抄録
I はじめに
本研究の目的は,日本における有機農業のこれまでの展開をふまえたうえで,有機農産物産地の分布と類型を明らかにすることである。その際,既往の研究や統計データを用いて,立地・作物・認証・流通に着目した分析・考察を行う。
II 日本における有機農業の展開と現状
日本では,1970年代初頭から,フードシステムのグローバル化・産業化や農業における生産主義を背景に,それらのひずみである,食物の安全性低下や環境問題の深刻化,農村地域の疲弊などに問題意識を抱いた少数の農業者・消費者・学者等が,社会運動として有機農業を実施しはじめた。そして,日本有機農業研究会を中心に,生産者と消費者との間の信頼関係を重視する「産消提携」を軸とした有機農業運動が展開され,それを「原型」として徐々に有機農産物の専門流通事業体,生協等を経由する流通体系が発展してきた。また,農村地域の構造的問題を背景に,農協や地方自治体が地域振興策の一環として有機農業を推進する事例も,同じ時期から増えてきた。
一方,農林水産省は,こうした有機農業運動の経緯は重視せず,1992年から,減農薬・減化学肥料などの技術を中心とする環境保全型農業の推進を行うこととした。同時に,「有機」食品表示の氾濫や国際的な表示・規制の動きの影響を受けて,有機農産物等の基準・認証制度の導入を急ぎ,2001年に有機JAS検査認証制度を発足させた。結果として,有機農業を実施する農家に対する政策は表示規制に偏向し,他方で経営重視の事業体による有機農業の導入や「有機ビジネス」が成長しているのが現状である。2001年以降は,有機食品の輸入急増も顕著である。
III 有機農産物産地の分布と有機農産物流通
上記のように有機農業の推進策が欠如しているため,日本における有機農業の展開は他の先進工業国と比較して進んでいるとは言い難い。しかし,国内の有機農産物産地の分布は一様ではない。本研究では,2000年の世界農林業センサスで調査された「環境保全型農業取組み農家」項目(無農薬・減農薬・無化学肥料・減化学肥料・堆肥使用)と,農林水産省の消費・安全局の表示・規格課が公表している2005年の「有機農産物及び有機農産物加工食品の認定事業者一覧」を用いて有機農産物産地を特定し,2000年時点の市区町村単位で各産地の特徴を分析した。
その結果,環境保全型農業の実施が盛んな地域と,有機農業のそれとでは,分布が大きく異なっていることが明らかになった。また,有機農産物産地でも,有機JAS認証の取得が多い(認証型産地)か少ない(非認証型産地)かで,分布様式が異なることも判明した。これらの産地は,主要な有機栽培作目と,農業地域特性の2点により,都市の野菜産地,平地の野菜・果実産地,平地の米産地,中山間の野菜・果実産地,中山間の米産地,茶産地,当初・沿海の果実等産地の7つに類型化された。
さらに,各産地の主要な有機農産物出荷先を調査し,有機農産物流通の空間的パターンの概況を明らかにした。
以上の成果は,下記の5点にまとめられる。
1.東京近郊の市街地を中心に,地場流通を行う非認証型の野菜産地が分布している。
2.平地の野菜・米・果実産地は東日本を中心に分散分布しており,生産者グループを組織し認証型の産地を形成している事例が多い。出荷先は主として東京圏である。
3.中山間の野菜・米・果実産地は,西日本を中心に分散分布しており,農協や自治体が有機農業を推進してきた事例や,産消提携運動によって形成された事例が多い。出荷先は近隣の都市の場合が多く,生協への出荷を行う産地は認証取得に積極的である。
4.茶の有機農産物産地は,主に山間部にあり,既存の茶産地が地域農業振興の一環として有機農法を導入している場合が多い。徐々に認証取得が進んでおり,出荷先は主として東京である。
5.島嶼・沿海の果実等の産地は,愛媛県の柑橘類産地と,南西諸島などの亜熱帯作物の産地の,いずれも周辺的な地域からなり,出荷先や認証取得状況は多様である。
IV まとめ
以上で検討したように,各有機農産物産地は,所与の地域的条件に適合する形で,日本全体における有機農業の展開への対応を行っている。その展開を強く規定してきたのは,産消提携を中心とした有機農業運動,地域振興策としての有機農業の推進,基準認証制度の3つであった。