抄録
1. 生業複合の変化と「世帯」
自然環境と人間の相互の働きかけをテーマとする文化生態論では、世帯レベルの研究が古くから重視されてきた。世帯内の労働力構成と分業のあり方は、世帯の生計戦略ひいては資源利用活動に変異をもたらすと考えられる。近年では商品・労働市場の影響など、より広域な社会変化を視野に入れるための分析枠組みも議論されつつある。
筆者らが加わる研究グループでは、2005年8月から2006年10月にかけてヴィエンチャン平野南部のDK村において世帯悉皆調査をおこなった。本稿ではその結果から、世帯の労働力構成と資源利用活動の関係について世代別に分析し、多様な野生生物資源の意義について考察する。
なお、2005年10月のDK村の世帯数は263世帯で、うち258世帯(98.1%)について有効な資料を得た。
2. DK村の世帯労働力構成
世帯主の世代別に村の世帯数をみると、20代が30世帯(11.6%)、30代が79世帯(30.6%)、40代が59世帯(22.9%)、50代が49世帯(20%)、60代が26世帯(10.1%)、70代以上が11世帯(4.3%)である。世帯あたり平均人数はそれぞれ3.8人、4.4人、5.5人、6.2人、5.4人、5人であり、50代世帯で最も多く、20代世帯で少ない。世帯内の労働力は、5歳以下の子供と夫婦からなる20代世帯でもっとも少なく、30代から40代では農作業や採集活動に参加できる子供・若者・夫婦が加わる。50代では出稼ぎが可能な20代の子供も加わる。60代以上では子供は独立し、末子やその子供が世帯に残るのが一般的である。
3. 支出構成
1世帯あたりの平均年間支出額は20代世帯で最も少なく、50代世帯で最も多い。20代世帯と30代世帯の支出額の差は大きく、30代には1.8倍となる。増加の幅が大きいのは光熱費と交通費で、ついで教育費が大きい。この教育費の多くを占めるのは、小中学生の場合、制服や筆記用具である。交通費はヴィエンチャンへの通勤が含まれる。40代では教育費・医療費の増加に加えて、結婚式などの儀式費用が増える。全世代を通して支出の割合が最も大きいのは食費であるが、世代間の差はほとんどみられない。
4. 収入構成
1世帯あたりの平均年間収入額は、支出同様、最も多いのが50代世帯で、少ないのは20代世帯である。その内訳をみると、全世代を通して米は収入源としてはほとんど寄与しておらず、自給用であることが明確である。最も収入に寄与しているのは賃金労働で、次いで野生生物の販売、家畜の販売が重要な位置を占める。世代別にその割合をみると、20代世帯では他の世代にくらべて家畜販売が少なく、賃金労働と野生生物販売の割合が多い。賃金労働では、村内の農業労働や製材、近隣の村やヴィエンチャン市街地での季節的な建設業が多くを占める。野生生物販売の寄与は20代世帯で最も多く、33%を占めている。30代、40代世帯では家畜販売が20%以上を占め、賃金労働の割合が減る。50代世帯では再び賃金労働の割合が増えるが、これには20代の子供たちの出稼ぎが含まれる。賃金労働の機会が増えているとはいえ、村で採集可能な野生生物の販売は世帯の生計戦略にとって依然重要な役割を果たしている。とくに労働力が少ない20代~40代世帯や、出稼ぎ手のない50代世帯にとってその役割は大きいといえよう。
5. 野生生物販売の内訳
販売される野生生物の内訳をみると、全世代を通して最も収入が多いのは魚類やエビなどの水生生物で、とくに40代、50代世帯で多い。この世代では、農作業を手伝える労働力があり、主に男性が担う現金収入目的の漁業活動がしやすい。つぎに多いのはタケノコ・キノコなどの林産物で、ついで昆虫による収入が大きい。これらの活動には夫婦に加えて子供も参加して盛んに採集活動がおこなわれる。次に若い世代で重要なのは薪炭生産で、乾季には重要な現金収入源となる。60代以上世帯に特徴的なのは塩生産による収入である。