抄録
これまで多くの周氷河地域でペイントラインによる斜面堆積物の移動量の観測が行われてきた。しかし凍結期の前後のペイントラインの変化から凍結融解による斜面物質の移動量を探るもので、斜面堆積物がいつどのように移動するのかは解明できない。そこで、地表面の礫の動きを観察するために、移動量測定装置(ソリフラクションメーター)が用いられる。V字状に2本の直線変位計を配置したソリフラクションメーター(例えばHarris et. al.,2008)は、凍上量と斜面方向の移動量とを分離でき、解析能力が高い。しかし、野外観測においては、設置が困難であり、限られた範囲の移動量しか捕らえられないという欠点がある。そこで凍上量と斜面方向の移動量の分離はできないが、基準点からの動きが捕らえられ、設置が容易であるソリフラクションメーターを試作した。そして試みに野外観測実験を行なった。
今回試作したのは基準となる不動点に設置した変位計とターゲットとなる礫とをワイヤーで結び、礫の動きを変位計の動きで捕らえる装置である。1号機(ピストン型)は、ストロークが30cmの直線変位計(1KΩ)を用い、測定範囲は30cm以内である。変位計はエンビパイプ(VP25)内に固定したため、センサー部の形状は長さ約70cmの棒状となった。記録計には、白山工業データマークLS2000を使用した。2号機(プーリー型)は直径6cmのプーリーとポテンショメーター(1KΩ)を用い、測定範囲は数mである。またプーリーには外周近傍の1箇所に磁石をつけ、リードスウイッチによりプーリーの周回を検知できるように工夫した。記録計には、ポテンショメーター用に、T and D, Voltage Recorder VR-71およびVR-00P1を、リードスウィッチの感知にはOnset社HOBO Stateを用いた。センサ部と記録計部をひとつの箱(約9×16×22cm)に収納することができた。
観測地は福島県、郡山・猪苗代両盆地の分水界に位置する御霊柩峠(標高約900m)であり、尾根上に裸地が広がる。これまで地表面物質移動の特徴については、瀬戸ほか(2005)、Seto et. al.(2006)の報告があり、ペイントラインの変位量調査から冬季に1mを上回る移動量も観測されている。
ソリフラクションメーターは、1号機(ピストン型)を傾斜約10度の斜面に設置し、2号機(プーリー型)を傾斜約20度のより急な斜面に設置した。記録間隔は1時間とした。また移動量観測のターゲットとした表面礫の裏面(礫が地面と接する側)の温度をサーミスター温度記録計(T and DおんどとりTr-52)を用いて1時間おきに測定した。観測期間は2008年11月3日から2009年5月1日である。1号機(ピストン型)に結んだ礫の地温は12月上旬にセンサーが切断され、それ以降の記録が得られなかったが、この他は順調に作動した。観測期間中、1号機(ピストン型)に結んだ礫は14cm、2号機(プーリー型)結んだ礫は42cm斜面下方へ移動した。ソリフラクションメーターによると、どちらの礫の移動も、11月中旬から4月中旬まで生じていた。凍結融解は礫の下で11月中旬以降4月中旬まで生じたが、特に3月下旬まで地温は頻繁に0℃を上下した。この地温と礫の移動時期との解析から、礫の移動は多くは凍結後の融解時に生じることが明らかになった。しかし説明困難な動きも認められ、今後のさらに詳しい解析が必要である。