日本地理学会発表要旨集
2006年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P610
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北パタゴニア氷原エクスプロラドーレス氷河の流動観測と表面高度の収支バランス
*青木 賢人澤柿 教伸安仁屋 政武
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抄録

1. はじめに
 氷河の動態を示す基礎的な情報の一つに,氷河の流動速度がある.北パタゴニア氷原のExploradores氷河は,パタゴニア地域の氷河の末端が後退傾向にある中,例外的に末端が停滞している氷河であることが明らかになっており(Aniya,1992),その原因を検討するためにも流動状態を把握する必要がある.氷河の流動を把握するためには,基点からの相対座標を継続的に測定することが必要となる.今回はGPS(Global Positioning System:汎地球測位システム)による静止相対測位を用いて氷河近傍の不動点と氷河上の観測点との相対的位置を計測し,Exploradores氷河の流動を明らかにすることを試みた.さらに,この流動計測の結果に基づいて,Exploradores氷河末端域の表面高度の変化について検討した.
2. 流動観測の概要
 2003年12月,2004年12月,2005年8月の3期に,それぞれ複数回の計測を行なった.ベースキャンプ付近に単独測位の長時間観測(8時間以上を目安)によって観測点を設置し,測位の基準点とした.移動局については,氷河上の巨礫(長径1m程度以上)の位置を測ることで氷河上の位置を代表させた.平面座標はUTM座標系で処理した.“高さ”は楕円体高のままで検討を行った.
3. 観測結果
 年間流動速度と基点からの距離の関係(図1)を見ると,上流側ほど早く,下流側で小さくなる一般的傾向が見える.Exploradores氷河の末端付近は,デッドアイスとなっていると考えられていたが(Aniya,1992),末端付近まで流動を確認することができた.流動速度は起点から1500m付近のデブリ/裸氷域境界を境に,下流側で遅くなっており,末端部で圧縮傾向にあることが推定される.季節変化では,夏期の流動速度が冬期のそれを有意に上回っており,氷河の融解に起因する底面流動成分が大きく寄与していることが推定される.
 年間の垂直変位速度(図2)は,わずかにマイナス(低下傾向)を示すが,観測精度との関係もあり,系統的に有意な低下傾向にあるとは言い難い.しかし,この観測期間中に氷河表面では著しい融解が発生しており,氷河表面の高度が低下していないことは,融解量に見合う浮上速度がある事を示している.Exploradores氷河が後退傾向を示さないのは,この浮上速度に起因すると考えられる.また,水平流動速度が大きな上流側ほど,浮上速度は小さくなるという傾向を示している.このことは,消耗域全体が剛体的に振る舞い,回転運動を伴うような変形をしていることを示唆している.
4. 考察
 Exploradores氷河の消耗域では,冬期も正の気温が維持されるため融解が生じている.冬期に表面が低下傾向にあることは,冬期の浮上速度が夏期に比べ小さくなっている事を示している.そこで,融解量,浮上速度,表面高度の変化の関係を整理すると(図3),夏期には【融解速度<浮上速度:表面高度変化が正】,冬期には【融解速度>浮上速度:表面高度変化が負】となり,年間ではほぼ釣り合っているという関係が成立していることが考えられる.

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© 2006 公益社団法人 日本地理学会
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