抄録
近年、文化産業ともいわれるコンテンツ産業への注目が集まっている。しかし、地理学の分野では1990年代後半以降Scott(2000)および半澤(2001)をはじめとした研究蓄積がみられるが、その立地特性や集積メカニズムの解明は十分なされていない。そこで、本研究では、わが国を代表するコンテンツ産業の一つであるアニメーション産業を取り上げ、アニメーション産業の大都市集積の要因と、集積メカニズムを検討する。調査方法は、アニメーション制作企業およびアニメーション産業フリーランサーを対象とするアンケート調査および聞き取り調査である。検討課題は企業間取引構造および労働市場構造である。
1.特徴:アニメーション産業は、1998年以降急速に需要が増大し、市場規模を拡大した。制作企業の立地は、国内の76%以上が東京都内に立地し、都内の立地についても、練馬区、杉並区、西東京市を中心とした特定地域に集積していることが特徴である。アニメーションの制作過程は大きく前制作工程、制作工程、後制作工程に区分でき、制作工程の一部では国際分業が進展している。これら工程を担う制作企業は、頻繁な離合集散により集積を形成してきた。企業規模に関しては、大部分が中小零細規模であり、担う工程による企業規模の違いは明確ではない。そこで、企業間取引構造の分析には、制作過程における位置から元請および工程受注を類型として用いる。またアニメーション産業従事者の中には正規従業員のほかにフリーランサーといわれる就業形態が存在する。フリーランサーは制作企業との間に仕事単位での雇用契約を結び、仕事に応じて複数企業から仕事を受注したり、制作企業間を渡り歩いたりする柔軟性の高い就業形態である。アニメーション産業従事者数において、このフリーランサーが正規従業員数の3倍以上の規模となり、労働市場として大きな影響を与えていると考えられる。そのため、労働市場構造については、正規従業員のほか、フリーランサーを分析の対象とした。
2.企業間取引構造:_丸1_元請制作企業におけるスポンサー企業への高い依存性と固定的取引が特徴的である。_丸2_業界内では流動的で短納期の取引が一般的である。_丸3_業界内取引では信用取引が特徴である。
3.労働市場構造:_丸1_新規労働力給源である専門学校の集中および業界内からの労働力の中途採用が一般的である。_丸2_フリーランサーは業界への高い依存性を示しながら、業界内では流動的な労働力となっている。_丸3_縦の人的ネットワークによる技術修得と横の人的ネットワークによる仕事の斡旋が特徴となっている。
以上より、アニメーション産業の東京における行為者は、1.アニメーション制作企業、2.フリーランサーに代表される労働力プールに加え、3.スポンサーである周辺コンテツン産業、4.新規労働力給源となる専門学校である。これら行為者内、行為者間におけるフローは相互に強化する形で東京への集中集積を促している。一方で、製品価格の安さから、労働者は低賃金労働を強いられている。加えて安価な労働力を指向した制作企業による中国および韓国制作企業への外注が増加し、国内労働者の就業は厳しさを増している。若年労働者における高い離職率は、業界内の縦の人的ネットワークによって技術修得がなされるアニメーション産業において、技術蓄積および労働力の再生産を困難にさせる危険性を孕んでいる。
文献
Scott, A. J. 2000. The Cultural Economy of Cities. London: SAGE.
半澤誠司 2001. 東京におけるアニメーション産業集積の構造と変容. 経済地理学年報47(4): 56-70.