日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 511
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茶業地域における取引関係からみた荒茶供給構造
静岡県牧之原市東萩間地区を事例として
*大石 貴之
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抄録

1.はじめに
 現在,日本国内においては産地偽装や輸入食材の安全性など農産物に対する様々な問題が顕在化している.これらの諸問題は農産物流通の不透明性に起因するところが大きく,生産者から消費者に至るまでの農産物流通を再検討する必要性が生じている.しかしながら,食品流通全体の把握を一度に行うことは難しく,生産者と消費者,生産者と加工業者など2者間の関係について焦点が当てられてきた.特に後者については,加工農産物の生産者と食品加工企業を例に挙げ,企業の農家に対する垂直的関係が指摘されている.
 生産者と加工業者の関係性に関する研究は,加工業者である企業の側から進められることが多く,生産者側からの考察が不足している.また,両者をつなぐ「取引」関係そのものに焦点を当てられた研究は少なく,生産者が加工業者に原料を供給する際,両者の間にみられる取引関係を明らかにすることは,農産物流通を考察する上で重要な視点であると考えられる.
 そこで本研究では,茶を取り上げ,特に一次加工品である荒茶の流通構造を通じて,生産者と企業間の取引関係がいかに構築され,それが荒茶の供給構造にどのような影響を与えているのかを明らかにすることを目的とする.

2.研究対象地域と荒茶生産の特性
 研究対象地域である静岡県牧之原市東萩間地区は,静岡県における茶生産の中心地である,牧之原台地のほぼ中央に位置し,2008年現在で18の荒茶生産者が存在する.荒茶生産者は,その経営形態,特に荒茶の原料となる生葉の収集形態から,複数の生葉生産者が共同でひとつの荒茶工場を経営する「共同製茶工場」,自家で所有する茶園にて生葉生産を行い,それを原料として荒茶製造を個人で行う「自園自製農家」,自園で生産される生葉に加えて他の生葉生産農家から原料を購入して荒茶製造を行う「自園買葉農家」の3つに分類される.
 これら3類型は,それぞれに以下のような取引形態を有していた.共同製茶工場では荒茶生産量が多いために,取引関係にある茶商も多く,中でも取引関係が長時間にわたって続いている茶商や,荒茶生産者が重要な販売先とみている茶商とは,直接的な取引を行うことが多い.その一方で,残りの数多くの茶商に対しては,生産者に代わって茶商と荒茶の取引量や金額を交渉する「斡旋業者」を介しての出荷が主に行われ,一部では農協共販を利用した出荷もあった.自園自製農家では,生産量が少なく,農家の多くが1社の茶商と直接的な取引を行っていた.自園買葉農家では,荒茶生産量の半分を買葉によってまかなうなど荒茶生産量が比較的多い.直接的な取引はみられず,斡旋業者や農協共販を介した取引のみであった.なお農協共販を利用した取引とは,農協が斡旋業者と同じく荒茶生産者に代わって荒茶取引を代行する他,農協が経営する工場にて仕上げ茶の加工を行って小売店にて販売するという形態を指す.

3.取引関係からみた荒茶供給構造
 直接的な取引では,茶商との取引関係構築にあたって,荒茶生産者の親戚や知人の紹介を契機としている場合が多かった.親戚や知人の紹介によって構築された関係では,荒茶生産者と茶商の交渉や情報交換が頻繁に行われ,両者の信頼関係が構築されるとともに,荒茶生産者は質のよい荒茶を生産しようとする強い意識がみられた.また,生産者との交渉や情報交換を密に行うために,両者が空間的に近接していることが重要であることがわかった. 一方で,斡旋業者や農協共販を介した取引は,関係構築の契機として斡旋業者から紹介される場合が多かった.この第三者を介した取引関係では,両者の信頼関係を構築することが難しく,斡旋業等を介した取引では,荒茶生産者は質よりも量を重視している傾向がみられた.すなわち,斡旋業者は多量の荒茶を茶商に売り分ける調整役として存在していることが明らかとなった.また,斡旋業者等を介した取引は,遠距離の茶商との交渉や情報交換を可能にし,共同製茶工場や自園買葉農家では遠距離の茶商との取引関係を主としていることも明らかとなった.
 荒茶生産者の経営形態別に荒茶の供給構造を整理すると,共同製茶工場は様々な取引形態を有し,空間的に近接した茶商と,質を重視した直接的な取引を行っていた.その一方で,空間的に遠隔地にある茶商も多く,量を重視し,斡旋業者などの第三者を介した取引を行っていた.自園買葉農家は直接的な取引を行わず,質よりも量を重視した荒茶生産を行っていた.自園自製農家は空間的に近接した茶商と質を重視した直接的な取引を行っていた.以上のように茶業地域では,取引関係を構築する過程の違いから異なる取引関係が形成され,荒茶生産の質や取引関係にある茶商との空間的な関係にも違いが生じていることが明らかとなった.

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© 2009 公益社団法人 日本地理学会
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