抄録
グローバリゼーションが進む現代において、サハラ以南のアフリカ大陸は依然として発展から取り残された貧困削減政策と援助の対象として語られる。各国内部においては都市部と農村部の所得格差が激しく、開発政策では農村部の発展が課題とされている。つまりアフリカの貧困を解決するには、農村部に目を向ける必要があるといえる。
農村地域の主たる生業は農業であるが、干ばつなどの自然災害や、構造調整以降の市場経済の急速な拡大によって、もはや農業だけでは対応できなくなっている。その過程の中で、農民は生計手段を複数持ち、リスクに対応してきている。実際の統計から見えるマクロレベルでの貧困と、研究者によって描かれる農民の活動的な姿の乖離が指摘される(島田,2007)のは、これらの統計が農外活動を考慮せず、実際の農民の生計を反映していないからではないだろうか。
そこで近年、農村経済の多様化という観点から開発・援助政策を捉える“livelihood approach”が注目されている(Frank,2000)。農村を農業だけでなく、その他の多様な活動も生業として捉えなおし、政策に反映するという考え方は、ザンビアにおいても有効である。ザンビアの農村地域でも、農外活動は現在に至るまで重要な世帯収入源となっている。なかでも「出稼ぎ労働」は歴史的にみても農村地域に大きな影響を与えてきた。
調査地ザンビアは植民地期から国内外への労働移動が盛んであった地域である。しかし、それらは鉱山やプランテーションへの労働力供給という文脈で発生し、現在の農村からの出稼ぎ労働とは形態も背景も異なっている。そこで、本研究では労働移動の歴史が長いザンビアにおいて、出稼ぎ労働を農民の生計戦略の一つとして捉え、農村への影響とその役割を検討することを目的とした。
調査の結果、調査村では多くの世帯において、干ばつや食糧不足などの理由で出稼ぎ労働という選択が取られていることが明らかとなった。しかし、それらは干ばつ時の第一選択肢ではなく、食事回数の削減、採集活動、家畜の売却、そして地域内での賃労働といった既存の資源と社会関係を利用した対応がまず考えられていた。そのため、調査村では出稼ぎが干ばつ時の農村経済を補填する生計戦略として組み込まれてはいるが、二次的な選択肢に位置づけられていた。
このような出稼ぎ労働は村内での対応のさらに背後にあるリスク対応機能に位置づけられ、干ばつ時の農村経済を補填する役割を担っていた。しかし、出稼ぎの長期化に伴って、送金頻度の減少、若年労働力の喪失、離村者の土地に対する権利喪失といった新たな問題も生まれている。「干ばつがなければ農村に残っていたい」という農民の語りにもかかわらず、干ばつ時は出稼ぎに行かざるを得ないという状況は今後も続くと思われる。出稼ぎに伴うこれらの問題が農村社会にどのような影響を与えるのかを今後の課題としたい。
参考文献
島田周平2007. アフリカ 可能性を生きる農民 環境-国家-村の比較生態研究. 京都大学学術出版会
Frank, E. 2000. Rural Livelihoods and Diversity in Developing Countries. Oxford University Press.