抄録
兵庫県南部地震以降,数多くの国の研究機関や大学等によって,多くの活断層調査が行われてきた.こうした成果を踏まえて,政府の地震調査員会から,活断層の活動予測に関する長期評価が逐次発表されてきた.しかしながら,火山灰稀産地域(≒段丘面の形成時期が現段階で判明していない地域)の活断層の長期評価に関しては,平均変位速度の算出が精密に行われていない場合が多いことから,断層の平均変位速度や地震の再来間隔の算出に関する数値の独り歩きが懸念されている.
発表者らは,以上のような観点からこのような条件を満たす深谷断層によって明瞭な変位を受ける埼玉県の荒川扇状地において河成段丘面の編年調査を実施している.今回は現段階で分析が終了している櫛挽(くしびき)面ならびに御陵威(みいず)ヶ原(がはら)面における関東ローム層の火山灰層序について報告する.
埼玉県北西部に分布する荒川扇状地は,寄居町を扇頂として北東に広がる標高30~100mの平坦な台地状の地形をなしている.本扇状地は上位から大きく,大里面(江南面),櫛引面,御陵威ヶ原面,花園面,長瀞(ながとろ)面の5面に区分されている(柳田ほか,1982).これらの段丘面のうち,大里面構成層中には御岳Pm-1テフラ(On-Pm1)(渋谷ほか,1970),飯縄西山テフラ(Iz-NY)(中里・中澤,2006)が,櫛引面を覆う土壌層中には浅間板鼻褐色テフラ(As-BP)ならびに姶良-丹沢テフラ(AT)(柳田ほか,1982)が先行研究によって既に報告されている.
また,荒川扇状地の一部(櫛引面,御陵威ヶ原面)は活断層とされる深谷断層によって変位を受けている.文部科学省地震調査研究推進本部(2005;以下推本と略す)によると深谷断層は全長約82kmにも及ぶ関東平野北西縁断層帯(深谷断層,綾瀬川断層,平井-櫛引断層)の中央部に位置する(最大)全長約25kmの北西-南東走向の活断層である.平均的なずれの速度は0.2-0.4m/1000年程度であり,最新活動時期は約6,200年前以後,約2,500年前以前とされている.また,地震時1回辺りのずれの量は5-6m程度であり,平均活動間隔13,000年-30,000年程度とされる.さらに過去の活動区間は断層帯全体(関東平野北西縁断層帯)で1区間であると推定されている(推本,2005).
本研究ではボーリング掘削によって櫛引面ならびに御陵威ヶ原面を覆う土壌層のより詳細な火山灰層序を明らかにした.以下が,本研究によって得られた結果である.
1.荒川扇状地に飛来している広域火山灰
既存研究で報告されていた4枚のテフラ(As-BP,AT,On-Pm1,Iz-NY)に加えて新たに,浅間板鼻黄色テフラ(As-YP),榛名八崎テフラ(Hr-Hp) の2枚のテフラを確認することができた.また,発表者は立正大学が立地する江南面(大里面)においても鬼界葛原テフラ(K-Tz・・・降下年代95ka)を確認している.よって,荒川扇状地では江南面(酸素同位体ステージ5or6)形成以降に少なくても7枚の火山灰を用いて編年・対比を行うことが可能である.
2.河成段丘面の形成時期
御陵威ヶ原面を覆うローム層の下部にAs-BPが挟在することから,御陵威ヶ原面の形成時期はAT降下以降As-BP降下以前,すなわち約20,000~25,000年前である.櫛挽面を覆うローム層中には,柳田ほか(1982)が既に報告しているAs-BPよりも下位にATならびにHr-Hpが挟在する.特に, Hr-Hpは被覆土壌層の最下部付近に挟在することから,櫛挽面の形成時期はHr-Hp降下直前,すなわち約50,000~60,000年前である.
3.深谷断層の活動性評価
深谷断層は妻沼低地と本庄台地および櫛挽台地との境界を崖線で区切り,深谷駅南側では約15mの比高をもつ.また南部では低位段丘面を約5.5m変位させ,ゆるい崖地形をつくっている(活断層研究会,1991).これらの変位量とそれぞれの段丘面の形成年代から,深谷断層の上下平均変位速度を算出した結果,それぞれ約0.25~0.30mm/yr(櫛挽面),約0.22~0.28mm/yr(御陵威ヶ原面)の値が得られた.ただし,この変位量は変位量算出の根拠が示されていないため,実測または大縮尺の地形図の読み取りによって再計測する必要がある.
4.関東平野北西縁断層帯の地震の単位変位量ならびに平均活動間隔の妥当性
推本(2005)の評価によると,深谷断層を含む関東平野北西縁断層帯の地震の単位変位量ならびに平均活動間隔はそれぞれ,5-6m程度ならびに13,000年-30,000年程度とされている.しかしながら,最低でも100m以上に及ぶ撓曲帯を形成する御陵威ヶ原面の変形が1回の地震によって形成されたとは考えにくい.したがって,御陵威ヶ原面の変形は複数回の地震によって形成されたものと考えられ,その場合には平均活動間隔は既報値よりも短くなる.