日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 415
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ブラジル・パンタナールにおける熱帯湿原の持続的開発と環境保全(18)
ボッカの周年開放がもたらした自然・経済・社会的諸問題
*丸山 浩明
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抄録
 ブラジルの南パンタナールを流れるタクアリ川の水位変動は,年間約6~7mにも達する。雨期には豪雨などで水位が急激に上昇し,あちこちで自然堤防が破堤して外水洪水となる。こうした雨期の増水にともない形成された破堤部(河川水の流出口)を,本地域ではボッカ(boca,口の意味)とかアロンバード(arrombado,突き破りの意味)と呼んでいる。
 天然草地に依存した粗放的な牧畜経営を生業とするパンタナールでは,バザンテ(間欠河川の河床草原)やバイシャーダ(季節的に浸水する浅い窪地状草原)など,良質な天然草地の確保が重要である。そのため地主たちは,雨期にはボッカより水を内陸部へ引き込み,乾期にはボッカを閉鎖することで良質な天然牧草地を維持してきた。季節的な浸水が,草地の森林化を防ぐためである。地主の中には,水位が低い乾期に自然堤防を削っておいて,雨期のボッカ形成を人為的に促す者もあったという。小さなボッカは,バラ線を張った木柵にヤシの葉などを挟んで塞いだり,土嚢を積んだりして水の流出を止めてきた。
 ところが、とりわけ1980年代以降、タクアリ川流域の自然・経済・社会的環境は大きく変貌してしまった。すなわち、タクアリ川上流のブラジル高原では,1970年代後半よりセラード農業開発が始まり,1980年代には外国資本を導入して大規模かつ急速な農地開発が進展した。その結果,下流のパンタナールでは,深刻な土壌堆積(河床高の上昇)と河道の不安定化が問題視されるようになった。折しも1980年代は多雨期であり(高水位年が5年),こうした条件が相俟って,下流域ではボッカが各地に出現した。
 そんな中,1992年頃より,タクアリ川の急激な漁獲量の減少を理由にボッカの閉鎖が禁止され、ひとたび開いたボッカは周年開放の状態となった。その結果,本流の水が外部へと大量に流出して巨大な恒常的浸水地を生みだし,生物相(faunaやflora)の破壊や攪乱,農牧業の衰退(下図参照),近隣都市への住民の強制移住による貧困(スラム)や社会不安の拡大,伝統的な舟運・河川文化の消失など,多様かつ深刻な問題が引き起こされている。こうした諸問題の解決に向けた取り組みには、もはや一刻の猶予も許されない状況である。
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© 2009 公益社団法人 日本地理学会
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