抄録
_I_ はじめに 本研究では,タイにおける高度成長を遂げた1980年代と,農業から非農業への就業構造の地域的変化が,男女の居住分化として表れてきたとされる1990年代において,男女の就業者の居住分化が全国的みてどう変化したのか,さらに地域的に居住分化にどのような差異がみられるのか,計量的な分析により解明する._II_ 研究方法 本研究ではPopulation and Housing Censusの県別集計の1980,1990,2000各年版を用い,15歳以上の就業者を対象としている.対象地域はタイ全土であり,その分析単位は県である.2000年時点ではバンコク都を含めて76県あるが,1980年以降に新設された県があるため,72県に統一して分析を行った. 本研究では居住分化を客観的に評価する方法として,非類似指数Index of dissimilarly(Duncan and Duncan 1955)を用いる.これは空間的均等性を評価するセグリゲーション・インデックスの1つで,主に民族の居住分化に関する研究で採用されてきた.非類似指数(以降,Dと略称)は以下の式により算出される.D=Σ|xi/X_-_yi/Y|/2ここでXは対象地域全体における人口のサブグループXの人口を表し,xiはその単位地区iにおけるサブグループXの人口を表す.一方,Yは対象地域全体における人口のサブグループYの人口を表し,yiはその単位地区iにおけるサブグループYの人口を示す.Dは0から1までの値をとり,1に近いほど居住分化が顕著であることを示す. このようにDはグローバル指標であって,対象地域全体の居住分化を明示できる点で優れているが,対象地域内での居住分化の違いを説明するものではない.それに対して,Benenson and Omer(2002)はDのローカル・モデル(以降,Diと略称)を提案している.一部を筆者が修正したものが次の式である.Di,U(i)=Σ|xi/XU(i)_-_yi/YU(i)|/2ここでXU(i) =Σwij xi ,YU(i) =Σwij yiwijは単位地区間の空間的関係を示している.本研究では,2つの県iとjの県界が接する場合には1,そうでない場合は0となるような二値データを用いる.Diも0から1の値をとり,1に近いほど隣接県に対してその県の居住分化が顕著と解釈される._III_ 男女別就業人口の居住分化の空間分析 男性就業者は1980年では1,136万人,1990年1,588万人,2000年には1,746万人だったのに対して,女性も1980年1,048万人,1990年1,461万人,2000年1,632万人と増加しており,その増加率の男女差は小さい.また1県あたり就業者の平均数に対する,その標準偏差の比率(変動係数)は3時点とも8.4程度で,男女ともにほぼ同じであった.そのこともあり,男性就業者と女性就業者の空間的分布は, Dによれば,1980年の0.04,1990年0.03,2000年には0.02とごく小さな違いにすぎない.ただし,わすかながらその分布は類似してきている.県ごとにみても,3時点の中で最も居住分化が進んでいるのは1980年のバンコク都であるが,それでもそのDiは0.02に過ぎない.ただし,1980年代のDの傾向と同様にDiが減少しているのはバンコク都や東部臨海工業地域の立地するラーヨン県とチョンブリー県を含む49県であり,これは全72県のうち3分の2にあたる.一方,中部タイのアユタヤー県やサラブリー県,東北タイでも南に位置してバンコク都の近い県,北部タイのチェンマイ県やランプーン県に隣接する県ではDiが増加している.1990年代になると,Diが減少した県は33に減少し,そのうち,バンコク都,ナコーンパトム県,パトゥムターニー県,トラット県,アーントーン県といった中部タイに14県が集中し,バンコク都に近いサムットプラーカン県やロプブリー県のほか,北部タイのチェンマイ県やランプーン県といった地方の県の多くでは,Diは増加している._IV_ おわりに 全国的にみた場合,1980年から2000年を通じて男女別就業人口の居住分化はきわめて小さいものの,わずかに解消傾向にある.このような傾向はバンコク都に近い県でみられる.一方,地方では1990年代に入り,その居住分化が拡大傾向に転じた県が少なくなく,このことが,国内の男女別人口分布のアンバランスに大きく関係しているものと思われる.