日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 719
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AEDの運搬距離と応答者の走力との関係
一次救命処置におけるレスポンスタイムと走行環境に関わる評価
*岩船 昌起
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抄録
【はじめに】一次救命処置(BLS)で除細動を可能とするAED(自動対外式除細動器)は,世界標準の救急蘇生法の確立・普及とともに米国を中心に多くの施設等で設置が進みつつある。しかし,2004年7月に一般市民へのAED使用が許可されて間もない日本では,高価なAEDを十二分な数だけ配備した施設等は少なく,複雑に入り組んだ建物や広大な敷地を極少数のAEDがカバーすることが多い。このような現状において,BLSに関わる通報やAEDの運搬の方法,それらの所要時間等に関わる実証的なデータを得た上で,施設敷地の環境・空間を考慮したBLSの実施方法をシミュレーションしておくことは,傷病者の救命率・社会復帰率を向上させる手段として極めて重要と思われる。
本研究では,鹿児島県のシラス台地縁辺の段丘面上に立地する志學館大学を研究対象として,救命の連鎖での早期心肺蘇生および早期除細動に関わる「AED設置場所と,傷病者発生地点と想定する大学各所との双方向での近接性に関する走行実験」を実施した。そして,これらの実証的データに基づきBLS開始までに要する応答時間(レスポンスタイム)を場所ごとにシミュレーションし,1台のAEDがカバーできる距離・空間や危険域の区分等のBLS環境を評価した。
【走行実験】「走行実験」は,保健室等への早期通報に関わる「往路」とBLS可能者の移動とAEDの運搬に関わる「復路」で実施した。いずれも,1分間の心拍数が基本的に100拍以下になるまで回復を待ち,各36調査地点への試走を繰り返すインターバル走形式で実施した。被験者は2名で,スポーツ心拍計(POLAR社S710i等)を用いて心拍数と所要時間を計測・記録した。AEDを運搬する復路の実験では,実物のAED(フクダ電子FR2-M3860A)の重さ約3.1kg重となるように調整したカバンを活用した。また走行コースの距離を,巻尺で計測した。
【レスポンスタイムのシミュレーションとBLS環境での危険域】シミュレーションでは,「居合わせた教員・学生がBLSを実施できず,保健室等に救助を求めに来る」などの前提条件を設定し,連絡方法や連絡者の走力等も考慮した。男子運動部員体力者相当のほぼ全力での走行による連絡方法では片道約329m以上が,また一般的体力者の走行を想定したジョギング程度の連絡方法では片道約185m以上が,心肺蘇生法開始までの最短レスポンスタイム4分以上(AEDによる電気ショックまで5分以上に相当)の危険域になることが多い。また「携帯電話」を早期通報・連絡に活用したシミュレーションでは,男子運動部員体力者相当のほぼ全力での走行では片道約561m以上が,また一般的体力者相当のジョギングでは片道約342m以上が上記の危険域となり,相対的な遠隔地での早期通報に携帯電話の活用が有効であることが具体的に明らかとなった。さらに,安全と思われた片道距離以内の範囲でも建物の高層階ほど危険域になることが具体的に明らかとなった。これは,広大な敷地や入り組んだ建物を有する他の公共的な施設でも共通して見出せる現象であると思われる。
【おわりに】施設管理者の危機管理が強く求められる現在において,今回の走行実験とシミュレーションから得られたBLSに関する時空間的な関係は,実験が行われた志學館大学のみならず,立地する地形等にもより,大学等の他の公共的施設にも適応できる。そして,BLS講習会やBLSマニュアルにも反映されるべき基礎知識としても極めて重要である。今後は,他施設での研究事例や被験者数を増やしながら,AED運搬等に関する時空間的な法則についての考察を深めたい。
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© 2009 公益社団法人 日本地理学会
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