日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P818
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マレーシア・サラワク州における河川災害
祖田 亮次*柚洞 一央
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抄録
 近年の災害研究の特徴のひとつとして,人文・社会科学の参入が挙げられる。これは,災害(被災)要因が複合的で複雑なものとなってきたこと,被災者の「脆弱性」が社会的・政治的な側面を持っていること,復興・復旧プロセスにおけるコミュニティのレジリエンス(回復力・復元力)が注目されつつあることなど,災害に対する認識が変化してきたことと関係する。
 しかし,これまでの研究の対象は,大規模災害(catastrophe)が中心で,小規模ではあるが頻繁に起きる災害や「ゆっくり起きる災害slow-onset disaster」,あるいは日常化した災害リスクに関しては,人文社会科学分野はあまり注目してこなかった。
 本発表では,マレーシア・サラワク州の河川で進行している河岸侵食の実態を報告し,派生する問題とその対策の可能性について,若干の考察を加える。サラワク州の河川で起きている問題は,まさに,多様な遠因が複雑に結びついた結果として生じているもので,目に見えにくい「ゆっくり起きる災害」であり,日常化した災害リスクへの対処の仕方が問題となる。
 マレーシア・サラワク州には,32の主要水系が存在し,その総延長は50,000kmに及ぶとされる。これらの河川の中下流域において,過去30~40年のあいだに河岸侵食が進行してきた。たとえば,流域面積約5万平方キロを持つラジャン川の中下流域で行った観察および現地住民からの聞き取りによると,侵食を促す間接的背景として,河川水位の季節変動,河岸植生の変化(排除),開発に伴う上流からの大量の土砂流入,砂利採取を目的とした浚渫などが挙げられ,直接的な契機としては,乾燥が続き土壌がひび割れた後の大雨や,洪水氾濫後の過剰間隙水圧のほか,動力船による航走波や流木の衝突などが考えられる。
 こうした侵食の影響を避けるため,河岸に位置する村々(ロングハウスという居住形態を取る先住民が多い)は,これまでに幾度もの移転を余儀なくされてきたが,近年では,土地不足や資金不足,あるいは村落移転(ロングハウス新設)に関する制度改正などにより,リスク回避のための移転さえ困難になっている。また,近隣の華人による土地の買占めが移転を困難にしている場合もあり,民族間の緊張関係を生み出すなど,社会問題としても顕在化しつつある。
 一方,現地住民の自己防衛策は緩慢で,政府援助や国際協力に頼ろうとする姿勢が目立つ。このような他者依存の姿勢は「補助金症候群」と揶揄されるが,こうした傾向は,やはり過去30~40年間のあいだに,サラワク州政府の中央集権化政策の過程で形成されてきたものである。移動式焼畑を正業としてきたサラワクの先住民は,本来高い流動性を持っていたとされる。彼らにとっての「災害文化」とは「逃げること」であったといってよい。実際,疫病や飢饉などの災害に対しては,そこから別の場所に移ることで対処してきた歴史がある。ところが,近代化の流れの中で生活・居住の安定化・定着化が進み流動性が失われてきたと同時に,社会的・経済的・制度的に逃げられなくなったことが,河岸侵食を「災害化」させることになったと言える。このように,自然的要因だけでなく,社会的・政治的背景が複雑に絡み合うことで,先住民の脆弱性が増大し,レジリエンスが減退しているという現状が見られた。
 当日の発表では,こうした現状を紹介すると同時に,そこから派生する流域全体の問題や,河岸侵食に対する現実的な対策の可能性についても検討したい。
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© 2009 公益社団法人 日本地理学会
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