抄録
I はじめに
ジェントリフィケーションと都心部への人口回帰は,現代大都市における居住地域構造の特徴的な変容として,これまでに多くの研究蓄積がある。要約すれば,民間資本主導の都心部における開発という_丸1_土地利用改変の結果,富裕層の流入と社会経済的地位の低い層の排除という,_丸2_住民構成上の変化が生じるという図式で捉えられよう。
1990年代後半以降,日本の大都市でも都心における人口回復が顕著に見られるようになり,集合住宅を中心とする住宅供給やそれに伴う住民構成の変化が論じられてきた。日本の特徴は,都心部・インナーシティでの住宅建設が,民間のみならず公的セクターによっても担われている点にある。矢部(2003)は,流入人口の社会経済的・家族的特性が,双方のセクター間で異なることを示している。
こうした背景を踏まえると,都市圏全体の居住地域構造の変化を捉えるにあたって,従来のジオデモグラフィクスのような手法は人口データのみを扱っている点で不十分といえよう。そこで本研究では,小地域スケールの居住地域構造の変化を,土地利用との関係から捉えることを主要な目的とする。分析の際には,上述の特徴に鑑み,民間・公的セクターそれぞれの差異に着目する。本研究で対象とする大阪市は,公営住宅に居住する世帯の比率が16.8%(2005年)と他都市に比べ高く,公営セクターが居住分布構造により大きな影響を与えていることが予見される。
II データと分析手法
住民構成の変化は,主に国勢調査小地域統計(2000および2005年)の職業別集計によって把握する。土地利用の変化は,大阪市より提供を受けた「建造物現況データ」(1992,2000,2005年)を用いる。このデータは,建造物のポリゴン形状の空間データと,建物の用途(50種)・面積・階数等の属性データによって構成され,Shapeファイル形式であるためArcGIS上での操作が可能である。
分析の手順として,まず,2000~2005年の間に建設された集合住宅を,建造物データから特定する。具体的には,両年次について不一致ポリゴンを抽出し,属性データから集合住宅のみを取り出す。次に,これら集合住宅の従前(2000・1992年)の土地利用・建造物を各年次のデータから特定する。そして各集合住宅について,ゼンリンZmap等を用いて,民間/公営資本の別を明らかにする。
III 新規集合住宅の特徴と従前の土地利用
都心・北・東ブロックで民間セクターの集合住宅(ほとんどが15階建て以上)が多数を占める一方で,西・南ブロックでは公営セクターの割合が高い(表1)。都心への人口回帰の相当部分が,民間セクターによる開発に起因しているといえる。従前の土地利用(図1)についてみてみると,駐車場・空地が4割強を占め,住宅の比率は低い。1992年のデータでも,もともと住宅であった箇所は少ない。従って,全体としてみれば,遊休地の開発という側面が強く,既存住民の「追い出し」はあまり生じていないと推察される。ただし,南ブロックでは,従前の土地利用が住宅であったものが多い(紙幅の関係で図は割愛)。このことは,公営住宅の建て替えに起因している。
図1 新規に建設された集合住宅の前土地利用
IV 民間・公的セクター別にみた住民構成の変化
職業構成に関して(表2),民間セクターの住宅建設の前後では,都心部における専門・技術職,事務職従事者比率の上昇と,技能工・労務従事者の減少が確認できた。さらに,失業率の変化幅も市全体を大きく下回る。一方,公営住宅の建設前後の変化では,全体としてホワイトカラー層の増加はさほど顕著ではない。また,失業率の変化は市平均と大きく違わず,公営セクターが社会的不利層の増減に寄与した程度は,民間セクターよりも弱い可能性がある。
小スケールの具体的な事例については,発表の際に報告したい。
表2 民間・公的セクター別にみた住民構成比率(%)の変化
【文献】矢部直人. 2003. 1990年代後半の東京都心における人口回帰現象―港区における住民アンケート調査の分析を中心にして―. 人文地理 55: 276-292.