抄録
I.はじめに
今日,多くの都市の都市計画マスタープランにおいて,将来の都市のあるべき姿として,コンパクトシティ実現が掲げられている.そのために,再開発や都市内居住促進による都心部やその周辺地域の活性化に加えて,移動手段としての公共交通サービスの充実が目標とされるようになった.とくに,環境重視の視点から,既存の路面電車の有無にかかわらず,ライトレールトランジット(Light Rail Transit::LRT)導入・整備をめざしている都市が多い.広島市もそのような計画をもつ都市の1つである.
その広島市において,将来道州制が導入された場合の州都をめざして,州都としての広島市にふさわしい交通体系が,広島商工会議所運輸部(2007)によって提言された.その中で,道路交通の円滑化と路線の特色から,広島電鉄白島線の廃止案が示されている.このことは,近年の都市計画の推移や広島市自身のマスタープランと齟齬を生じているようにもみえる.また,同提言の中では,白島線の利用実態について,具体的な裏付けが示されていない.これまでも,公共交通機関の存廃問題が議論される場合,技術面や経営面からの分析は行われても,利用者の視点から実態調査がなされることは稀であった.
本報告では,このような視点から,広島電鉄白島線について,その利用状況と利用者の特性について調査を実施し,今後の白島線を展望することを目的とする.
II.調査方法
広島電鉄は,19.0kmの軌道線と16.1kmの鉄道線を有するが,白島線は都心部の八丁堀から北方の白島まで,両端を含めても5停留所,延長わずか1.2km,「盲腸線」といわれる軌道線である.同線は,他の路線との直通運転は行われず,終日線内の折り返し運転となっている.このことが,広島商工会議所による廃止提言の一つの根拠でもある.起点の八丁堀は,広島市の都心の1つで,周辺には3つのデパートを含む大型小売り店が立地し,中心商店街も近接している.沿線には商店の他,官公庁,事業所,オフィスビルなどが立地し,白島に近づくにしたがい,住宅比率が高まる.路線の中程には,縮景園や県立美術館などの観光・文化施設も立地する.
広島電鉄によると,白島線は1日約3,000人の利用者があるとされるが,今回はその白島線について2つの調査を実施した.第1は,実際の旅客流動調査で,乗車・降車停留所と運賃の支払い方法を特定しながら,利用者数を調査した.第2は,利用者の居住地,性別,年齢等の諸属性と,利用目的,利用頻度,白島線に対する評価などの利用状況について,利用者にアンケート調査を実施した.調査は2007年10月に行い,前者は18日(木)終日,後者は18日(木)~20日(日)の3日間実施した.調査の結果,10月18日にはのべ2861人の利用者がみられた.アンケート調査については,1932人から有効回答が得られた.
III.調査結果の概要
停留所別の乗車数は,八丁堀が突出し,白島がこれに続く.これら2停留所の乗車数は,他の停留所と大きな差があり,白島線の旅客流動が,八丁堀・白島間が中心であることは明瞭である.とくに,八丁堀は全体の約95%が乗降している.時間帯別にみると,朝方の通勤・通学時間帯に利用者のピークがみられるが,それ以外の時間帯では,早朝と夜間を除いて,コンスタントな利用がみられる.
利用者に対するアンケート調査の結果では,利用者の年齢構成をみると,10歳代を除いて,各年齢層に渡って広く利用されていることが明らかになった.多くの公共交通機関の事例で指摘されるような,高校生と高齢者利用に偏重した構造はみられず,白島線の特色の1つといえる.これは,利用者の職業からも裏付けられ,会社員と公務員で半数を超え,白島線が商業地区・業務地区を沿線にもち,そこに立地する官公庁や企業の就業者の利用が多いためと判断される.このことは,利用目的,利用頻度からも明らかで,最大の利用目的は通勤で,50%近く,週4日以上の利用者も40%を超える.土`谷(2006)では,月単位での利用者は,少なくとも日常生活における交通手段の1つとして当該の交通機関を位置づけていると解釈しているが,これに従うと,白島線利用者の80%以上がこれに相当する.したがって,白島線利用者は,通勤利用者はもちろん,通勤以外の利用者も,買い物,余暇の利用,仕事上の利用などで,多少の頻度差はあるが,周期的に白島線を利用しているといえよう.このことは,3,000人近くの利用者にとって,白島線は重要な交通手段として位置づけられていると判断される.