日本地理学会発表要旨集
2006年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S101
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フードネットワークと「食」の知識・情報・価値
シンポジウムの趣旨
*高橋 誠荒木 一視土屋 純
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抄録
今日、食品の品質や安全性をめぐる生産者と消費者との信頼関係が揺らいでいる。これは主に両者の間の社会的・空間的懸隔によって生じてきたと考えられる。例えば、食料生産者は、第三次フードレジームとして指摘される、WTOを中心にした農林産物貿易をめぐる国際的な政治経済学的枠組みによって影響を受けている。一方、消費者の食品購入は、中心市街地の小売店から郊外のスーパーマーケットに依存するようになり、その立地もフードデザートとして指摘されるように不安定である。こうして国民の食生活は国内の単純な都市_-_農村関係ではなく、グローバルな生産・流通システムに巻き込まれた複雑な地域間関係によって支えられている。こうした食料供給システムは、大量生産と大量消費とを前提に、生産の場面における農業の工業化と相互に関連し(ボウラ,1996)、またマクドナル化として指摘される社会の動きと不可分の関係にある(リッツア,1999)。農業の工業化は、集約化、集中化、専門化という3つの次元から捉えることができる。農業の工業化は、少なくとも第二次世界大戦後、食料不足と東西の冷戦構造や食料安全保障という物語を背景として、農業生産基盤の整備によって食料を増産し、その食料を都市に効率的に流すことで、国内自給を達成しようとする生産主義政策によって押し進められた。一方、マクドナル化は、効率性、計算可能性、予測可能性、人間によらない技術体系を介して実施される制御という、ファーストフード店の経営原理が程度の差こそあれ現代社会のあらゆる部分に浸透した過程として指摘された。こうして食品の味や品質、サービスの質は量に転嫁され、その尺度として速度と価格が強調された。最近、「食」に関わる数々の騒動やスキャンダルは、この傾向に疑問を投げ掛けた。ひとつには、こうした大量生産と大量消費を前提にした食料供給システムが、農業や食料がもともと依存する生態系に持続不能という深刻な影響を与えた。また、少数の主産地での過剰生産は、農産物市場の再編の中で、生産条件の比較的劣る地域をいわゆる条件不利地域に追いやり、そこの社会や文化を破壊した。さらに人々の感覚の上では、生産者や販売員が食料供給ラインに組み込まれただけでなく、消費者は栄養摂取マシンと化し、「食」という行為が努めて人間的な営みであるという事実が忘れられた。いま、様々な場所で「食」に関わる新しい試みが始まっている。例えば、大量市場は食品の質を的確に伝達できないし、人々は食品の物質的特性を少なくとも科学的には触知していない。トレーサビリティや産地ブランドの認証は、大量市場の欠点を埋めようとする。中山間地域での有機農業の実践や地産地消の試みなど、高付加価値の食品を個別に生産することで薄利多売とは異なった利益追求の途を模索するところも現れた。また農業体験や、学校や家庭での食育は、現代の「食」が失った生態系とのつながりや人間性を取り戻そうとする。政府の農業・農村政策の転換と多面的機能の重視が、ポスト生産主義的な農村開発の傾向を後押しした。それらは、これまでの食料供給システムの延長として位置づける研究者もいるが、「食」の知識・情報・価値を共有する人たちとの間でネットワークを作ることで、生産と消費との隔たりを克服しようとする対抗運動と捉えることもできる。私たちは、先のシンポジウムで、現代の食料供給システムや、そうした新しい試みを地理学的に捉えるための理論的アプローチをレビューした(Araki and Takahashi, 2006)。このシンポジウムでは、理論的定位を念頭に置きつつも、それらのフードネットワークをめぐる新しい動きが硬直化した既存の食料供給システム下でどのように意義を持ちうるかについて具体的に議論する。また、個々の事例を突き合わせることで、農業・工業・商業、教育、家族・世帯と消費といった細分野を横断する「食」の地理学の可能性と方向性を提示する。
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© 2006 公益社団法人 日本地理学会
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