BP (I),2,200 yr BP (II),1,600 _-_ 900 yr BP (III) そして小氷期 (IV) の氷河前進 (Aniya and Naruse, 1999) が,エクスプロラドーレス氷河に関しても認められるのか否かが興味深い.
 ところで最外縁ターミナルモレーンの構成層中の礫は,主に角礫_から_亜円礫であるが,10 % 程度の割合で高円磨度の礫を含んでいる.このことはエクスプロラドーレス氷河が,最外縁ターミナルモレーンを形成するよりも前に,分布域を大きく縮小していたことを示唆しているのかもしれない.
 当日の発表では,採取した木片の C14 年代を示しつつエクスプロラドーレス氷河の完新世後期の末端変動を論じる.
参考文献
Aniya, M. (1992) Bulletin of Glacier Research, 10, 83-90.
Aniya, M. (1999) Arctic, Antarctic, and Alpine Research, 31, 165-173.
Aniya, M. and Naruse, R. (1999) Transactions, Japanese Geomorphological Union, 20, 69-83.
Aniya, M., Sato, M., Naruse, R., Skvarca, P., and Cassa, G. (1996) Photogrammetric Enginnering & Remote Sensing, 62, 1361-1369.
Aniya, M., Sato, M., Naruse, R., Skvarca, P., and Cassa, G. (1997) Arctic and Alpine Research, 29, 1-12.

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© 2005 公益社団法人 日本地理学会
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