日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会秋季学術大会・2008年度東北地理学会秋季学術大会
セッションID: P732
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カンボジア,プレアンコール期古代都市遺跡の都市構造に関する考察
*南雲 直子久保 純子須貝 俊彦
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抄録

 カンボジアでは近年,古代遺跡に関わる調査が,考古学及び建築学分野を中心に進展しつつある.しかし,フランス統治時代から進められてきた遺跡に関する研究成果の多くは,漢文史料や碑文史料から構成された歴史観に基づいたものであり,より実証的な資料によって古代社会の構造を明らかにすることが求められている.本研究は,カンボジア中央部におけるプレアンコール(Pre-Angkor)期の都市遺跡について,地理学及び地形学の手法を使って遺跡周辺の地理的環境及び,7世紀当時の都市構造について明らかにすることを目的とし,現在までに得られた知見について報告を行う.
 調査対象地域は,プレアンコール(Pre-Angkor)期の真臘(Chenla)の都城イーシャナプラ(Isanapura) に比定されているコンポントム州サンボー・プレイ・クック遺跡とその周辺である.この遺跡周辺にはヒンズー教祠堂のほか,水路や参道,溜め池や水田跡と考えられる多くの土木痕跡が残されている.
 本研究では,空中写真判読によって遺跡周辺の地形分類図を作成したほか,溜め池や水路といった人工の土木痕跡の分布を示し,その貯水量を推定した.また,現地にてハンドオーガーや検土杖を使用して採取した表層試料の観察と分析(粒度分析,鉱物分析)を行い,遺跡周辺の地形環境を考察した.
 地形分類図によれば,イーシャナプラ周辺の地形は台地面と氾濫原面に大きく分けられ,イーシャナプラの南側には,セン川(Stung Sen)の氾濫原が広がり,旧河道も確認出来る. 台地面は高度により_I_面と_II_面に分けられ,都城区は台地I 面と台地II面に,寺院区は台地I面上に立地している.台地を構成する堆積物は熱帯地域によくみられる酸化物質が付着した石英や長石からなる砂で構成され,土壌はほとんど確認出来ない.氾濫原上には東西方向に伸びる参道のほか,土手で囲まれた溜め池や運河状の遺構が見られるが,多くの溜め池跡や水路跡と見られる遺構は,都城区とその周辺,O Krou Ke川沿いの低地に集中している.
 Groslier(1958)によれば,アンコール期には発達した水路網と貯水施設によって農業が飛躍的に発展し,人口が増加したとされている.この「水利都市論」には近年批判的な意見が多いものの,遺跡周辺の土木痕跡から王都イーシャナプラが保持していた国力の推定が可能であると考えられる.
 プレアンコール期に先立つ扶南の都,アンコールボレイ遺跡では水路が発達し,外洋世界との繋がりが強かった. イーシャナプラでは周辺で耕作活動が行なわれた可能性を示し,かつ他地域とのつながり示唆する水路や土木痕跡が見られることは,それらの過渡期にあったことを示唆するのかもしれない.

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© 2008 公益社団法人 日本地理学会
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