抄録
1.はじめに
ネパールはインド共和国と中国・チベット自治区の間に位置する王国であり、その国土の最大の特徴は、標高60mのタライ平原から標高8848mのエベレスト山に至る、南北方向の大きな標高差である。この標高差がネパールの自然(地形・水系・気候・植生・土壌など.)および社会(民族・生活様式・産業・開発など.)の多様性を生み出している。
ネパールヒマラヤの土地利用・生活様式の変化に関するこれまでの研究では、ヒマラヤ・中間山地・タライ平原といった、大局的な地域区分を用いたものが多く、標高による自然・社会環境の変化を詳細に調べた研究は少ない。近年、GIS技術の発達とデジタルデータの整備により、標高と他要素の関係を定量的に求めることが可能になった。
そこで本研究では、地形図からデジタル化した居住地・土地利用・地形データと高解像度DEMをGISを用いて解析し、ネパールヒマラヤにおける居住・土地利用と標高・地形との関係を明らかにする。
2.対象地域とデータ
対象地域はネパール東部の東経86.25 ~ 87.00度、北緯27.25 ~ 28.11度の範囲である(図1)。南の標高500m以下の地域から中国・チベット国境にあるエベレスト山の標高8848mまでを含み、標高差は8000m以上に及ぶ。
本研究では、His Ministry’s Government of Nepal, Survey Department発行の1:50000地形図9枚分を、北海道地図株式会社の協力でデジタル化したものを使用した。さらに、抽出された等高線データから、約55.0m(2秒)グリッドのDEMを作成し、解析に使用した。
3.標高ごとの居住地と地形との関係
対象地域の居住地は標高400m ~ 5200mの範囲に分布している(図2)。標高1000m ~ 2500mに全体の80%以上が集中し、標高3000m以上の居住地は全体の2%である。傾斜角・集水面積・傾斜方位と居住地分布との関係を標高500mごとに調べたところ、標高3500m以下では居住地は相対的に急傾斜な尾根部にあり、標高3500m以上では緩傾斜な谷部に位置することが分かった。また斜面方位については、標高3000m以下の居住地は北側斜面に多く立地するが、標高3000m以上では南側斜面に多いことが分かった。
4.考察
ネパールヒマラヤでは、高度による植生帯の変化に応じて、生活様式が異なる民族の住み分けがなされている(川喜田1992、土屋1997)。標高による居住地環境の変化は、生活様式の違いを反映しているものと思われる。
標高500m ~ 3500mまでは居住地も耕地も急傾斜地にあり、段畑の耕作に適している。雨季の降雨を避けるため、雨陰になる北側斜面が居住地として好まれると考えられる。一方、標高3500m以上では傾斜20度以下の緩やかな土地に居住地と耕地がともに立地し、家畜の放牧に適していると考えられる。ここでは、草地を利用するためにも、日当たりの良い南側斜面が特に好まれている。
また、標高3000m付近に居住地数の極小値が存在すること(図2)は、標高3500m以下の土地とそれ以上の土地では暮らしている民族が異なり、両者がかなり明確に住み分けていることを示唆している。
