抄録
はじめに
1980年代以降、世界的にマスツーリズムの生み出した負のインパクトへの反省から、弊害の多いマスツーリズムに代わって、「もう一つの観光(alternative tourism)」「やさしい観光(soft tourism)」「持続可能な観光(sustainable tourism)」などが模索されるようになった。そうした中で、具体的なあり方として世界的に注目され、各地で取り組みが行なわれているものの一つが、エコツーリズムである。
エコツーリズムはその立場によって定義が異なり、万人から同意される普遍的なものは存在しないが、保全と利用の二側面が存在する。そして本来的には、今ある環境を保全し、その価値の劣化を防ぎつつも、旅行者や観光事業者、地元住民の利用機会を保護せねばならないということができる。しかし両者のバランスをとることはさまざまな利害関係の存在から非常に困難で、利用を重視する傾向が実践の場で強い。また、エコツーリズムには多様な関係者が関わっており、それぞれのエコツーリズムの捉え方が異なっていることも両立を困難にしている。
そこでエコツーリズムが持続可能な観光としての性質を維持するために、多様な利害関係者それぞれがエコツーリズムをいかに捉え、実践しているのかを明確にする必要がある。特に旅行者は、可視化しにくい点などから重要な関係者であるにもかかわらず、地域内で軽視されてきた傾向にあるため、そのエコツーリズムに対する捉え方、実践形態を明確にすることは、今後のエコツーリズム維持の基礎となりうると考える。
以上のことから本報告では、小笠原諸島におけるエコツーリズムの特徴を主に旅行者の視点からフィールドワークを中心とする方法によって明らかにするとともに、その結果から将来的な小笠原諸島におけるエコツーリズムの変化とそれに対応する今後の管理計画の可能性について検討することを目的とする。
研究方法
そのための具体的な方法として、文献及び資料の収集、アンケート調査、聞き取り調査及び行動観察、データ分析の4点を柱として考える。まず、文献及び資料の収集に関しては、国内外の他地域におけるエコツーリズムの事例を比較検討するとともに、小笠原諸島に関する先行研究および各種調査報告書、観光に関する計画等を検討し、現在のエコツーリズムをめぐる問題の所在を明らかにする。次にアンケート調査は、小笠原諸島を訪問する旅行者を対象に実施する。また聞き取り調査及び行動観察に関しては、小笠原諸島において小笠原村役場や観光協会等の公的機関、旅行者、観光事業者、地域住民を対象に行い、一次資料を収集する。さらに以上の方法を基にしたデータ分析を行う。これは、アンケート調査・聞き取り調査・行動観察によって収集したデータを用い、旅行者の視点からの分析によって小笠原諸島のエコツーリズムの特徴を明らかにするものである。
研究結果・考察
以上の分析から、利用者の視点からみた小笠原諸島におけるエコツーリズムの特徴が明らかとなる。特筆すべきは、その季節性と旅行者の自然への意識への高さである。小笠原諸島におけるエコツーリズムは暦上の休みやそれに伴うおがさわら丸の運行状況、天候などの影響を受けやすいほか、小笠原諸島を訪問する旅行者はその環境に対する意識が高いことが明らかとなった。
考察においては小笠原諸島において今後予想されるエコツーリズムが、旅行者の視点から見てどのように変化するのか、またそれに対してどのように対処するのかの予測を含めて検討する。具体的には、旅行者の視点から見たエコツーリズムの変化や環境保護対策案の導入可否、改善項目の提示等を想定しており、小笠原諸島におけるエコツーリズムの将来的な管理計画に貢献するような検討を行う。
参考文献
一木重夫・海津ゆりえ 2006.小笠原諸島におけるエコツアーの満足度の評価に関する研究.小笠原研究年報.29: 37-51
小林昭裕・愛甲哲也編 2008.『利用者の行動と体験』古今書院.