日本地理学会発表要旨集
2006年度日本地理学会春季学術大会
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世代交代期にあるエリート郊外住宅地の持続可能性
*川口 太郎中澤 高志佐藤 英人
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p. 161

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抄録
 本報告は,戦後の一貫して大都市圏の郊外化の原動力となり,中流階層のライフスタイルのひとつの規範となってきた郊外住宅地が,世代交代期を迎えて大きな転換期にあるという認識にもとづき,そのひとつの事例として典型的なエリート郊外住宅地をとりあげ,世代交代をめぐる問題を明らかにするとともに,住宅地の持続可能性について考察することを目的とする。 調査を行った横浜市金沢区釜利谷西地区(釜利谷西1丁目から6丁目)は金沢区の南端,鎌倉市との境をなす丘陵の東側斜面を造成してできた住宅地であり,全域が第1種低層住居専用地区に,さらに半分程度が第2種風致地区に指定されている。1960年代後半に大手デベロッパーによる造成が始まり,1970年代から80年代初頭にかけて入居が行われた。アンケート調査は2005年3月,一戸建て住宅を対象にポスティングで2000部の調査票を配布し,349通の郵送回収を得た(回収率17.5%)。また同年8月,アンケート回答者のうちの20世帯に1時間から2時間程度の聞取り調査を行った。アンケートの回答者は現在60歳代が中心であるが,1970年代後半に40歳前後で入居し,京浜地区から東京都心にかけての大企業に勤める上級ホワイトカラー職にあった人が中心である。まさに「エリートサラリーマン」の郊外住宅地であり,50坪から80坪の敷地に小奇麗な住宅が立ち並ぶ光景は,成熟した住宅地景観を示すと同時に,高度経済成長と軌を一にした企業戦士の成功の証のようでもある。 アンケート対象世帯の子どもは現在30歳代が中心であるが,親世代と同居する既婚子は15世帯(4.3%)しかなく,高齢者比率の増大が大きな問題になっている。ここで人口回復(維持)の方途としては,1)直系親族による住宅の継承すなわち多世代同居と,2)非親族世帯の転入の2つが考えられる。 1)の多世代同居については,親世代の約3割がそれを希望している。多世代同居を可能とするためには,子世代の就業や生活のスタイルがそれに対応したものでなくてはならないが,少なくとも学歴や職業階層,勤務地などの点で子世代は親世代の社会階層を継承している。つまり,この対象世帯のような上層中流家庭では階層の再生産が十全に行われており,子どもの側に住宅地の社会的フィルタリングダウンをもたらす要因はない。しかしながら同居率は必ずしも高くなく,むしろ近居を指向する傾向が見られる。その理由のひとつは,それぞれの世代に世代間の摩擦を忌避する個人主義的な傾向があるためであるが,さらに,共働率が高い子世代にとっては専業主婦の存在を前提に計画された住宅地の設計思想がニーズを反映していないものになっていることもある。また,この住宅地の一部には,都市計画の用途地区や風致地区指定に加えて,良好な住環境を維持するために住民発意の建築協定が締結されており,そのため完全分離型の二世帯住宅を建てるのが事実上困難になっている点も見過ごすことができない。 一方,2)の非親族世帯の転入,すなわち資産売却の上での転出については,親世代の5割が「老人ホームなどへの入居」を,3割が「街中のマンションなどへの転居」を,積極的か消極的かは別として指向(覚悟)している。この点で現在の住宅地の資産価値を維持することはそのまま将来の生活の安定につながることになり,また,魅力的な住宅地環境に惹かれた新たな入居者を獲得することを通じて住宅地の更新は可能になる。1997年から1999年にかけて3年越しで議論された建築協定の更新に際して,厳しい土地利用規制のもとで資産価値の維持を図る意見と,規制を緩めて大型住宅の導入を容易にする意見の対立があったのも,こうした今後の住まい方の意向を反映したものであった。このように資産の処分に関してはきわめて有利な状況にあり,家の継承を前提にした住宅地の更新に依存しなくてもよい恵まれた事例であるが,当人たちにとっては,住み慣れた場所を離れる寂寥感は隠せない。とくに全国各地に散らばる出身地を後にして,自らの人生を賭して築き上げた第二の故郷を失う喪失感は,「子どもが望まなければこの場所を去るのも仕方ないが,できれば思い出があるこの家を子どもに継いでほしい」という発言に込められている。
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© 2006 公益社団法人 日本地理学会
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