抄録
1.はじめに 河川水の水質は流域の特性を反映している。流域の特性には、流域内の物質代謝(岩石の風化・溶出、植物による吸収・排出、微生物による分解、人間活動など)が深く関係し、その物質代謝に作用する環境要因(地形、地質、気候、植生、土地利用)が流域内の河川水の水質を規定しているものと考えられる。 現在、住宅地開発や新たな土地開発によって、地域規模での人間活動の拡大が進行しており、河川水を涵養する流域内の土地利用変化が河川水質及び水循環に影響を与えることが予想される。こうした状況から、河川の水収支・物質収支を理解し、空間的に水環境を把握・評価することが必要である。2.研究対象地域と方法 対象地域は、本州中央に位置する長野県の松本盆地東縁である。複合扇状地である松本盆地東縁には松本市街地が立地し、その東側には標高約2000mに達する山々を連ねる筑摩山地が広がる。地方都市である松本市が立地する松本盆地東縁において、現在、土地利用形態の変化などの人間活動の拡大が陸水環境にどのような影響を与えているのか。対象河川は筑摩山地から流れ出る田川とその支流であり、日本で最も流程が長い信濃川の最上流の一つである。田川は奈良井川水系に含まれ、流域面積はおよそ260km2、流域の土地利用構成は、森林・荒地64.6%、建物用地11.3%、農用地10.1%、水田9.6%、その他4.4%となっている。 調査内容は、2004年7月30・31日に田川とその主要な5支流との合流地点と田川が奈良井川に合流する地点の計6地点において河川溶存物質フラックス測定のための流量観測・簡易水質測定・採水を行い、また、2003年9月_から_2004年12月にかけて対象流域内の地下水195地点と河川水83地点において採水を行い、流域内の水質環境を調査した。 現地における水質調査項目は、pH、EC(電気伝導度)、水温(℃)、アルカリ度(pH4.8アルカリ度硫酸滴定法)であり、採水した試水はイオンクロマトグラフ法により主要溶存無機イオン(Na+,K+, Ca2+, Mg2+, Cl-, NO3-, SO42-)濃度を測定した。アルカリ度からはHCO3-濃度を算出した。なお、河川溶存物質フラックスは大森(2002)による高精度測定法を用いて測定した。さらに、細密数値情報(100mメッシュ土地利用,国土交通省発行)の1994年版をGISソフト(TNTmips MicroImages社)を用いて解析し、流域内の土地利用情報を得た。3.結果と考察 大沢川-塩沢川区間では、流量増加率121.5%、EC増加率89.1%であり、Fig.1に示した「溶存物質フラックス増加率から流量増加率を差し引いた値」の増減が小さいことから、性格の似た水塊の流入が考えられる。塩沢川-和泉川区間では、EC増加率115.5%、流量増加率19.4%、Fig.1から、当区間においては河川水の約8割が地下へと伏流し、異質な水塊の流入はほとんどないと考えることができる。和泉川合流後から奈良井川合流までの3区間においての流量増加率は366.9%、282.6%、265%であるが、これらの区間に大きな流入河川はなく、湧水が集まった水路や河床からの湧出水が見られることから浅層地下水の大規模な流入が考えられ、それぞれの区間で性格の異なった地下水が流入している可能性が示唆された。4.参考文献大森博雄(2002):高精度測定法による多摩川水系の水収支・物質収支の動態把握と河川水質形成機構の解明.(財)とうきゅう環境浄化財団研究助成No.227.
