日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の277件中1~50を表示しています
  • 成瀬 厚
    セッションID: 101
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
    I はじめに
     場所と同一性の関係についてローズ(Rose 1995)は三つのあり方を提示している。(1)場所と同一化する,(2)場所と対抗して同一化する,(3)同一化しない。(2)の事例はオリエンタリズム的な場所の他者化の議論が中心である。しかし,この単純な類型には収まりにくいものの,特異ではない同一性のあり方も指摘できる。それは(1)に含まれる一般的なものだが,他所との同一化である。ローズは個人的な同一化よりも社会的なそれを強調しているが,ここでは個人的な同一化について報告する。
     本報告の事例は報告者が継続的に対象としている写真家,田沼武能の作品群である。自己と他所を包括した世界表象の研究事例(成瀬 1997),自己表象の研究事例(成瀬 2001),の続編としての彼の作品分析である。「世界の子どもたち」,「東京」に続いて紹介する田沼の作品生産のテーマは「アンデス」と「カタルニア」である。それらは,世界を撮影旅行で回るなかで,彼が単独の写真集という作品を作り上げた二つの地域である。東京が彼にとって先天的な故郷である一方で,自らの人間性に照らし合わせて魅力を感じ,いわば第二の故郷として作品制作の場としているカタルニアとアンデスは,彼にとって選択的で後天的な故郷だといえる。この事例を通し,場所における自己と他者の問題に,それらに関り合う人間主体の表象行動から接近するのが本報告の目的である。分析対象とする作品は表1にまとめた。

    II 他所に故郷を発見する
    (1)田沼武能のスペインおよび南米への旅
     田沼武能の海外撮影旅行は1960年代後半から始まる。スペインおよびアンデス地方へは1970年代に入ってから訪れており,その時期にアンデス地方の写真はまとまって存在するが,カタルニア地方の写真はない。アンデスについては特に1979年の4ヶ月にわたる撮影旅行の成果によって,1984年に『アンデス賛歌』という大型写真集として結実する。ここでは,アンデス文明研究家,天野芳太郎が田沼にこの地の魅力を伝えている。
     一方,カタルニア地方に彼が関心を持つのは,1983年2月にバルセロナで訪れたカタルニア美術館だとされている。カタルニアでの撮影旅行には必ずフリー・ライターの矢野純一が同行している。
    (2)アンデス:厳しい自然と古代文明
     1984年の写真集『アンデス賛歌』はすべてカラー写真が用いられ,雄大な自然とインカ帝国の痕跡を表現すると同時に,インディオたちの自然と共存した生活が強調される。
    (3)カタルニア:生き永らえる宗教文化
     1987年の写真集『カタルニア・ロマネスク』はモノクロ写真を多用し,ロマネスク建築やその細部の装飾を被写体としている。

    III おわりに:場所と同一化する論理
     場所性とはその地理的実在物が有する固有性ではない。固有性とは何にも代えがたい唯一の存在だが,場所性というものは時折形容詞化したものである。地名は固有名詞だが,その場所から抽象化された場所性たる形容詞を名詞化したものは普通名詞である。その抽象的な場所性は他の場所にも適用可能な性質となり,人間存在の性質とも結びつく可能性を有する。自らの同一性形成に大きな影響を与えた故郷と類似した特性を有する他所に親近感を覚えることや,自己同一性そのものとの類似性を他所の特性に感じる場合がある。

    文 献
    Rose, G. 1995. Place and identity: a sense of place. In A Place in the World?: places, cultures and globalization, eds. D. Massey and P. Jess, 87-132. Oxford: Oxford University Press.
    成瀬 厚 1997. レンズを通した世界秩序――世界の人々をテーマにした写真集の分析から.人文地理 49: 1-19.
    成瀬 厚 2001. 東京・武蔵野・江戸――写真による地理的表象と自我探求.地理学評論 74A: 470-486.
  • 山本 啓典
    セッションID: 102
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.研究目的と背景
     本研究は,食を発信する様々な規模の団体が集まる両毛地区を事例として,ご当地グルメと地域的な活動との関係について,現地での聞き取り調査の結果から明らかにしようとするものである.
     1973年創刊の旅行雑誌のタイトル『るるぶ』が「見る,食べる,遊ぶ」を示すように,食事は旅の楽しみのひとつである.とりわけ,食を主目的とした旅行については,Hall et al.(2003)によって「フードツーリズム」と定義され,それ以降多くの研究がみられる.当初は,高級食材や郷土料理を対象とした研究が多かったが,近年では,B級グルメ,ご当地グルメも観光資源として着目されている.またそれらB級グルメ,ご当地グルメを専門に取り上げるガイドブックも多く出版され,注目を集めている.
     これらのB級グルメに関する地域的な活動は,都市を範囲にするものから県を範囲にするものまで,対象とする地理的範囲は様々である.また1つのメニューに対して複数の団体が形成されるケースや,地域的な活動を行う団体が形成されないケースもある.それにもかかわらず,従来の研究はこれらB級グルメの発信活動を一様にご当地グルメと同義に扱い,地域的な活動としてみなしてきた.

    2.両毛地域におけるご当地グルメ
     両毛とは,栃木県の足利市,佐野市,群馬県東部の桐生市,太田市,館林市(以上両毛5市),みどり市,邑楽郡をまとめた地域の総称である.当該地域においては,両毛5市でそれぞれご当地グルメの発信活動がなされており,その中のいくつかは高い知名度を得ている.これらの発信活動と,イベントの実施主体をあわせると,当該地域には17団体が存在し,地域活性化のための活動をしている.

    3.推進団体別に見る発信活動の地理的展開
     上述の17団体はおよそ次の4類型にまとめられる.
    (1) 自治体系協議会
     栃木県側2市を範囲とする団体がそばをPRしている.栃木県は農村レストランの取り組みが盛んであり,両毛でも農業振興を念頭に置いた活動を行っている.母体は県の出先機関であり,パンフレットへの掲載範囲や,主催イベントへの出店者の範囲も出先機関の行政区分を反映している.
    (2) 商工会議所系団体
     商工会議所のプロジェクトの一貫として活動する団体が複数存在する.商工会議所は多様な業種から構成されるため,団体には飲食店のみならず,関連食品企業や観光産業企業,地域の有力企業が参加する場合もある.商工会議所の活動範囲と同じく,各市域を単位として活動している.また,両毛地域では商工会議所の広域連携がなされていることを反映して,両毛5市を範囲とする連合会組織もみられる.
    (3) 生活衛生同業組合
     とりわけ麺類飲食業分野の生活衛生同業組合を母体とする団体では,積極的に食の発信活動をしている.これは麺という分野がご当地グルメの主要なジャンルの一つであると同時に,参加飲食店がうどん,そばという同一のメニューで営業していることに起因している.活動範囲は組合の設立単位である市域を越えることはない.
    (4) 食品製造業
     ソース製造企業と製粉企業による活動がこれに当たる.前者は製造所所在地を中心に活動を支援している.後者は県を範囲として活動をしている.この活動範囲の違いは,商圏の広さとともに,内麦の銘柄の表示単位が県であることに起因している.製粉企業は原料調達コストの点から地場産小麦の使用に積極的である.そのため小麦を使用したご当地グルメの開発や,イベントにも意欲的であると考えられる.

    4. 推進団体の地域における役割と存立要因
     上述の17団体の活動は,特に小規模飲食店にとって単なる観光客の誘致以上の意味を持つ.これは,イベントへの出店が団体を単位としていることに起因している.団体に参加している飲食店の中には,イベントでの出店を目当てに団体に参加するものや,1日あたりの売上げが通常の店舗営業のそれを上回るものもいる.また,同業者とのイベントへの参加自体を楽しみとして団体に参加するものもあり,小規模飲食店を中心とした発信活動の成立と展開にはイベントが深く関与している.実際, 当該地域の17団体はいずれも何らかの集客イベントの関係主体であり,団体設立の動機にイベントへの参加を挙げるものも少なくない.
    逆にイベントへの参加に非積極的な業種では,ご当地グルメとしての知名度があっても地域的な団体が結成されないか,されたとしても活動が低調となりがちである.これは商品特性からイベントでの高い売上が期待できないケースや,維持すべき母体コミュニティが存在しないケースで発生する.

    文献
    Hall, C. M. et al. 2003. Food tourism aroud the world: development, management and markets. Oxford: Elsevier.
  • 金 玉実
    セッションID: 103
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.研究の背景
     観光者の観光対象は地域的に偏在するため,観光行動は観光者の空間移動を必要とする.観光者が観光対象をめぐりながら移動する際に,観光行動が行われる地域や場所は,観光者の観光行動によって,互いに結びつけられ,観光行動空間を形成する.したがって,観光行動空間を互いに結び付いた有機的な組織として捉え,それをネットワーク視点で考察する視点が必要である.
     中国人の訪日観光は,膨大な人口規模と経済の急成長とともに,様々な制限を抱えながら着実に成長している.日本の積極的な受入態勢とアウトバウンド観光に関する中国国内規制の緩和により,増加傾向にはあるものの,現段階の中国人の訪日観光はパッケージツアー商品を用いた団体観光が主要形態であるため,日本での観光行動はツアー商品の旅程に大きく左右されている.したがって,観光行動は,ツアーに組み入れられた地域や場所でなされている.また,これらの観光目的地は観光行動により結びつき,中国人観光客の観光行動空間が形成される.
     これまでの国際観光流動についての研究では,国家間のデータの分析が中心であった.一方,目的国の内部における外国人旅行者の流動パターンを分析した研究は,データの制約のためにかなり少なく,さらに旅行者の行動特徴と観光行動空間の関連について注目した分析もほとんどない.

    2.研究の目的と方法
     本研究の目的は,日本における中国人旅行者の観光行動空間の構造的特徴を明らかにすることである.ここでは,観光行動がなされる観光目的地間の空間的相互関連性をネットワーク視点でとらえ,個々の観光目的地の位置づけと空間的相互関連性を分析することによって,観光行動空間の構造的特徴を明確にする.具体的には,団体観光パッケージツアー商品を分析資料として,依存度指標を構築し,因子分析,クラスター分析を行い,その結果から,中国人の観光行動空間がいかなる構造を有しているのか,さらにはその構造がみられる要因について考察する.

    3.結果と考察
     訪日中国人旅行者の特徴として,彼らの多くは初来日であるため,多数の観光体験と「先進国日本」を象徴する典型的な観光資源,「Made in Japan」の高品質商品などを求める観光行動が卓越することが挙げられる.その結果,先進性を示す観光資源が集積し豊富な商業施設が存在する大都市の商業中心地,日本の象徴である富士山や温泉地・火山などの観光目的地への志向性が高い.
     中国で販売された訪日パッケージツアーを資料として観光目的地間の空間的相互関連性を分析した結果,互いに高く依存する観光目的地は,地域的にまとまっていることが明らかになった.また,観光目的地間の相互依存関係には階層性が存在し,3次階層に基づき,5つの観光行動圏域に区分された.それらは,東京―大阪,北陸,九州・沖縄,北海道道央,北海道道東の観光行動圏域である.これらは,中国人に知名度が高い大都市,温泉・火山などの観光目的地の組み合わせを中核として,主要な移動経路である高速道路に沿って徐々に観光目的地が結合されており,行動圏域が空間的に拡大していく傾向が明らかになった.特に,東京―大阪観光行動圏域への集中が顕著であり,これには最も多くの観光目的地が含まれている.
     中国人旅行者の観光行動空間について,その時系列的変化に注目すると,訪日経験者の増加,ニーズの多様化,訪日観光に関する情報の蓄積とともに,広域化している.一方で,中国全土にわたる訪日観光旅行の解禁からまだ時間が短く,しばらくは初来日者が主体であるため,日本の大都市や典型的な観光資源への訪問が訪日観光旅行の性格を示し続けると思われる.したがって,東京―大阪観光行動圏域の重要性は維持されると思われる.
  • 森嶋 俊行
    セッションID: 104
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.日本における産業観光概念の広まりと再定義
     1990年代後半以降,日本で「産業観光」の考え方が再編されつつある.従来,産業観光という言葉は主に「工場見学」の意味で用いられ,地域の企業が対地域施策の一環として地元の小中学生などを受け入れることなどを主に指してきた.これに対し,近年の「産業観光」活性化の動きは,国や自治体,各地の商工会による観光促進の動きの中で始まったものである.観光白書においては「産業観光」という言葉は1972年まで使われた後一旦消失した上で2003年に再登場しており,観光施策からいわば忘れられた状態にあった産業観光施策が,角度を変えて見直されるようになったことが表れている.
     この1990年代以降の「新しい」産業観光概念は,従来の産業観光概念に対し,いくつかの定義の拡張がなされている.第一に,「従来のような物見遊山という受動的な観光資源ではなく,製造工程の見学・体験・学習といった知的好奇心を満たす側面を協調した観光活動(香川編 2007)」といった面が既存文献においては強調されている.第二に,「産業観光」という言葉が指し示す行動の対象が広がっている.すなわち,従来の「産業観光」という言葉が指し示していた工場見学に加え,企業博物館や美術館,製造工程の体験,そして生産に関わってきた様々な産業の遺物を観光の対象とする「産業遺産観光」が産業観光の対象となっている.土木・建築学会による産業計間の再評価の動き,そしていわゆる「工場萌え」ブームも「産業観光」に新たに追加されつつある形態の一つであると言っていいかもしれない.第三に,主に個々の事業所単位で行われてきた従来の産業観光に対し,自治体や商工会といった主体が取りまとめを行い,それぞれの地域で行われている産業観光全体を「地域資源」として認識し,観光施策に取り入れようとしている.ここでの自治体や商工会の役割はコーディネーターであり,具体的には各事業所間の連絡や,共通パンフレットの作成等による売り込みを行う主体である.

    2.日本の産業観光の現状の把握手段
     このような近年の日本の産業観光に対する視角の変化と活用施策の広まりは,地域における各主体間の関係,ことにこれまでまったく観光産業に関心を持ってこなかった製造業事業所を中心とする事業所と観光による地域活性化に関心を示す自治体や商工会といった地域各主体間の関係に大きな影響を与えるものと考えられる.
     発表者は,このような産業観光をめぐる地域各主体間の関係や認識の変化について研究を進めるべく,本発表において,全国的な産業観光の現況についてのデータベースの構築と分析の可能性について論じる.
     産業観光についてのデータベースとして,最も全国的に悉皆性が高いものと思われるものが,須田(2009)にも引用される「全国地域観光情報データベース」である.ここには全1175件の「産業観光施設」に登録されている.ただし,県ごとの件数には極めて大きな差がある.これは本データベースにおける「産業観光施設」の定義が不明確であり,各地域の取りまとめ者によって定義がぶれている恐れがあること,さらに,自治体によって,地域資源としての産業観光への着目度が大きく異なることによるものであると考えられる.各自治体や商工会,観光協会などによって,地域によっては極めて充実したデータベースが構築されていること,しかしその度合いは地域によって大きく異なることからもこのことは言える.
     自らの研究の手段として産業観光データベースを構築し,分析を行っていくにあたっては,まず自ら産業観光を定義したうえで,各地域主体により作成されたデータベースを組み合わせていく必要がある.
  • 原 真志
    セッションID: 105
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.はじめに
     2000年代に入ってコンテンツ産業に関する研究が盛んになっている(Scott, 2005; Pratt, 2009).コンテンツ産業の中心的存在であるハリウッド映画産業はクラスターを形成する傾向があり,集積地「ハリウッド」が世界市場を支配しているが(Scott, 2000),他方で海外撮影の増加に見られるようにハリウッド映画プロジェクトの多くがすでにグローバル化しており,クラスター化とグローバル化という二面性が指摘されている(Scott, 2005; Coe, 2001; Hara, 2002).しかしながら,どのようなときにクラスター内の関係が選択され,どのようなときにグローバルな関係が選択されるかは明らかにされていない.クラスター関係とグローバル関係を統一的に分析する視点が求められる.
     近年のプロジェクトエコロジー論は時限組織に注目し,恒常組織である企業と時限組織の適切な関係を探究する必要性が指摘されている(Grabher, 2002).ハリウッド映画製作はプロジェクトベースで行われ,プロデューサー・監督・VFXスーパーバイザーなどから構成されるプロダクションと呼ばれる時限組織が主導し,重要な役割を果たしているが,これまで時限組織はどのように意思決定を行うかはブラックボックスであった.ヴェーバー以来の立地論や、マッシイの空間的分業論においては意思決定の主体は企業であり(Massy, 1984),経営学の組織間関係論や戦略提携論などでも同様である.しかし,ハリウッド映画プロジェクトでは,企業は時限組織に選ばれる側であり,企業と異なるロジックや戦略を有すると考えられる時限組織の意思決定にはどんな特性があり,それが立地を含めビジネス全体にどのような影響を与えるのかを検討する必要がある.

    2.目的と方法
     本研究は,ハリウッド映画プロジェクトを対象として,時限組織であるプロダクションが,どのようにプロジェクト参加企業あるいは個人を選別する意思決定をしているのか,具体的には当該映画プロジェクトには,どの立地の,どの企業が,どんな基準で選ばれるのかを実証的に検討することを目的とする.特にハリウッド映画プロジェクトの中でもVFX(視角効果:撮影後にCGで付加される映像)のパートに焦点をあて,プロダクションにおけるVFXのリーダーであるVFXスーパーバイザーの意思決定を検証する.本研究では,「プロジェクトの空間デザイン」を,「どの立地のどの企業がどのように当該プロジェクトに参加するかを決める時限組織による意思決定」と定義する.
     企業や個人並びにその立地を選ぶ要因として,ヴェーバー以来の立地論(Weber, 1909),スコットのリンケージ費用論(Scott, 1988),知識ベースの集積論(Malmberg et al., 1996; Hara, 2002)を統合する形で,安い費用を重視するコスト要因,すぐれた創造性を重視するクリエイティビティ要因,この2つを補完する要因として,これまでの協働の経験を重視する経験要因という3つを設定した.作業仮説としては,「1-1 単純なタスクは低コストを求めてハリウッドの外にアウトソースされる.」,「1-2なぜならば,密なコーディネーションが必要でなく,対面コミュニケーションが重要でないから.」,「2-1 クリエイティブなタスクは高コストにも関わらずハリウッドにとどまる.」,「2-2 なぜならば,密なコーディネーションが必要であり,対面コミュニケーションが重要だから.」を設定した.具体的には,ロサンゼルスを拠点とするフリーランスのVFXスーパーバイザーであるケブン・トッド・ハウグ氏に対面調査ならびにEメールによる補足調査を実施し,同氏が参加した映画プロジェクト「ファイトクラブ」,「ザ・セル」,「パニックルーム」,「007慰みの報酬」に参加した企業や個人それぞれを選んだ理由として,コスト要因,クリエイティビティ要因,経験要因の3つについて,「最も重要」,「2番目に重要」,「最も重要でない」のいずれに該当するか,具体的理由は何かを回答していただいた.

    3.結果
     作業仮説に適合するケースが確認される一方,クリエイティブなタスクがパリの企業に発注されるケースが存在するなど,近接-遠隔と,クリリティビティ-コストは単純な対応関係とは言えない.またヒアリングから「007慰みの報酬」では時間制約が近接性需要の大きな要因として確認され,予算規模とプロジェクト期間を含めた統合的な説明の必要性が示唆された.
  • 山本 健太
    セッションID: 106
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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     本発表の目的はアニメーション産業労働者の日行動に着目し,労働者の生産活動の実態を明らかにすることである.これまでのコンテンツ産業研究では,労働者個人の感性やネットワークの重要性を指摘しながらも,現場で働く末端労働者の日々の生産活動をとりあげたものはみられない.そこで本発表では,アニメーション制作企業の協力のもと,生産部門および制作部門の末端労働者である「作画」労働者5人および「制作」労働者5人を対象として,就業実態に関するアンケート調査および,2009年12月15日午前0時から18日午前0時までの活動パス調査を実施した.また期間中,ある「制作」労働者に合計12時間程度同行し,行動を記録した.加えて,対象となった労働者10人に聞き取り調査をした.
     調査協力企業の概要は以下の通りである.1986年設立,資本金1,000万円,従業員数33人である.アニメーションの生産については,下請け生産のほか,元請け生産もする.自社内に有する職種部門をみると,経営部門(3人),制作部門(9人),作画部門(10人),演出部門(8人),仕上げ部門(4人)である.これらから,当該企業は典型的な元請け企業であるといってよい.
     「作画」労働者の活動パスをみると,初日には,回答者全員が帰宅し,24時間ほど休息をとっている.その後の調査期間中は,いずれの労働者も帰宅していない.制作企業からの外出先と所要時間をみると,ある労働者が3日目21時からおよそ2時間,同僚と食事に出かけているのを除けば,最寄りの大型スーパーへ食事の買出しに30分程度,1回から2回外出するのみである.そのほかの活動では,仮眠や仕事待ち,アニメーション鑑賞,同僚との雑談等がみられ,制作企業内での待機時間が長い.調査期間3日間を通して,ルーチン活動はみられず,不規則な就業をしている.
     「制作」労働者の活動パスをみると,自宅が徒歩30圏内にある労働者(3人)については,3日間のうち2から3回帰宅している.それ以外の労働者では,3日間を通じて帰宅しないか,帰宅しても1回のみ4時間程度の滞在に過ぎない.最も活動的な時間帯は19時から3時である.就業時間中は取引先制作企業やフリーのクリエイター間の半製品運搬のため,外出を繰り返す.半製品の運搬については,自社と取引先との単純な往復のほか,1度のトリップで複数の取引先を周回する場合もある.トリップの所要時間は30分から1時間程度の短時間のものが多い.また,労働者毎に取引する企業,クリエイターがある程度決まっている.
     密着調査した労働者の2009年12月15日19時から21時における接触記録をみると,間接接触では5箇所計6回の電話をしている.1回の通話時間は1分から5分である.また,多くの場合,1回の電話で1つの話題に限られる.話題は6回の電話のうち,作業進度の作業4回,日程指示3回である.電話をするのとは別に,フリーランサーからの電話への応答,中国子会社へのファクシミリによる納期指示をしている.
     また,対面接触の回数についてみると,5人計4回している.内容は,「制作」労働者への仕事指示,上司への日程報告のほか,「仕上げ」労働者および作画監督との品質確認作業である.これらの対面接触の1回あたりの所要時間は2分から15分と,電話での接触と比較して長い.単純な作業指示のほか,品質確認作業については,作画監督や仕上げ部門労働者に意見を求めるなど,活発な意見交換がなされていた.
     以上の結果から,分業関係について次のような構造が示唆される.「作画」労働者は制作企業に常駐し,「制作」労働者が運搬してくる半製品を受け取り次第,生産する.「制作」労働者はそのようにして生産された半製品を回収し,次の取引先へと運搬する.また,「制作」労働者は現場労働者との短時間での情報共有や意見交換を頻繁にすることで,プロジェクトを進行していく.労働者がこのような生産活動を維持するためには,労働者の多様な働き方を受容する制作企業の存在とともに,各部門労働者が近接し,同時間帯に活動することが求められよう.
  • 駒木 伸比古
    セッションID: 107
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.はじめに
     2000年のまちづくり3法の施行により,大型店の出店調整は,中小小売業者の事業機会確保ではなく,店舗周辺の生活環境保持という観点から行われることになった。そして,大型店の立地規制や誘導は,都市計画法に基づくゾーニング的手法により行われることが期待されていた。しかし実際には,市町村による大型店誘致がみられるようになり,その結果,大型店の郊外化・大型化が進行した。この際に問題とされたのは,市町村を超えた広域スケールでの出店調整システムの整備が不十分なことであった。そのため,まちづくり3法の改正においては,広域調整に関する制度が導入されている。
     本発表で取り上げるSCは,まちづくり3法の施行を前後して,出店届出が大店法および大店立地法に基づきそれぞれ行われた。そして徳島市と北島町との間で,出店調整にかかわる関係の変化がみられた。本発表では,SCの出店に関わる自治体,中小小売業者,大規模小売業者の行動を通じて,まちづくり3法の施行により,市町村間における大型店の出店調整がどのように変化したかを考察する。

    2.北島町における大型店誘致と出店過程
     1990年代後半,北島町では町内の工場社宅跡地をどのように利用するかが問題となった。北島町は,一部を商業・アミューズメント施設として利用することに決定し,地区計画の策定および用途地域の変更を行った。そして1998年2月に「北島サティ」の出店が発表され,マイカルにより大店法に基づく新規出店届出が行われた。総店舗面積は23,206m2であり,複合映画館などのアミューズメント施設の併設を予定していた。これに対し,中心市街地からの買物客流出を懸念した徳島商工会議所は,大規模小売店舗審議会(以下,大店審)四国審議部会に対して店舗面積の削減を要望した。大店審四国審議部会は,1999年4月に店舗面積の削減(22.4%)を勧告した。この調整結果に対し,マイカルは出店計画の凍結・延期を表明した。
     工場社宅跡地の早期利用を希望していた北島町は,マイカルによる出店を断念し,他の小売業者と出店交渉を行った。その際に出店を表明したのが,本社を愛媛県に置くフジである。2000年12月に,大店立地法に基づく「フジグラン北島」の新規出店の届出が行われた。店舗面積は18,800m2であり,前回同様に複合映画館などの併設が予定されていた。地元からの意見聴取の際に,徳島商工会議所は廃棄物の減量化やリサイクルの推進,駐車場の確保といった環境対策に関する意見書を提出した。しかし,徳島県大規模小売店舗立地審議会の協議を経て,2001年8月に出店申請は計画通り認可された。そして,2001年12月に県内初の映画館併設型SCとして開業し,現在に至っている。

    3.市町村間における出店調整をめぐる状況の変化
     本発表を通じて,まちづくり3法の施行により,市町村間における大型店出店調整が困難になったことを指摘したい。1990年代には大店法の運用が緩和されたが,大型店の出店調整は大店審により行われていた。そして中小小売業者は,他市町村への大型店出店に対しても,店舗面積削減などの要請が可能であった。しかし,まちづくり3法の施行に伴い,中小小売業者は出店調整手段を失うと同時に,都道府県または政令指定都市が調整機関となった。都市計画法では,他市町村への大型店立地を規制することはできない。また,条例などにより広域調整を行っている都道府県や政令指定都市は,一部に過ぎない。
     こうした状況において,2007年11月に行われた改正都市計画法の施行により,延床面積が10,000m2を超える大規模集客施設の郊外立地が制限され,広域調整の制度が導入された。しかし,その運用は各都道府県・政令指定都市に任されており,郊外立地の抑制効果を期待するのは難しいのではなかろうか。
     例えば事例地域である徳島県では,改正まちづくり3法の成立・施行後も,SCの郊外立地が続いている。2006年には,徳島市西部に隣接する石井町に,「フジグラン石井」が立地した。立地場所は市街化調整地域に指定されていた農地であり,石井町が地区計画を策定して誘致したものである。さらに2008年にはイオンによる徳島市北部の市街化調整地域(14ha)への出店計画が,2009年にはイズミによる藍住町のバイパス道路沿い(8.5ha)への出店計画(営業予定面積:約40,000m2)が報道された。藍住町は全域が白地地域であるため,商業区域などを定めた地区計画および都市計画マスタープランの策定が進められている。徳島県は大型店立地規制に関する条例・ガイドラインの制定を検討しているが,具体的な動きはみられない。このように,まちづくり3法の施行後,市町村間における大型店出店調整は,容易でない状況にあるといえる。
  • 宇根 義己
    セッションID: 108
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.研究の目的
     1990年代後半以降,日本の自動車企業各社はアジア通貨危機の影響に伴う生産分業体制の見直しなどにより,タイを世界的輸出拠点に位置付けた.現地の日系企業,とりわけ既存企業では生産台数・車種が増加することが見込まれたため,生産システムをより大量生産に対応できるものへと革新していった.新興国で自動車の生産規模が拡大するなか,現地の日系自動車企業は生産システムをどのように構築・革新しジャスト・イン・タイム方式(以下,JIT)を実現しているのか,またそれはどのような空間的特徴を有しているのかという点を検討する必要がある.
     そこで,本発表は生産規模の拡大に伴う物流システムの変化に着目して,タイにおける自動車企業の生産システムの構築・革新過程と実践内容を明らかにする.ここでいう生産システムとは,自動車企業および同部品企業による部品生産・資材調達から自動車の完成に至るまでに関わる要素,すなわちJITを中心とする物流システム,製造(組立および内製),生産管理機能,労働力が相互に連関しあったものとする.事例として取り上げるのは,三菱自工の現地生産法人ミツビシ・モーターズ(タイランド)社(以下,MMT社)である.同社は1988年にASEANで初めて完成車を先進国に輸出した企業であるうえ,1990年代後半以降は輸出拠点化に伴う生産規模の拡大が顕著にみられた.また,演者は2003年と2008年の二度にわたって同社への聞取り調査を実施している.この間に生産システムが革新しており,事例として適当であることから,本研究ではMMT社を取り上げた.

    2.MMT社の進出と世界的輸出拠点化による生産規模の拡大
     三菱自工は1966年にタイで現地生産を開始し,工場移転を経て,1992年にバンコク都の南東約100kmのチョンブリ県レムチャバン工業団地で乗・商用車専用の組立工場(以下,レムチャバン工場)を建設した.同工業団地がレムチャバン貿易港に隣接していることが示すように,レムチャバン工場の立地選定において完成車の輸出が意図されていた.同工場で本格的に輸出向け生産が開始されるのは1996年以降である.これには,三菱自工グループの日米における1トンピックアップトラックの生産・販売体制の再編成が影響していた.レムチャバン工場の生産台数は,アジア通貨危機が発生した1997年の6万8千台から2007年には19万6千台へと10年間で3倍に増加した.2007年では14万6千台が欧州や豪州,ASEANなど140カ国以上に輸出されており,そのほとんどが1トンピックアップトラックである.

    3.生産システムの革新と実践
     レムチャバン工場では,限られたスペースや設備投資のなかでいかに生産規模の拡大に合わせて生産システムを革新しコストダウンを図るかが重要であった.そのために,同工場におけるタイ国内の物流システムは,1直接納入による時期(1992年~1995年),2シンクロ納入(自動車工場の組立ラインを流れる車両と同じ順序でサプライヤーが部品納入)が導入され部分的ながらJITが実現した時期(1996年~2003年),3ミルクラン方式(トラックがサプライヤーを巡回し小ロット部品をJITで自動車工場に納入)を導入した時期(2004年~)へと段階的に変化していった.2008年では3つの方法が併用されている.2では,部品調達から組立ラインまでを管理するAssembly Line Controlシステムがシンクロ納入と同時に導入され,生産システムが大幅に革新した.さらに3では,生産台数・車種の増加によって敷地内の部品在庫スペースに余裕がなくなってきたことなどを背景に,ミルクラン方式の導入や組立ラインの再編成などが実施され,生産システムはさらなる変革を遂げた.
     各サプライヤーからの部品物流は,1年に1度の頻度で見直されている.当初,シンクロ納入およびミルクラン方式による納入を実施するサプライヤーはレムチャバン工業団地やその周辺に立地する企業に限られていたが,徐々にその企業数と立地範囲が拡大していった.また,生産システムの実践においては,サプライヤーの立地や部品特性に加えて,組立ラインへの部品の投入時間,サプライヤーの部品生産・管理能力,直接納入からミルクラン方式への切り替えにおける際の交渉の問題など多様な要件が関わっていることが明らかになった.
     以上のように,MMT社では世界的輸出拠点化による生産規模の拡大に伴ってJITが実現し,生産システムが革新していった.こうした動きは他社においても確認されており,タイ自動車産業のグローバル化に対する地域的対応を示すものであると捉えられる.
  • 石 錚
    セッションID: 109
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
    I_.研究目的
     本稿では在日の外資系企業における立地実態を把握し、日本に進出している外資系企業による立地選択の要因を取り上げて分析を行う。「ダイヤモンド・モデル」理論をベースとした各競争の要素をそれぞれに計量化をして、階層クラスター分析した結果から、日本における外資系企業の集積地の形成と各要素の因果関係及び立地選択の鍵を考察していきたい。統計分析では、立地に関するハードの条件(インフラ整備)のほか、ソフト(生活・ビジネスネットワークやリンケージの構築)の条件に着目し、地域ネットワークの構造的特徴による集積地の形成及び外資系企業の立地要因の関係を検証し、投資者の立地選択に対する意思決定の主なポイントを探ってみる。すなわち、産業立地に関する要因の分析を従来的な貿易・経済的立地論から、グローバルな競争戦略や人的ネットワーク・リンケージ構築による新たな経営の側面から考察する。そして、集積地の特性をさらに明確にするため、著者はレーダー・チャ-トを用いて、同じ集積地のなかに存在している各都道府県に対してもそれぞれの立地傾向を比較し、明らかにする。

    II. 仮 説
     筆者は、外資系企業について、以下の3つの仮説を立てる。
    1)日本における外資系企業は、3つ以上の集積地を形成する。
    2)一極集中となった東京はもちろん、ほかの地域でも、地方の中心都市を巡って、集積地は形成し始める。
    3)外資系企業は立地選択をする時、ハードインフラの整備だけではなく、ソフトインフラ(ネットワーク、リンケージなど)も整備されていることを重視する。

    III. 研究手法
     これらの仮設を調べていくために、M.ポーターのクラスター概念(ダイヤモンド・モデル)を導入した。ダイヤモンド・モデルでは、分析項目を企業リンケージ・ネットワークの視点から、在日の外資系企業の立地の競争優位を 1)立地の要素条件 2)需要条件 3)関連・支援産業の分布 4)企業間の競争環境という4つの要因に分ける。また、著者は外国人の生活面の充実も1つの要因として考えているため、さらに 5)生活条件という要素も加えて分析する。統計ソフトSPSS(version11.5J)を用い、各要因を階層クラスター分析分類したほか、エクセルのレーダー・チャートグラフも使い、集積地を構成した各都市の立地要素に対する比較も行った。
    *主なデータソース:
    (1)東洋経済新報社編の『外資系企業総覧』2004、2007年
    (2)日本貿易振興機構(ジェトロ)
    (3)総務省統計局
    (4)法務省入国管理局
    (5)経済産業省 『外資系企業動向調査』2006年
    (6)外務省駐日外国公館
    (7)株式会社ウェバーズ
    *分析対象としたのは全て11変量で、各要素における変数の選択は以下のように行った。
     1)要素条件として、大学及び大学院生の数を考慮に入れた。(2変数)
     2)需要条件は、地域の対外貿易度(港の輸入出額)、日系企業(会社)の数、及び日系企業に勤める従業員の数を参考にした。(3変数)
     3)支援関連産業は、ジェトロオフィス(IBSC)、各都道府県の地域支援センター、及び外国公館の立地場所を参考にした。(3変数)
     4)競争要素についてのデータは、日系企業と外資系企業の数両方を使用した。(2変数)
     日本とアメリカのマーケット環境が異なるため、日米間の競争環境の相違も考慮した。
     5)生活条件で参考にしたデータは、外国人の人数と外国語に対応できる医療機関の数である。(2変数)

    IV. 結 論
     階層クラスター分析により、以下の結果が得られた。
     1)ダイヤモンド・モデルの各要素を分析条件にして、(1)首都圏集積地(2)関東集積地(3)関西集積地(4)九州集積地 という4つの集積地が現れた。
     2)第二集積地を構成する神奈川、愛知、大阪は、それぞれ関東、中部、関西の中心都市となる。第三集積地に含まれている都市は、これらの中心都市の周りに、第三集積地を形成し始めることが分かった。
     3)生活条件やソフトインフラの重要性についても検証できた。たとえば、埼玉県は、第一から第三集積地の中、唯一の海岸線を持っていない県で、いわゆるハードインフラの優位性は弱いが、第三集積地に入っている原因は、グローバルシティとなる東京と隣接しているため、既に東京に進出している企業とのリンケージの構築が立地選択には有利となっていることが推定できる。
  • 土屋 純
    セッションID: 110
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
     沖縄県では,沖縄本島南部の沖縄コナベーション地域において流通システムの上位集中が進んでいる.その要因として,_丸1_サンエーなど地元資本の小売チェーンの発展,_丸2_イオンなど他地域の大手流通資本の参入,_丸3_米軍基地返還などによる出店用地の増加,_丸4_商店街を中心とした既存の商業集積の衰退,の4点を指摘することができる.他地域資本や地元資本の大手小売チェーンは,浦添市などに商品配送センター,食品工場などを展開することによって,沖縄コナベーション地域における競争激化に対応している.
     このような沖縄コナベーションにおける流通再編は,沖縄本島北部のヤンバル地域や島嶼部にどのような影響を与えるのであろうか.
     第一に,地元住民の広域的な買物行動を促進させている.例えば名護市にはロードサイドショップが展開しており,若い世代を中心としてそうしたチェーン店で買物する傾向が高まっている.
     第二に,地元の顧客を奪われた結果,地元小売業の経営悪化が顕著になりつつある.特に,地域住民の出資によって運営される共同売店は,ここ10年間で閉鎖が進んでいる(小川 2008).一部,茶など特産物の販売し,地元以外の顧客を確保している共同売店では売上を保持しているが,多くの共同売店では売上が低下しており,高齢者にとって重要な買物先である共同売店が益々衰退してしまうのではないかと懸念されている(小林 2003).
     第三に,中小小売業,共同売店では,商品調達先の消失も顕在化しつつある.小売チェーンによる商品調達システムの構築は,中小卸売業の淘汰を導いており,中小小売業や共同売店の商品調達先は減少しつつある.品揃えの魅力低下,販売価格の高騰が顕在化するのではないかと心配されている.
     第四に,こうした地域流通の衰退が進展している中,生協の共同購入や農協店舗といった新たな流通チャネルも発展している.生協の共同購入では,週に一度の宅配が実施されており,若い世代を中心に食料品購入が増加している状況である.また,各地にある農協購買部の店舗では,生鮮野菜を中心とした供給を展開しており,島嶼部でも特売品を展開しており,地域住民に支持されている.こうした供給主体は今後どのような役割を演じるのか,その動向が注目される.
     本研究では,沖縄県における流通再編の概要を紹介するとともに,周辺地域における既存の流通システムの衰退と,農協,生協の役割について検討したい.特に,コープおきなわによる共同購入の地域展開について詳細に発表し,周辺地域における協同組合の可能性について検討できればと考える.さらに,ヤンバル地域や島嶼部という地域特性(ローカリティ)が,流通再編のなかでどのように残存しているのかについても検討できればと考える.
  • 中村 努
    セッションID: 111
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
    I.はじめに
    長崎県は全国のなかで医薬品卸の本社数が多く、地場の医薬品卸が独自の営業を継続している。一方、離島では医薬品の需要が少なく、単品あたりの配送料は高くなり配送効率は低い。しかし、医薬品卸は配送エリアとする都道府県内のすべての地域に対する配送態勢を維持するため、離島など条件不利地域においては、都市部とは異なった経営の仕組みのもとで、ローカルな需要に対応していると予想される。本研究では、長崎県をテリトリーとしている医薬品卸を対象にして、低採算地域における医薬品配送システムを明らかにするとともに、維持に向けた課題を考察する。

    II.医薬品流通環境の変化
    1990年代後半以降、医薬分業が進展した結果、院外処方せんをもとに保険薬局で調剤される医薬品が増加した。分業率は長崎県内では1996年の30%から2004年の60%と倍増した。特に離島を主体とする五島地域では、同時期に12%から55%に43ポイント増加した。これは、患者数の多い五島中央病院、富江病院が院外処方せんを発行したことが大きい。こうした院外処方せんの発行に対応するため、保険薬局のうち90%の薬局が処方せん調剤を行っている。分業率の上昇によって、薬局が扱う月間処方せん枚数は同時期に6,806枚から21,724枚に3倍以上増加した。一方、調剤報酬を請求する薬局数も同時期に6から18に急増した。その結果、1請求薬局あたりの月間処方せん枚数は1996年の1,134枚から2000年に1,485枚に増加したが、2004年には1,207枚へと減少に転じた。このことから、新規発行された院外処方せんの獲得をめぐって新規参入を含め薬局間の競争が激化していると推察される。医薬分業は、五島地域以外の上五島、壱岐、対馬の各医療圏においても進展している。医薬品の配送を担当する医薬品卸にとって、医薬分業の進展は、従来の医療機関に保険薬局が配送先に加わることを意味する。そのため、卸はますます需要予測が困難で分散化する医薬品配送先に対して、従来通りの医薬品供給体制を維持するための格別の配慮が求められている。

    III.医薬品卸の経営と流通システムの課題
     各卸の離島への配送体制を概観すると、配送頻度は低く、配送体制における離島間格差も存在することがわかった。医薬品卸の営業所の配置に関して、人口3万人を超える福江島、壱岐、対馬では、卸が営業所を配置して従業員を常駐している一方、人口3万人未満の新上五島町に属する離島などでは、営業所を配置せずに訪問販売で対応している(図)。福江島では、長崎県や福岡県に本社を置く4社が営業所を配置しているが、壱岐や対馬では、福岡県に本社を置く2社のみが営業所を配置して医薬品を販売している。福江島に立地する営業所は、下五島地区(福江島および奈留島)をテリトリーとし、福江島の顧客に対して適宜配送する一方、奈留島へは週1~2回配送している。福江島の営業所在庫は、メーカーからいったん本土にある本社を経由した後、1日1回船便により補充される。上五島地区では、上記卸を含めた6社が月1回~週5回の頻度で訪問販売を実施している。市販される一般用医薬品の場合、どの離島も常駐している卸は存在せず、一般用医薬品専業卸が訪問販売を行うのみである。  長崎県の離島における薬剤師会会員薬局に対するアンケートによると、島内に在庫の医薬品がない、天候の影響を受ける、島外の処方せんに対応できない、地場卸がいないために緊急時に対応できない、などといった流通上の問題点が指摘された。さらに、現在の1薬局あたりの処方せん枚数を維持しようとすると、今後いっそうの人口減少に伴って、薬局が淘汰される可能性が指摘できる。
  • 安倉 良二
    セッションID: 112
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
     これまで発表者は,大店法運用緩和期である1990年代のスーパーにおける店舗展開の特徴として,大型店舗の立地と中小店舗の閉鎖に伴う店舗のスクラップ・アンド・ビルド,出店地域の広域化,ショッピングセンターの開発に伴う複合化,の3点をあげた。しかし,近年ではスーパーを出店する大手小売業者間で「勝ち組」「負け組」といった経営上の格差が指摘される中,大店法運用緩和期にみられた規模の拡大という側面だけで店舗網が再編成されるようすは捉えられない。
     そこで,本研究では従来の発表者による研究を深化させる形で,主に総合スーパー大手3社(イオン・ダイエー・イトーヨーカ堂)の2000年代における出店,閉店の分布を示し,それと深く関わる経営方針の変化や新たな店舗開発の動向を検討する。主な資料として,出店については商業界編『日本スーパー名鑑』と各社のHP,閉店については『日本スーパー名鑑』の各年度版にある閉鎖店舗一覧(「前年度版から削除した店舗一覧」)を用い,売場面積・出店年次別にみた店舗分布の図化を行った。
     2000年代における総合スーパーの店舗分布をみると,業者間の差異が明瞭にあらわれている。まず,以前からショッピングセンターの開発とその核店舗への入居を前提とした店舗展開を進めたイオンの出店速度は2000年代においても速い。出店先についても,既存店舗が少なかった首都圏をはじめ全国的に広がり,ナショナルチェーンの性格を強めている。他方で,イオンは単独立地の店舗を中心に競争力が低下した店舗の閉鎖にも注力している。その分布は,大店法運用強化期以前から既存店舗が集中する京阪神大都市圏をはじめ地方にも広がるが,後者の中には1990年代に出店した店舗も含む点は注目される。
     イオンと対照的に,出店地域の縮小に伴って店舗網が再編成されたのはダイエーである。1990年代後半以降,有利子負債の返済が至上命題とされたダイエーは,産業再生機構による支援条件のひとつとして,中国・四国地方,沖縄県からの撤退を求められた。当該地域の店舗は1980年代までに既成市街地へ立地したものと,1990年代後半に開発されたディスカウントストア「ハイパーマート」によるものに大別される。だが,当該地域ではリージョナルチェーンの勢力が強まる中,高密度な店舗網は形成されなかった。このことが経営悪化の段階で店舗の選別対象となり,撤退を余儀なくされたと推察される。店舗網が残された地域でも,閉店のほか既存店舗の売場面積の縮小や食料品スーパーへの業態転換を通じた店舗網の再編成が進んでいる。
     イオン,ダイエーに比べて出店地域が狭いイトーヨーカ堂は店舗が集中する首都圏を中心に,自社によるショッピングセンター「Ario」の核店舗への入居を前提とする大型店舗の立地と同時に,既存店舗の再生策としてディスカウントストア「ザ・プライス」への業態転換を行う戦略を採っている。他方,閉店についても首都圏における店舗のスクラップ・アンド・ビルドの性格をもつものに加えて,地方からの撤退を図る動きもみられつつある。
     2000年代の総合スーパーによる店舗の出店・閉店パターンは大手小売業者間の経営格差を明瞭に反映しており,単純に大型店の立地規制の変化だけで店舗網が再編成される要因を説明することはできない。今後の総合スーパーによる店舗網は,消費不況や少子高齢化,専門店との競争激化,そして改正都市計画法の施行による郊外地域への大型店立地規制の強化など外部条件の変化とも相まって,新規出店,出店地域の範囲や売場面積の各側面において縮小再編成の段階に入ることが予想される。
  • 兼子 純
    セッションID: 113
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
     秋山(2006)によると,日本における家電流通システムには,その中心を担う小売業者の勢力に3度の入れ替わりがあった。その中心となったのは,第一にメーカーの流通系列化における系列店であり,第二は日本電気専門大型店協会(NEBA)に加盟する家電量販店である。1990年代後半からは,NEBAに加盟せずローコスト経営を指向する少数の家電量販店と,カメラ系と呼ばれ大都市のターミナルに店舗を立地させる量販店が日本の家電流通を主導している状態にある。
     以上のように,店舗の大型化,郊外指向・ターミナル型の店舗立地,寡占化,多店舗化,ローコスト経営そして低価格志向といった現代日本の小売業の抱える特徴を,家電流通は端的に表している業界といえよう。
     本発表では,家電量販店の再編成を,年間販売額上位企業の動向から明らかにするとともに,地域の家電小売業の置かれている現状と地域の小売業において果たす役割を検討する。本研究で対象とする家電量販店とは,大規模小売店舗を多店舗展開する業態店を指し,地域家電小売業とは,おもにメーカー系列店を出自とする中小規模の小売業者であり,特に茨城県の小売業者を対象として,聞き取り調査を実施した。

    2.家電量販店の再編成
     兼子(2004)は,1990年代には専門店チェーンが各企業の地盤とする地域で寡占的ドミナントを形成していた状態から,他地域に積極的に進出し,競合状態が生起するようになったことを指摘した。家電量販店はこの最たる事例であり,コジマ,ヤマダ電機といった北関東のリージョナルチェーンが,1990年代後半以降他地域に進出し,特に後者は2002年以降年間販売額で首位になって以降,全国に店舗網を拡大した(図1)。
     その一方で,秋葉原を出自とするチェーン店の経営破綻が相次ぐとともに,エディオンに代表されるリージョナルチェーンの合従連衡の動きが加速した。結果として,家電量販店は少数の大規模チェーンに集約される寡占状態へと変化しており,地方都市では郊外幹線道路沿いに,大都市では駅前ターミナルを中心に立地して,激しい商圏争奪を繰り広げている。

    3.地域家電小売業の役割
     家電量販店の成長要因は,大量仕入れや自社物流システムの構築によるローコスト経営により,価格競争力で優位に立つことである。この点において,それまでメーカー系列店として成立してきた地域の中小家電小売業は不利な状況にあると言わざるを得ず,その数を急減させている。例えば,中小の家電小売業を中心とする協同組合である茨城県電機商工組合の組合員数は,1996年の517店をピークとして一貫して減少を続け,2009年では313店まで急減した。
     このような地域家電小売業の減少は,家電量販店との競合に加え,家電製品の普及期の高度経済成長期に商売をはじめた経営者が,年齢的に引退を迎える時期にあること,デジタル家電のような多品種で短サイクルに登場する新製品への対応が難しくなっていることなどが理由として挙げられる。加えて,地域の家電小売業者の中には修理・工事などの技術を有しているため,業種転換を図ることも選択肢としてあり,後継者不足の問題と相俟って店頭販売の不振が大きな課題となっている。
     それでは,地域の家電小売業はこのまま淘汰されていくのであろうか。 大型量販店は,店舗が大規模であるが故に商圏も大きいため,空白となる小商圏市場が各地で生じている。家電小売業の経営者の持つ技術は,アフターサービスや保守・点検を通じて消費者とのつながりを密接にさせる要素でもある。こうした小規模経営のメリットに着目し,最近では中小の家電小売業者をフランチャイズ化したチェーンストアも登場しており,量販店との競合・共存への動向が注目される。
  • 岩間 信之
    セッションID: 114
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.研究の背景
     本研究の目的は,フードデザート(食の砂漠:FDs)エリアにおける「食」と健康問題の関係を検討することにある.近年,都市構造は大きな変革期にある.都市の構造がダイナミックに変わるとき,各種の社会サービスが及ばない,いわゆる空白地帯が発生する.FDsも,こうした空白地帯の一部と位置づけることができる.
     FDsとは,生鮮食料品の入手が困難な地域を意味する.具体的には,自家用車や公共交通機関を利用できないいわゆる社会的弱者が集住し,かつ生鮮食料品へのアクセスが極端に悪い地域が該当する.スーパーストアの郊外進出が顕在化した欧米では,1970-90年代半ばに,inner-city / suburban estateに立地する中小食料品店やショッピングセンターの倒産が相次いだ.その結果,郊外のスーパーストアに通えないダウンタウンの貧困層は,都心に残存する,値段が高く,かつ野菜やフルーツなどの生鮮品の品揃えが極端に悪い雑貨店での買い物を強いられている.
     FDsの性質は国や地域によって大きく異なる.FDsの規模や住民属性,住民に及ぼす健康被害も多様である.いち早くFDs問題が顕在化したイギリスでは,当該地区に居住する低所得者層(エスニック・マイノリティ,単純労働者,シングルマザー,高齢者など)の間でガンや心臓疾患などの増加が報告されている(リグレーほか2003).FDsエリアにファーストフード店が進出したアメリカでは,アフリカ系黒人層やシングルマザー,子供世帯を中心に,肥満問題やそれに付随する成人病の蔓延が深刻化している(リンダほか1997).一方,高齢者世帯が多い日本のFDsエリアでは,欧米とは異なる形で健康被害が拡大していると推測される.

    2. 研究対象地域の概要
     報告者は,これまで中心市街地の空洞化が進む地方都市(茨城県水戸市)や過疎山村集落(茨城県日立市中里地区)等で調査を進めてきた.現在は,高齢化と進む東京都内の住宅団地(高島平団地)や再開発の中で旧住民が取り残された都心部(品川周辺)等で調査を進めている.今回は,従来と同様に茨城県水戸市を事例に報告する.なお,調査が間に合えば,高島平など東京都内の事例も報告したい.
     水戸市は,東京から約100km離れた人口26万(2005年度住民基本台帳)の地方都市である.水戸藩の城下町として栄えた同市は,目抜き通りである国道50号線を中心に,複雑な地割りの中心商店街を形成している.水戸市の中心商店街は,県内でも空洞化の著しい地域の一つである.水戸市中心部にはFDsが広がり,当該地区に居住する高齢者世帯の生活環境は急速に悪化している.

    3. 食品摂取の多様性調査
     近年,日本の高齢者の間で「低栄養問題」が深刻化している.低栄養とは,偏食などにより本人が気付かないうちに栄養不足に陥る状態を意味する.低栄養状態におちいると,生活活動度が低下し,体重減少(痩せ)や骨格筋の筋肉量や筋力の低下,体脂肪の低下,感染を起こしやすくなる.これらの状態により運動機能が低下すると,「生活自立度の低下」や「要介護度の上昇」も誘引する.低栄養問題を研究する熊谷ほか(2003)は,低栄養の予防として多様な食材の接種の重要性を指摘している.食の多様性は,高齢者の「食」と健康状態を検討する上で有益な指標となりうる.
     発表者は,熊谷ほかの栄養学の専門家たちの協力を得て,水戸市中心部のFDsエリアにおける高齢者世帯の食の多様性を調査した.調査は2009年10月から12月にかけて実施し,215世帯から有効回答を得ることができた.今回は,アンケート調査の結果を中心に報告を行う.

    主要文献
    熊谷修ほか.2003. 地域在宅高齢者における食品摂取の多様性と高次生活機能低下の関連.日本公衆衛生雑誌.50.1117-1124.
    Linda, F. A. and Thomas, D.D., 'Retail stores in poor urban neighborhoods', The journal of consumer affairs, 31-1, 1997, pp. 139-164,
    Wrigley, N., Warm, D. and Margetts, B., 'Deprivation, diet, and food-retail access: findings from the Leeds ‘food deserts’ study', Environment and Planning A, 35-1, 2003, pp. 151-188
  • 荒木 一視
    セッションID: 115
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.目的と方法
     今日の食料供給体系は高度に複雑化しており,その全貌が明らかになることはない。本報告ではこうした供給体系の持つ食の安全上の問題点を,2008年秋に発生した事故米の不正転売事件(いわゆる三笠フーズ事件)を事例として検討する。具体的な手順としては,第1に農林水産省が発表した資料を手がかりとして,わが国の米及び米加工品の流通実態を明らかにする。すなわち,特定の業者から出荷された米がどのような経路をたどって,加工や小売業者に流れたのかを地図化し,事故米穀が拡散していく過程を空間的に再現する。次に,農林水産省が転売先として公表した業者を対象にしたアンケート調査から,今般の事件から教訓とすべき食の安全上の問題点について考察を加える。なお,アンケートは公表された391の業者(118の給食業者は同一経営体と見なしたため実質274業者)から所在の確認できた266業者に対して郵送し,48の業者から回答を得た(2009年11月実施)。

    2. 事故米の不正規流通
     三笠フーズによる不正規流通は残留農薬米(メタミドホス,中国産もち米)800トンと同(アセタミプリド,ベトナム産)598トン,カビ米(アフラトキシン,中国・ベトナム・米国産)9.5トンの3ルートがある。メタミドホスの場合はうち123トンが市場流通し近畿地方の23社,九州地方の20社を含む51社の中間流通業者を経て最終的に317社の製造・販売会社に流れ,消費者に渡った。317社のうち近畿地方が166社(118の給食業者を同一経営体と見なすと49社),九州地方が109社である。アセタミプリドは447トンが市場流通し,中間流通業者は,東京,大阪,福岡,鹿児島格1社の合計3社で,いずれも東京2社,福岡1社,熊本3社,鹿児島3社の酒造業者に出荷された。カビ米は2.8トンが市場流通し,2社の中間流通業者から鹿児島県の酒造業者3社に渡った。

    3. 食の安全上の脆弱性
     業者に対するアンケート結果からは,悲痛な叫びともいえる訴えが多く寄せられた。本来これらの業者は事故米と知らずに使用,販売していたにもかかわらず,農林水産省による公表によって,加害者扱いされかねない状況を被ったからでもある。回答を得られた48業者のうちわけは,菓子・和菓子の卸,製造,販売にかかわるものが34,食材・食品卸が5,米穀販売4,酒造2,食品製造1,給食1,飼料卸1であった。従業員数は1000人を越える2社(給食と酒造)を除くといずれもが100人以下であり,10人未満の零細な規模の業者が26社にのぼる。以下,10人台が8社,20人台が4社,30人台が3社,40,50,80,90人台が各1社であった(無回答1)。また,主たる販売先も29業者が自市町村やその周辺としており,販路を都道府県外としたものは5社であった。業者リスト公表以後の業績の落ち込みについては,半数の24業者が1年以上を経た今日でもなお,公表以前の水準を回復できていないとしている。
     以上のようにわずか百トン余の原料米が,和菓子製造業者などの使用量の少ない小規模の業者に広範に流通したことがうかがえる。このような流通経路を持つ食品に関しては,風評被害の発生を避けるためにも,きめ細かな情報の開示と管理が必要であるとともに,損害補償ではなく開示措置に対する補償も十分に検討債いく必要がある。
  • 則藤 孝志
    セッションID: 116
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.はじめに
     従来,農産物産地(以下,産地)は農産物の生産・出荷部門に産地機能を集中させてきた.しかし近年,農産物価格が低迷するなかで,新たな産地機能として加工・流通部門が注目されている.この動きは政策課題に浮上し,農商工連携,農業の6次産業化,食料産業クラスターなど関連する政策メニューが数多く提示されている.こうした産地の取り組みを持続的に発展させるためには,産地機能の拡大過程とそこでの課題を動態的に捉える必要があると考えられる.そこで本研究では,他の品目に先行して加工・流通部門の導入が図られてきたウメ産地をとりあげ,1980年代後半以降の産地の展開過程を明らかにすることを目的とする.
     事例産地として,伝統・大規模産地から和歌山県みなべ・田辺地域,伝統・中規模産地から福井県若狭町,新興・小規模産地から佐賀県伊万里市をとりあげる.規模と歴史を異なる3産地をとりあげることで,加工・流通部門の導入過程とそこでの課題を比較する狙いがある.

    2.ウメの市場動向
     わが国のウメ生産は,1980年代後半以降に大きく拡大した.その背景には梅干しの消費拡大があった.健康志向の高まりや調味梅干しの開発と普及,外食・中食市場の発展などにより梅干しの需要は大きく拡大した.しかし2000年代に入り,健康食品市場の成熟化や長引く景気低迷により青ウメ(生果)や梅干しの需要は低迷しはじめ,現在は慢性的な供給過剰に陥っている.本研究では,1980年代後半~1990年代を「需要拡大期」、2000年代を「供給過剰期」とよぶ.

    3.ウメ産地の展開過程
     伝統・大規模産地である和歌山県みなべ・田辺地域には古くから梅干しの加工部門が立地し,全国の産地で生産されたウメがみなべ・田辺地域に流入し,そこで加工された梅干しが全国に流通するダイナミックなフードシステムが長年続いてきた.
     一方,伝統・中規模産地である福井県若狭町では,長年青ウメ出荷特化産地を形成してきたが,卸売市場価格が低迷しはじめた需要拡大期後半に地元JAが加工事業を導入した.また,供給過剰期に移行した2000年代中頃には新興・小規模産地である佐賀県伊万里市でも地元JAが加工部門を導入した.しかし,供給過剰期において製品の販路確保は難しく,そこでは一次加工原料(白干し)をみなべ・田辺地域の加工業者に販売する仕組みができていた(則藤,2010).
     このような支配-従属関係から脱するため,若狭町や伊万里市では農商工連携の取り組みが活性化している.若狭町では流通業者との連携により梅干しの流通範囲が県内全域に広がり,伊万里市では地元の菓子製造業者や飲料業者との連携で製品の多角化が進められている.また,若狭町では梅干しやウメ関連製品の新規参入業者が複数現れ,ウメ産業の集積の兆しがみられる.
     一方,みなべ・田辺地域の加工業者では,供給過剰期に対応するために連携組織による梅干しの認証制度や梅酢を活用した畜産業や養殖業との異業種連携を開始した.また,梅干しの直販を行う農家が増加し,直売所を運営する農家グループが現れるなど農家サイドにも新たな動きがみられる.

    参考文献
    則藤孝志 2010.ウメのフードシステムの空間構造分析.フードシステム研究 現在投稿中.
  • 池田 真志
    セッションID: 117
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.はじめに
     総務省によると,日本における消費者向け電子商取引(BtoC-EC)の市場規模は約6兆890億円(2008年)であり,その値は年々増加している。インターネットの普及は,企業の通信販売への参入を促進し,消費者の買い物環境にも変化をもたらしている。食品流通の分野では,多くの総合スーパー(GMS)や食品スーパー(SM)がインターネット通販(以下,ネット通販)に乗り出しており,農産物宅配業者や生協などは受注方法にインターネットを導入している。また,生産者(食品メーカーや産地・農家)は,インターネットを利用した消費者への直接販売を導入し始めている。
     インターネットは時間的・空間的な制約を緩和するといわれており,ネット通販は実店舗よりも商圏に制約されにくいという特徴を持つ。しかしながら,物理的な移動を必要とする商品 )のネット通販は,現実の空間とは無関係ではない。本報告では,食品流通におけるネット通販の空間的特徴と空間的制約について検討する。

    2.スーパーマーケットによるネット通販
     大手GMSやSMは,通常のネット通販のみではなく,いわゆるネットスーパーを導入し始めている。ネットスーパーとは,消費者からインターネットで受注した商品を,実店舗でピッキングし,当日中(あるいは翌日以降)に宅配する販売方法である。ネットスーパーを導入するスーパーは2000年代半ばから急速に増えている。しかし,ネットスーパーを導入しているチェーンでも全ての店舗では導入されておらず,また,注文締切時間から3~5時間で商品が宅配される仕組みであるために,このサービスを利用できる地域は限定されている。たとえば,イトーヨーカ堂では,ネットスーパーを導入している店舗は181店舗中118店舗であり(2010年1月19日現在),さらにサービスを利用できる地域は店舗周辺の半径3~5_km_以内の範囲に限定されている。

    3.農産物宅配業者・産地によるネット通販
     大地を守る会やらでぃっしゅぼーや等の農産物宅配業者は,受注方法にインターネットを導入しており,全国の消費者が利用可能である。両社は自社専用車で宅配を行っているが,配送範囲以外の地域への宅配には宅配業者を利用している。消費者が負担する配送料は自社便よりも宅配便の方が高額であるため,配送範囲外の消費者はより多くの費用を負担する必要がある。
     一方,流通企業以外のネット通販に着目すると,インターネットを利用して消費者に直接販売する産地・農家が増加している。しかしながら,農業法人に対する調査(池田 2008)によると,ネット通販の導入によって顧客の地理的範囲が拡大した産地・生産者は一部であり,必ずしもネット通販を導入すれば全国から顧客を獲得できるとは限らない。また,産地・生産者によるネット通販の物流では9割以上の産地が宅配業者を利用しているため,産地からの距離に応じて消費者が負担する送料が高くなる。

    4.ネット通販と空間
     空間の制約を緩和するといわれているネット通販においても,消費者の観点から見ると,地域的差異が生じている。すなわち,サービスが供給される地域と供給されない地域,サービスは供給されるが他地域よりも高コストが必要とされる地域とより低コストで利用できる地域等が出現している。

    【文献】
    池田真志 2008.農業法人におけるインターネット通信販売.日本地理学会2008年度秋季学術大会発表要旨集.
  • 田宮 兵衛, 宮越 朋子
    セッションID: 201
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    季節区分と単位時間の関係を考察する。24節気72候を用いる可能性を検討するために、天気図型の半旬別集計(1990-2000)との比較を行う。
  • 高橋 信人
    セッションID: 202
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.研究目的
     前線帯(天気図上で前線が集中して現れる領域として定義される)の時空間分布は、特に日本のような中緯度域で気候変動の実態を捉えようとする際に有用な資料となり得る。しかし、前線帯データを作成するための客観的手法が充分には確立されていないため、これまで前線帯データの作成には天気図上の前線(若干の主観を含む)を集計する手法がとられることが多かった。このため広域または長期間の前線帯データを整備することは労力的に困難であった。そこで本研究は、客観的手法を用いて過去60年間にわたる日本付近の前線帯データを整備することを目指し、Hewson(1998)やSerreze et al.(2001)などで用いられた前線帯データの作成手法(再解析値から算出したThermal Front Parameter(以下、TFPと表記する)を利用したもの)の改良を試みた。

    2.データと方法
     前線帯データの作成には、NCEP/NCAR再解析値(6時間ごと、緯度経度2.5°×2.5°の格子)の850hPa面における気温と相対湿度のデータを用い、温位θ や相当温位θeのTFPなどを算出して利用する。対象期間は1948年~2007年の4月から11月、領域は北緯20度~45度、東経120度~160度とした。そして、以下のA~Dのそれぞれで条件を満たす場合に前線が存在すると判断して前線帯データを作成し、気象庁地上天気図上の前線を集計して得た前線帯データ(1979年~2007年、12時間ごと、緯度経度1°×10°の格子)との比較で最も類似度が高くなる前線帯データを求める。なお、下記の条件AとBは前述の先行研究で用いられた条件である。また、類似度にはJaccard係数を用いた。これは0~1の値をとり、値が大きいほど二つの数列は類似していることを意味する。
    A. 温位θを利用:各格子でTFP(θ)とΔθ を算出し、「経線上のその場所(緯度)でTFP(θ)が極値を示す」かつ「TFP(θ)とΔθ のそれぞれが一定の閾値以上である」という二つの条件を満たす。
    B. 相当温位θeを利用:Aと条件は同じ。ただし、温位θ ではなく相当温位θeを用いる。
    C. 温位θ と相当温位θeを利用:AまたはBの条件を満たす。
    D. 条件Cに加え前線帯の空間スケールも考慮:条件Cに加え、「東西方向に3グリッド(7.5度)以上連続して前線が存在する(前線が存在する場所から隣接グリッドの南北方向に7.5度以内の範囲を探索する)」という条件を満たす。

    3.結果
     条件D→C→B→Aの順に高い最大類似度を示し、本研究で新たに設けた条件CやDを用いることで、より高い最大類似度の前線帯データが得られることがわかった。なお、条件Dで最大類似度0.413を示した際の四変数の閾値はTFP(θ) > 0.17、Δθ > 0.28、TFP(θe) > 1.00、Δθe > 0.28であった(Δθ、Δθe の単位はK/100km、TFP(θ)、TFP(θe)の単位はK/(100km)2)。そして、得られた前線帯データからは、例えば1970年代や1990年代以降の梅雨明け後(7/21~8/5)に前線が残る傾向があったことなど、既往研究でも指摘されている気候の特徴が認められた(図1)。一方で、東経120度から160度までの経線ごとに最大類似度を求めると西側ほど類似度が低くなること(条件AとBで比較すると相当温位θeよりも温位θを用いた場合に顕著)や、季節別にみると8月や9月など高い最大類似度を示す時期(図2)と7月などの低い最大類似度を示す時期があるなど、場所や季節によって最大類似度に差があり、汎用性がある手法としては依然として課題が残った。
  • 下口 嵩司
    セッションID: 203
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.はじめに
     海洋に覆われた島国である日本は活発化した総観規模の温帯低気圧の通過域に位置する.温帯低気圧が最も活発化する寒候期に影響を及ぼす低気圧は,主に日本海低気圧と南岸低気圧に大別できるが,このふたつに劣らず重要な現象として二つ玉低気圧が存在する.
     ある程度悪天の範囲が限定的である他のふたつに比べ,二つ玉低気圧は悪天が広範囲に及び,ときには大雨や強風をもたらすこともあるため,非常に予報しにくい現象のひとつである.
     しかし,二つ玉低気圧を主解析とした気候学的な視点からの研究はUmemoto(1982)が季節別発生頻度を求めたのみで,擾乱による影響を解析した研究例は非常に少ない現状にある.
     本研究は,二つ玉低気圧がもたらす影響を気候学的な視点から考察し,主に降水量と地上風との関係から,その擾乱について特徴を明らかにすることを目的とする.

    2.対象地域および対象期間
     対象地域は小笠原諸島,南西諸島を除いた日本全域とし,解析対象地点にAMeDAS(降水量データは241地点,風向・風速データは91地点)を採用した.
     対象期間はAMeDASの導入後とし,データの精度,欠測値の有無を考慮した上で,1981年~2008年の28年間とした.

    3.使用資料および解析方法
     使用資料は気象庁発行のアジア太平洋地上天気図とAMeDASの1時間値データ(降水量,風向・風速)である.
     解析方法を以下に示す.
     (1)アジア太平洋地上天気図から二つ玉低気圧の気圧配置パターンを抽出.
     (2)南北の両低気圧が25N~45N,115E~130Eの範囲で発生し,25N~50N,120E~150Eの範囲を移動した事例を抽出.
     (3)抽出された35例を進行タイプからParallelとCouplingに分類.
     (4)抽出された35例の低気圧移動経路図を積算し,全事例およびタイプ別(ParallelおよびCoupling)の移動経路集積図を作成.
     (5)二つ玉低気圧の中心示度の気圧差から主従関係を読み取ることでParallelおよびCouplingをさらに分類し,事例をPj,Pp,Px,Cj,Cp,Cxに細分化.
     (6)分類した事例ごとのひと雨降水量分布図を作成.
     (7)3時間ごとにおける低気圧の中心位置および風向・風速データのベクトルを合成した降水量偏差図を作成.この際,3時間ごとにおける低気圧の中心位置は6時間ごとに印刷されているアジア太平洋地上天気図から低気圧の中心位置を線分で結び,その中点を採用した.また,風向・風速データは3時間ごとの卓越風向・平均風速をそれぞれ採用した.降水量データは立方根変換を施した後に,各地点における3時間降水量を算出し,全地点における3時間降水量の平均値からの各地点における偏差を求めた.

    4.結果
     (1)単独で発生する温帯低気圧同様に,寒候期に二つ玉低気圧の発生数も増加し,冬季から春季へ向かうにつれ,主要進行タイプがParallelからCouplingへ移行する.
     (2)Parallelは日本海低気圧側に主要経路が2本存在し,Couplingは南岸低気圧側の主要経路がParallelに比べ日本列島側に近づく.また,Couplingの併合位置は40N,145E周辺が高頻度である.
     (3)進行タイプの違いにおいて明確な違いが生じ,Parallelは南北の低気圧間の主従関係に良い対応を示し,Couplingは必ずしもそうとは限らない.
     (4)Pj,Pp,Cjはある程度限定した多降水域の拡縮がみられ,それに起因する風系の変化もみられる.しかしCpは統一性がみられない.
  • 秋本 祐子, 日下 博幸
    セッションID: 204
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
     日本では、山岳や盆地、太平洋沿岸地域などで霧がよく発生する。霧は、発生地域の人々の生活に影響を及ぼすため、古くから様々な分野で研究が行われてきた。しかしながら、これまでの研究は、太平洋沿岸地域や盆地を対象とした事例研究が多く、気候学的な研究は少ない。また、霧の気候学的調査は、ほとんどが各地方で散在的に行われており、全国を系統的にまとめたものは、Nomoto(2003)や近藤(2006)などがあるのみで非常に少ない。さらに、これらの研究は主に、霧日数に着目して調査しており、霧の濃度や種類など霧の性質に関わる情報については全国を系統的にまとめた研究はない。 本研究では、霧の性質的な部分も含めて、日本で発生する霧の特性を調査した。
     発表では、特に濃霧と霧の出現特性について紹介を行う予定である。
  • 野口 泰生
    セッションID: 205
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
     一般に、一日で風向がほぼ逆転する海陸風や山谷風は、地球の自転の影響を受けて北半球では時間と共に時計回りに回転し、海陸風ホドグラフとして描かれる。国土が南北に長く、海岸線も複雑な日本では回転の仕方に一般性や局地的な特徴があるものかどうか、興味が持たれる。  そこで、平均的な気候環境と思われる1992年を例に、アメダス時別値を用いて、一日で風向が逆転する風向逆転日を選び、それらの日の昼間(今回は9:00~16:00)における毎時の風向変化様式を全国規模で検討した。風向の変化様式を完全右回り~完全左回りの8段階に分けた。  全般的に見て、日本全国の風向逆転日には右回りの傾向が強く現れる。完全右回りとほぼ右回り(指標7と6)を合わせた件数はどの月も風向逆転件数の約30%になる。一方、完全左回りやほぼ左回り(指標1と0)は1件も存在しなかった。  風向逆転日の全国合計月別件数は各月で大きくばらつくものの(野口2008)、回転の仕方(各段階)の割合は1年を通して一定に保たれており、風向変化の出現様式は一年を通して安定している。  右回りの回転がいつ、どこに現れやすいかという点については、風向逆転日の頻度の高い月や地点に多い。複雑な地形を持つ日本にあって、局地的なアメダス地点を広い地域の代表と見なすことには注意を要するが、北海道日本海側、相模湾沿岸、能登半島、佐渡、熊野灘沿岸、山陰海岸、九州東岸豊後水道付近で、また内陸では群馬県水上や岐阜県神岡で完全右回りが出現しやすい。  
  • 常松 展充, 岩井 宏徳, 佐藤 友徳, 酒井 哲, 石井 昌憲, 永井 智広, 甲斐 憲次, 木村 富士男
    セッションID: 206
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    はじめに
     黄砂の発生フラックスは、大きく分けて_丸1_地表面と_丸2_大気の二つの状態に大きく左右される。地表面の状態についていえば、土壌水分量の増加やそれに伴う植生の増加は黄砂の発生を抑制するであろうし、雪被覆面積の減少や融雪時期の早まりは黄砂の発生を助長することにつながりうる。また、黄砂の発生は地上風速に大きく依存することが知られており、これについては数多くの先行研究が存在する (e.g., Kurosaki and Mikami., 2003) 。地上風の強弱は、大気安定度の状態に左右されるため、黄砂の発生要因を分析する際には、気温の鉛直分布を知ることも重要になる。また、等温位面解析に見られるように、黄砂の輸送に対しても、気温の鉛直分布は少なからず影響を及ぼす。本研究では、大気の安定性に着目し、それと黄砂の発生および輸送との関係を、現地観測と数値シミュレーションにより分析した。

    研究方法
     まず、タクラマカン砂漠内(中国・アクス市郊外)に設置された偏光ライダー(e.g., Kai et al., 2008)、情報通信研究機構(東京都小金井市)に設置されたコヒーレントドップラーライダー(e.g., Ishii et al.., 2007)、気象研究所(つくば市)に設置された偏光ライダー(e.g., Sakai et al., 2003)の各観測結果を用いて、黄砂の発生と輸送に関するデータ解析を行った。つぎに、TERC-RAMS(筑波大学陸域環境研究センター改良型のRegional Atmospheric Modeling System)、ラグランジュ粒子法およびランダムウォーク法を用いた移流拡散モデル(Kimura and Yoshikawa, 1988)、WRF (Weather Research and Forecasting model; 大気化学物質輸送モデルWRF-Chemを含む)といった各種数値気象モデルを使用して、黄砂の発生・輸送に関する再現数値シミュレーションを実施した。

    結果と考察
     2004年3月26日にタクラマカン砂漠で発生した巨大な砂塵嵐を捉えたライダー観測のデータ解析と数値シミュレーションの結果から、タクラマカン砂漠で発生する黄砂に対しては、接地逆転層の発達と衰退が影響していることがわかった。すなわち、深い盆地状地形(タリム盆地)に広がるタクラマカン砂漠内で発達する夜間の接地逆転層は、上空の強風が地上へ降りてくることを妨げることで地上風速を抑制し、黄砂の発生を抑える役割を果たす。また、夜間接地逆転層の崩壊は、上空の強風が地上へ降りてくることを促し、その結果、タクラマカン砂漠の広範囲で突発的に砂塵嵐が発生する、という現象が明らかになった。一方、気象研究所の偏光ライダーにより、2005年4月下旬に東京首都圏に飛来した黄砂の鉛直分布が観測された。その観測データおよび同研究所で行われているラジオゾンデの観測結果を解析したところ、上空の黄砂層と、地上付近の首都圏起源と思われるエアロゾルの層との間に、強い逆転層が形成されていた。これは、上空の黄砂層に対応する形で存在する高温な層と地上の比較的低温な層が原因で生成され、エアロゾルの鉛直拡散を阻害することで、地上付近のエアロゾルを高濃度化させた可能性がある。さらに、2007年3月末~4月初頭にかけて、同じく首都圏に飛来した黄砂が、情報通信研究機構に設置されたドップラーライダーによって観測された。ドップラーライダーは、輸送されるエアロゾルの移動速度を計測することができる。このとき黄砂は時速約54~94キロメートルの速さで西方から東方へ向けて輸送されていた。また、夜間の放射冷却と上空の南風の卓越とによって、地上付近から対流圏下層にかけて関東山地の風下側に形成された安定層が、上空を通過する黄砂の地上への降下を妨げる、いわば「バリア」の役割を果たしていた可能性のあることがわかった。
  • 田中 博春, 井上 君夫, 足立 幸穂, 佐々木 華織, 菅野 洋光, 大原 源二, 中園 江, 吉川 実, 後藤 伸寿
    セッションID: 207
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    I. はじめに
     地球温暖化による気候変動は、農作物の栽培適地移動や栽培不適地の拡大、夏季の高温による人々の健康被害等、多くの好ましくない事例が発生することが懸念される。特に都市化に伴うヒートアイランドの拡大は、高温による人的被害をさらに助長する可能性があり、将来の気候変化を見据えた都市・農地の開発計画が必要である。そこで、農研機構が開発した「気候緩和機能評価モデル」に、気候シナリオを再現できる機能を組み込み、将来気候下で農地・緑地等の気候緩和機能を評価できるようにした。

    II. モデル概要
     「気候緩和機能評価モデル」は農研機構中央農業総合研究センターが2004~2006年に開発した領域気候モデルである(井上ほか, 2009)。コアモデルとしてTERC-RAMS(筑波大学陸域環境センター領域大気モデリングシステム)を用いており、サブモデルとして植生群落サブモデルと単層の都市キャノピーモデルを追加している。Windows XP搭載のPCにて日本全国を対象としたシミュレーションが可能であり、計算条件の設定から結果表示まで、すべてグラフィカルユーザーインターフェースによる操作が可能である。計算可能な期間は1982~2004年。計算可能な水平解像度は最大250m。1976,1987,1991,1997年の全国の土地利用を整備しており、それを元にユーザー側で自由に土地利用の変更が可能である。モデル内の都市を農地に変更することで、現在から将来までの農地の持つ気候緩和効果の理解が容易にできる。  2009年は上記モデルの「気候シナリオ版」を作成し、IPCCにより策定されたA1B気候シナリオに基づいた気候値の予測データ(MIROC)を組み込み、気温や降水量の変化を1kmメッシュで再現できるようにした。計算可能な期間は、1982~2004年の現在気候、および現在気候と同条件下の2030年代と2070年代の将来気候である。

    III. モデル適用事例
     現在気候の計算例として、仙台平野を中心とした領域における2004年7月20日の日平均気温分布を示す(図1(a))。この日は東京で史上最高気温(39.5℃)を記録するなど現在気候下で猛暑の事例である。モデル計算により、日平均気温28℃以上の高温域が仙台平野の広い範囲に分布していることが把握できる。
     同じ期間における2030年代の気温を計算すると、計算領域全体で約1.5℃の気温上昇が認められる(図1(b))。仙台市を中心とする平野部が最も高温であり、海岸部では海風の進入によると思われる低温域が形成されている。さらに、同じ期間における2070年代の気温を計算すると、平野部を中心として32度以上の高温域が広範囲に形成されている(図1(c))。
     2004年と2030年代の気温差を計算すると、領域北部で昇温が大きく、海岸部で相対的に小さい特徴的な分布が把握できる(図2)。これに関しては、海岸部では内陸の昇温により海風の進入が強まり、日中の昇温を現在よりも抑制することが考えられる等、将来の気候分布に力学的な解釈が適用可能である。

    IV. モデルの利用方法
     本気候緩和機能評価モデルの利用にあたっては、下記宛てにご連絡下さい。利用申請を頂いた後、500GB以上のハードディスクを郵送して頂くことで、プログラム・データを無償配布している。本気候緩和機能評価モデルは、日本国内の身近な地域の温暖化を予測するツールとして最適であり、大学や研究機関、中学校・高等学校にての教育や、自治体等で利用可能である。

    連絡先:
    独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構
    東北農業研究センター やませ気象変動研究チーム
    田中 博春 宛

    文献:
    井上君夫・木村富士男・日下博幸・吉川実・後藤伸寿・菅野洋光・佐々木華織・大原源二・中園江 2009. 気候緩和評価モデルの開発とPCシミュレーション. 中央農研研究報告 12: 1-25.
  • 日下 博幸, 高田 智行, 原 政之
    セッションID: 208
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
     都市部の気温が周囲に比べて,異常な高温を示す現象はヒートアイランドと呼ばれる.住民の生活に悪影響を及ぼすことから,政府や地方自治体は対策に乗り出している.しかしながら,ヒートアイランド現象は数十年前からの都市開発により蓄積されてきたものであり,その抜本的な解決には長い時間を要する.そのため都市域における将来の気候変化に関する情報は,長期的展望を見据え対策を考えていくためには不可欠である.そこで本研究では,地球温暖化・都市気候両方を考慮した三大都市圏の気候予測を行い,気温の定量的な見積を行う.さらには,熱帯日数・猛暑日数などの出現頻度の変化や従来実施されてこなかった不快指数・WBGTといった温熱指標の変化も評価する.

    2.計算設定
     WRF-ARW V3.0.1.1を用いた力学的ダウンスケーリングにより全球気候モデルでは再現できない三大都市圏の詳細な気候予測を行う.はじめに,WRFの再現精度を検証するため,2000年~2009年の各年の8月の現状再現実験を行い,気温・降水量等について観測値と比較し,再現性を確認した.次に,将来気候予測としてA2シナリオ下における2070年代の8月を想定し,擬似温暖化手法(佐藤 2010)による将来予測計算を行った.現在気候として2000~2009年の各年8月のNCEP-FNL,将来気候には上記のNCEP-FNLに全球気候モデルMIROC T42で再現された温暖化前後の気候値の差分を加え,WRFの初期・境界条件として使用した.

    3.結果
     計算は10年分実施しているが,2009年の気象官署データがまだ入手できないため,予稿では前半5年間の結果を対象に現状再現実験と将来予測実験の結果を紹介する.ただし,大会では10年間のデータを用いた同様の結果を紹介する.
     図1は東京における気温の頻度分布を示したものである.WRFは観測値を良好に再現していることがわかる.また,全体的に3℃程度平均値が高くなっていることがわかる.熱帯夜日数の大幅な増加が認められた.
     図2は温暖化に伴う8月午前6時の気温の上昇量を表した空間分布である.2070年代を対象にした気候予測実験の結果は現状再現実験の結果と比べて,3℃程度上昇していることがわかる.とりわけ,その上昇量は濃尾平野で顕著に認められる.平均気温でみると,関東平野,大阪平野,濃尾平野でそれぞれ2.73℃,2.81℃,3.18℃上昇するという結果が得られた.濃尾平野では日中の気温も他の平野に比べて大きくなっていることもわかった(図省略).
     最後に,東京におけるWBGTの出現頻度の変化を図3に示す.気温上昇に伴いWBGTも全体的に上昇傾向にあり,厳重警戒となる28以上の値の出現頻度も非常に高くなっていることがわかる.

    謝辞
     本研究は,環境省の地球環境研究推進費(S-5-3)の支援により実施された.
  • 大和田 道雄, 大和田 春樹
    セッションID: 209
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.名古屋市の概況
     名古屋市は,1970年代の人口が約208万人であったが,現在では約225万人に達する中部地方最大の都市である。その間,名古屋市の都市環境の変化は著しく,ヒートアイランド強度も強まりつつあるのが現状である(図1)。伊勢湾に面する名古屋市は,湾の形状から夏型気圧配置において,南よりの海風の進入が著しく,また,最近増加傾向にある南高北低型の気圧配置では,南西の風が鈴鹿山脈を越えるフェーン現象によって異常猛暑となりやすい。そこで,名古屋市の夏季におけるヒートアイランドの実態の変容を時間的・空間的立場から明らかにし,今後の熱環境の改善に向けて示唆する。

    2.調査および解析方法
     解析には,愛知教育大学ヒートアイランド研究会が1978年から2009年にかけて実施した14回のヒートアイランド調査結果を使用した。この調査は,名古屋市とその周辺地域を含む約50地点(2×2km)をアスマン通風乾湿計と中浅式風向風速計,サーミスター温度計,およびデジフル乾湿度計を用い,自動車による移動観測で得られたデータを集析した。

    3.結 果
     過去の平均偏差から求めた名古屋市のヒートアイランド強度は,1970年代(2℃)から90年代(5℃)にかけて強まる傾向にあったが,その後安定した関係(4℃)が見られた。また,ヒートアイランドの分布形態の変遷をみると,1978年当時のヒートアイランドは,中区の栄を中心として同心円状に広がっていたが(図2),近年の観測結果では,高温域が分散しているだけでなく,ヒートアイランドの中心が名古屋市の北部,および東部に移動し,その範囲も名古屋市の近隣の市町村(東郷町,豊明市,日進市,長久手町)を含む広範囲の地域に広がっていることが判明した(図3)。これは,名古屋市南東部の天白川に沿う地域や北部と東部丘陵を中心とする地域の宅地開発に伴う緑地の裸地化によって熱容量が増加し,高温域が移流したためであろう。さらに,異常猛暑が名古屋市東部に現れる原因は,1994年の猛暑年における観測結果から,南高北低の気圧配置時におけるフェーン現象を伴った南西風の吹走と高温域の移流によることも明らかになった。したがって,総観場が名古屋市の熱環境を悪化させていることも見逃せない事実である。
  • 大和田 道雄, 松岡 翔太朗, 恩田 佳代子
    セッションID: 210
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.研究目的
     岐阜県多治見市は,関東平野の熊谷市と並び称される猛暑出現地域である。多治見市は,濃尾平野北東部に位置する盆地的要素を持つ人口約11万人の窯業が盛んな小都市であるが,2007年8月16日には熊谷市と並んで最高気温が40.9℃に達した。そこで,その原因について調査,解析してみた。

    2.調査および解析方法
     まず,多治見市が猛暑となる日の総観場を分類し,猛暑日(35℃以上)の上層気圧場,および伊勢湾岸地域における風の流れ場解析を行った。さらに,多治見市内のヒートアイランドの移動観測,およびデータロガーによる定点観測を実施した。

    3.結 果
     伊勢湾岸地域の北東部に位置する岐阜県多治見市は,近年,猛暑日(35℃以上)の出現日数が増加傾向を示し,他の大都市を上回る場合も少なくない(図1・2)。猛暑が現れる日の上層気圧場は南アジア高気圧が北東シフトしており(図5)。東アジアでは南高北低型の気圧配置となる(図2)。この気圧場における伊勢湾岸地域では,南西の風によるフェーン現象を伴うことが多く,名古屋市を通って庄内川上流の多治見に高温域を運び込む役目を果たしている。多治見のヒートアイランド分布の特徴は,盆地底部の中心市街地を中心に同心円状に高温域が現れ(図4),周辺部との気温差(ヒートアイランド強度)は5℃であった。したがって,多治見の猛暑原因は,フェーン現象による名古屋市から移流してきた高温域の停滞と盆地的要素を持つ地形がヒートアイランドを助長させているためであろう。
  • 高木 美彩
    セッションID: 211
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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     つくば市は,TXつくば駅および研究学園駅を中心に都市化が進む一方で,郊外には未だに開発が進んでいない地域が残る.これまでのヒートアイランド観測研究では,一般的に自動車を用いた移動観測が主体であった.しかしながら,このような観測手法では,時間補正や市街地中心部の気温分布がわからないなどの問題点もある.本研究では,つくば市内において,自然通風計45台を用いた多地点の定点地上気温観測を実施することにより,つくば市における気温分布の実態調査を行う.  定点観測を2008年8月1日~同年8月31日の期間実施した.地上気温観測に使用した測器はおんどとりJr. RTR-52(測定誤差±0.3℃)である.これを自作の自然通風式シェルターに入れ,つくば市内の公園,道路,学校,宿舎の庭等の計45地点 に設置した.測定項目は気温のみとし,測定間隔は2分に設定した.  観測データの解析に先立ち,観測地点をつくば市中心地と郊外に分類し,さらに地表面被覆状態別にグループ分けを行った.中心地の公園5地点の地上気温の平均値,郊外の公園21地点の平均値の差の日変化を比較すると.郊外では日没後気温が急速に低下するのに対して,中心地ではやや緩やかに低下するという都市気温の基本的な特徴が観測された.また,中心地の公園と道路の気温差は,日中にはほとんどないが,日没後は道路のほうが高い様子が認められる.いずれにおいても気温差が同程度であることから,つくば市の都市全体規模のヒートアイランド強度と中心地での土地被覆などに起因する局所的な気温差が同程度であることがわかる.
  • 仁科 淳司, 三上 岳彦
    セッションID: 212
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    地上および海面気圧の日変化曲線には,2つの極大・極小が見られる。いっぽう,とりわけ1990年代以降,熊谷など関東平野内陸部で夏季に顕著な高温が出現し,その時間も長くなってきた(気象庁編 2005,p.322)。これに伴い,熊谷の気圧の日変化曲線には,他の地点と異なった特徴のほか,年々変動や経年変化が見られると推測される。これらを明らかにすることを目的に,熊谷の地上気象観測日原簿で時別値データが得られるようになった1990年以降2009年までを対象に,7月・8月の地上気圧の時別値を求めて検討した。まず,仁科・三上(2008,季刊地理学60:121-130)で対象とした8例について,熊谷および諏訪・館野・銚子・東京の平均地上気圧の日変化を比較したところ,熊谷における日中の午前8時からの地上気圧低下量は5地点の中では最も大きく,この状態は21時ごろまで続くことがわかった。このことから,熊谷の地上気圧の日変化には日中の顕著な高温に起因するものが含まれることが考えられる。次に,気温から判定した冷夏・暑夏を7月・8月について各4例ずつ選び,月平均した地上気圧の日変化の違いを検討したところ,8月の冷夏・暑日中の地上気圧低下量は暑夏のほうが大きいことのほか,午前中の気圧低下は暑夏のほうが早い時間に始まること,8時と比べた22時ごろの気圧は暑夏のほうが低いことがわかった。これは,暑夏では日照時間が長いことにより日中の気圧低下が早く始まるため,および日中の建物などへの蓄熱の多さが日没後の冷却を抑制し,日没後の気圧上昇が抑制されるためと考えられる。最後に,5年間平均した時別値を求め,地上気圧の日変化の経年変化を検討した。その結果,7月においては日中の地上気圧降下量は2005-09年と1990-94年はほぼ同じで,経年変化より年々変動が明瞭であることがわかった。8月においてはほとんど経年変化が認められず,8時と比べた22時ごろの気圧が徐々に低下する傾向が見られた。これは,7月は梅雨の期間の長さに関連した5年間平均の日照時間の違いが大きく,最近5年間の日照時間の減少が日中の地上気圧降下量の減少をもたらしているのに対し,8月は5年間平均の日照時間にさほど変化がないためと考えられる。
  • 中川 清隆, 渡来 靖, 福岡 義隆
    セッションID: 213
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    I.はじめに
     立正大学地球環境科学部環境システム学科環境気象学分野は,1998年の学部創設と同時に,熊谷キャンパス気象観測露場において総合地上気象観測装置設置に着手し,2000年1月からルーチン観測および同記録の整備を開始した(福岡ほか,2004).
     観測開始当初は基本的な気象要素のロガー式観測であったが,近年,放射4成分,地表面温度等の観測項目追加およびデータのリモート収録・管理方式導入に着手し,この度,ハード的な整備がほぼ完了した.
     データ収録・管理方式切替作業を開始した2009年8月17日以降4ヶ月余りの間の全天日射および下向き長波放射の時系列に基づいて日界から日界までほぼ完全に快晴であったと判断できるのは,当該期間では12月22日の1日だけであった.出現頻度が極めて低い静穏完全快晴日における地上気象要素の日変化の特徴について検討した結果を報告する.

    II. 観測結果と考察
     12月22日06時の地上天気図(省略)によると,東北以北は冬型気圧配置が継続しているが,関東以西は東支那海に中心を持つ移動性高気圧に覆われて南高型気圧配置となり終日静穏晴天が続いた.
     12月22日の日出,南中,日没時刻は,それぞれ,6:55,11:41,16:27なので完全快晴ならば全天日射量は6:55~16:27のみに出現し,11:41にピークを持つ滑らかな一つ山曲線にならねばならないが,12月21日午前や12月23日正午付近はこの条件を満たしていない.12月21日12時~12月23日18時の下向き下向き長波放射量には急激な増減が存在しないので,雲による付加放射は無かったと判断される.南中前後の非対称な日射量日変化は,対流混合層発達に伴う透過率や直達散乱比率の日変化を反映している可能性がある.
     最低温度は日出直後の07:00に現れ,地表面温度(太実線)は-6.88℃,接地気温(実線)は-5.92℃,地上気温(細実線)は-4.57℃である.地表面温度は13:10に日最高温度13.12℃に達し,日最高気温は14:10に,それぞれ,11.23℃と10.58℃に達した.日射と気温の位相差は2.50時間に及ぶ.この事実は,中川ほか(2008)による水平移流のない平坦地における日射-気温日変化位相差形成メカニズムと整合的である.
     日最高気温起時以降翌朝日出時まで,接地逆転が出現している.夜間の温度時系列には様々な振動が認められる.付加的雲放射を伴った12月23日夕刻の一時的な昇温以外の振動は顕著な放射場の変動を伴っていないが,風速の変動と同期しているものが多い.接地逆転層の破壊・再生による可能性が大きいが,風向と風速の変動が同期しているように見え,静穏晴夜の北西風吹走時は西風吹走時より相対的に強風・高温なので,移流の可能性も有り,更なる検討が必要である.静穏晴夜後早朝に反時計回りに風向変化する東風風系,南中後には南風風系が認められるが,これらの風系の形成メカニズムについても検討が必要である.
  • 高根 雄也, 日下 博幸
    セッションID: 214
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.はじめに
     近年,関東地方において,夏季の日中,日最高気温(Tmax)の極値を更新するような極端な高温日がしばしば発生している.例えば,2007年8月16日には,埼玉県熊谷市でTmaxの極値を更新した.この例のように,Tmaxの極値を更新するまでには至らないものの,これに類似する高温日はしばしば発生しており,これによる社会的損失が懸念されている.学術的に見ても,夏季の著しい高温の形成メカニズムは,未知な部分が多く残されており,その解明が望まれている.
     これまでに蓄積されてきた多くの先行研究によって, 極端な高温日の特徴が指摘されてきているが,これらの特徴を統計的に指摘した研究は少ない.また,数値実験による定量的な解析はほとんど行われていない.したがって,極端な高温日に共通する普遍的・支配的要因は明らかになっていない.本研究では,これらの課題を解決することを目的とする.

    2.使用データ・使用モデル
     使用データ:気象庁天気図,高層気象観測資料,地上気象観測資料,地域気象観測資料 使用モデル:WRF-ARW ver. 3.0.1.1

    3.極端な高温日・高温日の定義
     本研究では,Tmaxの11年平均値からの標準偏差(σ;4.3)をもとに,極端な高温日・高温日を以下のように定義する.  極端な高温日≧(Tmax平均+1.5σ)  極端な高温日>高温日≧(Tmax平均+1.0σ)  極端な高温日・高温日に当てはまらない事例は,非極端な高温日・非高温日とする.結果,極端な高温日は16事例,高温日は92事例,非極端な高温日・非高温日は574事例となる.

    4.統計解析の結果と考察
     熊谷の高温日・極端な高温日の気圧配置型の出現確率をそれぞれ調べた結果,高温日では南高北低型(夏型)+東高西低型の出現確率が高く(約45%),鯨の尾型(盛夏型)は低い(約15%)のに対して,極端な高温日では,鯨の尾型の出現確率が最も高くなる(約70%)ことが分かった.南高北低型・東高西低型の場合,上空の風向は南西よりになるのに対して,鯨の尾型の場合,北西よりとなり,気圧配置型と上空の風は概ね一致していた.また,極端な高温日の上空の気温は平均値に比べて高くなっており,南高北低型・東高西低型に比べて鯨の尾型のときに高くなる傾向が認められた.館野の0900(JST)の大気安定度を求めた結果,極端な高温日の安定度は,平均値に比べて弱くなっていることが分かった.以上より,極端な高温日は,上空の風が北西よりで上空の気温も高く,対流混合層が高い高度まで発達しやすい環境場にある.
     熊谷の極端な高温日・高温日の地上気温の時間変化を調べた結果,位相は一致しているが,日最低気温(Tmin)とTmaxの絶対値に大きな差異が認められた.極端な高温日と高温日ではTminは約1.5℃異なり,Tmaxは約2℃異なる.すなわち,極端な高温日は早朝から高温傾向にあり,早朝からの昇温量も大きい.極端な高温日の地上風向を調べると,早朝は全ての事例で西風成分の風が吹いていることが分かった(図1上).日中になると,西風成分(北西より)の風が持続する日と,南~東の風に変化する日とに大別される(図1下).日中の卓越風向が北西よりの日は,南~東の日に比べて,山越え気流による昇温が考えられ,Tmaxが大きくなると推測されるが,統計解析の結果,この影響は有意ではないことが分かった(図1).しかし,個々の事例によって,結果は異なるため,事例解析を行い,その影響を定量的に評価することが重要である.

    5.事例解析の結果と考察
     極端な高温日の日中における地上風向の違い(北西よりか南~東か)に着目し,極端な高温日の典型事例を例に,地上の昇温過程をWRFモデルで定量的に調査した.北西よりの風が卓越した事例として,2004年7月21日と2007年8月16日を,南~東の風が卓越した事例として,2002年7月31日を選択した.結果と考察については紙面の都合上,発表当日に紹介する.

    謝辞
     本研究は,環境省の地球環境研究推進費(S-5-3)の支援により実施された.
  • 高瀬 伸悟
    セッションID: 301
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
    I 目的
     房総半島には、防風を目的とした屋敷林と生垣が分布する。これらの屋敷囲いを指標とし、当地域の卓越風の詳細な分布を明らかにできると考えた。また、屋敷囲いを構成する樹種には地域差がある。この差は樹木の生育環境の違いであり、構成樹種の調査から、屋敷囲いを構成する樹種の分布とそれを決める要因を明らかにできると考えた。以上のことから、房総半島における防風のための屋敷囲いを指標とし、卓越風の方位および強度を明らかにすることと、屋敷林を構成する樹種とその分布限界を明らかにすることを研究目的とした。

    II 調査対象地域の選定
     調査対象地域は、木更津・富津・久留里・旭・茂原・岩井・鴨川・館山・和田の9地域である。調査は高さ3m以上ある屋敷囲いを対象に、方位・厚さ・長さを測定した。また、屋敷囲いに用いられる樹木の毎木の胸高直径および樹高を測定した。屋敷囲いから卓越風の強度を推定する為に、屋敷囲いを指数化し防風の強度を示した(防風の指数)。また、胸高直径から胸高断面積を求め、屋敷囲いの構成樹種の胸高断面積による相対優占度を算出した。

    III 調査結果
    屋敷林および生垣の示す卓越風
    1)房総半島に分布する屋敷林および生垣の配置方位より、房総半島には北寄りと西寄りの2つの風系があることがわかった。これらの方位に対する屋敷囲いは、冬期(12-2月)の季節風を防ぐための囲いである。
    2)北寄りに対して防風の指数の値が大きい屋敷囲いを設けている地域は、房総半島北部の旭・茂原・久留里・木更津・富津である。一方、房総南部の岩井以南では、北寄りに対する屋敷囲いは防風の指数が小さいかもしくは見られない。しかし、南部においても館山と鴨川では、平野中央部で北方位に対する屋敷囲いが分布する。この2地域は平野の幅が広いため丘陵の上部を吹き越した高度の高い風が、平野中央部に吹き下ろしていると考えられる。
    3)西寄りに対する屋敷囲いの防風の指数が大きい地点は、調査をおこなった全ての地域に分布する。聞き取り調査では、この西寄りの強風は、北部地域では寒冷を伴う強風との聞き取り結果であったが、房総半島南部の岩井・館山・和田ではそれ程に低温を伴わない湿潤な強風との結果であり、違いがみられた。
    屋敷林および生垣の構成樹種
    1)屋敷林および生け垣には人為的に植樹された樹種が優占する。人為的に植樹された主な樹種はイヌマキ・マテバシイである。マテバシイの優占する屋敷囲いは内房総北部の木更津・富津であり、イヌマキの囲いは木更津・富津を除く調査地域全てに分布する。
    2)房総半島に分布する屋敷林および生垣の構成樹種は、人工的に植樹された樹木だけではなく、潜在植生の極相種とされるタブノキ・スダジイ・シラカシ・アラカシが混在する。タブノキ・スダジイは調査をおこなった全ての地域に分布する。一方、シラカシおよびアラカシは、茂原・久留里・鴨川の3地域に出現する。
    3)シラカシおよびアラカシの出現する地域では、同一地域内においても分布に差がある。鴨川ではシラカシが沿岸より7.9km、アラカシが沿岸より11.5km内陸に出現した。また、茂原では沿岸より5.0km以上内陸の地点においてシラカシが出現した。これらの樹種の分布の差は、各樹種の耐塩性の差だと考えられる。
  • 小川 滋之
    セッションID: 302
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
    はじめに:
     東日本太平洋側の落葉広葉樹林では,ミズナラ林やコナラ林などが中心となり,この中にはカバノキ属樹木が多く混生する.しかし,カバノキ属樹木に対しては二次林要素とのみかたが一般的であったため,林分が形成される立地環境や維持機構の研究報告は少ない.そこで,太平洋側で多くみられるヤエガワカンバ,シラカンバ,ミズメの林分を対象に,これらの要因を検討した.対象としたカバノキ林の立地環境については,地表撹乱による林冠ギャップの形成が関わることが既存研究から推察された.そのため本研究は,地表撹乱による林冠ギャップの形成に着目し,カバノキ林が形成される立地環境や維持機構について検討した.

    調査地と方法:
     調査地域は,カバノキ林が多く分布する埼玉県の外秩父山地を選定した.ここは,変成岩類が基盤岩となり,風化すると粘土化する鉱物を多く含む基盤岩の性質から,地すべり地形が多い地域である.調査は,はじめに全体的な植生分布を明らかにするため,調査地域において植生分布の調査をおこなった.さらに,カバノキ林の立地環境と維持機構を明らかにするため,カバノキ林と主要植生となるコナラ林において表層土壌と斜面傾斜,毎木調査をおこなった.

    結果:
     カバノキ林は,コナラ林内などにパッチ状に分布していた.カバノキ林は,コナラ林より斜面傾斜がある区域に多く,礫の混入や腐植層と粘土層が互層になる区域に分布していた.地表撹乱に由来する土砂礫が堆積する区域と一致していた.いっぽう,コナラ林は緩斜面区域に広く分布しており,厚く腐植層が堆積していた.地表撹乱がない安定した土壌環境に分布していた.カバノキ林とコナラ林の林分を比較する.カバノキ林は出現種数が多く,林分は上層から下層まで幅広く個体の分布がみられた.コナラ林は出現種数が少なく,コナラが80.0%以上の優占度になっていた.林分は,上層にのみに偏る個体分布がみられた.どちらの林分でも樹高6m未満では,出現する個体はなかった.

    考察:
     カバノキ林の形成には地表撹乱が関与している.地表撹乱により根返りが起こり,適当な大きさの林冠ギャップが形成されると,カバノキ属樹木が侵入すると考えられる.地表撹乱の無い立地環境では,林冠ギャップは形成されにくいため,カバノキ属樹木の侵入は難しい.そして,林冠ギャップ内では様々な樹種が侵入するが,カバノキ属樹木は生長が早く個体サイズが大きいため優占できる.カバノキ林の維持機構を検討した結果,現状の林分は後継樹がないため,一代限りで消滅すると考えられた.しかし,基盤岩である変成岩類の性質から断続的に地表撹乱があり,林冠ギャップは形成され続ける.その林冠ギャップの出現に乗じて,新たにカバノキ属樹木が侵入することにより林分が形成される.したがって,調査地域周辺からカバノキ林が消滅することはなく,将来にわたり生育地を変えながら維持されると考えられる.
  • 吉木 岳哉, 高橋 咲保
    セッションID: 303
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
    研究の背景と目的
     岩手県滝沢村の春子谷地湿原は,岩手火山南東麓の標高約450 mに位置し,面積は約16 haである。岩手火山麓には山体を取り巻いて広大な火山麓扇状地が発達するが,春子谷地は第三紀層のつくる山塊の背後に位置するため,河川源流部が扇状地堆積物によって閉塞されたことによって形成された。ボーリングによって得た湿原堆積物の層相変化と14C年代から,春子谷地での泥炭形成は約13,000年前に始まり,約10,000年前以降は無機物含量の少ない泥炭が連続的に堆積する湿原環境が維持されてきたと考えられる。活火山麓にありながら,ほとんどのテフラ降下軸から外れているため,泥炭層中に挟まるテフラは少ない。
     東西に細長い春子谷地は,上流側にあたる西部がミズゴケの高まりの点在する中間湿原,下流側にあたる東部がスゲにヨシの混じる低層湿原となっている。湿原の周囲は開発が進んでおり,南側に採草地,北側に放牧場が隣接する。この放牧場は昭和40年代前半に造成されたが,放牧場から湿原北東部に流入する小河川に沿って顕著な湿地林の拡大(=湿原の縮小)が生じている。湿地林拡大の原因として,放牧場造成に伴う湿原への土砂流入が指摘されている。
     1962~2005年の7時期の空中写真を比較すると,上記の小河川沿い以外でも湿原植生の変化が生じている場所がある。これらの場所においても隣接地からの土砂流入が生じているのかを検討するために,湿原堆積物に含まれる無機物含量の時代変化を明らかにし,その結果と近年の湿原植生変化との対応関係を検討した。

    調査方法
     土砂流入量の時代変化を検討するために,湿原の複数地点から表層部のコアを採取し,多くの深度で泥炭の強熱減量を測定した。残渣率から求めた無機物含量がすべて流入土砂に由来するものではないが,本研究の精度であれば同等と見なしても構わないであろう。
     無機物含量の時代変化と放牧場造成との関係を検討するためには,各コアについて昭和40年代の堆積深度を知りたいが,それは困難である。そこで,最上位のテフラである西暦1686年の岩手山刈屋スコリア(Iw-KS; 分布層厚約5 cm)までの表層堆積物を採取し,最近300年間での深さ方向の無機物含量の変化傾向を明らかにした。泥炭の無機物含量は,土砂流入量に時代変化が生じていない場合,表層ほど低下する。表層は植物遺体の分解が進んでおらず,また,圧密の関係で単位体積の泥炭が意味する堆積時間も短いためである。そのため,表層とIw-KS深度からの内挿で堆積物の年代を求めることもできない。そこで,深さごとの無機物含量の変化を見たときに,一般的傾向に反して表層に向かって増加を示すコア採取地点は,近年になって土砂流入量が増えたと判断した。その増加時期を厳密に特定することはできないが,約300年前以降のある時期に低下から増加に転じたならば,放牧場造成と関係があると見なした。

    結果と考察
    湿原各地点の表層堆積物から推測した土砂流入量の時代変化と,その地点での湿原植生の変化とを比較した結果,以下の(1)~(3)に分類された。
    (1):土砂流入量が増加し,植生が変化した
    (2):土砂流入量は変化していないが,植生が変化した
    (3):土砂流入量に変化はなく,植生も変化していない
    なお,表層に向かって無機物含量が低下することを標準としているため,もし土砂流入量が減少している地点があっても,方法的に読み取れない。また,「植生が変化した」の「変化」とは,いずれも通常の湿原植生遷移の方向のみである。すなわち,スゲ主体の低層湿原→ヨシ→疎らな湿地林→湿地林,あるいは,中間湿原→疎らな湿地林→湿地林という変化である。森林が湿原へと変化する逆方向の植生変化については,たとえ生じていたとしても,今回の空中写真の撮影期間約40年間では,写真を見て分かるほどの植生変化となって現れるには時間的に短すぎると考えられる。
     以上の変化(1)~(3)の分布を地図上に落としてみると,(1)を示す地点は放牧場から流入する小河川沿いに限られた。一方,無機物含量の増加が認められないにもかかわらず植生が変化した(2)を示す地点は,湿原外縁の湧水から流れ出ている流路沿い,または,湿原南側に隣接する採草地に近い場所であった。散布する石灰などの影響が考えられる採草地はともかくとして,土地利用にも変化が見られない湧水から流れ出る流路沿いで植生が変化していることは,湿原を涵養する一部の湧水において,開発に伴って水質に何らかの変化が生じた可能性を考える必要があろう。
  • 安田 正次, 大丸 裕武
    セッションID: 304
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    はじめに
     本州中部以北の山地の高標高域には、高層湿原や湿性草原と呼ばれるスゲ類などの低小な草本や雪田植物群落を含む芝生状の植生帯が広がっている。この植生は多雪山地 で特に多く見られ、その成立には積雪が大きく関っているとされている。近年、中部以北の山地では積雪量の減少が認められている(気象庁 2001など)。こういった積雪量の減少は湿性草原に変化を引き起こすと考えられる。しかし、積雪量の減少と植生の変化の関連性については明らかになっていない部分が多い。そこで、本研究では、日本でも最も雪が多いとされ、かつ、高層湿原が多数分布する奥利根・奥只見地域において、積雪量の変化によって影響を受けやすいと考えられる山稜に分布する湿原と、涵養源を持ち水分環境が安定していて積雪量の変動の影響を受けにくいと考えられる盆地にある湿原の比較を行って、積雪量の減少と植生の変化の関連性について検討した。

    対象地域と資料
     比較対象としたのは、会津駒ヶ岳と平ヶ岳の山稜に広がる湿原と、尾瀬ヶ原湿原を対象とした。これらの湿原を年代を隔てて撮影された航空写真を比較して、湿原植生の時間的変化について検討を行った。航空写真はスキャナでデジタル化し、航空写真測量ソフトでオルソ化した。この際、現地調査もかねてGPS機器にて測量を行って位置情報を取得して、それを元に精密なオルソ化を行った。積雪量の記録は、東京電力による尾瀬沼のものと、気象庁による只見のものを用いた。

    方法
     オルソ化された航空写真をGISソフトに取り込み、植生境界をプロットして湿原の面積を計算し、湿原面 積の経年変化を検討した。変化が見られた部分については、夏期に現地で植生調査を行い、冬期には積雪分布調査を行って、積雪が植生とどのように関係しているか検討を行った。

    結果と考察
     会津駒ヶ岳、平ヶ岳、尾瀬ヶ原における湿原植物が占める面積の変化を表および図に示した。これより、会津駒ヶ岳、平ヶ岳は1963年から2000年の間に面積は70%程度に減少しており、一方の尾瀬ヶ原では95%程度と、ほとんど面積の減少はみられなかった。現地調査の結果、平ヶ岳ではチシマザサとハイマツが湿原へ周囲から侵入しており、会津駒ヶ岳では、チシマザサが周囲から侵入し、コバイケイソウが比較的大きい面積に渡り繁茂している部分が認められた。尾瀬ヶ原では、湿原の内部に流れている川の周辺林、すなわち拠水林周辺からチシマザサやヤマドリゼンマイなどが湿原へ広がっていた。これらの結果から、会津駒ヶ岳と平ヶ岳では、湿原全体もしくは周辺から湿原が乾燥化して植生に変化があることが考えられた。尾瀬ヶ原では特に乾燥化は認められず、拠水林周辺からの植生の変化はいわゆる湿性遷移の状態に当たると考えられた。この地域の積雪量は減少し続けている(安田・沖津 2006)事から、積雪量の減少によって低温、過湿な環境が損なわれて、泥炭の保水性が失われて植生が変化したと考えられた。

    引用文献
    気象庁 2001.『20世紀の日本の気候』気象庁.
    安田正次・沖津進 2006.上越山地における積雪の長期変動.地理評79;503-515.
  • 沖津 進, プリコドコ バレンチナ, 松島 未和, 犬伏 和之
    セッションID: 305
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    アルカイム付近はステップ帯とされているが,潜在的には森林植生が成立可能と考えられる.その場合,温帯域では二次的要素のアカマツ林やカンバ林が極相林を形成する.このことは,森林成立限界付近の乾燥気候下では,マツ類やカンバ類も重要な植生要素であることを示唆している.  ナミビアのサバンナ景観と比較すると,水収支がマイナスになる亜熱帯半乾燥地域では閉鎖林は成立せず,疎林となる.水収支がマイナスにならない冷温帯半乾燥地域では,閉鎖林と草原のモザイク景観となる.
  • 吉田 真弥, 高岡 貞夫, 森島 済, Collado M.B
    セッションID: 306
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.はじめに
     フィリピン,中部ルソン島中央平原には,フィリピン屈指の水田地帯が広がり,稲作農業が営まれている.一方で丘陵地においては,森林伐採や休閑期間の短い焼畑の繰り返し,耕作放棄などに起因して広く分布するとされるコゴンImperata cylindrica草原(チガヤの仲間)が広がっている.このように,この地域における人間活動とイネ科植生の成立とは密接に関係している.しかし,中部ルソン地域の大部分は熱帯モンスーン林が成立する気候環境下にあることから,現在では水田地帯の広がる低地や,コゴン草原が成立している丘陵地は,かつては森林が卓越する地域であった可能性が考えられる.
     本研究では,中部ルソン地域に位置するパイタン湖の湖底堆積物を用いて植物珪酸体分析を行い,過去およそ2,500年間の植生変遷についての考察を報告する.

    2.パイタン湖湖岸の植生変遷
     堆積物の上位よりゾーン1~5の局地植物珪酸体帯を設定した.パイタン湖湖岸において,およそ2,460年前にはコゴンやタラヒブなどを構成種とするイネ科植生が成立していたが,およそ1,410年前を境としてポイント型や棒状型に特徴付けられるイネ科植生に変化し,樹木が一時的に増加した.その後およそ1,410年前からの170年間は,植物の衰退があったと見られる.この間はコゴンやタケを構成種とする植生であった.しかし1,240年前には,再びポイント型や棒状型に特徴付けられるイネ科植生が成立し,同様に樹木類が増加した.1,150年前から現在まで,ポイント型や棒状型に特徴付けられるイネ科植生が続いている.また350年前には樹木類およびタケの衰退が起こり,この変化と同時期にイネおよびもみ殻に特徴付けられるイネ科植生へと変化した.

    3.パイタン湖湖岸における稲作の開始時期
     ルソン島中央平原における具体的な稲作の開始時期は明らかではないが,植物珪酸体分析の結果からパイタン湖湖岸において,およそ350年前に稲作が始まり,これに伴い樹木やタケの伐採が行われるようになったことが推定された.

    4.過去に森林地帯が存在していた可能性
     注目すべき点は,およそ350年前までは多くの樹木起源植物珪酸体が検出されていることである.このことは,現在では水田地帯が広がり,コゴン草原となっている場所もかつては森林が卓越する地域であった可能性を示唆するものである.またパイタン湖湖岸の一部が,水稲栽培適地となり稲作が始まったのがおよそ350年前と推定されるが,ルソン島中央平原における稲作は沖積平野においてこれ以前に始まっていたことが示唆される.しかしパイタン湖の植物珪酸体分析の結果のみでは,ルソン島中央平原の稲作開始時期および植生変遷については言及できない.しかし時間的なズレはあるにしろパイタン湖の分析結果において認められた稲作の開始に伴う樹木の伐採は,パイタン湖湖岸のみの現象ではないと考えられ,ルソン島中央平原においても同様の変化が起こっていた可能性が示唆される.
  • 飯田 貞夫, 江口 旻, 志村 聡, 大島 徹
    セッションID: 307
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    茨城県内を流れる河川は,景観的に自然が良く保たれている。特に那珂川と久慈川は,茨城県を流れる代表的な河川であり,アユやサケが遡上する自然豊かな清流として知られている。
    筆者らは,それぞれの河川の水質について2000年と2006年に調査を行った。今回は,この時の調査で得られたデータを基に,清流と呼ばれる両河川の水環境について比較してみることにした。
    那珂川は,河川の流路延長が149.0km,流域面積は3269.1km2である。那須火山帯と帝釈山地の男鹿岳(1,777m)の間を流れ出た那珂川は,那須野ヶ原に入り南東に流れを変え,栃木県内で蛇尾川,箒川などの支流を加えて八溝山地の西側を南北に流れ,茂木町の北方で東に流路を変えて茨城県に入る。茨城県に入ってから常陸大宮市,城里町,水戸市,ひたちなか市などの市街地付近を流れ大洗町で涸沼川を合わせたのちに太平洋に流れ込む。
    久慈川は,河川流路延長が124.0km,流域面積は1490km2である。久慈川の源流は茨城県,福島県,栃木県の県境にある八溝山(1,022m)にあり,福島県棚倉町富岡付近で流路を南に変えて塙町,矢祭町を南流して茨城県に入る。大子町で押川や滝川と合流して八溝山地の東側を南流した後,常陸大宮市で流路を東に変え,浅川,山田川,里川を合流して東海村と日立市の間を流れて太平洋に入る。
    近接する地域を流れ,支流域にはダムが存在するが,本流内にはダムがないという共通点を持っている両河川の本流と支流の関係などに着目しながら河川環境について比較検討を行なおうと考えた。
  • 森本 洋一, 小寺 浩二
    セッションID: 308
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    河川の水質は流域の環境により決定づけられ、特に、豪雪地帯を流れる河川では、積雪や融雪現象が水質に影響を及ぼし、流域全体の水環境特性や水文特性を形成する大きな要素となっている。また、積雪期間中にも融雪が生じる温暖積雪地では融雪水が河川水質に与える影響は寒冷積雪地に比べて長期にわたるが、詳細な観測は十分に行われていない。そこで、筆者らは、信濃川支流の魚野川と周辺地域を対象として、継続的な水文観測を行っている。本研究では、流域の特性を明確にするため、公共の水環境データの長期変動解析をした上で、積雪の影響の少ない4月から12月の暖候期における河川水質特性と季節変動について明らかにし考察を加えた。
  • 松山 洋, 宮野 浩
    セッションID: 309
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
  • 中村 圭三, 大岡 健三, 駒井 武
    セッションID: 310
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
     2009年9月に、ネパール・テライ低地のナワルパラシNawalparasi郡パラシParasiの東西約6km、南北約10kmの地域において、井戸水のヒ素汚染に関する調査を実施した。  その結果、次の知見が得られた。 (1) 雨季のヒ素濃度は、平均して乾季の1/3に減少した。その要因としては、 雨季の降水による希釈が考えられる。 (2) 雨季には、 地中・地下水中の還元状態が強まった。井戸水のORPは、乾 季の-130~+142mvから雨季の-170.8~+3mvへと、大きく減少した。 (3) 2008年3月と同様、ヒ素濃度とORPとの間の負の相関が得られた。 (4) 調査地域の西約2kmにおける深さ80mまでのボーリング調査結果が得ら  れた。それによると、深さ20mのヒ素濃度が195ppbと最も高い値を示した。 しかし40mでは、12ppb と極端に低くなり、調査地域と類似の濃度分布が確 認された。
  • 古市 剛久, ウィン ゾー, ワッソン ロバート
    セッションID: 311
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
     チベット高原を源流とするアジア地域の世界的な大河、すなわち、ブラマプトラ河、エーヤワディー(イラワジ)河、タンルウィン(サルウィン)河、メコン河、及び長江は、アジア地域スケールでの水文循環、土砂運搬に伴う炭素等の物質循環において主要な役割を果たしている。これら大河川の中で水文・物質運搬の状況について最も未知なのが、ミャンマーのエーヤワディー河である。デルタ頂部から約60 km上流に位置するピー観測点において1966年-1996年(31年間)にミャンマー気象水文局が観測した流量及び土砂運搬量のデータを収集し集計すると共に、流量変動について分析した(Furuichi et al., 2009)。
     この間のピー観測点における年平均流量は 379 ± 47 x 109 m3で、雨季(7月-10月)流量が年流量の71% を占める。年平均土砂運搬量は 325 ± 57 x 106 t/year、流域からの年平均比土砂流出量は 955 ± 166 t/km2/yearである。
     今回収集したデータに加えて複数の出典から既存データを収集し、上流から下流にかけて(カムティ、ザガイン、ニャウンウー、ピー、タヨクモー)の流量と流出量の変化を見たところ、流量は流域面積が大きくなるに従って増大するが、流出高(runoff)は雨量の少ない中央乾燥地(ニャウンウー)で最も小さくなることが分かった。
     一方、エーヤワディー河の流量については約100年前の19世紀後半にピー観測点近傍で観測されたデータが残されており(Gordon, 1885)、今回収集されたデータとの比較が可能である。Gordon(1885)のデータは、最近 Robinson et al.(2007)により検証され補正されており、今回の比較ではその補正値を用いた。統計的に比較したところ、年流量と最大月平均流量(8月)はこの約100年の間に減少したことが示された。最少月平均流量(2月)については、この間に変化があったとは言えないという結果を得たが、現代の流域環境データとしての扱いではデータ最後年の1996年以降の灌漑農業開発等の影響は加味されていない結果であることに留意が必要である。なお、土砂運搬量については100年前のデータが十分ではないため、比較は不可能であった。水収支の概念からは、この100年間の流量減少の主要因は雨量減少であると考察できる。
     1966年-1996年における今回得られた流量データ(月平均値からの偏差)とエルニーニョ・南方振動指標として広く用いられている気候データ(南方振動指数:SOI、エルニーニョ監視海域における月平均海面水温監視指数:NINO.3)との相関を分析したところ、乾季月(1-4月)では有意な相関が見られないものの、全ての月では両指数とも有意な相関が見られ、また雨季月(7-10月)と遷移月(5-6月と11-12月)ではどちらか一方の指数で有意な相関が見られた。エーヤワディー河の流量が熱帯地域の大気候システムに一定の影響を受けていることを示している。

    文献
    Furuichi T, Zaw Win, Wasson RJ. 2009. Discharge and suspended sediment transport in the Ayeyarwady River, Myanmar: Centennial and decadal changes. Hydrological Processes 23: 1631-1641.
    Gordon R. 1885. The Irawadi river. Royal Geographical Society (London) Proceedings (New Series) 7: 292–331.
    Robinson RAJ, Bird MI, Nay Win Oo, Hoey TB, Maung Maung Aye, Higgitt DL, Lu XX, Aung Swe, Tin Tun, Swe Lhaing Win. 2007. The Irrawaddy river sediment flux to the Indian Ocean: the original nineteenth-century data revisited. The Journal of Geology 115: 629–640.
  • 古田 昇, 平井 松午
    セッションID: 312
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
     四国の1/5の流域をもつ吉野川は、多雨地帯を源流域にもち、沖積低地の発達する中下流域ではくりかえし洪水被害に見舞われてきた。今日でも無堤区間がのこり、水害防備林として竹林が大きな役割をはたしてきた。本報告では、吉野川中流(阿波池田~岩津)における沖積低地を例に、吉野川の流路両岸に現存する竹林と微地形との関係を考察するとともに、近年の水害実績資料と比較し、水害防備林としての竹林の果たす役割と保全について検討したい。
  • 平井 松午, 古田 昇
    セッションID: 313
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
     四国・吉野川では,河口から約40kmに位置する岩津下流の堤防整備率は98%に達しているが,岩津~池田間の中流域における整備率は約63%である。そのため,今でも約18kmが無堤区間であり,水害防備林としての竹林景観が卓越している。本報告では,すでに堤防整備がなされた美馬市穴吹町舞中島地区を事例に,築堤以前と以後とにおける竹林景観の変化を報告するとともに,今後計画されている築堤区間における竹林景観保全のあり方について検討するものである。

    2.築堤以前の洪水被害
     舞中島地区は,吉野川第一期改修工事(1911~27年)によって全戸立ち退きとなった善入寺島に次ぐ大規模な川中島で,1961年当時の竹林を含む地区面積は約175haであった。吉野川の洪水を受けやすいことから,竹林・樹木で地区全体を囲繞し,吉野川本流の上流側には掻き寄せ堤を設けて,外水氾濫に備えてきた(図1)。
     低平な舞中島の標高は約39~45mで上流(西)側に高く,上流側から4列ほどの微高地が下流側に向けて樹枝状に延び,高石垣を持つ古い家屋はこうした微高地上に分布する(図2)。洪水時には,吉野川本流や派流の明連川から外水が掻き寄せ堤を越流するとともに,下流側の明連川河口側からも洪水流が逆流し,標高の低い地区内の北東部が湛水地帯となった。
     洪水時には大きな被害を受ける舞中島ではあったが,周囲の竹林・樹木が緩衝帯となって,島内に激流が押し寄せることはなかった。また,家屋には高石垣を施し,家屋の上流側にはクヌギ・ケヤキなどの樹木を植えて流下物(巨礫・樹木・木材など)から家屋を守るとともに,下流側にも樹木列を配して家財が流されるのを防いできた。

    3.築堤後の景観変化
     舞中島の築堤工事が開始されたのは1968(昭和43)年度で,1977年度には完成し,以後,同地区では内水被害はみられるものの(図2),従来のような外水氾濫の被害を受けることはなくなった。
     築堤時には,一部の家屋・農地が河川敷となったものの,堤防が竹林南側に敷設されたことから,吉野川沿いの竹林景観の多くは維持されることになった(ただし,一部は牧草地やグランドに転用されている)。これは,河川敷となった竹林部分が国有地となったためでもある。しかしながら,1)築堤により洪水被害を受けなくなったことから,民有地であった明連川沿いの竹林は別用途に転用され,一部を残して著しく減少した(図3)。また,2)外水被害がなくなったことから,舞中島では住宅建設が進んだが,一部の新住民は標高の低い湛水地帯に住宅を建設したため,かえって内水被害を受けることになった。

    付記
     本報告は,平成21年度河川環境管理財団河川整備基金助成事業「吉野川流域の竹林景観の形成と保全に関するGIS分析」(研究代表者:平井)の成果の一部である。また,使用した航空写真や標高データについては,国土交通省徳島河川国道事務所から提供いただいた。
  • ツェレンバト チンバヤル
    セッションID: 314
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    研究目的
     本研究はモンゴルの自然再生事業の1つとして行われた森林再生事業の維持システムを明らかにすることである.研究では森林再生事業の維持システムを明らかにするため,ウランバートル市で実施されたタシハイン・アマ谷の植林事業とセレンゲ県で実施されたトジーン・ナラスの植林事業を比較した.

    研究方法
     本研究は,2つの地域の植林事業を,環境・社会・経済の3つの観点から検討した.環境の観点は,植林地の地形や土壌などの土地条件や気候条件,および従来の植生から,植林事業の適応性(環境に適応した植林方法か否か)を検討するものである.社会の観点は,植林事業がどいのような社会的背景に基づいて行われ,どのような社会階層の人々を担い手としていたのかを検討するものである.他方,経済の観点は,植林事業の経費やコスト,およびそれらに見合う効果をもたらしたかどうかを検討するものである.最終的には,環境の観点と社会の観点,および経済の観点の相互関係を明らかにし,3つの観点で植林事業が支えられることによって持続性が高められることを明らかにする.

    研究地域の概要
     ウランバートル市内の森林地域において森林火災が多く発生し,森林面積の消失が著しかったのが,本研究の対象地域であるボグド山一帯であり,タシハイン・アマ谷であった.この地域の森林面積の消失は,旱魃と雪害で家畜を失った遊牧民が都市周辺に流入し,ウランバートルの都市人口が急激に増加したことと関連している.都市周辺に流入してかつての遊牧民は貧困層ないし最貧困層を形成し,森林を無許可で伐採(盗伐)して生活していた.森林で活動する彼らの火の不始末が山火事の大きな原因となり,森林面積の多くが失われていった.この失われた森林を再生する事業として植林が行われた.
     他方,セレンゲ県は標高600mから800mの高度帯に森林地域が広がり,その森林景観は「トジーン・ナラス(美しい赤松林)」と呼ばれ,特別保護区として約8万haの森林が保全されていた.しかし,資本主義経済への移行により,人々が現金収入を求めるようになると,保護区の森林も盗伐の被害を受けるようになった.加えた,盗伐者の火の不始末による山火事の被害や病虫害の被害により,約6万haの森林が荒廃してしまった.この荒廃した森林を再生する事業として植林事業がセレンゲ県でも行われた.

    タシハイン・アマ谷の植林事業
     ウランバートル市のタシハイン・アマ谷における植林事業は日本のNGOとモンゴルの地域NGOとが連携して行った.この事業の主要なコンセプトは森林再生と貧困層の救済であった.そのため,実際の植林者には貧困層の人々が雇用され,貧困者に現金収入をもたらされた.同時に,貧困層の人々に森林環境の重要性を啓蒙することもできた.しかし,この植林事業は予定された植林面積を達成することができず,植林した苗木の活着率も低かった(活着率80%以上をよていしていたが,多くの植林地で60%程度であった).
     タシハイン・アマ谷の植林事業の失敗にはいくつかの原因があった.第1はNGO館の連携の脆弱性で,その結果,植林の専門的な知識の取得や適切な植林地の確保が適切に行われなかった.第2は貧困層の人々の雇用であった.彼らは植林事業よりも日々の糧や現金に興味があり,植林や環境保全には無関心であった.第3は,事業支出の無計画性であった.事業支出の多くは植林でなく,貧困層の人々の食費に充てられていた.以上の失敗の原因は1つ1つ独立しているはけでなく,それぞれが相互に螺旋的に関連して植林事業の失敗を決定づけてきた.

    セレンゲ県のトジーン・ナラスの植林事業
     タシハイン・アマ谷の植林事業の失敗を踏まえて,セレンゲ県の植林事業が行われた.ここでの植林事業の大きなコンセプトはNGOなどの植林事業主体の連携の強化であった.つまり,国,地方自治体,国際NGO,地域NGOが連携して,植林事業を行うようになった.複数の主体間で環境や社会,および経済に適応した植林事業を支え,そこにることにより,森林再生事業の維持システムが構築されるようになった.
  • 梶原 宏之
    セッションID: 315
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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     春ともなると新聞紙上やマスコミ報道により、教育現場における環境保全活動や企業における地域貢献活動として、山への苗木植樹の光景が繰り返し流される時代となった。山に木(特に落葉広葉樹が好まれる)を植える「善意」に対してこれを疑う者はもはやほとんどいないだろう。森林には地球温暖化に対する温室効果ガスの削減や、地下水の涵養および洪水の調節機能、地すべりや土石の流出防止、豊かな生物多様性の保全、人間の癒しやレクリエーションへの利用など実に多くの効果が期待されており、これらすべての地球環境問題を一気に解決してくれるだろうという「緑の森」への思いは、もはや期待というより〈神話〉といっても過言でないかもしれない。
     興味深いのは、こうして熱心に山への植樹活動を進める日本人がいる一方で、同じく熱心に山に木が生えないよう努めている日本人たちもいることだ。たとえば伊豆の大室山(静岡県)や奈良の若草山、島根の三瓶山、カルストで有名な秋吉台(山口県)、同じく北九州市の平尾台(福岡県)、また阿蘇くじゅう国立公園(熊本県および大分県)などは国立公園内でありながら人々は「緑の森」化を努めて阻止している(2009年には大分県でそのための死傷者も出ている)。これら現代日本人の自然観をどう説明すればよいだろう。
     上にあげた各地において人々が目指しているのは、すべて「緑の森」としての山ではなく、シバやススキに覆われた草山である。日本人と山とのつきあいかたにおいて、このはげ山でもなく木山でもない草山とのつきあいは大きく、近世においては日本の山の多くは実はこの草山だったともいえるのだが、そうした歴史的記憶は現代においてすっぽり抜け落ちてしまっていることをどう考えればよいのかがまず一点。それから視点を東アジア近隣に移し、たとえば陽明山(台湾)や済州島(韓国)ではこうした草山をめぐり現在どういう言説が語られ、また活用されているかをみるのが今回の発表の二点目である。
     最後に、漠然と山に木を植えることをよしとする現代日本人から、あるいは森林が本当に多量の二酸化炭素を吸収し、水源を涵養すると本気で信じている人から論駁される地元民のために地理学者は何ができるのか(実践の地理学)を第三点目として考えたい。これには社会体制的な外部の問題と、思想的な内部の問題がそれぞれ考えられる。地理学的知を現実社会にむけて発信する場として博物館が有用なことは台湾や平尾台での事例から考察されるが、しかし今回は「博物館の地理学」として別にシンポジウムがあるため詳細はそちらで発表することとする。ついで、たとえば「豊かな自然を守ろう」といった場合、豊かな自然とは何か、またそれは誰にとって豊かなのかという問題が常に発生する。もっとも困難な命題は「如何にして豊かな自然を守るか」ではなく「なぜ豊かな自然を守らねばならないか」であり、この問題に直面したとき我々は一歩も先に進めなくなる。文化研究においては、長い歴史をかけてようやく西欧中心主義的、自文化中心主義的、社会進化論的な文化のみかたから脱し、どの文化も相互に相対的であるという文化相対主義を手に入れたのだが、しかしここにきて如何なる環境(とそれを支える文化:たとえば「緑の森」)を尊重し、何を逆に棄てるのかと考えることは、一度は脱した文化の価値判断に再び向きあうことに他ならない。こうした困難な作業に立ち向かうためには、地理学だけでなく生命倫理学や環境倫理学からの援用も必要となろう。
  • 山下 亜紀郎, 谷口 智雅
    セッションID: 316
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.研究の目的と方法
     本研究は、2005年10月にセンセーショナルな復元を果たした清渓川の水辺空間について、天空率・占空率からみたその空間的特性を分析することを目的としている。天空率(占空率)は建物の開放感(圧迫感)を測る評価尺度としてや、日照や日射の影響を測る指標として利用されているが、本研究ではこの指標を都市の水辺空間の評価に当てはめて、開放感(圧迫感)の観点からその空間的特性の把握を試みる。
     本研究では、清渓川復元事業が行われた区間のうち、清渓広場からドゥムル橋までの5.04kmの区間を対象に、次に示す2つの手法による分析・考察をおこなった。まず、レーザー距離計を用いて調査区間内の22地点において、両岸の護岸間の幅および両岸の護岸高を計測した。次に、清渓広場と中浪川までの橋上21地点および河床に設置された歩行者横断用の飛び石上23地点の計45地点において、魚眼レンズを用いて天頂方向・水平上流方向・水平下流方向の写真撮影を行った。そして、撮影されたデジタル画像に対してパソコンの画像処理による1,000個のドットによる極格子点法から、天空率と占空率を求めた。

    2.研究の結果
    2.1. 護岸幅と護岸高
     清渓広場から長通橋までは、川幅はほぼ一定で護岸高も3~4m程度である。三一橋から五間水橋までは川幅は変わらないが、護岸高は5m以上と高くなっている。一方で、マルグンネ橋から下流側では護岸高は5m以上あるが護岸幅が広くなっている。
    2.2. 天空率と占空率
     天空率・占空率からみた清渓川の水辺空間は、両者ともに相対的に低い清渓広場から長通橋までの上流区間、橋上と飛び石上とで数値に明確な差異がみられる三一橋からマルグンネ橋までの中流区間、両者ともに数値のばらつきが大きく、明瞭な特徴を見出せないマルグンネ橋からドゥムル橋までの下流区間の3区間に区分することができる。

    3.考察
     護岸幅・護岸高と天空率・占空率との関係については、一般的には護岸幅が広く、護岸高が低いほどより空間が開放的になり天空率・占空率が高くなる傾向にあると考えられる。しかし、清渓川の上流区間においては、護岸高は相対的に高くないものの、天空率と占空率は、橋上、飛び石上ともに数値は低く、両者に顕著な差異も認められない。これは、沿岸で高層の商業ビルや住居ビルが河川空間にかなり接近しているため、護岸幅や護岸高といった河川空間構造の影響より周辺土地利用の影響を大きく受けているためと考えられる。
     一方、高い護岸が連続する三一橋からマルグンネ橋の中流区間は、橋上と飛び石上とでは、後者の天空率が前者より10%以上低く、他2区間に比べ相対的に水辺空間内の開放性が低いことが示された。占空率の差異も3区間ではもっとも大きい。高い護岸によって造られた水辺空間内には、遊歩道やビオトープ、壁面の絵画や彫刻などのオブジェが設置されており、都市内にある自然的、文化的要素として貴重なものといえるが、空間の開放性という観点からは、水辺空間は天頂方向に空間が閉じた状態にあるだけでなく、遊歩道を散策する人々の進行方向(目線方向)に対しても視覚的な閉塞感を与える構造になっているといえる。
     茶山橋からドゥムル橋の郊外の下流区間では、護岸高は高いものの護岸幅が広く、周辺土地利用も高層の商業・業務ビルが集積する都心から住宅地域に移っている。したがって河川空間構造も周辺土地利用も天空率・占空率に大きな影響を与える規定要因となっておらず、橋上、飛び石上間で明瞭な傾向はみられず、最大値と最小値の差が大きくばらついている。
  • 水木 千春
    セッションID: 317
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    予期せぬ災害に見舞われたとき,ひとが取るべき行動に指南を与えるのが防災対策のあるべき姿である.日本では自治体から各種さまざまなハザードマップが配布されており,洪水に関しても同様である.つまり平時から住民は災害に関する情報源のひとつとしてハザードマップを入手していると考えられ,それにより自らがどういった災害リスク下において生活しているのかを知ることができる.また災害時にはどこへ避難すれば良いのかを知ることも可能である.そこで,防災に関する意識調査(全15項目)を2008年東京都北区の荒川下流域にて実施した.ここは一級河川に沿った地域のなかでもっとも人口の密集した都市域である.有効票は,2000通配布に対し,375通(18.75%)を得た.その結果,配布されたばかりの洪水ハザードマップの認知は6割弱(56.3%がハザードマップを認識)であった.さらにハザードマップを入手していた住民に避難ルートの確認について質問したところ,洪水ハザードマップ上で避難場所を見たことがある回答者でも,その内の60%がこれまで実際に徒歩にて避難経路を確かめたことがないという結果が示された.本研究では,住民が防災情報をどのように活用しているのか,避難のための行動に焦点をあてて考察するものである.
  • 角谷 聡子, 狩野 徹, 久保田 直樹
    セッションID: 318
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    I 問題の所在
     2009年3月に告示された高校の新学習指導要領・地理Aでは,内容(2)「生活圏の諸課題の地理的考察」において「地形図の読図」が明記された.このなかで,イ「自然災害と防災」では,内容の取扱い(2)イ(ウ)で事例地域の自然災害について地形図読図などの作業的,体験的学習からその技能を身に付けさせるようにすることが示され,今まで以上に高度な地形図学習が求められている.
     地理教育における地形図学習の論考は,少なくはない.卜部(2004)は既往研究における論点の整理を試み,検討すべきいくつかの課題を提示した.既往研究では,例えば読図指導上の問題として,指導時間の制約などから地図記号の単純暗記に偏重しているという中川(1966;1976)の指摘や,従来の等高線指導そのものを疑問視した澁澤(1989)の指摘などは,今日においても克服すべきと考えられる論点であり,今後もさらに検討する余地があるように思われる.

    II 研究方法
     地理教育における地形図学習の検討については,指導法をはじめさまざまな視点があるが,本報告では教材用地形図の論点に関して予察的検討を試みる.具体的には,中学校・高校の地理教科書に掲載されている地形図に着目した.2009年現在で供給されている地理教科書とそこに掲載された地形図は,中学校社会科地理的分野:5社6種・69図,高校地理歴史科地理A:6社8種・57図,地理B:4社6種100図であった.これらの掲載地形図については,学習単元との対応や扱い方,図幅名,主題などの項目について整理するとともに,説明文などの読図に関連した記述にも注目し分析・考察した.

    III 研究結果
     教科書における地形図の主たる掲載箇所について学習単元との関連でみると,中学校の場合は各教科書とも野外調査をともなう「身近な地域」の項目で中心に取り上げられている.しかしながら高校では,地理Aの場合「身近な地域の国際化の進展」といった地域調査の項目のみならず,「諸地域の生活・文化と環境」の項目でも掲載され,地理Bもまた「自然環境」や「都市・村落」の系統地理的考察や「市町村規模の地域」といった地域調査の項目で掲載されるなど,各社・各教科書でそのウエイトが異なっている.中学校・高校とも各教科書では「地図の約束事」として等高線をはじめとした地図記号を取り上げるなど「初歩的な読み方」にも頁を割いている.この記述内容も教科書によっては中学校・高校間で類似した扱いもみられるなど,地形図学習が内包する困難性もうかがわれる.
     また主題としての地理的事象について高校地理A・Bでみると,例えば「扇状地」を主題とした地形図が地理A・B全14種中,12種の教科書で掲載され,事例も百瀬川扇状地(7種)や京戸川扇状地(3種)に偏在していた.このように定番化された事例地形図の存在とその利用は,読図面での長所・短所が考えられるなど,地形図学習をめぐって再検討すべき課題も多いものと指摘できる.

    【参考文献】
    卜部勝彦 2004. 地理学・地理教育での地形図読図に関する検討課題.地理誌叢 45(2): 95‐106.
    澁澤文隆 1989. 地理教育における地図学習の課題.地図 27(1): 20‐26.
    中川浩一 1966. 続・読図指導の問題点を拾う.地理 11(12): 90‐94.
    中川浩一 1976. 地形図教育の現状と問題点.地図 14(1): 42‐43.
  • 谷 謙二
    セッションID: 319
    発行日: 2010年
    公開日: 2010/06/10
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    1.はじめに
     平成20年度告示の小学校社会科学習指導要領においては,地球儀の活用が地図や統計,年表とならんで5年生および6年生の目標に掲げられた。本研究では,従来の地球儀活用事例を検討し,安価で児童全員が比較的短時間で作製できる地球儀を紹介し,その活用方法を説明する。

    2.地球儀の活用状況
     これまでの指導要領においても地球儀の活用に関する記述はなされていた。しかし,指導要領に記述があることと実際の利用には乖離が存在すると考えられる。そこで実際に地球儀がどの程度利用されているのかを,埼玉大学教育学部の学生を対象にアンケートを行って調査した。調査対象は「社会科概説」「地誌学概説」の受講生計175人で,2009年10月に実施した。調査項目は小・中・高校の授業における地球儀使用経験等に関するものである。調査結果(表1)では,小学校の授業で60.0%が使用しているが,中学校では30.3%と低下し,高校では8.6%に過ぎない。  このように地球儀の活用は十分とは言えないが,その理由としては,教材としては値段が高く,多数をそろえることができない,そろえても持ち運びに不便,教室に一つだけ地球儀があったとしても,実際に児童・生徒が手に取って活用することが困難で,教員側で簡単に紹介するしかない,地軸で固定されているため特に南極側から見ることができない,そもそも教員側で地球儀の活用方法を理解していない,といった点があげられるだろう。

    3.地球儀の活用事例
     学術雑誌等で報告された地球儀を活用した授業実践を見ると,小学校から高校まで広がっているが,その内容は距離・方位の測定,経緯線・略地図を描くといった内容でかなり共通しており,定型化している。これは発達段階に応じた地球儀を利用した具体的な技能区分が存在しないためである。また使用した地球儀を見ると,市販の教材用地球儀よりも工夫された素材による地球儀が使用されている。そこで筆者は自作できて使用に耐える精度の地球儀を紹介したい。

    4.地球儀の作製
     用意する材料は_丸1_プラスチックボール,_丸2_舟形多円錐図法の世界地図(ラベルシートに印刷したもの),_丸3_ピン,_丸4_ヒモ(糸)。このうち_丸1_は100円ショップで10個100円で売られているものを使用した。_丸2_は世界地図ソフトウェア「PTOLEMY」(佐藤善幸氏作,シェアウェア\4,500)を利用して作成し,ボールの円周の大きさに調整して印刷した(図1)。

    5.授業
     初等・中等教育で地球儀を活用するには,まず教員側が地球儀を活用できる必要がある。そのため今回の地球儀の作製を,現職教員(教員免許状更新講習時),大学生(「社会科概説」「地誌学概説」受講生)合わせて約200人を対象に行った。授業では,地球儀とミラー図法の世界地図を距離や面積・方位などの点で比較させた。 学生の中には,オーストラリアよりもグリーンランドの方が広いというように,円筒図法で世界を認識している者が多いため,実際に地球儀を活用することによって認識を新たにすることができた。また中にはうまくシールが貼れない学生もおり,小・中学生を対象とする場合はグループに一つとするなどの対応も必要かもしれない。
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