抄録
1.目的
過疎・高齢化の進む農山漁村に限らず、「地域振興」という言葉が広く日常的にきかれる。しかし周囲を見渡すと、これまで行われてきた基礎条件・産業基盤整備を主とする諸事業は、社会資本の充実に寄与する一方、人々に「なぜ一向にわれわれの暮らしがよくならないのか…」という閉塞感を残し、時に地域的紐帯や自然・住環境の破壊、域内の格差拡大といった深刻な社会問題をもたらすケースがみられる。こうした状況を改善するためには、自治体など事業主体の策定した計画が如何なるものであったのか、まずはこの「計画」に着目して原因を捉えていく必要があるだろう。本報告では島嶼地域の振興計画を取り上げ、その考察を通して地域の実情に即さない事業を生み出す地域振興をめぐる問題の一端を明らかにする。
2.島嶼振興計画の概要
日本の島嶼地域では、戦後半世紀にわたり「隔絶性の解消」を指針とする振興政策が展開され、本土との格差是正が目指されてきた。関係自治体は上記指針に沿い、県や市町村の上位計画を勘案しつつ総合的計画を立案・策定し、当該島の振興に向けて諸事業を進めていく。本報告で取り上げる「古宇利島振興開発計画」は、沖縄県今帰仁村(なきじんそん)によって本島北部、本部半島の沖合約1.3kmに浮かぶ古宇利島(こうりじま)の振興のため1991年に策定された。同計画は沖縄振興開発特別措置法にもとづく沖縄振興開発計画、村の総合開発計画等を上位計画とする、住民にとって最も身近な「島おこしの設計図」といえる。また同計画は、島に架橋構想が持ち上がり国庫補助事業として請願が採択される前年に策定に至った経緯をもち、「架橋事業化への切り札」としての意味合いを有している。
3.内部の独立性と全体の統一性
計画書は、六つの章(73頁)とアンケート資料(21頁)から構成される。第1章の目的に始まり、島の現況・上位計画・住民アンケートを踏まえ、計画および実現化の方策・効果を提示する流れとなっている。通読するとまず、計画の根拠となる第2章を中心に、統計等の基礎的データが断片的に挙げられ生活の成り立ちや事象の社会・歴史的背景が十分に織り込まれていないため、表面的記述であるという印象を強くする。章内の項目も独立的であり、相互間の関係性は見出せない。こうした各章内における実生活に根差した島内情報・体系性の欠如は、当該社会の現状把握が不十分であることを表すが、ここで注目されるのは、「離島という地理的条件」等の語句の多用により章内の内容が補足・説明・連結され、架橋化の必要性が随所で導出されている点である。ただしその結果、「島嶼の特性の発揮」を掲げる他章との整合性を損ねている。
対照的に計画書全体を通しては、外部資本を導入した「観光を柱とする産業化の推進」という主張が貫かれ、架橋化を経てそれが実施された際には今日的状況から脱却できるとする楽観的将来像が示されている。しかしその手段に関しては、区分された島内各ゾーンにおける自治体・住民・島外者の役割分担にとどまっており、具体策は明示されていない。
4.形式化がもたらす効果の限定化
計画書に認められるこうした「内部の独立性と全体の統一性」という構造的特徴は、計画の形式化に由来するものである。ここでの全体的枠組みは他の島嶼振興計画とも相共通し、基礎的データを補完することによって全体の一貫性が保たれ、「離島…」の文言により架橋化の実施意義が強められている。そのため、わずかな島内情報を土台とする同計画から打ち出される諸事業が当該島の生活課題に応え存続に寄与していくかは疑問であり、当然ながら主眼とする架橋化の社会的効果に関しても、その限定化は避けられないといえる。
計画の形式化からは、詳細な生活実態調査とその反映が欠落した策定手法の問題のみならず、主要事業推進のための単なる一手続きと化した策定プロセスの問題もみえてくる。そこでは、政治的・経済的活動の推移において、地域の将来を見据え進むべき方向性を見極められるかという生活者の価値判断もまた問われているといえるだろう。しかし同計画から読み取るべき最も重要な点は、地域特性をマイナス面のみから捉え改変していく従来の振興スタイルでは結局は外部依存へと帰し、効果が望めないということであるといえる。このような振興のスタイルこそが、生活者の存在を欠いた事業化の環境を創出し今日もなお島嶼社会が衰退し続けていることの根源的要因なのである。