日本地理学会発表要旨集
2008年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 108
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茨城県下館地区における歴史的建造物の利用とその課題
*水谷 千亜紀丸山 美沙子小島 大輔山崎 恭子長坂 幸俊ヴィスタ ブランドン マナロ松井 圭介
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抄録


I はじめに
 歴史的町並みは,現在,様々な主体により地域の文化遺産として保存・活用する試みが全国各地で取り組まれている.一方,歴史的町並みの保存運動が生じていない地域では,歴史的建造物の保存・取壊しに関する意思決定は,一般の建造物と同様に所有者に委ねられている.このような地域において,歴史的建造物の補修・保存・利用または取壊しにはどのような要因があるのか,さらに,それらはどのように作用して所有者の意思決定に働くのかを読み解く必要がある.
 本稿では,茨城県下館地区における歴史的建造物を対象として,町並み形成の歴史的な経緯および現存する蔵造りの建造物を中心とする歴史的建造物の分布の分析に加え,保存運動の生じていない地域における蔵の保存・取壊しをめぐる所有者の意思決定に与える要因に着目して考察を行った.
II 下館地区における景観形成とその特徴
 城下町として成立した下館地区は,江戸時代半ばより商業で繁栄し,明治・大正期には外来綿・洋糸の販売,木綿足袋底の生産により産業資本が蓄積された.鉄道交通の結節点となり中心地機能を高め,街道沿いには蔵造りの商家が立ち並んだ.
 江戸末期・明治初期に多くの蔵が建造され,店舗および商品倉庫として利用された.高い商業機能を有する大町地区では,高度経済成長期になると店舗の更新,駐車場設置などが進み,多くの見世蔵が取壊された.他方,大町地区よりも比較的早く商業機能が低下した金井町地区では,蔵造りの町並みが断続的に残存している.
III 蔵の分布およびその保存・取壊しの要因
 蔵の補修・保存に対して助成制度がない筑西市では,蔵の存廃に関する意思決定は基本的に所有者にある.意思決定がなされる際の契機となりうる社会・経済的要因として,業種転換,駐車場の確保,住居の更新,老朽化,補修費用などが挙げられる.また,必要な建材が入手困難なこと,技術者が限られることから,補修が困難になりつつあることも指摘された.
 一方,直接的な契機ではないが意思決定に作用する要因として,所有者の蔵に対する意識が確認された.蔵の価値の認識,蔵への愛着がある所有者は,多額の費用を要する場合でも,蔵の維持を進んで行っている.また,蔵の本来的な機能はすでに失われているものの,代々受け継がれてきた「家」の象徴としての意味が投影されている事例も見られた.さらに,景観の一体性があることが,蔵への愛着と結びついている場合もある.それに対し,蔵に対する特別な意識がない場合,蔵の手入れは必要最低限にとどめ,現状維持もしくは将来的な取壊しを念頭においている.
IV 下館地区の蔵をめぐる周囲の状況
 歴史的町並みの価値の発見には,それを評価し,普及する媒介者の存在が重要とされる.蔵の保存に関して,第三者が積極的にかかわったのが,「下館・時の会」である.当会の活動は,様々な地域住民の共感を得て,現在は「時の蔵」の保存として結実している.当会はこの他にも蔵を利用した地域の魅力発信を行うなど着実な成果を挙げている.
 茨城県県西地域には,桜川市真壁地区や結城市結城地区など,積極的に歴史的景観を活かしたまちづくりを進める自治体がみられる.2006年より「県西蔵のまちネットワーク事業」が開始され,この地域に現存する蔵の価値を発掘・再確認し,地域活性化に結びつける試みがなされている.
V おわりに
 下館地区の蔵の存廃に対する意思決定を,「保存」と「取壊し」,および「積極的」と「消極的」の4類型の組み合わせでみた場合,積極的保存型は,蔵のシンボル的価値を認識し,用途転換を図りながら,蔵の現代的な利用を模索している所有者である.これに対し積極的取壊し型は,本来的な機能を終えた蔵に代わり,時宜に応じた土地利用種目に転用する所有者が該当する.両者を対極とし,中間に消極的保存型と消極的取壊し型がある.2つは共に現状維持志向であるが,老朽化により耐用性に問題が生じたとき,やむを得ず取壊しを選択する(した)のが後者であり,前者は対応未定のものである.
 蔵の保存という視点で考えるならば,所有者の意思決定には,直接的に作用する社会・経済的要因と共に,所有者の利用の意識や蔵に対する価値観が重要な要因として指摘される.こうした建造物が面的に保存され地域の景観として統一的に保全されていくためには,個人(家)の所有物としての蔵を,地域の文化遺産としての歴史的建造物と読み替えていくシステムを構築することが必要である.

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