日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 414
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ネパールヒマラヤ,イムジャ氷河湖の発達と湖水位の自然的・人工的コントロール
*渡辺 悌二ラムサール ダモダール澤柿 教伸バイヤース アルトンアイブス ジャック
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抄録
1.はじめに
 エベレスト山の南方にあるイムジャ氷河湖は,サガルマータ(エベレスト山)国立公園および世界自然遺産に指定・登録されている。アクセスのしやすさから,イムジャ氷河湖は,ヒマラヤの中で最も研究が進んでいる氷河湖の一つであり,マスメディアから最も大きな注目を集めている氷河湖である。
 本研究では,まず,衛星画像や地形図などの解析によって,イムジャ氷河湖の発達の特徴を明らかにし,主として現地調査によって,自然に生じている湖水位の変化を明らかにした。次に,これらの結果から,氷河湖決壊洪水(GLOF)の発生の可能性について検討を行い,最後に人工的な水位コントロールがもたらす意義について考えた。

2.湖の発達
 イムジャ氷河湖は,1950年代には小さな5つほどの池であったことが,いくつかの研究で明らかになっている。その後の湖の大きさの変化についてもいくつかの研究が扱っている。本研究では,これらの結果を踏まえて,さらに多くの年(1956-2007年のうちの15年分)について湖面積の変化を解析した。その結果,湖の発達をステージ1(1956-1975年),ステージ2(1975-1978年),ステージ3(1978-1997年),ステージ4(1997-2007年)の4つに分けることができた。このうちステージ4では湖岸線が上流(東)側に移動することで湖の拡大が生じていることがわかった。

3.湖水位変化
 1964年撮影のCORONA衛星写真解析から,いくつかに分かれている小さな湖の一つが,排水路を持っていることがわかった。CORONA写真からは湖の標高を知ることはできていないが,この排水路は標高5,041 mでラテラルモレーンを開析していることが,1992年撮影の空中写真から作成した地形図から理解できた。その後,湖水位は低下し続け,1984年には5,022 m,1989年に5,017 m,1992年に5,012 m,1994年に5,007 m,2004年に5,005 m(測量者:北大・朝日克彦),2007年に5,004 mに低下した。2009年11月の測量の結果では,2007年と同じ5,004 mに水位があり,最近になって水位の低下速度が減少し,いまでは変化が生じていない可能性が高い。
 湖水位低下(湖自身による自然の湖水位コントロール)は,GLOFの危険度を小さくする。実際に本研究で得られた湖の発達のうちステージ4以降の特徴からは,イムジャ氷河湖からのGLOF発生の緊急性は高くないと結論づけられた。

4.湖水位の人工的コントロール
 一方で,過去10年ほどの期間は湖水位の低下速度が減少している傾向にありそうなこと,および2007年と2009年の湖水位が変化していなかったことから,(1) 湖水位の変動については,長期的なモニタリングが必要であると考えられる。あるいは(2) 長期的モニタリングにお金と時間をかけるよりも,人工的に排水を行ってしまう方が良いという判断も可能である。ヒマラヤではツォ・ロルパでGLOFの危険度を小さくするために,人工的に排水を行い湖水位を低下させる方法が取り入れられている。イムジャ氷河湖の下流域のいくつかの村に電気がないことを考えると,排水のみを考えるのではなく,小型水力発電をしながら湖水位を現在よりも低く維持する方が得策であろう。
 この提案に対しては,地元住民に歓迎の声があり,今後は早急に,住民の意向調査と技術的側面の調査を行う必要がある。これまでヒマラヤの氷河湖はGLOFをもたらす「厄介者」にすぎなかった。冒頭で述べたように,イムジャ氷河湖は,ヒマラヤの中で最も注目を浴びてきた氷河湖であり,排水を発電にも活かすことができれば,イムジャ氷河湖で考えられる取り組みは,ヒマラヤの多くのGLOFに対して大きなインパクトを与えるであろう。
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© 2010 公益社団法人 日本地理学会
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