抄録
ドイツ統一以来、旧東ドイツの都市は、とくに旧市街地における住宅の改修や歴史的建造物の修復保存などの都市再生事業によって大きく変化しつつある。本研究は、中小規模都市の事例として旧東ドイツ南部の都市デベルンDoebelnを取り上げ、都市再生事業による景観の変化を明らかにし、旧東ドイツ地域における都市の変化について考察する。なおその際、統一直後のDoebeln旧市街地の状況を調査したWirth(1993)の成果を利用する。Doebelnは、人口約2万人の郡庁所在都市Bezirksstadtである。第二次世界大戦による戦災を免れたDoebelnの旧市街地は、1991年の市による都市再生事業地区指定や、州による文化財保護地区指定などをもとに都市再生事業が進められてきた。これらの再生事業には連邦や州による助成もなされ、著しく老朽化した住宅など建造物の改善・近代化が行われてきた。その結果生じた景観の変化として、以下3点があげられる。1)外壁の補修など建造物の改善が建物ごとに行われ、商店など商業施設が増加した。2)旧市街地には19世紀末から20世紀初頭にかけて建造された住宅をはじめとする歴史的建造物が多く残るが、文化財として保護指定を受けることにより、外壁などの修復がなされた。また、市庁舎や教会などのランドマークの整備も実施された。3)道路の補修や街灯の設置が進み、街路樹が新たに設置された。景観上の変化に伴って、旧市街地では土地利用にも以下のような変化が生じた。1)旧市街地の中央に位置する二つの広場とそれを結ぶ通りに沿って商店が立ち並び、通りは歩行者専用となって商店街が形成された。2)自家用車での来訪者を想定した大規模駐車場が建設され、空き地や広場に駐車スペースが新たに確保された。3)かつて旧市街地を運行した馬車鉄道を一部復元する事業が進行中である。これは町の歴史を重視した観光化を意図したものである。Doebeln旧市街地の都市再生事業は主に行政主導で進められている。これにより旧市街地に都市の中心的な機能が確保され、住民や観光客にとっての新たな生活・余暇空間の実現が求められている。その一方で、旧市街地に新たに形成された商店街は、予想を下回る集客状況にある。また、改修済みの住宅であっても未入居の物件もみられる。さらには、依然として未改修のまま放置され利用されていない建物も少なくない。こうした状況をもたらした要因として、自家用車の急速な普及とともに、都市郊外において新築住宅の建設が進んだこと、大型小売店舗や工場などの郊外への新たな立地により、旧市街地が住民の生活にとって必ずしも重要ではなくなってきたことなどが考えられる。以上のようにDoebelnでは、都市の再生を実現するために旧市街地に経済的、文化的機能の集積をはかろうとする行政の動きがある一方で、それらの機能の郊外化の動きがみられる。このことから、旧東ドイツの中小都市においては、行政による旧市街地の景観整備に重点を置いた都市再生事業が、現時点において住民の生活の変化に必ずしも対応していない点を指摘することができる。