日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 619
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ローカル化される移民の地政学
ヨーロッパの「出入口」を脱構築するイタリア・ランペドゥーザ島
*北川 眞也
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抄録
 イタリアのランペドゥーザ島は,地中海に浮かぶ島である.人口およそ5,500人,面積20㎢のこの小さな島が,イタリアの最南端の領土であり,イタリアの南の国境である.バカンスシーズンには北から,ヨーロッパから数多くの観光客が休暇を過ごしにやってくる.「野性的な自然」や「紺碧の海」を売りにした「ヨーロッパのアフリカへの贈り物」(Lonely Planet 2008: 290)として称される通り,地質学・植物学的にもアフリカ大陸の一片として19世紀の学者たちによっても認められてきた.  しかし,最近10年ほどの間に,アフリカを経由して,南から観光客とは別の到来者が島にやってくるようになった.かれらは小さな船に乗って,死の危険を犯してまで,地中海を縦断してやってくる移民たちである.この小さな島は,ヨーロッパへと向かう移民たちが続々と下船する場所となったのである.観光ガイドブックに「ランペドゥーザはマグレブの海岸からの不法移民を管理する人身売買業者が好む目的地の一つ」(Lonely Planet 2008: 290)とさえ記述されるようになった.  ヨーロッパへ向かう移民の流動に直面するとなれば,この島がイタリアという国家領域の国境を担っているという地図学的想像力が人々の脳裏に浮上してくる.国境とは誰を領域内へと通すのか通さないのか,誰を受け入れるのか追放するのかを決定する主権権力が,通常の法秩序を宙吊りにしてでも発現する非民主的な場である.  実際に移民が到来しそして応答を迫られる現場であることから,ランペドゥーザ島はヨーロッパ―地中海のチェスボードのなかで移民選別の戦略的地点として位置づけられた.そこから,イタリア,さらにはEU,国際機関,NGOや社会運動によって,ランペドゥーザの地理をめぐって様々な地政言説あるいは地政的実践が展開されるようになる.  発表ではまずランペドゥーザ島について展開されてきた地政言説に着目する.支配的な言説としては2つあると言えよう.一方は,ランペドゥーザをヨーロッパへの「入口」として設定する.ランペドゥーザは移民の人権尊守・生命保護の場所である.「受け入れセンター」が設置された歓待の場としてランペドゥーザは言説化される.他方は,ランペドゥーザ島をヨーロッパからの「出口」として設定する.ランペドゥーザは,移民たちをアフリカへと送り返すための場所である.「拘禁センター」が設置された島は,移民をリビアやチュニジアへと送還するための拠点となる.ランペドゥーザは「グアンタナモ」となる.  本発表が問題にするのは,このようなナショナルあるいは超ナショナルなスケールでの地政言説がローカル化される過程であり,その過程で生起する場所の政治である.このような手法は「ローカル化される地政学」として提起されてきた(Dahlman and Ó Tuathail 2005; 山崎2005).  発表では,移民の地政学がランペドゥーザ島でローカル化される過程について主に取り上げる.「ヨーロッパの出入口」としてのランペドゥーザの地政言説は,その際端的に2つの面からの反発に遭遇する.1つは「観光の島」としてのランペドゥーザの姿であり,もう1つはランペドゥーザ「島民」が生きる場所としての姿である.「移民の島」として言説化されるがゆえに忘れられるのが,島民の声であった.それゆえにかれらは,歴史的にもイタリアの周縁であった島の市民権を要求する運動を展開してきた.この敵対性は,ときに移民追放へ傾倒し,ときに移民収容所への反対闘争へ展開することで,移民の地政学に対して進歩的にも反動的にも作用を及ぼすことにもなったのである.  ランペドゥーザは,様々な人たち,例えば移民,警察,移民支援団体,社会運動,政治家,観光客,そして島民の間で関係が生まれては切断・接続される場所である.地政学からローカル化される地政学への展開は,国境にはすぐ様移民の受け入れか追放かという問題があるわけではなく,この二項対立ではとらえられない重層性のなかにこそ,国境の場所の生成があることを浮かび上がらせる.であるがゆえに,場所の政治から,場所の力から,国境にて主権の力をより民主的に制御する可能性も存在しているのかもしれない.
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© 2010 公益社団法人 日本地理学会
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