抄録
1.はじめに
製造業等と比較し,農業「生産」分野における国際分業は,その広がりが小さいと言える.しかし「リレー栽培」と呼ばれる国際分業の一形態はこれまでにも存在しており,日本のような生産コストの高い地域における農業の新しい選択肢として,将来はより多くの農業部門で導入を検討されると予想され,その特色や実現可能性を問うことの意味は大きい.
コチョウランの生産は,生育段階別の国際分業が早くから進展したことで知られている.台湾における同部門は,国際分業体制の一部を担う形で発展し,近年はさらなる量的拡大をみせている.その生産者は,日本ばかりでなくアメリカ,韓国,最近ではヨーロッパ,中国等の生産者と連携している.本報告ではコチョウラン生産の国際分業体制とそれをめぐる近年の動向を明らかにし,その中で台湾の生産者がどのような経営進化を遂げてきたかに洞察を加える.これらを通じて,農業生産における国際分業論への含意を引き出すとともに,台湾における同部門の成長に関する精確な見通しを得ることを目的とする.
2.調査の概要
コチョウランに関する統計・文書資料は,台湾においても十分整備が進んでいるとはいえないが,可能な限り収集した.また台湾・日本の生産者に対する聞き取りは, 2004年11月・2006年7月に集中的に実施した.この聞き取りで,台湾の主要な生産者のほぼ全て,ならびに各類型の生産者に関して,その経営戦略や技術の動態を明らかにすると同時に,生産過程における複雑なネットワークに洞察を加えることができた.
3.調査結果の概要
コチョウラン生産の国際分業は,台湾側の国営企業や大企業,中小規模の農家,ブローカー,輸出先側の生産者やブローカーなど多様な主体が関わり,生育段階の異なる各種の苗をスポット取引や委託生産など様々な方法で取引しており,きわめて複雑で重層的なネットワークが形成されていることが明らかになった.こうした分業体制の背景には,基本的にはランの生育や開花が,微細な気候や管理の差に影響を受けることや,生産コストの格差から分業に生じることが考えられる.しかし国際分業体制でよりよい成果を得るには,自らの生産を取り巻く環境条件や栽培技術と相手側との「擦り合わせ」が決定的に重要であり,両者がより良い「擦り合わせ」を求める過程で複雑なネットワークが生成されたと理解される.
さらに近年,ヨーロッパや中国など新たな海外市場が開拓されたことにより,台湾の生産者は,需要量の急激な増大や要求される品質内容の劇的変化を経験した.彼らは,照準を合わせる市場や生育段階を絞り込む方向で経営規模を拡大させており,その方向性の決定にあたっては,個々の生産者を取り巻く環境条件や生産者自身の技術蓄積が強く影響している.
製造業における国際分業と比較し,農業部門においては,環境条件や属人的技術に大きく規定された複雑なネットワークが生成される点が特徴的だと考えられる.その内容を精確に理解するは,製造業を念頭に組み立てられた従来の国際分業論では不十分であり,農業生産における新たな国際分業論を構想する必要があるだろう.