抄録
アムール川は,全長4350km,2,051,500km2の広大な流域を持つ世界有数の大河川である.また,源流はモンゴルに発し,中国,ロシアからの支流を集め,オホーツク海に流れ出す国際河川でもある.近年,このアムール川流域では,土地被覆の変化が顕著に生じている.中国では,政府による政策によって,最近20年間で急速に農地が拡大された.一方ロシアでは,顕著な農地の拡大は認められていないが,森林の伐採がすすんでいるとともに森林火災が多発している.このような流域の土地被覆変化は,アムール川の水文環境に影響を与え,さらには,河川を介した物質の移動,流出にも影響を与えている可能性がある.
河川による侵食,運搬,堆積過程を通じて形成される河川堆積物は,河川水文環境の変化を記録する媒体として捉えることができる.本研究では,アムール川流域の土地被覆変化に伴う水文環境の変化を,氾濫原堆積物を用いて復元することを試みる.
広大なアムール川流域の全域で堆積物の調査を行うのは困難である.そこで,中流域に位置する三江平原を中心に調査を行った.三江平原は,ロシア,中国国境に位置する盆地であり,黒竜江(アムール川)本流と,主要な支川である松花江,ウスリー川が合流する場所にある.また,三江平原は,近年の土地利用変化が最も顕著に行われた地域で,かつては湿原に覆われていた盆地内の大部分が農地に転換された.
リモートセンシングおよびDEMデータの分析に基づき,三江平原の予察的な地形分類図を作成したところ,三江平原の地形は,現河床および氾濫原,自然堤防,段丘開析谷,低位段丘面,中位段丘面,高位段丘面,沼沢地,丘陵に分類された.主要河川沿いには低位段丘が発達し,現在の河川は,この面を僅かに開析して氾濫原を形成し,その中を蛇行しながら流れている.
三江平原を中心として,中国およびロシア国内においてアムール川本流,松花江,ウスリー川およびそれらの支流で氾濫原堆積物の調査を行った.毎年高水時には浸水していると思われる部分の平坦な場所を選定し,露頭やピットの作成,ジオスライサーによる地層抜き取りによって堆積物を観察した.
河道勾配の緩やかなアムール川中流域の本流および主要な支流の氾濫原堆積物は,粘土から砂サイズの物質で構成されている.段丘上の湿地には,泥炭の分布が広く確認されるが,現成の氾濫原では,厚い泥炭は確認されない.これは,堆積傾向が継続していることを示す.
調査した地点のうち,中国国内の地点では,ほぼ全ての観察地点において,氾濫原堆積物の最上部において,下位の堆積物より粒度が増大している傾向が認められた.粗粒化している部分の厚さは場所によって変化するが30~70cm程度である.全体に成層構造が発達するが,特に砂質の部分で成層構造が明瞭で,シルトから粗砂サイズの堆積物が互層していて,多数の洪水によって形成されたことを示す.
中国では,三江平原周辺や,その上流に位置する丘陵の斜面にも農耕地が広がっている.こうした丘陵斜面ではガリーが発達するなど,浸食が進んでいることが推測される.氾濫原堆積物に見られる粗粒化は,こうした丘陵斜面の浸食による粗粒物質供給の増大と,農耕地拡大による森林の縮小によってピーク流量が増大したことによって生じたものであろう.
一方,ハバロフスクより下流のロシア国内では,このような氾濫原堆積物の系統的な粗粒化は,認められなかった.その理由としては,中国に比べロシアでは農地拡大が進行していないこと,三江平原という大きな堆積場の下流に位置することなどが考えられる.
アムール川中流域の氾濫原には,現在も湿原が広く存在する.氾濫原堆積物の粗粒化によって,これらの湿原の環境が変化していく可能性がある.氾濫原湿地は河川への溶存物質の供給にも重要な役割をはたしていることから,河川への物質供給にも影響が現れる可能性がある.また,堆積物の粗粒化は,洪水時のピーク流量の増大を示しているものと考えられ,過去に比べて,洪水の危険性が増大していることを示しているものと考えられる.