抄録
1.はじめに
琉球列島の南西部に位置する西表島はマングローブ分布の北限域にあたり、また日本で最大のマングローブ林面積を有している。西表島の属する先島諸島はユースタティックな海面変動のみならず、1000-2000年間隔で起こる巨大地震に伴う地盤隆起による影響を強く受けている。現在、西表島に分布するマングローブ林は1000年前以降に成立しており、約1000年前に起こった地盤隆起がその立地変動に大きな影響を及ぼした可能性が指摘されているが(Fujimoto and Ohnuki,1995;Murofushi,1999)、それ以前のマングローブ林の分布と動態は明らかにされていない。本研究では、仲間川低地における1000年前以前のマングローブ林の分布を明らかにすると共に、淡水湿地林への遷移プロセスを相対的海水準変動との関係から考察することを目的とする。
2.調査方法
西表島南東部、仲間川河口部のマングローブ林背後に成立する淡水湿地林内の9地点においてピートサンプラーにより土壌サンプル採取を行った。採取したサンプルは現地で土色、土性を記載し、研究室にて粒度分析、粘土混濁水の電気伝導度及び硫黄・炭素・窒素含有量を測定し、堆積環境を考察した。また、年代試料6点を14C年代測定にかけ(4点は現在測定中)、CALIB5.01で暦年補正を行った。ボーリング地点の標高は、淡水湿地林内に設置した基準点(2003年3月に大富集落内の三角点から水準測量して設置)から水準測量を行い決定した。なお、本地域で調査を行うにあたり、環境省、林野庁、文化庁、及び沖縄県から土壌採取を含む調査許可を得た。
3.結果・考察
7地点で泥炭質堆積物の存在が確認され、これらは電気伝導度及びイオウ分析の結果から、マングローブ堆積物と推定された。マングローブ堆積物の上位には河川堆積物とみられるシルトや砂が堆積する。マングローブ林よりの2地点のマングローブ堆積物上面から採取した木片試料から、1229-1280calBP(B2地点、標高50cm)、664-796calBP(B3地点、標高104cm)という年代値が得られた。Murofushi(1999)では仲間川マングローブ林下の堆積物中から220-83014CBPの年代値が得られている一方で、本研究のB4地点とB7地点の間に位置する地点のマングローブ堆積物上限付近から1370±7014CBPの値が得られている。これらの値と本研究で得られた上記の年代値を合わせて考えると、現在仲間川に広がるマングローブ林は、明らかに1000年前以降に成立したもので、それ以前は現在淡水湿地林が広がる内陸側に小規模に分布するのみであったことはほぼ確実である。130014CBP頃には少なくともB4地点とB7地点の間まではマングローブ林が存在しており、その後の地盤隆起でマングローブ立地が一気に海側に移動したものと考えられる。
現在、さらに内陸側のB5、B6、B7、B8地点のマングローブ堆積物中から得られた木片を年代測定中であり、これらの結果が得られれば1300年前以前のマングローブ林の分布状況と立地変動がより詳細に明らかになるものと思われる。
マングローブ堆積物の上限高度が最も高いB5地点においてもその高度は最高高潮位付近であることから、本地域で起こった地盤隆起は、過去1000年間でほぼ解消されている可能性が高い。
参考文献
Fujimoto,K and Ohnuki,Y.(1995)Quarterly Journal of Geography,47(1),1-12.
Murofushi,T.(1999)Ph.D.dissertation,Department of Geography,Tokyo Metropolitan University.